第7話 呪われた谷 その2
文字数 4,079文字
一方、刹那と雛臥は最初の場所からあまり動いていない。これは絵美と骸とは目的が違い、死者を殲滅することに専念しているからだ。
「うおおおおおおお! 業火でお焚き上げだ!」
赤い炎が手のひらから放出されると、死者の体を燃やしてグングンと勢いを増す。
「風は火を運べる。我が突風は火の気を広げるのに、大いに役立てるのだ――」
刹那の突風が味方をしてくれており、戦況を優位に運べている。
「もっと火力を上げるぞ! それっい!」
さらに炎を追加する。しかし死者も黙ってやられるわけではなく、鉄砲水を出した。
「そんなちっぽけな水で、この炎が消せるか!」
それには負けないのだが、突如炎を貫いて来る光の存在が、刹那の目に入った。
(電霊放……。だとすれば、この業火にも干渉し、中和し、無力化できるというのか――)
雛臥はそれに気づいていない。声をかけていては間に合わない。だから彼女は風を起こして雛臥の体を数メートル吹き飛ばした。
「わわっ?」
紙一重で電霊放は避けれた。
「ありがとう、刹那。あと少しで直撃していたよ……」
「風なら電霊放にかき消されることはない。アイツは我に任せよ――」
ここは役割分担だ。まず雛臥が、手当たり次第に業火を放ってみる。それが効かない相手は刹那が対処する。
(しかし――)
空を見上げた刹那。青い炎を中心に、強い風が大きく渦巻いているのがわかる。これは彼女が起こした風ではない。他の誰か、もっと言えば多分死者が生み出した風だ。
問題なのは、この風がいつ彼女らに牙を剥くのか、である。見ているだけで背筋から汗が出そうなほどの風力だ。こちらがこの世から吹き飛ばされかねない。刹那はその風に自分の突風をぶつけてみたが、負けた。つまり、
(我では防げんということ。それを考慮すると、増々恐怖が込み上げる――)
相手がその気になったら、それでお終いだ。
「雛臥、あまり我から離れるな。汝にも伝えないといけないことがある。上空の風は、我では防げん。汝の業火はあの青い炎に抗えるか――」
「……無理だと、思うよ」
雛臥の返事は暗かった。彼曰く、
「炎の温度は、赤よりも青の方が高い。でも業火や鬼火では、赤い炎しか出せない。だからアレが僕たちに向かってきたら、間違いなく飲み込まれて燃やされる……」
とのこと。
「そうか。それだけわかれば十分――」
覚悟を決めた。ここで取るべき行動は一つしかない。相手が本気になる前に、叩き潰すことだ。
「では、行くぞ。敵を殲滅すべし――!」
「そうだね。心がちょっと痛むけど、元々は死人! 幽霊の延長線上のような存在だ、仕方がない! 除霊する心構えで!」
業火と突風がさらに勢いを増す。二人は自分たちの力をフル活用して死者をあの世へ送り返しながら、敵陣の中を進む。
「雛菊、一つ言い忘れたことがあった」
「ナニ?」
範造の懸念。それは、思い込みによる魂の穢れだ。死者をもう一度葬っても、魂は汚れない。だが、心は?
「人を殺めた。そう考えることで自分で自分の魂を汚してしまうこともある。でも安心しろ、それはまやかしだ。実際には平気なんだ、俺たちの魂は、な!」
罪悪感に打ち勝てというのが、彼の主張だった。
「タシかにジュウヨウだね」
そもそも雛菊は範造よりも多くの人を、数字で表すと三人多く殺している。でも毎回命を奪うことに、罪悪の感情を覚える。相手は処刑されるべき人で、自分はそれをするべき人、そしてその行為自体が【神代】からの命令であっても、だ。善良心までは失っていない証拠である。
だがこの状況では、それが一番の敵になりかねない。
「だから思いっ切り、霊障を使え! 相手はもうこの世にいてはいけないんだ。あの世へ返してやることが、蘇ってしまった者への礼儀。死した者の望むことってモンだぜ」
言い換えるなら、生き返ることは死者も望んでいないというようなもの。
「ジブンでもうイチド、シぬことはできないの?」
「無理だ。自分たちの力では……。全ては死返の石に紐づけされてしまっている。『帰』で蘇った人は、自力では死ねない。だから誰かが、直接手を下すしかない!」
「でも、そのマカルガエシのイシをコワせば」
逆に言えば、石が破壊できたのならその力で蘇った人はみんな、すぐさまあの世に戻ることになるのだ。
「とにかく今は、目の前の死者を片付けろ! 俺たちが殺されてしまったら笑い話にもならない」
範造は機傀で槍を作ると、投げる。雛菊も雪の氷柱を撃ち込んだ。
「カンショクは、イきてるヒトにニてるね」
「それも『帰』のよくないところだ。だから罪の意識を相手に植え付けやすい。でも、何も迷うな! さっき皇が言ってた通り、間違っているのは相手の存在の方なんだ。死んだ人はどんな理由があっても、もう一度生きてはいけない」
死者への尊厳は、処刑を請け負う彼らが一番わきまえている。私情で殺したことは一度もないのだ。
「手こずる前に終わらせろ。霊障だ、鬼火と機傀の合体、融解鉄!」
ドロドロの液体状の鉄の波が、次々に死者を飲み込み溶かす。
「じゃあワタシは、レイショウ……。ユキのツララとデンレイホウのガッタイ」
それは雷雪崩 という。雛菊はスマートフォンのバッテリーの電力を使い、まずは電霊放を撃ち出す。それを舞い散る雪が跳ね返して向きを何度も変えて相手を貫くのだ。
「いいぞ、効果はある!」
相手の死者が、霊障を使ってきた。一気に範造との距離を縮めて、手刀を振ったのだ。
「乱舞か! だが!」
それを、機傀で鉄棒を生み出し防御する。鋼が負けたら彼に手刀の一撃が直撃するのだが、
(そこまで強くはない。逆に押し切れる!)
思いっ切り力を入れて、振る。死者の方が吹っ飛んだ。
「ええい、面倒だ! 雛菊、ちょっと離れてろ。ここは融解鉄で一気に殲滅する!」
「マカせたわ」
相手は霊障合体を使ってこない。だからこの融解鉄を止めることができなかった。
(ということは、結構昔の霊能力者ってことか? 服装も変だと思っていたが、一、二世紀ぐらいは古い? それとも、もっと遡るか?)
霊障を合体させることは、割と最近になってから試みられたことだ。だから死者が使ってこないのかもしれない。それとも、霊障合体は一人の中で完結していなければ……個人の使える霊障が二つ以上なければいけないために、他人の霊障とは合わせられないために、そもそもできないだけなのか。
「これは、犯人の手掛かりになりそうな情報だ」
二人は多くの死者をあの世に返す。その時に、禁霊術を行った犯人のおおよその人物像を浮かび上がらせた。ホームビデオを起動させることも忘れず、証拠として撮影しておく。
「ふふふ。わちきらをこれで止めているつもりか!」
皇の四つ子たちは、ここでその類まれな戦闘力を発揮。自然の摂理に反する蘇った死者……ルールを破る相手には、何も手加減しないし躊躇わない。
緋寒は鬼火をまず使って相手を攻撃し、撃ち漏らしには電霊放を撃ち込んだ。それでも近づいて来る死者は機傀で作った刀で切り祓う。死者の返り血を浴びたら念のため、薬束で治癒。少しのダメージすら、受け入れることを許さない。
紅華は木綿で植物の防壁を作り、一度に相手をする人数を減らした。応声虫で耳を、蜃気楼で目を惑わしてから相手の隙を突いて手で触れ、毒厄を流し込む。この一連の動きは慣れているために、綺麗だ。
赤実は鉄砲水を駆使して相手を押しのける。続いて礫岩を用いて足場をガタガタにし、崩れた者に雪の氷柱を撃ち込む。ついでに藁人形を取り出して呪縛を披露。誰も自分には近づかせないつもりだ。
朱雀はまず、乱舞で攻める。拳が放つ一撃は強靭で、一発で背中まで貫通するほどだ。一人倒すと旋風に乗って一気に移動し、次の相手を攻撃。今度はキックで首をへし折った。自分への反動は慰療で治し、逃げる相手には札を取り出し霊魂で狙う。
非常に驚くべきことに、彼女たちはここまで何も霊障合体を使っていない。使えないのではなく、戦闘力が高すぎるが故に使う意味を見い出せないのである。
「誰じゃ、この犯人は! 絶対に捕まえてみせようぞ!」
怒りは間違いなく、この場にいる誰よりも感じている。それが皇の四つ子に一層、強さをもたらしてくれているのだ。
「どこ? 蛭児はどこなのよ?」
あちらこちら探しても、それらしい人影はない。今が蛭児を捕まえる絶好のチャンスだというのに見えてこないがために、焦る。
「きゃっ!」
急に前に出てきた何かとぶつかった。
「いてて……」
「あれ、大丈夫? 雛臥じゃないの。どうしてここに?」
「我らはあまり動いていない。汝が戻って来たのだ――」
焦燥のせいで、この谷を一回りしていたことに絵美は気づいていなかった。彼女の背中を骸が追いかけていることにも。
「はあ、はあ、はあ……。行くなら一声かけてからにしてくれ! 俺はお前と違って、霊障が移動に向いてないんだぞ……!」
「あ、ごめん……」
四人は図らずも合流していた。
「なら、みんなで力を合わせよう! 一人一人で戦うより効率は悪いかもだけど、安全だ」
「そうだな。ここは命を大事に、そして慎重に!」
雛臥の提案にみんなが乗る。
その時、
「あれ、変ね……」
絵美の目に飛び込んできた人影が、二人。少年だ、彼女らよりも若い。その二人は絵美に対し、手招きをしている。
(こっちに来いってこと? もしかして……蛭児の仲間か、犯人?)
視線の向きに骸が気づく。
「誰だアレは?」
明らかに他の死者とは違う。でも、生きている雰囲気が感じられない。
「何かありそうだね」
「いかにも意味ありげな存在――」
四人が二人に気づくと、何と急に暴風が吹き荒れた。それは四人に群がる死者だけを吹き飛ばしたのである。
「どういうことよ? 何で私たちを攻撃しないの?」
相変わらず手招きを続けるその二人。
「こうなったら、その挑発に乗ってあげるわ!」
「お、おい! 気をつけろよ……? 追い詰められた死者は何をしでかすか、わからないぞ?」
絵美が踏み出すと、骸たちも恐る恐るついて来る。
「うおおおおおおお! 業火でお焚き上げだ!」
赤い炎が手のひらから放出されると、死者の体を燃やしてグングンと勢いを増す。
「風は火を運べる。我が突風は火の気を広げるのに、大いに役立てるのだ――」
刹那の突風が味方をしてくれており、戦況を優位に運べている。
「もっと火力を上げるぞ! それっい!」
さらに炎を追加する。しかし死者も黙ってやられるわけではなく、鉄砲水を出した。
「そんなちっぽけな水で、この炎が消せるか!」
それには負けないのだが、突如炎を貫いて来る光の存在が、刹那の目に入った。
(電霊放……。だとすれば、この業火にも干渉し、中和し、無力化できるというのか――)
雛臥はそれに気づいていない。声をかけていては間に合わない。だから彼女は風を起こして雛臥の体を数メートル吹き飛ばした。
「わわっ?」
紙一重で電霊放は避けれた。
「ありがとう、刹那。あと少しで直撃していたよ……」
「風なら電霊放にかき消されることはない。アイツは我に任せよ――」
ここは役割分担だ。まず雛臥が、手当たり次第に業火を放ってみる。それが効かない相手は刹那が対処する。
(しかし――)
空を見上げた刹那。青い炎を中心に、強い風が大きく渦巻いているのがわかる。これは彼女が起こした風ではない。他の誰か、もっと言えば多分死者が生み出した風だ。
問題なのは、この風がいつ彼女らに牙を剥くのか、である。見ているだけで背筋から汗が出そうなほどの風力だ。こちらがこの世から吹き飛ばされかねない。刹那はその風に自分の突風をぶつけてみたが、負けた。つまり、
(我では防げんということ。それを考慮すると、増々恐怖が込み上げる――)
相手がその気になったら、それでお終いだ。
「雛臥、あまり我から離れるな。汝にも伝えないといけないことがある。上空の風は、我では防げん。汝の業火はあの青い炎に抗えるか――」
「……無理だと、思うよ」
雛臥の返事は暗かった。彼曰く、
「炎の温度は、赤よりも青の方が高い。でも業火や鬼火では、赤い炎しか出せない。だからアレが僕たちに向かってきたら、間違いなく飲み込まれて燃やされる……」
とのこと。
「そうか。それだけわかれば十分――」
覚悟を決めた。ここで取るべき行動は一つしかない。相手が本気になる前に、叩き潰すことだ。
「では、行くぞ。敵を殲滅すべし――!」
「そうだね。心がちょっと痛むけど、元々は死人! 幽霊の延長線上のような存在だ、仕方がない! 除霊する心構えで!」
業火と突風がさらに勢いを増す。二人は自分たちの力をフル活用して死者をあの世へ送り返しながら、敵陣の中を進む。
「雛菊、一つ言い忘れたことがあった」
「ナニ?」
範造の懸念。それは、思い込みによる魂の穢れだ。死者をもう一度葬っても、魂は汚れない。だが、心は?
「人を殺めた。そう考えることで自分で自分の魂を汚してしまうこともある。でも安心しろ、それはまやかしだ。実際には平気なんだ、俺たちの魂は、な!」
罪悪感に打ち勝てというのが、彼の主張だった。
「タシかにジュウヨウだね」
そもそも雛菊は範造よりも多くの人を、数字で表すと三人多く殺している。でも毎回命を奪うことに、罪悪の感情を覚える。相手は処刑されるべき人で、自分はそれをするべき人、そしてその行為自体が【神代】からの命令であっても、だ。善良心までは失っていない証拠である。
だがこの状況では、それが一番の敵になりかねない。
「だから思いっ切り、霊障を使え! 相手はもうこの世にいてはいけないんだ。あの世へ返してやることが、蘇ってしまった者への礼儀。死した者の望むことってモンだぜ」
言い換えるなら、生き返ることは死者も望んでいないというようなもの。
「ジブンでもうイチド、シぬことはできないの?」
「無理だ。自分たちの力では……。全ては死返の石に紐づけされてしまっている。『帰』で蘇った人は、自力では死ねない。だから誰かが、直接手を下すしかない!」
「でも、そのマカルガエシのイシをコワせば」
逆に言えば、石が破壊できたのならその力で蘇った人はみんな、すぐさまあの世に戻ることになるのだ。
「とにかく今は、目の前の死者を片付けろ! 俺たちが殺されてしまったら笑い話にもならない」
範造は機傀で槍を作ると、投げる。雛菊も雪の氷柱を撃ち込んだ。
「カンショクは、イきてるヒトにニてるね」
「それも『帰』のよくないところだ。だから罪の意識を相手に植え付けやすい。でも、何も迷うな! さっき皇が言ってた通り、間違っているのは相手の存在の方なんだ。死んだ人はどんな理由があっても、もう一度生きてはいけない」
死者への尊厳は、処刑を請け負う彼らが一番わきまえている。私情で殺したことは一度もないのだ。
「手こずる前に終わらせろ。霊障だ、鬼火と機傀の合体、融解鉄!」
ドロドロの液体状の鉄の波が、次々に死者を飲み込み溶かす。
「じゃあワタシは、レイショウ……。ユキのツララとデンレイホウのガッタイ」
それは
「いいぞ、効果はある!」
相手の死者が、霊障を使ってきた。一気に範造との距離を縮めて、手刀を振ったのだ。
「乱舞か! だが!」
それを、機傀で鉄棒を生み出し防御する。鋼が負けたら彼に手刀の一撃が直撃するのだが、
(そこまで強くはない。逆に押し切れる!)
思いっ切り力を入れて、振る。死者の方が吹っ飛んだ。
「ええい、面倒だ! 雛菊、ちょっと離れてろ。ここは融解鉄で一気に殲滅する!」
「マカせたわ」
相手は霊障合体を使ってこない。だからこの融解鉄を止めることができなかった。
(ということは、結構昔の霊能力者ってことか? 服装も変だと思っていたが、一、二世紀ぐらいは古い? それとも、もっと遡るか?)
霊障を合体させることは、割と最近になってから試みられたことだ。だから死者が使ってこないのかもしれない。それとも、霊障合体は一人の中で完結していなければ……個人の使える霊障が二つ以上なければいけないために、他人の霊障とは合わせられないために、そもそもできないだけなのか。
「これは、犯人の手掛かりになりそうな情報だ」
二人は多くの死者をあの世に返す。その時に、禁霊術を行った犯人のおおよその人物像を浮かび上がらせた。ホームビデオを起動させることも忘れず、証拠として撮影しておく。
「ふふふ。わちきらをこれで止めているつもりか!」
皇の四つ子たちは、ここでその類まれな戦闘力を発揮。自然の摂理に反する蘇った死者……ルールを破る相手には、何も手加減しないし躊躇わない。
緋寒は鬼火をまず使って相手を攻撃し、撃ち漏らしには電霊放を撃ち込んだ。それでも近づいて来る死者は機傀で作った刀で切り祓う。死者の返り血を浴びたら念のため、薬束で治癒。少しのダメージすら、受け入れることを許さない。
紅華は木綿で植物の防壁を作り、一度に相手をする人数を減らした。応声虫で耳を、蜃気楼で目を惑わしてから相手の隙を突いて手で触れ、毒厄を流し込む。この一連の動きは慣れているために、綺麗だ。
赤実は鉄砲水を駆使して相手を押しのける。続いて礫岩を用いて足場をガタガタにし、崩れた者に雪の氷柱を撃ち込む。ついでに藁人形を取り出して呪縛を披露。誰も自分には近づかせないつもりだ。
朱雀はまず、乱舞で攻める。拳が放つ一撃は強靭で、一発で背中まで貫通するほどだ。一人倒すと旋風に乗って一気に移動し、次の相手を攻撃。今度はキックで首をへし折った。自分への反動は慰療で治し、逃げる相手には札を取り出し霊魂で狙う。
非常に驚くべきことに、彼女たちはここまで何も霊障合体を使っていない。使えないのではなく、戦闘力が高すぎるが故に使う意味を見い出せないのである。
「誰じゃ、この犯人は! 絶対に捕まえてみせようぞ!」
怒りは間違いなく、この場にいる誰よりも感じている。それが皇の四つ子に一層、強さをもたらしてくれているのだ。
「どこ? 蛭児はどこなのよ?」
あちらこちら探しても、それらしい人影はない。今が蛭児を捕まえる絶好のチャンスだというのに見えてこないがために、焦る。
「きゃっ!」
急に前に出てきた何かとぶつかった。
「いてて……」
「あれ、大丈夫? 雛臥じゃないの。どうしてここに?」
「我らはあまり動いていない。汝が戻って来たのだ――」
焦燥のせいで、この谷を一回りしていたことに絵美は気づいていなかった。彼女の背中を骸が追いかけていることにも。
「はあ、はあ、はあ……。行くなら一声かけてからにしてくれ! 俺はお前と違って、霊障が移動に向いてないんだぞ……!」
「あ、ごめん……」
四人は図らずも合流していた。
「なら、みんなで力を合わせよう! 一人一人で戦うより効率は悪いかもだけど、安全だ」
「そうだな。ここは命を大事に、そして慎重に!」
雛臥の提案にみんなが乗る。
その時、
「あれ、変ね……」
絵美の目に飛び込んできた人影が、二人。少年だ、彼女らよりも若い。その二人は絵美に対し、手招きをしている。
(こっちに来いってこと? もしかして……蛭児の仲間か、犯人?)
視線の向きに骸が気づく。
「誰だアレは?」
明らかに他の死者とは違う。でも、生きている雰囲気が感じられない。
「何かありそうだね」
「いかにも意味ありげな存在――」
四人が二人に気づくと、何と急に暴風が吹き荒れた。それは四人に群がる死者だけを吹き飛ばしたのである。
「どういうことよ? 何で私たちを攻撃しないの?」
相変わらず手招きを続けるその二人。
「こうなったら、その挑発に乗ってあげるわ!」
「お、おい! 気をつけろよ……? 追い詰められた死者は何をしでかすか、わからないぞ?」
絵美が踏み出すと、骸たちも恐る恐るついて来る。