第5話 刃の鋭さ その2

文字数 4,554文字

 緑祁は文与のことを民宿に連れて来た。

「私は仕事、今休んでるので……。だってヤイバが怖いから。職場は霊能力者ネットワークで調べれば、一発でわかってしまうもの」

 自分の身の安全が確保されるまで有給を使うつもりらしい。それが緑祁にとっては好都合で、この民宿に避難させることが可能だったのだ。

「誰……?」

 香恵が文与のことを見た…と言うより、睨んだ。

「ああ、あの依頼にあった保護対象者だよ。ええっと、吉池文代さん」

 彼女は結構な美形だったので緑祁の側にいると、香恵はあまりいい気がしないのだ。

「とにかく、この辺は危ないヤツがウロウロしているとは思えない。だから安全だと思うよ? 香恵、文与さんに部屋を用意してあげて」
「…わかったわ」

 文与も立派な客として泊まりに来ているわけだから、香恵はちゃんと案内する。代わりに荷物を持って、

「この部屋をどうぞ。何か困ったことがあったら、遠慮なく言って。すぐに善処するわ」
「あ、ありがとう」

 この時の香恵の対応は、従業員としては完璧だった。でも霊的勘か、それとも本能か、

「何か、引っかかる人物ね……」

 そう感じていた。
 その後、緑祁と香恵は話し合う。

「深山ヤイバ? う~ん私もその名前は聞いたことがないわ」
「八年前のことらしいからね。僕も香恵も小学六年生だよ。そりゃあ知らなくて当たり前だ」

 昼間の話だけでは不十分と感じた緑祁は、より詳細を調べていた。

「話に聞いていた火事は本当みたいだね。行方不明者が一人、これも。それがヤイバなら、彼は今千葉に潜んでいることになる……」

 驚いたことに、神奈が死亡したという神社は隣の習志野市にある。

「移動しようと思えば来れてしまうわね、この距離では」

 ここも安全じゃないかもしれない。

「でも、文与さんがここに来ていることは誰にも教えてないよ? それこそ骸と雛臥にも言ってない。【神代】にも知らせてないから、バレないとは思うけど、どうだろう?」
「言えてるわ。ここにいるのなら、安全ね」

 依頼は、ヤイバが捕まったら終了だ。長引かせるつもりは緑祁にはないので、ここは逆に捕まえる動きでいく。香恵を民宿に待機させ自分が探しに行けばいい。そのことを香恵に提案すると、

「私も同意見だわ。時間は経てば経つほど、ヤイバの行動範囲も広がってしまう。早期決着が望ましいわね」

 賛成してくれた。


 だからそのまま文与には民宿にいてもらいたかったのだが、

「出かけさせて」

 と、夕方に彼女は言い出したのだ。

「危険だよ? 僕がヤイバを探し出すから、それまでここで待ってて!」
「何で? どうしてアナタに指図されないといけないの? 守ってくれればいいだけじゃないの!」
「だから、危険を減らすためにも……」
「ねえ、ボディーガードの意味知ってる? あたしをこんなところに閉じ込めるんじゃなくて、危ない時に命をかけて守ってくれればそれでいいの! 今日私は、イオンに行きたいから。アナタたちがついてくればいいだけのことでしょ?」

 自分勝手なことを言い出し、緑祁の意見は聞き入れない。今にも民宿を飛び出しそうな勢いだ。

「仕方ない……」

 癇癪を起されては困るので、香恵にワケを伝えて一緒に幕張のイオンモールに今から行くことに。


 電車に揺られて目的地に到着した。

「もう日が暮れかけてる……」

 着いたばかりだというのに緑祁は、もう帰る時の心配をしている。これはかなり遅い時間帯になりそうだ。

「まずは夕食を」

 文与はテナントのレストランを指差してそこに入ろうとした。

「何名様ですか?」

 従業員に尋ねられた際、

「一名です」

 文与は即答した。

「え、ちょっと……? 私たちを同席させてくれないの?」
「だってそうでしょ? ボディーガードが一緒に食べるなんて変じゃん? いざという時に守れないよね、それって?」

 理屈は正しいのだが、優しさの配慮の欠片もない考え方だ。だから文与が一人で食事をし、その間緑祁と香恵はレストランの外で怪しい人物を見張る。見かねた店員が、二人に水をサービスしてくれた。
 食事が終わると買い物だ。流石に文与も、高いカバンを買えとは言わなかった。しかし緑祁と香恵は、次に彼女がどんなワガママを言い出すか、ハラハラしていた。
 時計を確認すると、午後九時前。そろそろ閉店時刻が迫る。

「あの文与さん……。そろそろ帰りましょう。もう時間ですし…」
「あ、待って!」

 ここで、

「映画見たいんだけど」
「どうぞご覧になってください」

 という返事は言えない。

「今から、ですか? 帰宅時間がかなり遅くなりますよ?」

 と返した。すると、

「だってあの民宿、WiFiも入らないしテレビ以外何もないじゃない? そんなところに滞在できる? 無理だよ」

 結局このワガママも無理矢理通されてしまう。映画の上映中……つまりは二時間半、緑祁と香恵はイオンシネマの売店近くのソファーで待つことに。

「緑祁、大丈夫?」

 反対するが文句をこぼさない緑祁に、香恵はポップコーンとジュースを買ってきて渡した。

「ありがとう、香恵…」

 この日、夕食をまだ食べていないので、二人はポップコーンを代わりにした。

「愚痴ぐらいなら聞くわ」
「言わないよ、そんなこと」
「どうして?」

 真面目なことに、緑祁は言おうとしないのだ。

「なら、私の話を聞いてくれる?」

 と言う香恵。それを言われた緑祁は、香恵が陰口を言うのだと思った。しかし、

「あの人、何か引っかかるのよ」

 香恵は、民宿で感じたことを緑祁に伝えた。

「と言うと、どういうこと?」
「暗い部分がある気がするわ」

 ではそれは、何か? 本能的な勘に基づいているがために、詳しく説明はできない。だが、

「確かに、復讐されるほど恨まれているらしいからね。何かしら、過去にあったんだとは思うけど」
「本当に今回の事件はヤイバの逆恨みなのかしら?」

 それが、香恵が感じた引っ掛かり。

「何か、隠されている気がしてならないわ。どこか、影がある気がするの」
「でも、一体何を? 午前中に聞いた話は噓偽りのない内容だったよ?」

 それに民宿で一旦、香恵と共に確かめた。
 ヤイバは確かに、八年前に悪事を働いている。それを暴いたのが、高師や文与。【神代】のデータベースにはそれが事実として記録されている。

「一番被害を受けたのは、日影皐……。アレ? どこかで聞いたことがあるような……?」

 数秒考えこんでから、二人はハッとなる。

「【神代】の講演会! 最初、僕の隣に座っていたのが皐だ!」

 それを思い出した瞬間、点と点が繋がった気がした。

「あの時緑祁の隣に座り込んできたのが皐で、その友人がヤイバに殺されたし命も狙われている……? そして文与と高師だったっけ? 緑祁に依頼をしてくる……。ヤイバの脱獄も最近の出来事…」

 できすぎているように感じるのだ。

「これは、聞いてみた方がいいね」

 緑祁も香恵も思った。この一件には、何か裏がある。その真実を知らなければ、ヤイバを止めることができないとも感じるのだ。

 映画が終わった時、時刻は十一時半だった。ギリギリ終電に間に合うかどうかの時間だ。

「文与さん、映画は面白かったですか?」
「まあまあだった…」

 前置きはこれぐらいにして、緑祁が切り出す。

「一つ、教えて欲しいことがあります」
「何を?」
「以前幕張メッセで【神代】の講演会がありましたよね? 僕も香恵もそれに足を運んだんですが、その時日影皐という人と軽く話をしました」

 その人物名を出すと、突然文与の表情が変わった。

「その、皐という人は……ヤイバからかなり酷い被害に遭われてますよね? データベースにそのことが書かれてました。ヤイバはそれがバレたから病棟に送られたんですから、相当酷いことをしたと推測できます。でも僕の感触なんですが、皐からはそんな被害者的な雰囲気は全然しませんでした」
「何が言いたいの?」
「八年前、何があったのか? ちゃんと教えてくれませんか? 文与さんはヤイバの犯行の証言をしてますよね? なら、彼の犯した罪について詳細に知っているはずです! 【神代】のデータベースの記録以上のことがあったんではないですか?」
「………」

 文与は何も言い返せなかった。ただ顔色を変えて、緑祁の発言を聞いていた。

「これは僕の妄想でしかないんですが…。皐と出会った時、式神を寄越せと言われました。もちろん断りましたが……」

 ここでスマートフォンの画面を見せる。

「ヤイバも式神を持っていたみたいです。それ以外にも何か、重要な物も。それらは皐への慰謝料として没収されて彼女に渡されたみたいですが……」
「だから、何!」

 綺麗な顔に似合わない怒鳴り声を文与は緑祁に浴びせた。が、彼は少しも怯むことなく、

「皐が僕に言ったことと同じことが、八年前に起きていたんじゃないのですか! ヤイバの式神を欲した皐が、嘘をでっち上げて彼から奪い取った。その時にヤイバは病棟に入れられたので、その奪われた八年間の復讐を始めた……。と考えると、僕らは納得がいく気がするんです!」
「じゃあ、何!」

 ボリュームを上げ文与は、

「あたしが悪いことでもしたって言うの! そう言いたいわけ?」

 周りの客のことすら考えずに叫ぶ。

「だから、本当は何があったのかを教えて欲しいんです」
「関係あるの、アンタにそれが!」
「そ、それは……。ないですけど…でも、隠し事をされたまま仕事をするには、ちょっと支障が出る気がするので……」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすので、緑祁はその迫力に押され始めてしまい、深く追求することができなくなった。だが横で観察していた香恵は、

(これは、確実に何かあるわね。緑祁や私どころか、【神代】にも教えられない隠された真実が!)

 様子だけでも察せる。

(多分、緑祁の想像が正解。だって仮にデータベース通りだったら、ヤイバの復讐相手って【神代】か社会自体になるはずよ。それか、彼を捕まえ処分を下した張本人に! そうなってないのは、その人物が探せないからじゃないわ。ヤイバ自身に、自分を陥れた人物に心当たりがあって、それで復讐をしている。そしてそれが、神奈や文与、皐、そして高師……)

 やはり、彼女の勘は正しかったのだ。
 ただ、この質問に文与はキレた。かなりご立腹の様子で、

「ああもう! 不愉快! こんな人に頼むんじゃなかった! 高師に頼んで他の人を紹介してもらうから! それまで、タダで働きなさいよ! もう帰ろうかと思ったけど、気が変わった! 浦安の大江戸温泉物語に案内しなさい!」
「そ、そんな無茶な? 今日中に帰れなくなりますよ?」
「うるさい、指図しないで!」

 無茶苦茶なことを言い出す。そして足早にイオンモールの外に出て車のない駐車場を走る。
 その時だ。突然文与が、何かに躓いて転んだのである。だがそれは、石ころでも車止めでもない。緑祁が駆け寄って確認すると、なんと大きな釘だった。

「痛い、もう!」
「何でこんなものが、駐車場に……?」

 よく見ると、地面に突き刺さっている。そしてしかも、たった今突き刺したかのように、コンクリートの破片が散らかっているのだ。

「どうしたの、緑祁?」

 香恵も来た。その瞬間、

「久しぶりだな、文与!」

 立体駐車場の屋上から、声がしたのである。
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