第4話 隣の世界は
文字数 2,535文字
この世界の始まりには、何があっただろう? もしこの質問を科学者にしたら、宇宙の歴史から解説するに決まっている。当然それらは正しい。
だが、人間が先に手にしていたのは科学なのだろうか? 人類の文化が発展する前に、信仰が確かにあった。世界中に散らばった人類は、独自の神を想像し、崇拝したのである。
だからこの世は神の手によって創られたと思ったし、自然界での出来事は全て心霊現象で説明できると考えていた。
それを覆したのが、科学である。人々は科学の力を得ると、一気に台頭した。その結果が、地球上を牛耳る現状に繋がっているのだ。
何を当たり前なことを、という疑問をここで抱くだろう。だが、花織と久実子にとってはそれが一番重要なことなのだ。
「周りに人はいませんか?」
「ああ、大丈夫だ。もしいたとしてもあたしが追い払う」
二人は、隣接世界からやって来た人物。ということは、普通の常識が通用しない世界にいたのである。
「あの地獄はもうコリゴリだ。花織、あたしとあんたを誰のモノにもさせないぞ!」
「わかっていますよ、久実子…」
二人が元々いた世界。それは荒れていた。だが人類が衰退していたのではない。
逆だ。科学の力を身に着けていた最中だった。
「科学は人類を幸せにできる!」
科学者の声は大きかった。けれどもこの隣接世界は、特殊だった。何が特別かというと、人類を信仰が支えてきたのだ。呪術を用いる人間が政治を行い、行くべき道を占っていた。時にはあの世に思いをはせる。そして明日がより良い方向に行くことを願う。
科学と信仰。この相反する二つがぶつかった時、それは起きた。
「戦争はこっちの世界では、起きていないようですね」
戦い合い、争い合う。それがどんなに愚かで醜い行為だとしても、人間は血を流すことを選んでしまう。無理もない。今まで信仰や霊障、呪いが支えだったのに、そこに科学が外来種のごとく飛来したのである。
同じ人間同士での殺し合いからは、何も生まれない。ただ一つを除いては。
「憎しみは人を狂わせる…。花織、恨みは持つなよ? あたしたちもおかしくなってしまいかねない」
敵対する事象を受け入れられない人もいた。それらの人たちが、科学者にとっては邪魔だった。
「自分たちと敵対しているなら、徹底的に潰してしまおう」
誰かのこの発言を皮切りに、世界中で名のある霊能力者が捕まえられた。彼ら彼女らには何も罪はない。ただ、世界に新しい秩序をもたらす際に邪魔になるのだ。二人の住んでいた地域ではまだ戦争は起きていなかったが、追っ手から逃れることはできなかった。他の霊能力者たちと一緒に捕まり、牢屋に入れられた。
(このままでは、確実に殺される…)
誰もがそう思った。事実この時既に戦争は海を越え山を越え、二人のいる牢獄にまで地響きが届く日さえあったのだ。
「逃げよう!」
また誰かが言った。そして誰も反対意見を唱えなかった。だからこの場に捕らえられた霊能力者らは、霊障を駆使して牢屋から脱走してみせる。
だが、遅すぎたのである。
この日、元々牢獄を爆撃する予定があった。だから彼らが逃げ出そうが檻の中にいようが、関係なかったのである。
砲弾や爆弾が降り注ぐ下で、脱獄者は逃げた。
「あう!」
「ぐわ!」
途中、何人も命を落とした。それでも彼らはひたすらに逃げた。
それもそのはずで、どこまで逃げれば安全なのかを知らなかったためだ。実はこの時、安全な場所はもうどこにも存在していなかった。だから彼らの必死の逃亡は、ただ寿命を数秒数分伸ばすだけの無意味な行為。
(もう駄目かもしれない)
誰もが覚悟を決めていた。事実花織も久実子も、死を覚悟した。
しかし奇跡は起きる。
なんと、突如目の前の空間に歪みが生じたのだ。その向こう側の景色は、自分たちがいる場所よりも平和に見えた。
「花織、あの穴に入ってみよう! ここでただ死ぬよりはマシかもしれない!」
「わかりました!」
まずは花織がその穴に飛び込んだ。それから久実子も入った。
そうして二人はこちらの世界に来たのである。
直後に穴が塞がってしまったので、他の仲間を呼ぶことができなかった。
「でも不思議ですね。あの海神寺がわたくしたちのことを呼んだのでしょうか? どうしてわたくしたちだけが助かったんでしょう?」
「いいさ、そんなことはどうでも」
二人にとって大事なのは、死ななかったことである。
普通なら、命を救ってくれた海神寺に感謝すべきだろう。だができない事情が二人にはある。
「もう誰にも捕まってたまるか!」
久実子は、骸が花織の腕を掴んだことを思い出した。
「あの時も、あのような感じで無理矢理捕まったんですよね……」
その行為が、前の世界でのトラウマを掘り返したのだ。だから彼女は反射的に手が出た。それだけではない。捕まるだけではなく、誰かの支配下に入れられるのも、牢獄に入れられたことを連想してしまうために体が拒絶する。だから【神代】の配下に入らない。
「仲間にするとか言ってさ、命を奪う準備をしているかもしれない。そんなヤツらには従えない!」
では、彼女たちは、こちらの世界でどうするのか。
まず、元の隣接世界に戻ることは考えていない。元の世界にはもう彼女らの居場所はないだろうから、戻ったらすぐに殺されてしまう。それ以前に戦争のせいで既に滅んでいる可能性もある。パワーバランスが崩れるということは、それも意味している。
「わたくしたちの居場所を、こっちの世界で探しましょう。幸いどうやらこちらの世界は、呪術を司る人を捕まえて処刑するようなことをしているようではないみたいです」
それが当面の目的だ。
誰もが、自分の居場所を求めている。それは花織も久実子も同じだ。
「あの霊能力者、あたしたちを捕まえようとしたな? ならば徹底的に抗ってやろうじゃないか!」
そして自分たちを捕えようものなら、相手をする。その結果として、相手を殺めてしまうことになっても構わない。
「あたしにはな、花織、あんただけいればいいんだ」
「久実子……。それはわたくしも同じ意見ですよ」
二人は手を繋ぎ、そして抱き合う。こちらの世界にたった二つしかない、自分たちだけの温もりを共有するのだ。
だが、人間が先に手にしていたのは科学なのだろうか? 人類の文化が発展する前に、信仰が確かにあった。世界中に散らばった人類は、独自の神を想像し、崇拝したのである。
だからこの世は神の手によって創られたと思ったし、自然界での出来事は全て心霊現象で説明できると考えていた。
それを覆したのが、科学である。人々は科学の力を得ると、一気に台頭した。その結果が、地球上を牛耳る現状に繋がっているのだ。
何を当たり前なことを、という疑問をここで抱くだろう。だが、花織と久実子にとってはそれが一番重要なことなのだ。
「周りに人はいませんか?」
「ああ、大丈夫だ。もしいたとしてもあたしが追い払う」
二人は、隣接世界からやって来た人物。ということは、普通の常識が通用しない世界にいたのである。
「あの地獄はもうコリゴリだ。花織、あたしとあんたを誰のモノにもさせないぞ!」
「わかっていますよ、久実子…」
二人が元々いた世界。それは荒れていた。だが人類が衰退していたのではない。
逆だ。科学の力を身に着けていた最中だった。
「科学は人類を幸せにできる!」
科学者の声は大きかった。けれどもこの隣接世界は、特殊だった。何が特別かというと、人類を信仰が支えてきたのだ。呪術を用いる人間が政治を行い、行くべき道を占っていた。時にはあの世に思いをはせる。そして明日がより良い方向に行くことを願う。
科学と信仰。この相反する二つがぶつかった時、それは起きた。
「戦争はこっちの世界では、起きていないようですね」
戦い合い、争い合う。それがどんなに愚かで醜い行為だとしても、人間は血を流すことを選んでしまう。無理もない。今まで信仰や霊障、呪いが支えだったのに、そこに科学が外来種のごとく飛来したのである。
同じ人間同士での殺し合いからは、何も生まれない。ただ一つを除いては。
「憎しみは人を狂わせる…。花織、恨みは持つなよ? あたしたちもおかしくなってしまいかねない」
敵対する事象を受け入れられない人もいた。それらの人たちが、科学者にとっては邪魔だった。
「自分たちと敵対しているなら、徹底的に潰してしまおう」
誰かのこの発言を皮切りに、世界中で名のある霊能力者が捕まえられた。彼ら彼女らには何も罪はない。ただ、世界に新しい秩序をもたらす際に邪魔になるのだ。二人の住んでいた地域ではまだ戦争は起きていなかったが、追っ手から逃れることはできなかった。他の霊能力者たちと一緒に捕まり、牢屋に入れられた。
(このままでは、確実に殺される…)
誰もがそう思った。事実この時既に戦争は海を越え山を越え、二人のいる牢獄にまで地響きが届く日さえあったのだ。
「逃げよう!」
また誰かが言った。そして誰も反対意見を唱えなかった。だからこの場に捕らえられた霊能力者らは、霊障を駆使して牢屋から脱走してみせる。
だが、遅すぎたのである。
この日、元々牢獄を爆撃する予定があった。だから彼らが逃げ出そうが檻の中にいようが、関係なかったのである。
砲弾や爆弾が降り注ぐ下で、脱獄者は逃げた。
「あう!」
「ぐわ!」
途中、何人も命を落とした。それでも彼らはひたすらに逃げた。
それもそのはずで、どこまで逃げれば安全なのかを知らなかったためだ。実はこの時、安全な場所はもうどこにも存在していなかった。だから彼らの必死の逃亡は、ただ寿命を数秒数分伸ばすだけの無意味な行為。
(もう駄目かもしれない)
誰もが覚悟を決めていた。事実花織も久実子も、死を覚悟した。
しかし奇跡は起きる。
なんと、突如目の前の空間に歪みが生じたのだ。その向こう側の景色は、自分たちがいる場所よりも平和に見えた。
「花織、あの穴に入ってみよう! ここでただ死ぬよりはマシかもしれない!」
「わかりました!」
まずは花織がその穴に飛び込んだ。それから久実子も入った。
そうして二人はこちらの世界に来たのである。
直後に穴が塞がってしまったので、他の仲間を呼ぶことができなかった。
「でも不思議ですね。あの海神寺がわたくしたちのことを呼んだのでしょうか? どうしてわたくしたちだけが助かったんでしょう?」
「いいさ、そんなことはどうでも」
二人にとって大事なのは、死ななかったことである。
普通なら、命を救ってくれた海神寺に感謝すべきだろう。だができない事情が二人にはある。
「もう誰にも捕まってたまるか!」
久実子は、骸が花織の腕を掴んだことを思い出した。
「あの時も、あのような感じで無理矢理捕まったんですよね……」
その行為が、前の世界でのトラウマを掘り返したのだ。だから彼女は反射的に手が出た。それだけではない。捕まるだけではなく、誰かの支配下に入れられるのも、牢獄に入れられたことを連想してしまうために体が拒絶する。だから【神代】の配下に入らない。
「仲間にするとか言ってさ、命を奪う準備をしているかもしれない。そんなヤツらには従えない!」
では、彼女たちは、こちらの世界でどうするのか。
まず、元の隣接世界に戻ることは考えていない。元の世界にはもう彼女らの居場所はないだろうから、戻ったらすぐに殺されてしまう。それ以前に戦争のせいで既に滅んでいる可能性もある。パワーバランスが崩れるということは、それも意味している。
「わたくしたちの居場所を、こっちの世界で探しましょう。幸いどうやらこちらの世界は、呪術を司る人を捕まえて処刑するようなことをしているようではないみたいです」
それが当面の目的だ。
誰もが、自分の居場所を求めている。それは花織も久実子も同じだ。
「あの霊能力者、あたしたちを捕まえようとしたな? ならば徹底的に抗ってやろうじゃないか!」
そして自分たちを捕えようものなら、相手をする。その結果として、相手を殺めてしまうことになっても構わない。
「あたしにはな、花織、あんただけいればいいんだ」
「久実子……。それはわたくしも同じ意見ですよ」
二人は手を繋ぎ、そして抱き合う。こちらの世界にたった二つしかない、自分たちだけの温もりを共有するのだ。