第6話 来襲の行進曲 その2

文字数 4,477文字

 外役寺が攻撃された直後、時期的には聖閃が通報した後のことだ。

「おいおい、修練のヤツがこの辺に来ているかもしれないだって? ヤバいんじゃないか?」
「かもしれないです」

 宵闇宮に来ていた鎌賢治は、仲間の山繭柚好と相談していた。距離的に、修練たちが次のターゲットに宵闇宮を選んでも何も疑問はない。

「あの聖閃が負けたというんだから、かなり強いんじゃないの?」

 心配そうな声を黛一が出すと、硯彦次郎は、

「今! 【神代】に連絡して応援を送ってもらうことにしたぜ! これで安心だ!」

 スマートフォンで【神代】のデータベースにアクセスし、手を打った。

「だが聖閃の証言が正しいなら、相手は修練だけじゃないぞ? わかっているだけでも修練の手下である霊能力者が数人。それに加えて、百人ぐらいの詳細不明な大衆……」
「でもそんなに大勢じゃ、移動するだけでも一苦労なはずですよ? 少しでも動けば、絶対にバレます」

 だが外役寺が実際に襲われた以上、警戒は怠れない。

「柚好、応声虫を使うんだ。今の季節なら、チョウやハチくらい飛んでいても何ら不思議じゃない」
「了解です。今、出します」

 柚好がその場に立ってクルっと回転すれば、その残像が大量の虫に変わる。そしてそれらが宵闇宮の外に飛んでいった。

「何か見かけたらすぐに教えてくれ。俺たちがここを必ず守る!」
「そうだ! 柚好には手を出させないぞ!」
「修練だか何だか知らないが、そんな馬の骨は僕が折り曲げてやる!」

 それにこの宵闇宮には、心強い味方がいる。神主の菊池檀十郎だ。

「どこまで力になれるかは、わからない。だがこの宮は私の家、家族と同様だ。全力で守ろう」

 それに彼に従う修行僧も多い。情報通りの大群が攻めてきても対処できるはずだ。

「もう一度確認しておこう。修練の仲間には峻、紅、蒼、緑。それに加えて洋次に結に秀一郎か」
「一緒に脱走したっていう蛭児と皐も、ですよね?」
「その二人の霊障は何だ?」

 それも調査済みで、霊能力者ネットワークに記載されている。それを見て檀十郎は、

「この蛭児……! 蜃気楼が使えるな。それで姿を隠しているんじゃないか? だから、バレない。発見されないのかもしれん。結も使えるらしいから、可能性が高い」

 予想を言った際、宮の修行僧が慌てて彼らが会議をしている部屋に入って来た。

「た、大変です! 檀十郎様!」
「どうした?」
「修練です! 既に鳥居の前に、います!」
「何だと!」

 報告を受けて一番驚いたのは、実は柚好である。

「そんなはずは……! だって私の虫には何の反応も……!」
「やはり蜃気楼か! 存在を誤魔化しているんだ!」

 もう話し合いをしている暇ではない。五人は外に出た。宮の門の方を向くと、男が一人立っている。

「宵闇宮はここか」
「君が、修練か……」

 檀十郎は彼を見ただけで、相手は自分がすると決めた。

「賢治たちは他のヤツらを頼む!」
「了解! いつの間に、こんなに……」

 目の前には、大勢の霊能力者がいる。彼ら彼女らに共通しているのは、服装が古めかしいということだ。それに雰囲気が異常。まるで死人を見ているかのような感覚だ。

「とにかく、宮にはこれ以上一歩も近づかせるな!」

 宵闇宮の黒い鳥居の前に出た賢治たち。ここが防衛ラインとなる。

「今度は君たちの力が見たい。やってくれ」

 大衆の後ろの方にいる蛭児が、網切たちに囁いた。すると、

「任せな。期待通りに動いてみせる」

 網切ら四人だけが動き出す。

(圧が凄い……!)

 一は面と向き合っただけで、相手の強さを察知。これは最初から全力でいかないと負ける。命をかけなければいけないかもしれない。
 相手の出方を伺っていると、突然地が揺れ出した。

「な、何だ? 地震か?」

 徐々に大きくなり立っていられず、四人はしゃがんだ。だが網切たちは平然と立っている。これは霊障だ。

「礫岩か!」

 しかし対策できない攻撃ではない。賢治はポケットから植物の種を取り出し地面の上にポトッと落とした。それが木綿で急成長し巨木となり、

「これに掴まれ! そうすれば、揺れに耐えられる!」

 しっかりと根を張った。

「助かる!」

 一たちはその木の幹に掴まる。それでやっと立ち上がれた。

「敵は?」
「まだ動いてないです! 揺れのせいで動けないのではないでしょうか?」

 柚好はそう言ったが、そうとは思えない彦次郎。

(自分たちに不利益のある手を打つのか……?)

 そしてその勘は当たった。

「き、来ている! マズいぞ、一! 逃げろ!」
「ぬわっ!」

 悠々と歩いて来る、網切たち。地震の影響を受けているとはとても思えない。

「網切、まずは私に任せて欲しい」

 空狐が一歩前に出た。その背後から大量の昆虫が飛び出す。しかも通常よりもデカい。

「あの大きさは、応声虫ではあり得ない…! これは霊障発展・恐鳴なんじゃ?」

 賢治の推測通りである。実は網切が使った霊障も、礫岩ではなく震霊だ。
『月見の会』の時代には霊障合体はなかったので、一つ一つの霊障を極めることが追求された。その結果、後の時代に霊障発展と呼ばれる技術を先に得られたのである。

「落ち着け! 虫なら鬼火でいくらでも焼き尽くせる! 柚好、頼んだ!」
「え? 何を言っていますか?」

 何と、目と鼻の先という距離関係にも関わらず、賢治の声が柚好に届いていない。もちろん聞き返した柚好の返答も、賢治は聞き取れていないのだ。口を動かしてはいるものの鼓膜が動いていないこの状態、彦次郎はすぐに、

(恐鳴の影響か! 自分が出していない周囲の音すらも自由自在! コミュニケーションが阻害された!)

 すぐに恐鳴は取り除かなければ、四人の連携は崩されたままだ。彼は雪が使えるので、雪の氷柱を生み出し空狐に撃ち出した。

「くらえ!」

 鋭く素早い攻撃だ。
 だがその攻撃は空狐には当たらなかった。

「んだと? これは!」

 突然、氷柱の先に鉄製のまきびしが出現し、それを砕いてしまった。

「危ない危ない」

 魑魅の霊障だ。金属を生み出して防御したのである。

(今、投げた素振りを見なかった! 蜃気楼がないのであれば、これは機傀じゃない! 機傀は、自分の体が触れている空間……体の側からしか金属を生み出せない……。だとするとこれは、魂械?)

 間違いない。しかも追撃まで繰り出される。気が付けば賢治たちは、鉄の弾に囲まれていた。

「これは……!」
「やられた!」

 まだ震霊で大地が揺れているこの状態、賢治が育てた樹木にしがみついていないと立っていられない。しかしそれでは動けない。もちろん彦次郎は雪の結晶を使って防御を試みるのだが、

「だから、意味はないさ」

 魂械で生み出された鉄球が雪を叩き割ってしまう。

「それっ!」

 魑魅が開いた手の指を閉じれば、賢治たちを囲っている鉄の弾が一斉に動き出し、彼らの体を襲った。

「ぐぁああああああああああああが!」

 悲鳴と同時に、地面に崩れる。

「終わったな」

 勝利を確信し、震霊を止める網切。だが一人だけ、まだ膝で立ち上がれている。一だ。

「このまま、終われるか……! こ、この……!」

 懐からスマートフォンを取り出した。

「何だあれは?」

 網切たちは、それが何なのかわかっていない。当然スマートフォンにはバッテリーが内蔵されていることも、知らないのだ。

「これでも、くらえ!」

 電霊放がスマートフォンの画面から飛んだ。一瞬反応に遅れた網切は、それを肩に受けてしまう。

「ほう……。電霊放が使えるのか、あの四角い板は」

 深くはない一撃だが、服を貫通し着弾点から血が流れているのが見える。

(小さくていい! 少しずつ、前に進んで勝利を掴み取る!)

 幸いまだ腕は伸ばせる。もう一度電霊放を撃つのだ。一は電霊放を曲げられるので、震霊による妨害はかわしやすい。
 だが、

「怪我をしたか、あなた。どれどれ……」

 蛟が網切の肩に手を置く。すると傷口が塞がると同時に、何と服まで治ってしまうのだ。

「は、はあああ? はあ?」

 これが慰療の上位種、霊障発展・完治(かんち)だ。生き物の傷はもちろん、物体の損傷も元通りに治せる、究極の回復術。

「そんな……」

 気力を失い、一もその場に倒れた。

「よし、ではトドメだな」
「いや、それはよせ網切」
「蛭児、何故止める?」

 蛭児は許可を下さなかった。彼は修練の方を見る。

「檀十郎、どうするつもりだ? お前が期待していたあの霊能力者たちはもう立ち上がれそうにないぞ? それにお前ももう、ボロボロだ」

 時間にして、十分も経っていないだろう。そんな短い間だったにもかかわらず、檀十郎の体はもう限界を迎えそうだ。対する修練には、傷一つない。

「修練、取引をしよう……」

 わき腹を押さえながら、檀十郎が言う。

「何をだ?」
「この宵闇宮、それに賢治たちには手を出さないでくれ。私の命はどうなってもいい。この老いぼれの命をやるから、見逃してくれ」
「取引になっているのか、それは?」

 修練からすれば、利益は何もない。檀十郎は自分の身はどうなってもよいと言うが、それでも一方的な要求に聞こえる。

「そうだな………」

 ここで修練、宵闇宮の黒い鳥居に手を当て、

「じゃあ、これでいい。この鳥居を壊しておくぞ」

 何と檀十郎の要求を、一部変更してではあるが受け入れたのだ。火災旋風を繰り出し鳥居を炎で包んだ。

「いいのですか、修練様?」

 蒼の問いかけに、修練は何も答えなかった。燃え盛る鳥居に背を向け、蛭児や洋次に、

「次の場所に移動する準備をしろ。死神塚だ。蛭児、洋次、そこに向かえ」

 指示を出し宵闇宮の境内を出た。


 外役寺と宵闇宮の二か所が襲われたことは、【神代】にとっては衝撃だった。

「ここも危ないかもしれない」

 そんな不安の声が、【神代】が関与しているあちこちで聞こえてくる。不幸中の幸いか、襲撃された場所で死者は出てはいない。

「わかるよ。逃げ出したくもなるってもんだ」

 死神塚を守る舞鶴勝雅は、チームを組んでいる式部苑子と萬屋進市にそう言った。

「キミら二人は逃げてもいいよ。オレが修練たちを何とかしてみせる」
「怖くはないのかよ、勝雅は?」
「オレか? 誰だって怖いさ、こんなこと。でも、誰かは逃げてはいけない。最後の最後、誰かはことに対処しないといけないんだ」

 もしかしたら、殺されるかもしれない。だが命の危険を冒してでも、守らなければいけないものがある。それが【神代】という概念だ。

「ここで修練に負けて死んだとしても、抗ったという事実は確実にこの世に残る! 守るべきもののために戦ったことは誰かが理解してくれる!」

 だから、震える足を押さえて走り出さずにこの寺院にいられる。

「なら、わたしだって!」

 苑子も最後までここに残ると決めた。

「僕もだ。迫りくる相手に背中を見せるのは、格好悪いぜ」

 念のために寺院の坊さんに、貴重な品物は運び出させた。万が一守り切れなかったとしても、物毛の殻の建物が焼き討ちされるだけで済む。

「こっちの覚悟と準備はできた! いつでもいいぞ、修練! かかって来い! 絶対にオレたちが、ここで食い止める!」
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