第5話 敵を学べ その1
文字数 3,371文字
ここは呉市の下浦刈島。そこに海神寺と比べれば劣ってはいるものの、神社がある。
「お久しぶりです、辰馬さん」
名前は七草 神社 。そこの神主は佐藤 辰馬 だ。年齢は増幸よりも二回り上。
「こんな珍しいこともあるのか、増幸……。何年ぶりだろう?」
「実は、こういうことがありましてね…」
海神寺での悲劇を教えると、気の毒そうな表情をしてから、
「なら、私の体が傷ついたも同然だ。自由に使ってくれ」
宿泊の許可を出してくれた。このメンバーには緑祁や香恵、退院した雛臥に骸、そして道雄と勇悦もいる。その他何人かの修行僧も一緒だ。
宿泊設備が整った寺院の本殿は無事だったのだが、またあの二人が来るかもしれないと思うと、事件終息まで閉鎖した方が賢明だ。それに【神代】からの指示でもある。だから家に帰れる人は帰し、戻れる場所のない人は同行した。
「まずは客間に、荷物を置いてきてくれ。そしたら三時になったら大広間に来るんだ」
言われた通りにし、集合時間までまだ時間があるので客間で休む。
「ふう…。あの海神寺の状態を見たら、何か起きてる……。相当恐ろしいことが始まってしまっているんだね」
「もし私たちが寺院から離れてなければ、対処できたかもしれないわ……」
香恵は悔しさを感じる。だが、
「僕がいても駄目だったと思うよ…? 初めて聞く霊障に対処できるわけがない、それは雛臥や骸も、僕も同じだ」
緑祁の考えは違う。
隣接世界からやって来た二人は、強力だ。わずか一日で海神寺に惨事を招いた危険分子。緑祁が相手をしてやっつけられるのなら誰も苦労しない。
「だから、何かしら対策を考えようよ」
「と言うと?」
緑祁は香恵に、教えを乞う。
「香恵は式神について、詳しく知ってない? 僕は名前だけ聞いたことあるぐらい。全然知識がないよ」
あの二人組は、次に何かする時も式神を使用する可能性がある。そう考えた緑祁はまず、その性質を勉強することから始めると決めた。
「いいわ。でも私も扱うことはしたことはない…」
香恵の方も知識だけで、実践の経験はなかった。
「この世に残っている死者の魂を札に封じ込めて作るのよ。人間の言うことを聞くけど、腐っても神……人にはできない特別なチカラを秘めているの」
実際に見たことがない彼女からはそれ以上詳しい説明はない。だが、
「ってことは、その辺の幽霊以上に厄介な存在ってことだね」
その本質を緑祁は見抜いた。
約束の時間になったので二人は大広間に行く。増幸は特に何をするか決めていなかったが、緑祁が式神について詳しく知りたいと言うと、
「そうしよう。あの海神寺にも式神が解き放たれたからな。私も目にしたが、あれほどまでにおぞましい形状なのはやはりこちらの世界に由来を持たないからだろう…」
この七草神社には、式神の札が何枚かある。その内の一枚を辰馬は持って来て増幸に渡した。
「これがそうだ」
文字が書かれた和紙だ。それ以外に特別な感想は抱けない。だが、ただならぬ雰囲気を持ち合わせている。
「念じると、召喚できる。これは…?」
「[ツノグモ]だ」
「よし、じゃあ[ツノグモ]、出てきてくれるかい?」
増幸が札に霊力を送ると、そこにその式神…[ツノグモ]が現れた。頭はウシだが、体はクモという口は悪いがグロテスクな姿だ。
「よしよし、いい子だ。みんな、見えているね?」
「はい」
隣接世界出身の道雄と勇悦にも、その姿はハッキリ捉えられる。これはおそらく、式神が幽霊とは違う存在であるからだ。
「[ツノグモ]のチカラは何です?」
「確か、幻覚を見せることだ」
辰馬がそう言った瞬間、[ツノグモ]はそのチカラを披露してみせた。空気中に魚が現れ、宙を泳いでいるのだ。幻覚なのだが本物と思えるほどにリアル。思わず手を伸ばしたくなるほどに。
「で、緑祁君? 式神の何を知りたい?」
「全部、です……。僕は無知ですので…」
かなり大雑把な要求。だが増幸も辰馬も、呆れた顔はしない。
「ならば一から教えようではないか!」
逆にやる気が出てくるのだ。
「まずは基本から! 実は霊能力者には大きく分けて二つある。一つは君らのように一般的に霊能力者と言われる人たち。除霊を行ったり、霊障を操ったりすることができる。そして二つ目が、式神を専門に扱う召喚士。霊障を操ることこそ不可能だが、霊能力者よりも強力な式神を生み出すことが可能…」
具体的には、人間の魂から式神を作れるのは召喚士だけ。霊能力者はその他の動物の魂からでないと式神を作れないのである。
ただし、霊能力者は死者の魂を見ることができるし、召喚士はその性質上、死人の霊魂をやはり見て感じることができる。また、両者とも、式神の召喚自体は問題なく行える。
また、召喚士でも霊能力者でも式神を作る際に魂を材料とするのだが、その魂が持っている生前の記憶は全て消えてしまう。
「まあ召喚士と霊能力者は似ているようで異なる者だから、【神代】も全てを把握しているとは限らない。【神代】の専門分野は霊能力の方だからな。だから式神の研究もほとんど行われていないはずだ」
ここで、
「式神はどうすればいいのですか?」
緑祁が聞いた。すると雛臥が、
「壊せばいいんだ。札でも式神本体でも…どちらかさえ破壊できれば、両方とも崩れて消える。札と式神は常に繋がっている。言い換えれば、札が魂を式神の形にして、この世に繋ぎとめているんだよ」
では、海神寺に現れた式神、[ジュレイム]はどうなったのだろうか。それは海神寺の他の修行僧が結末を知っていた。
「手に針金? 金属棒を持った人が放電して破壊した」
それは紫電のことだと、緑祁と香恵は理解した。
「そんなことができるのは紫電だけだね。でも驚いたよ、彼がこっちに来ているだなんて…」
「観光かしら? でもまだそういうシーズンじゃないわ。まあ彼なりの旅なのね」
その人物に協力を要請できないかと増幸は提案した。紫電は実際に隣接世界からの式神を破壊してみせた人物。味方にできれば心強い。
「無理だと思うよ…」
だが緑祁の返事は暗い。理由は、
「彼は僕のライバルなんだ。【神代】からの命令がなければ、手伝ってはくれない、と思う…」
張り合うことを優先するだろうから。
「でもそれは見方を変えれば、紫電は紫電なりに例の二人の対処をしようと行動しているってことだわ」
だから、完全に敵というわけではない。
「複雑な人間関係をお持ちのようだね……」
これには増幸も呆れる。
「話を戻そう。隣接世界からの使者である彼女らには、こちらの世界の常識が当てはまらないかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「人間の魂からでも式神を作れる可能性がある」
「え、でも……。あんた前に、隣接世界から来た人はこちらの世界の幽霊を見ることができないって言ってたよな?」
反論する骸。
「そうじゃない。元いた世界で既に作って、こっちに持ち込んでいるかもしれないという話だ」
「あ、そっちか…」
的確な答えが飛んできたので納得した。
「ならばこちらも式神を作って、差し向けるのはどうですか?」
雛臥が提案すると、増幸は、
「いいアイディアかもしれない。式神がどんな姿になりそしてどのようなチカラを得るかは、作ってみなければわからない。未開の一手が撃てるはずだ」
採用する素振りを見せたが、
「僕は、それはしたくありません」
誰かが異議を唱えた。
それは緑祁だった。
「どうしてだい、緑祁君?」
確かに式神を従えて戦力にするのは、理にかなった戦法である。相手がそうしている以上、こちらも同じ手法を用いても誰も非難してこないだろう。
だが、それは彼の中の心に引っ掛かるのだ。
「式神とはいえ、元は人の魂でしょう。それを武器にするのは嫌なんです……」
霊障にこだわっている緑祁ならではの返事だ。思い返せば修練を捕まえる時も、緑祁は式神やその類には頼らなかった。もしかすると、悪霊や屍亡者を従えていた修練一派のことを見て、抱いたそのような人間にはなりたくないという意識の表れかもしれない。
「まあそれもいいだろう。君がそう言うのならば、それを貫くことの方が重要だ。私も押し付けることはしない」
辰馬も納得してくれた。
「また脱線したな……。まあ他の式神に関する知識は……」
勉強会は続く。緑祁はメモしながら話を聞いた。
「お久しぶりです、辰馬さん」
名前は
「こんな珍しいこともあるのか、増幸……。何年ぶりだろう?」
「実は、こういうことがありましてね…」
海神寺での悲劇を教えると、気の毒そうな表情をしてから、
「なら、私の体が傷ついたも同然だ。自由に使ってくれ」
宿泊の許可を出してくれた。このメンバーには緑祁や香恵、退院した雛臥に骸、そして道雄と勇悦もいる。その他何人かの修行僧も一緒だ。
宿泊設備が整った寺院の本殿は無事だったのだが、またあの二人が来るかもしれないと思うと、事件終息まで閉鎖した方が賢明だ。それに【神代】からの指示でもある。だから家に帰れる人は帰し、戻れる場所のない人は同行した。
「まずは客間に、荷物を置いてきてくれ。そしたら三時になったら大広間に来るんだ」
言われた通りにし、集合時間までまだ時間があるので客間で休む。
「ふう…。あの海神寺の状態を見たら、何か起きてる……。相当恐ろしいことが始まってしまっているんだね」
「もし私たちが寺院から離れてなければ、対処できたかもしれないわ……」
香恵は悔しさを感じる。だが、
「僕がいても駄目だったと思うよ…? 初めて聞く霊障に対処できるわけがない、それは雛臥や骸も、僕も同じだ」
緑祁の考えは違う。
隣接世界からやって来た二人は、強力だ。わずか一日で海神寺に惨事を招いた危険分子。緑祁が相手をしてやっつけられるのなら誰も苦労しない。
「だから、何かしら対策を考えようよ」
「と言うと?」
緑祁は香恵に、教えを乞う。
「香恵は式神について、詳しく知ってない? 僕は名前だけ聞いたことあるぐらい。全然知識がないよ」
あの二人組は、次に何かする時も式神を使用する可能性がある。そう考えた緑祁はまず、その性質を勉強することから始めると決めた。
「いいわ。でも私も扱うことはしたことはない…」
香恵の方も知識だけで、実践の経験はなかった。
「この世に残っている死者の魂を札に封じ込めて作るのよ。人間の言うことを聞くけど、腐っても神……人にはできない特別なチカラを秘めているの」
実際に見たことがない彼女からはそれ以上詳しい説明はない。だが、
「ってことは、その辺の幽霊以上に厄介な存在ってことだね」
その本質を緑祁は見抜いた。
約束の時間になったので二人は大広間に行く。増幸は特に何をするか決めていなかったが、緑祁が式神について詳しく知りたいと言うと、
「そうしよう。あの海神寺にも式神が解き放たれたからな。私も目にしたが、あれほどまでにおぞましい形状なのはやはりこちらの世界に由来を持たないからだろう…」
この七草神社には、式神の札が何枚かある。その内の一枚を辰馬は持って来て増幸に渡した。
「これがそうだ」
文字が書かれた和紙だ。それ以外に特別な感想は抱けない。だが、ただならぬ雰囲気を持ち合わせている。
「念じると、召喚できる。これは…?」
「[ツノグモ]だ」
「よし、じゃあ[ツノグモ]、出てきてくれるかい?」
増幸が札に霊力を送ると、そこにその式神…[ツノグモ]が現れた。頭はウシだが、体はクモという口は悪いがグロテスクな姿だ。
「よしよし、いい子だ。みんな、見えているね?」
「はい」
隣接世界出身の道雄と勇悦にも、その姿はハッキリ捉えられる。これはおそらく、式神が幽霊とは違う存在であるからだ。
「[ツノグモ]のチカラは何です?」
「確か、幻覚を見せることだ」
辰馬がそう言った瞬間、[ツノグモ]はそのチカラを披露してみせた。空気中に魚が現れ、宙を泳いでいるのだ。幻覚なのだが本物と思えるほどにリアル。思わず手を伸ばしたくなるほどに。
「で、緑祁君? 式神の何を知りたい?」
「全部、です……。僕は無知ですので…」
かなり大雑把な要求。だが増幸も辰馬も、呆れた顔はしない。
「ならば一から教えようではないか!」
逆にやる気が出てくるのだ。
「まずは基本から! 実は霊能力者には大きく分けて二つある。一つは君らのように一般的に霊能力者と言われる人たち。除霊を行ったり、霊障を操ったりすることができる。そして二つ目が、式神を専門に扱う召喚士。霊障を操ることこそ不可能だが、霊能力者よりも強力な式神を生み出すことが可能…」
具体的には、人間の魂から式神を作れるのは召喚士だけ。霊能力者はその他の動物の魂からでないと式神を作れないのである。
ただし、霊能力者は死者の魂を見ることができるし、召喚士はその性質上、死人の霊魂をやはり見て感じることができる。また、両者とも、式神の召喚自体は問題なく行える。
また、召喚士でも霊能力者でも式神を作る際に魂を材料とするのだが、その魂が持っている生前の記憶は全て消えてしまう。
「まあ召喚士と霊能力者は似ているようで異なる者だから、【神代】も全てを把握しているとは限らない。【神代】の専門分野は霊能力の方だからな。だから式神の研究もほとんど行われていないはずだ」
ここで、
「式神はどうすればいいのですか?」
緑祁が聞いた。すると雛臥が、
「壊せばいいんだ。札でも式神本体でも…どちらかさえ破壊できれば、両方とも崩れて消える。札と式神は常に繋がっている。言い換えれば、札が魂を式神の形にして、この世に繋ぎとめているんだよ」
では、海神寺に現れた式神、[ジュレイム]はどうなったのだろうか。それは海神寺の他の修行僧が結末を知っていた。
「手に針金? 金属棒を持った人が放電して破壊した」
それは紫電のことだと、緑祁と香恵は理解した。
「そんなことができるのは紫電だけだね。でも驚いたよ、彼がこっちに来ているだなんて…」
「観光かしら? でもまだそういうシーズンじゃないわ。まあ彼なりの旅なのね」
その人物に協力を要請できないかと増幸は提案した。紫電は実際に隣接世界からの式神を破壊してみせた人物。味方にできれば心強い。
「無理だと思うよ…」
だが緑祁の返事は暗い。理由は、
「彼は僕のライバルなんだ。【神代】からの命令がなければ、手伝ってはくれない、と思う…」
張り合うことを優先するだろうから。
「でもそれは見方を変えれば、紫電は紫電なりに例の二人の対処をしようと行動しているってことだわ」
だから、完全に敵というわけではない。
「複雑な人間関係をお持ちのようだね……」
これには増幸も呆れる。
「話を戻そう。隣接世界からの使者である彼女らには、こちらの世界の常識が当てはまらないかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「人間の魂からでも式神を作れる可能性がある」
「え、でも……。あんた前に、隣接世界から来た人はこちらの世界の幽霊を見ることができないって言ってたよな?」
反論する骸。
「そうじゃない。元いた世界で既に作って、こっちに持ち込んでいるかもしれないという話だ」
「あ、そっちか…」
的確な答えが飛んできたので納得した。
「ならばこちらも式神を作って、差し向けるのはどうですか?」
雛臥が提案すると、増幸は、
「いいアイディアかもしれない。式神がどんな姿になりそしてどのようなチカラを得るかは、作ってみなければわからない。未開の一手が撃てるはずだ」
採用する素振りを見せたが、
「僕は、それはしたくありません」
誰かが異議を唱えた。
それは緑祁だった。
「どうしてだい、緑祁君?」
確かに式神を従えて戦力にするのは、理にかなった戦法である。相手がそうしている以上、こちらも同じ手法を用いても誰も非難してこないだろう。
だが、それは彼の中の心に引っ掛かるのだ。
「式神とはいえ、元は人の魂でしょう。それを武器にするのは嫌なんです……」
霊障にこだわっている緑祁ならではの返事だ。思い返せば修練を捕まえる時も、緑祁は式神やその類には頼らなかった。もしかすると、悪霊や屍亡者を従えていた修練一派のことを見て、抱いたそのような人間にはなりたくないという意識の表れかもしれない。
「まあそれもいいだろう。君がそう言うのならば、それを貫くことの方が重要だ。私も押し付けることはしない」
辰馬も納得してくれた。
「また脱線したな……。まあ他の式神に関する知識は……」
勉強会は続く。緑祁はメモしながら話を聞いた。