第7話 ダークホース その2

文字数 3,818文字

「後悔しやがれ! さっさと脱落させてやるぜ!」
「待て彭侯! 少しは警戒しろ…!」

 彭侯も馬鹿ではない。早速汚染濁流を上に向けて放った。降り注ぐ雨粒が毒厄を帯びている、非常に強力な一手だ。

「ふーん」

 だが岬も全く動じない。それどころか、前進してきた。

「な、何ぃいいいいい!」

 当然水滴を体に受けるのだが、顔色が一向に変わらないのだ。

(薬束を持っていやがるのか! チキショウ、毒厄が効かねえ………)

 そのまま迫りくる岬の姿に焦った山姫、

「止まってヨ!」

 火炎噴石を使った。これで吹き飛ばそうという魂胆だ。

「なるほど、これがあなたの霊障合体ってわけね。でもこんなの怖くも何ともないわ」

 自分の体の後ろに鉄砲水を放ち、勢いをつけて拳で飛んで来る岩石を砕いた。推進流撃だ。その時の手は火傷しないために、鉄砲水で潤してある。

「え?」

 何が起きているのか、一瞬理解に苦しんだ。

「下がれ、山姫!」

 辻神の指示でハッとなり、山姫と彭侯は岬から距離を取る。

(コイツから、ただならぬ気配を感じる……。ただ者ではないぞ、絶対に!)

 状況を整理する。岬が使った霊障は、最初に機傀。その次に薬束。そして今、乱舞と鉄砲水を使った。

(組み合わせ次第では強力にはなるが、私たちを全員、一気に倒せるわけではない! 礫岩がないのなら、電霊放が有効なはずだ!)

 ドライバーを取り出して向け、金色の電霊放を撃ち込んだ。

「へえ、凄いじゃないの! 電霊放、使えるのね!」

(来るな、礫岩は!)

 岬は旋風を起こして自分の体を横に動かした。

「甘いぞ! 私の電霊放は曲げられる!」

 追尾するかのように直角に曲がる稲妻。これには岬も驚いて、

「あ~そういうこともできるらしいじゃないの? それは初めて見たけど」

 声を上げた。言いながら器用に避ける。しかしまだ電霊放は追尾を止めない。

「ぐっ!」

 岬はその電撃を受けた。直後、

「がはっああ!」

 辻神が苦しみだした。

「ど、どうしたんだ辻神? 毒厄でも撃ち込まれたか? 見えなかったんだが……」
「彭侯、それはち、違う……。今、電気が体に流された感覚を味わった!」
「ええ? でもさっきあの人、電霊放を使ったようには見えなかったヨ?」

 何も驚くことではない。岬は胸ポケットから藁人形を取り出し、

「呪縛よ。この藁人形への攻撃は、そっくりそのままあなたたちに跳ね返る! 便利ね、これ!」
「そう来たか…!」

 厄介ではあるが、攻略法も思いついた。

(あの藁人形を叩き落とした後なら、風神雷神を使える! それで叩き潰せる!)

 この作戦を口で伝えるわけにはいかない。この距離では岬にも聞こえてしまうからだ。だが山姫と彭侯は呪縛の厄介さを知っており、

「だがアンタ、それを見せたのは悪手だったぜ! その藁人形、奪ってやる!」
「そうだヨ! アレさえなければ、怖くはないワ!」

 辻神の期待通りの動きをしてくれそうだ。

「………じゃあ、やめようかしら?」
「は?」

 突然、岬はその藁人形を鬼火で燃やし始めたのだ。

(意味がわからん? どうして自分が有利になれるアイテムを、処分する? 他にもあるから、挑発のつもりなのか? それとも呪縛に頼らずに私たちと戦えるとでも言いたいのか!)

 この岬という人物については、わからないことだらけだ。不気味という言葉がここまで恐ろしく感じられるのは、きっとこの瞬間だけだろう。

(どうする? もう、風神雷神を使うか? だが待て。まだアイツが礫岩を使う瞬間を見てない! それにさっき鉄砲水、今は鬼火を使った。ということは、アイツには水蒸気爆発が可能だ)

 緑祁との戦いを思い出す。放り投げた電池を吹き飛ばされたらこちらが壊滅してしまう。ここは石橋を叩いて渡るべきだと、本能と理性で感じる。

(多少卑怯だが、仕方ない。蜃気楼だ!)

 音も臭いも動きもなく、幻覚を見せる。変化が大きすぎるとバレるので、まずは小さく。自分たちが動いている幻を見せる。場所さえ誤魔化してしまえば、不意打ちし放題だ。

(辻神、蜃気楼を使ったな……。わかったぜ、オレがまず行く!)

 できるだけ音を立てず、かつゆっくり。彭侯は動いた。毒厄が効かなくても鉄砲水で押し切ることは可能だ。岬の顔は幻覚を追いかけ向きを変えた。死角に回り込んだ彭侯が、

(見えなければ、負けたことすら認識できない! 馬鹿め、オレたちに勝てると思ったのかよ!)

 鉄砲水を撃ち込もうとした、その時だ。
 岬の手が突然彭侯の方を向いて、その手のひらから何かが飛んだ。

「ぐわぁああ!」

 その何か……光の弾のようなものが彼のことを吹っ飛ばしたのだ。

「大丈夫か、彭侯!」
「ああ、何とか……」

 しかし今は、彼の怪我を気にしている暇がない。まず今の一撃は何だ、そしてどうして居場所がバレているのか?

「やって来ると思ったわ。だってあなた、蜃気楼を使えるんでしょう? ちょっと旋風を使ってみたら、見えてるビジョンとは違うように空気が動くんだもの、バレないとでも思ったわけ?」

 風だ。空気の動きで岬はこちらの場所を読んでいたのだ。辻神は指を舐めて空気に晒すと、確かに微量だが風が吹いている。

(打ち消せるか、私の旋風で……)

 いいやそれをしても音や臭いで見切られそうだ。ここで蜃気楼をやめる。

「あ、姿を出したわね。面倒しなくて助かるわ!」
「何故、見せたと思う?」
「は?」

 見切られて意味がないからではない。辻神は勝てると確信したから、蜃気楼を解いたのだ。

「くらわせる! これでくたば……」

 言っている最中に、突然山姫のからだが吹っ飛ばされた。

「な…? また、か! 何だ今のは……?」
「知らないのね」

 岬の袖の内側には、霊魂を撃ち出せる札が仕込まれている。それに乱舞を足した霊障合体・闘撃波弾。威力が段違いの霊魂……波動のようなものを撃ち出すのだ。
 何とか立ち上がった山姫。ダメージこそ負ったが、まだ戦える状態。

「これで有利と思っているのなら、おまえは大馬鹿だ」

 そして、この辻神の近くに彭侯も山姫もいない状況が、かえって彼にとっては好ましい。風神雷神を使っても、彼らに対する心配をしなくていいのだ。

「やはりおまえはここで終わりだ! 消え失せろ、風神雷神!」

 まずは大きな旋風を起こす。次にポケットに入っている大量の電池をばら撒いた。
 が、

「ああ、それね……。電霊放って、静電気を使う人や電池を使う人に分かれるとか? あなたは電池に頼っているみたいだけど?」

 岬は少しも焦っていない。辻神が必殺技を繰り出しているというのに、である。
 いや、展開自体ができていない。電池から電霊放が放たれないのである。

「どうしてだ……?」

 この電池の寿命は今朝買ったのだから大丈夫なはずだ。なのに何故か、電気を操れない。

「目、付いてんの? ちゃんと見たら?」
「あっ……! 辻神、電池が液漏れしてるぞ!」
「何?」

 金属の部分が、ボロボロになって中身が漏れ出している。これでは電霊放は使えない。

「馬鹿な? さっきまで……私が握ってた時には、そんなことは起きてなかった!」
「これが霊障合体・霊錆(れいさび)なのよ。周囲の金属に毒厄を流し込んで錆びさせ、瞬く間もなく朽ち果てさせる……」

 取り出した電池が全て、その霊錆をくらってしまったのだ。毒厄を使うが生物に影響しないため、例外的に触る必要がない霊障。

「んじゃ……。まずはあなたから!」

 狙いを辻神に定める。

「こ、コイツ!」

 ドライバーを構えて電霊放を撃とうとしたが、その時に金属部が急に赤錆に覆われて崩れて消える。霊錆だ。

「んな…!」

 この状態で電霊放を辻神は撃ってしまった。するとどうなるか? 本来ドライバーの金属部という放電部位があってこそ操れる電霊放が、暴発した。

「ばああああっ! ばああああぁっ!」
「まず一人!」

 岬の霊錆によって自爆させられた辻神。瞬時に白い光が弾け飛んだ。

「まさか、辻神が……? 負けた、だって……!」
「そんな……」

 だが悲しんでいる暇も驚く隙もない。今は岬が目の前にいるのだ。

「まだ諦めるな、山姫! オレとアンタでコイツを倒せば!」

 しかし二人の霊障合体は既に攻略されてしまっている。

「倒せる? ウフフ、笑わせないでよ」
「そう言っていられるのは今だけだヨ。行くよ、彭侯!」

 火炎噴石と汚染濁流を一緒に使えば流石にどちらかは対処できないだろうという考えだ。

「悪くはないわね」

 意外にも、その手法を岬は褒めた。

(汚染濁流は薬束があれば対処できるけど、それをするには手で患部に触れないといけないワ! でもお手がお留守だと、火炎噴石を砕ける推進流撃は使えないはずヨ!)

 そう、火炎噴石と汚染濁流を同時に使うのは理に適っている戦法なのだ。ただし相手が岬でなければ。

「でもね、良くもない一手なのよ」
「何ぃい?」

 彭侯は汚染濁流を、山姫は火炎噴石を繰り出したが、岬はというと両腕を広げて二人に手のひらを見せ、

「闘撃波弾! ハッああああ!」

 二人の霊障合体が自身を襲う前に、吹っ飛ばしてしまったのだ。

「ぐげべええええ……」
「きゃあ…」

 吹っ飛んで地面に叩きつけられた彭侯。山姫の方は強烈に電信柱にぶつかった。二人の体から、白い光が漏れ出す。

「口ほどにもないわね。期待すらも持てないほどだわ」

 あっという間に辻神、山姫、彭侯の三人を倒してしまった岬は、厳島神社の近くに戻った。しかしチェックポイントは何故か通過しないのだ。
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