第10話 故霊を止めろ その1
文字数 2,203文字
「マズいことになったわねえ…」
ホテルで寝ていた絵美が、唐突に目覚めた。この世ならざる力が、夢の中から彼女を押し出したのだ。隣のベッドで寝ていた刹那も起き上がり、
「感じるのは、死者の霊魂、その負の力。異界の存在が、現世に解き放たれたのだ――」
カーテンをめくって窓を開け、外の様子を確認する。
「霊界重合……。これは確実にそうだわ」
雰囲気が不気味すぎる。夜中だから、という理由では片付けられないぐらいに。
(待って! ってことは、修練がもう青森に来て動き出しているってこと?)
そう感じた絵美はスマートフォンを取り、【神代】に通報をする。
「冗談ではないわ! すぐに青森に来て! 霊界重合が、始まっているのよ! きっと、現地の寺や神社でも観測できるわ! 規模が、大きい……」
ここまで大きいとは思っていなかった。市内は全て範囲内であろう。そして電話の向こうもその状況を確認できたのか、二人にすぐに指令を出す。
「霊界重合の解除に取り掛かれ、同時に被害を最小限に抑えろ、ね? わかったわ! 刹那、すぐに着替ええて! 出るわよ!」
「おっわ!」
意識を取り戻したのは、二人だけではない。事前に修練が情報を握っていなかったゆえに、真っ先に迷霊によって吹っ飛ばされ放置されていた紫電もボンネットの上で起き上がり、
「これが噂に聞く、霊界重合ってヤツか…。ここは勝負はお預けだぜ。まずはこの事態を終息させるのが優先事項! きっと緑祁もどこかでことに当たっているはずだ!」
彼は駅前にいた。緑祁と香恵の姿はそこにはない。もう事態を鎮めるべく、行動に出ているのだ。
「予想外の展開が訪れたな…!」
車から降り、自分で捨てたダウジングロッドを拾う。その時横から霊が襲ってきたが、そっちを見向きもしないで電霊放を撃ち、撃破した。
「霊界重合中に祓われた魂は、存在自体が消えるって聞くぜ。そりゃあ気の毒に。でもな、俺の相手ができると思う方が間違ってるんだぜ?」
紫電も自分のやるべきことを察知した。
「とりあえず、駅前周辺には誰もいねえな? いるのは幽霊だけだ。まだ死人も出てないようだから、対処するなら今の内だ!」
同じ頃、緑祁と香恵は町中にいた。いいや、住宅街の中を逃げていた。
「アレがさっき、修練が言っていた故霊……?」
それは大きな鳥の姿をしている。首は長く、そして翼が四つあるのが大きな特徴だ。夜空を羽ばたいて動く故霊は、的確に緑祁との間合いを詰める。
「香恵、あの幽霊はどんな性質を持っているの?」
「し、知らないわ……」
【神代】のネットワークにすらその存在はない。その忌々しい力を恐れたが故に、記録されなかったのか。それとも誰かが再現することを防ぎたかったからなのか。とにかく故霊という項目は、香恵の頭の中の辞典には掲載されていないのだ。
「ピュルルルオロロロオンッ!」
羽ばたく度に、羽根ではなく死者の魂が零れ落ちる。故霊が今までに吸い上げた者の命だ。それは最初は球状の灯だったが、人型に変わって町の中を彷徨い始める。
(あの霊をどうにかしないと、青森が死の町になってしまう!)
ここで緑祁、修練が語った過去を思い出した。
「あの霊を直接あの世に送る…。それが一番速い解決方法……」
「それは無理よ!」
すぐに香恵が駄目押しした。霊界重合が起きている現状、この世=あの世である。だから今の青森には、あの世という概念自体が消失しているのだ。
「あの霊は破壊するしかないわ」
「どうやって?」
自分よりも実力のあった修練でさえ、除霊させることができなかった霊だ。緑祁がどうにかできるはずがない。
「いいや、待って! アレは霊界重合のせいでこっちに来てしまっている…。なら、霊界重合を止めればいいんじゃない?」
そうすれば、故霊の方からあの世に戻って行くだろう。希望的観測ではあるが、
「いい手だわ」
現実的である。
本来霊界重合は、霊の力によって引き起こされる現象。その霊を止めれば、自然と収まるのだ。だから今の状況を作り出した元凶を叩けばそれで解決する。
「確か修練は赤い札を引き裂いて霊界重合を起こしたよね? それが原因となって今があるはずだ。そしてそれは、あの故霊じゃない別の幽霊……。それを止めれば!」
探し出せれば、止められる。だが、
「ピッシャアアアアオオオオオッ!」
故霊が緑祁たちの目の前に降り立った。
「コイツから逃げながらじゃ無理だ……」
故霊の嘴が怪しい紫の光を帯びている。そしてそれを開いた瞬間、暗い光線が吐き出された。それは建物の壁に当たると、コンクリートを破壊した。轟音が鳴り響き、破片が道路に降り注ぐ。
(ちょっと難しい選択だけど…)
もう迷ってはいられない。
「香恵、お願いだ! 修練が解き放ったと思う霊を探してくれ! そして霊界重合を止めるんだ!」
「……緑祁はどうするのよ?」
「故霊の相手をする」
下手をすれば命はない。だが、命を賭けてでも守らなければいけないものがある。緑祁の場合、それはこの町だ。
「僕が故霊の注意を引きつけている間に、香恵が見つけ出すんだ!」
返事も待たずに緑祁は前に出て、鬼火を放った。故霊は翼で羽ばたき、生じた風圧で火球をかき消した。全然効いていないが、故霊の顔は緑祁の方を向いている。
(釣れた…!)
この最大のチャンスを活かさないわけにはいかない。だから香恵は、
「死なないでよ、緑祁…!」
駆け出す。
ホテルで寝ていた絵美が、唐突に目覚めた。この世ならざる力が、夢の中から彼女を押し出したのだ。隣のベッドで寝ていた刹那も起き上がり、
「感じるのは、死者の霊魂、その負の力。異界の存在が、現世に解き放たれたのだ――」
カーテンをめくって窓を開け、外の様子を確認する。
「霊界重合……。これは確実にそうだわ」
雰囲気が不気味すぎる。夜中だから、という理由では片付けられないぐらいに。
(待って! ってことは、修練がもう青森に来て動き出しているってこと?)
そう感じた絵美はスマートフォンを取り、【神代】に通報をする。
「冗談ではないわ! すぐに青森に来て! 霊界重合が、始まっているのよ! きっと、現地の寺や神社でも観測できるわ! 規模が、大きい……」
ここまで大きいとは思っていなかった。市内は全て範囲内であろう。そして電話の向こうもその状況を確認できたのか、二人にすぐに指令を出す。
「霊界重合の解除に取り掛かれ、同時に被害を最小限に抑えろ、ね? わかったわ! 刹那、すぐに着替ええて! 出るわよ!」
「おっわ!」
意識を取り戻したのは、二人だけではない。事前に修練が情報を握っていなかったゆえに、真っ先に迷霊によって吹っ飛ばされ放置されていた紫電もボンネットの上で起き上がり、
「これが噂に聞く、霊界重合ってヤツか…。ここは勝負はお預けだぜ。まずはこの事態を終息させるのが優先事項! きっと緑祁もどこかでことに当たっているはずだ!」
彼は駅前にいた。緑祁と香恵の姿はそこにはない。もう事態を鎮めるべく、行動に出ているのだ。
「予想外の展開が訪れたな…!」
車から降り、自分で捨てたダウジングロッドを拾う。その時横から霊が襲ってきたが、そっちを見向きもしないで電霊放を撃ち、撃破した。
「霊界重合中に祓われた魂は、存在自体が消えるって聞くぜ。そりゃあ気の毒に。でもな、俺の相手ができると思う方が間違ってるんだぜ?」
紫電も自分のやるべきことを察知した。
「とりあえず、駅前周辺には誰もいねえな? いるのは幽霊だけだ。まだ死人も出てないようだから、対処するなら今の内だ!」
同じ頃、緑祁と香恵は町中にいた。いいや、住宅街の中を逃げていた。
「アレがさっき、修練が言っていた故霊……?」
それは大きな鳥の姿をしている。首は長く、そして翼が四つあるのが大きな特徴だ。夜空を羽ばたいて動く故霊は、的確に緑祁との間合いを詰める。
「香恵、あの幽霊はどんな性質を持っているの?」
「し、知らないわ……」
【神代】のネットワークにすらその存在はない。その忌々しい力を恐れたが故に、記録されなかったのか。それとも誰かが再現することを防ぎたかったからなのか。とにかく故霊という項目は、香恵の頭の中の辞典には掲載されていないのだ。
「ピュルルルオロロロオンッ!」
羽ばたく度に、羽根ではなく死者の魂が零れ落ちる。故霊が今までに吸い上げた者の命だ。それは最初は球状の灯だったが、人型に変わって町の中を彷徨い始める。
(あの霊をどうにかしないと、青森が死の町になってしまう!)
ここで緑祁、修練が語った過去を思い出した。
「あの霊を直接あの世に送る…。それが一番速い解決方法……」
「それは無理よ!」
すぐに香恵が駄目押しした。霊界重合が起きている現状、この世=あの世である。だから今の青森には、あの世という概念自体が消失しているのだ。
「あの霊は破壊するしかないわ」
「どうやって?」
自分よりも実力のあった修練でさえ、除霊させることができなかった霊だ。緑祁がどうにかできるはずがない。
「いいや、待って! アレは霊界重合のせいでこっちに来てしまっている…。なら、霊界重合を止めればいいんじゃない?」
そうすれば、故霊の方からあの世に戻って行くだろう。希望的観測ではあるが、
「いい手だわ」
現実的である。
本来霊界重合は、霊の力によって引き起こされる現象。その霊を止めれば、自然と収まるのだ。だから今の状況を作り出した元凶を叩けばそれで解決する。
「確か修練は赤い札を引き裂いて霊界重合を起こしたよね? それが原因となって今があるはずだ。そしてそれは、あの故霊じゃない別の幽霊……。それを止めれば!」
探し出せれば、止められる。だが、
「ピッシャアアアアオオオオオッ!」
故霊が緑祁たちの目の前に降り立った。
「コイツから逃げながらじゃ無理だ……」
故霊の嘴が怪しい紫の光を帯びている。そしてそれを開いた瞬間、暗い光線が吐き出された。それは建物の壁に当たると、コンクリートを破壊した。轟音が鳴り響き、破片が道路に降り注ぐ。
(ちょっと難しい選択だけど…)
もう迷ってはいられない。
「香恵、お願いだ! 修練が解き放ったと思う霊を探してくれ! そして霊界重合を止めるんだ!」
「……緑祁はどうするのよ?」
「故霊の相手をする」
下手をすれば命はない。だが、命を賭けてでも守らなければいけないものがある。緑祁の場合、それはこの町だ。
「僕が故霊の注意を引きつけている間に、香恵が見つけ出すんだ!」
返事も待たずに緑祁は前に出て、鬼火を放った。故霊は翼で羽ばたき、生じた風圧で火球をかき消した。全然効いていないが、故霊の顔は緑祁の方を向いている。
(釣れた…!)
この最大のチャンスを活かさないわけにはいかない。だから香恵は、
「死なないでよ、緑祁…!」
駆け出す。