第4話 その正体

文字数 4,463文字

「また、やってしまったみたいですね。重之助さん?」

 病院の受付でお見舞いの手続きをしながら、長治郎は言った。

「罪を重ねるとは、なんと愚かな……」

 しかし、本題はそうではない。

「皇を信じていないわけではないんですが、でもアレはどういうことなのでしょう?」
「さあな。まずは話を本人に聞いてみよう。その前に昨晩、どこにいたか! それをハッキリさせたい」

 二人はすぐに緑祁の病室を訪れる。

「ご苦労だった、紅華。でももう少し交代は待ってくれ。確かめたいことがあるんだ」

 今合図を出せば、窓の外から紅華の妹である赤実(あかみ)を室内に呼べる。でもそれはまだだ。

「紅華、一つだけ聞く。本日未明、緑祁はこの病室にいたか?」

 頷く紅華。

「どういう意味じゃ?」
「実は昨日ね、畜供養塚が破壊されたんだ。現場から検出された霊紋は、やはり緑祁のものだったんだよ……」

 詳しい事情を話す前に、紅華の方から切り出した。

「待っておくれ。ちょっとこちらにも話があるのじゃ」
「ほう? どんな?」
「わっちよりも詳細を知っておる人物がいる」

 ちょうど入り口から陰になっているところに、刹那と絵美は腰かけていた。

「おや! 君たちは確か、緑祁の無実のために『橋島霊軍』の慰霊碑に行ったんじゃなかったか?」
「………私たちの話、信じてもらえる?」

 そう前置きし、

「まずは聞いてみよう」

 聞き耳が立ったことを確認してから話すことに。

「昨日私たちは、『橋島霊軍』の慰霊碑に行った。そこで緑祁の霊気を感じたわ。あれは紛れもなく緑祁ものよ、刹那もそう言ってた。でもその帰り道、畜供養塚で、その、何て説明すればいいの…?」
「何が言いたい?」
「り、緑祁と遭遇したのよ」

 言葉で言うのは簡単だ。だが、

「その時刻、わっちは確かに緑祁がこの部屋で寝ているのを見ておった! だから緑祁ではないはずじゃ! しかし、姿も声も記憶も霊気も、彼のものであったらしい……?」

 言い表せられない不可解な出来事が起きている。

「つまり、こう言いたいんだな?」

 重之助はそれらの話をまとめ、

「同じ時間に、病室と畜供養塚に緑祁が存在していた、と?」

 頷く三人。

「当初我らは、ドッペルゲンガーの可能性を疑った。しかしあの場所は、緑祁とは関係がない。彼は今回初めて長崎に来たのだから、思い入れもクソもない。加えて、あれは明確に喋っていた。だからドッペルゲンガーの特徴に当てはまらないのだ。我らはこの現象に、答えを見い出せなかった――」

 重之助たちが来る前に、四人で意見の交換をしてみたのだが、誰もこの現象を説明できなかったのだ。だから刹那たちは、重之助と長治郎のことを待って意見を尋ねたのである。

「いいや! それだけで十分だ」

 しかし、【神代】の霊能力者ネットワークに名のある人物の閃きは彼女らとは一線を画す。

「考え得る可能性としては、『寄霊』…。ですよね、重之助さん?」
「ああ、そうだ。私も同じ単語が脳内を過ぎっていた」

 二人はそれを知っている。だが緑祁たちにとっては初耳だ。

「何ですか、それは?」

 そして、知っている者は知らない者に教える義務がある。

「緑祁! 君は寄霊に取り憑かれたんだ」
「……? は、はい?」

 首を傾げたのは緑祁だけではない。刹那も絵美も、そして紅華も。聞きなれない単語が鼓膜を突いたのだから、当たり前の反応だ。

「すると、厄介なことになりましたね……。【神代】に応援を頼みますか?」
「その必要があるな。本物の緑祁にはここにいてもらって、偽者を殺せばいい。すぐに霊能力者を手配するんだ」

 勝手に話を進める重之助らに対し、流石に我慢できず緑祁は、

「あの、詳しく教えてくれないでしょうか…?」

 聞いた。

「そうだな。きっと混乱していると思うが、一発で解決できるはずだ!」

 すぐには始めない。病院側に頼んでホワイトボードを室内に入れ、赤のマーカーペンで、寄霊、と書く。

「文字通りの幽霊だ。寄生する悪霊、と思ってくれればいい。コイツに寄生されると、面倒なことしか起きない。だから【神代】でも、危険度が高い霊と認定されている。英名はパラサイトファントムで、ドッペルゲンガー目撃情報の一部はコイツではないかと海の向こうでも囁かれている」
「質問なのじゃが、寄生する、とは? それは取り憑かれることと同じ意味ではないのか?」
「コイツに限っては、全然違うのだ……」

 普通、幽霊は人間に取り憑くもの。だが寄霊の場合は、文字通り寄生する。それも、魂に。

「魂に寄生し、その情報を全て網羅する! 先天的、後天的な才はもちろん、記憶や性格、体のつくりも何もかもを、だ。そして宿主をこん睡状態にしてから、別の場所で得られた情報を基に体と魂を再現する! 本物に取って代わるのだ」

 通常の幽霊とは全く異なる生態である。この世に強い未練があるがために悪霊レベルの悪い存在となるが、その霊魂は不安定で長い時間現世に留まることが難しい。だから生身の人間に寄生し、魂や体の情報を得て、それに頼って居残るのだ。

「で、でも…そんなのに取り憑かれた普通は気づくわよ? 緑祁ならなおさら!」
「残念ながら寄霊に寄生されても、自覚症状はない。一瞬、チクリと感じる程度だ」

 その言葉に緑祁が反応する。

「軍艦島での、あれがそうだったんだ……」

 蚊に刺されたかと思ったあの違和感。それが、寄霊に取り憑かれた合図だったのである。

「軍艦島? ああ、君らはそこに行ったんだよな、確か。そしてその日の夜に緑祁は事故を起こす……既に取って代わるタイミングが来たというわけだ。しかし変だな? 普通なら、自然に目覚めることはほぼないらしいが……」

 とても強い、それこそ【神代】の歴代代表やその跡取りぐらい強い魂の持ち主なら、そのこん睡状態に抗えるかもしれないらしい。だが緑祁はそれほどではない。

「それなら私たちが……」

 絵美が、緑祁が病院に運び込まれた時のことを話した。医学的な問題ではなく、霊的な原因があって目覚めないと思ったから、その瘴気を祓った。

「……なるほど、そうすればこん睡状態にさせられても回復できるのか。普通じゃ不可能だから、きっと時期が早かったから有効だったんだろう」

 今までにわかっている情報に加え、ここで初めて知ったこともホワイトボードに追記。

「幽霊なら、除霊ができるじゃないの?」

 緑祁が言ったが、

「私たちが見たのは、完全に人間だったわよ?」

 絵美が否定。そして彼女の意見を支持し長治郎が、

「再現の程度は擬態のレベルを超えるんだよ。生身の人間と大差がないんだ。飲み食いはできるし、寝ることもする。怪我をすれば血も流すさ。でも、一つだけ重要な欠点がある」

 それは、寄霊の方から他の幽霊には干渉ができない、ということだ。

「だから、寄霊は霊能力者に寄生して再現しても、霊障こそ扱えても除霊はしない。それはやはり不安定な魂に原因がある、と言われてる」

 しかし、この弱点を補えるほど賢い寄霊なら、札や塩を使うことで間接的に幽霊と交わることができる。あくまでも直接霊能力が幽霊を叩くことがないだけなのだ。

「緑祁が寄霊に寄生され、そして寄霊がお前の体を再現したとなれば、一連の犯行にも納得がいくな。寄霊本来の性格には個体差があって、たまたま破壊的な個体に狙われたんだろう。そして寄霊なら霊紋も完全再現できて当たり前……。紅華が証明したアリバイもあるし、これで晴れて緑祁は無罪となったわけだが……」

 喜ばしいことのはずなのに、長治郎の声のトーンは低い。そしてそれは緑祁も同じ。

「僕と全く同じ存在が、この長崎にいる………」

 そう考えただけでも、全身がゾッとする。しかもソイツは、慰霊碑や石碑の類の破壊に躊躇いがない危険極まりない輩。


「倒しに行くよ…」

 緑祁が言った。だが、

「それは駄目だ」

 重之助がストップをかける。

「どうして?」
「今、君は紛れもなく本物だ。だが偽者と戦って、勝つ保証は? いいやそれ以前に、偽者が君を倒し、完璧に緑祁として戻って来るかもしれない。もちろん式神の札を奪ってね。そうされると、もう区別のしようがないんだ」

 考えれば真っ当なことである。

「やはり事件が終息するまで、君にはこの病院にいてもらう」

 緑祁の安全を考えての選択だ。偽緑祁の討伐は他の霊能力者を呼んで、その人に任せようと。

「………」

 悔しいことに緑祁は歯を食いしばった。香恵のこともあるのに、自分の偽者の件も、他の誰かに頼らないといけないのだ。

「刹那に絵美、それはお前らには指示できないな。一度偽者と遭遇したとはいえ、負けてしまっているのだし、だいいちこういう任務は緑祁と無関係な人物の方が適任だろう」

 二人はそれに従った。長治郎の言う通り、偽者が命乞いをしてきたら、確実に動揺してしまうだろう。その隙をつかれて攻撃されては、元も子もないのだ。同じ理由で、雛臥や骸にも頼めない。

「紅華、君はどうだ?」
「やめておこう。わっちらは他の仕事があるのでな。一応緑祁の見張りは続けるが」

 皇の姉妹も断ったので、本格的に外部の霊能力者を長崎に呼び寄せることに。

「よし、では解散だ」

 長治郎がお開きを宣言した。

「待った。最後に一つ、いいかな? 緑祁?」
「な、何…でしょう…?」

 重之助は改まった口調で緑祁に確認を取ると、頭を下げて、

「状況が状況故に、疑ったことを詫びたい。本当に申し訳ないことをした」

 謝ったのだ。長治郎も、

「ごめんなさい、だ。俺たちの非礼、なんて謝ればいいのか…」

 同調し、謝罪をする。

「気にしないでくださいよ。それよりも偽者の対処をよろしくお願いします……」

【神代】からの命令があっての捜査で、しかも証拠までそろっていたのだから、二人に緑祁のことを疑うな、と言う方が無理なのだ。それを彼はわかっている。だから深く糾弾したり追求したりはしなかった。


 紅華の代わりに赤実が室内に入った。

「話はわたいも窓の向こうで聞いておった。面倒そうに見えたが、その偽者さえやっつけてしまえば何も問題ではないな」

 ホワイトボードに書かれた内容を見て、彼女は言う。ここまでわかればあとはもう簡単だ、と。

「はたしてそう簡単に行くだろうか――」

 だが、一筋縄ではいかないことを刹那と絵美は知っている。

「緑祁って結構強いからね、苦戦するわよ……」

【神代】の中で二人は誰よりも緑祁の実力を知っているつもりだ。だからこそ、そう言い切れるのだ。

「寄霊……。偽者の、僕……」

 緑祁は複雑な心境だった。この世に自分がもう一人いる。ソイツは危ない性格で、倒さなければいけない存在だ。そんなヤツの相手を自分が一番したいと思うのだが、それは止められてしまっている。

「まあ【神代】も馬鹿ではない。きっと実力者を派遣してくれるであろう。その者にかかれば、案外あっという間だったりしてな? ひょれ、まあ寝て待とうではないか」

 刹那と絵美はそれぞれのホテルに戻る。赤実は緑祁が自分で討伐に行かないよう、彼のことをまた姉妹で交代しながら見張る。
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