第9話 金色の導き その3

文字数 3,887文字

 この大地讃頌の前では、辻神の電霊放や風神雷神は通じないだろう。普通なら圧倒的な力を見せつけられて絶望するこの状況、逆に辻神は、

(利用できる! 今、地面の動きを感じる力は鈍くなっているはず!)

 近くの木の裏に隠れた。

「どうだ、馬鹿野郎! これでくたばったか!」
「しかし、どうかな?」

 辻神の声が、朔那の後ろから聞こえた。

「な、何? 一瞬で移動した、だと……! 私の大地讃頌を、くぐり抜けただと!」

 もちろん今彼女が見ている辻神は、ただの蜃気楼だ。滑り台が後ろにあったので、そこにビジョンを出している。

(直接地面に接してなければ、バレないはずだ!)

 そういう算段があった。事実朔那は、

(そんな馬鹿な! 大地讃頌から、どうやって抜け出したんだ? 間違いなく今の間合いは、入ったはずなのに!)

 混乱している。

(よし、いいぞ。風神雷神は今は使えないが、電霊放で攻める。ダブルトルネードが当たれば……)

 朔那の方を見る。多分、上半身に撃ち込めれば、一撃で勝負を決められるはず。

(動いてないな、今がチャンスか!)

 ドライバーを構えた。そして気づかれないように威力を調整しているその時、

「くらえ!」

 朔那が豆鉄砲を撃ったのだ。もちろん蜃気楼でできた偽の辻神に対してである。

(しまった……!)

 これに一番焦ったのは、辻神だ。時間稼ぎのために生み出した幻覚と、バレてしまったのである。

「通過した? 種で触れられない? そうか、また蜃気楼! 偽物の姿だな? 本物はきっと、後ろか!」

 振り向いた。反射的に辻神は木の陰に隠れる。

(お、落ち着け! 霊障合体と霊障発展は両立できない……。朔那には木綿があっても木霊はない! だからこの木を動かすことは不可能だ……!)

 心臓がバクバクと鼓動を強める。

「……!」

 急に、辻神の足元の地面が割れ始めた。

「何っ!」
「ドクンドクン、脈打つ音が振動で聞こえるぜ! この公園には今、私とお前しかない! 私の心臓がうるさくなければ、じゃあ誰のだ?」

 消去法で辻神を特定した朔那。

(コイツ! そんな小さな音ですら聞き取れるのか!)

 ここから早く逃げなければいけないが、地割れのせいで上手く動けない。辻神は木に登った。

「馬鹿め! そんな方法で逃げ切れると思っているのか? くらわせる、大地讃頌!」

 辻神がしがみついている木ごと、朔那は大地讃頌で飲み込んだ。

「うおおおおあ!」

 土や泥に突き動かされ上に体が動く。旋風を使っても全然抗えないほどに強い。

「だ、だが! 朔那っ!」

 しかしこんな状態でも辻神は電霊放を撃った。

「効かないぜ!」

 だが地面から飛び出た岩が、それを遮る。

「さあ消えろ! 邪魔する者は全員、消してやる!」
「ぬお!」

 大地讃頌は持ち上げられて終わりではない。向きを百八十度変え、ここから下に叩きつけるのだ。

「ぐあっ!」

 凄まじい衝撃。おまけに土と泥と石と草木まで、辻神の体に降り注ぐ。あっという間に泥まみれだ。

「………」

 でもまだ、辻神には意識がある。戦う気がある。立ち上がれる体力がある。

「無様だな、その姿! お前、そんな小汚くなってバッチいぜ!」
「……言っていろ。勝利とは! 諦めない心が掴む魂の頂だ! 傷だらけ泥だらけになってでも、挑み続けることを放棄してはいけない」
「ふん! でもまだ私に勝つ気なのか?」

 この勝負、かなり辻神に対し分が悪い。まず、霊障の相性が最悪だ。彼のいつもの攻撃手段は、朔那の礫岩には通じないのである。しかもこの公園、大地讃頌の範囲内なのだ。
 朔那には余裕がある。

(このままコイツを、大地讃頌の土砂崩れで潰してやる!)

 豆鉄砲に種を装填する姿を堂々と見せつけるほどの余裕が。

(否っ!)

 だは辻神も諦めていない。まだ見せていないことが一つだけ、ある。それを使うのだ。

(私がここで諦めたら……)

 朔那は復讐に向かってしまうだろう。絶対に止めなければいけない。

(導くんだ、私が! 朔那を明るい道へ!)

 そのためにも、次の一撃は絶対に外せない。

「うおおおおお!」

 辻神はドライバーの先端を朔那に向けた。

「またか! 覚えが悪い男だな……。通じないんだよ、それは!」

 稲妻が放たれたが、それを礫岩の岩石で防ぐ。完全に電気をシャットアウトできる。

「どうするんだ、お前? それがお前の常用手段みたいだが、私には届かない!」
「まだだ!」

 何度も何度も、電霊放を撃ち込む辻神。

(自棄になったか?)

 それを礫岩で妨げる朔那。彼女には、辻神が勝利に向かっているようには見えない。

「………!」

 ドライバーが光らなくなった。

(馬鹿野郎だ、コイツ! 電霊放は確か、電気は外部電力に依存している! それを全て使ってしまったんじゃないのか? 礫岩に止められることを知ってて、撃ち続けた結果がこれかよ!)

 勝利を確信する朔那。

「終わらせてやる! 大地讃頌!」

 両手を地面に付けて、朔那は霊障合体を使った。自由自在な土砂崩れがこの公園で起きる。

(上か!)

 また、上方向への土砂崩れだ。体が地面や草木と共に持ち上がるのを辻神は感じた。

(やはり上か……。油断しているな、朔那! その余裕が命取りだ!)

 実は辻神は、大地讃頌を待っていた。それも上への一撃を、だ。

(電力が無くなっている。そう思えば、もうどの方向でもいい。しかしまだ残っているなら、できるだけ自分から遠ざけたいと思うよな?)

 朔那も辻神の予想通りの動きをした。土砂崩れの向きはコントロールできるのだから、右や左、前でも良かったはず。それでも朔那は上へこだわった。横方向だと、逃げられるかもしれない。逃げた後で旋風が飛んで来るかもしれない。その危険性を排除するなら、上しかない。

「終わりだ、死ね!」
「いいや! おまえは失敗した!」
「強がるとは、格好悪いぞ!」

 違う。辻神は旋風を使い、上に飛び上がる草木や砂をさらに上に押し上げた。

「何をしている……?」

 ドライバーを朔那に向けた辻神。

「お前にはもう、電気が残っていないはずだ……!」
「そうかな?」

 実は、さっき辻神ががむしゃらに撃った電霊放は全て蜃気楼で作った偽物。実際には彼は一発も撃ち込んでいない。

「横からだと、岩が飛び出して遮られる。だが上からならどうだ!」
「だ、だが! 礫岩さえあれば電霊放は痛くも痒くも怖くもない!」

 辻神が撃ち込んだのは、ダブルトルネード……二重螺旋を描きながら飛ぶ電霊放だ。

「見えているぞ!」

 朔那は冷静に、岩石を地面から飛ばした。これで電気を遮断するつもりなのだ。
 だが、

「何いいいいい! ま、曲がった、だとおおおお!」

 辻神は電霊放を曲げられる。器用に岩石を避け、朔那にダブルトルネードが迫る。

「し、し、しかし! これで……!」

 焦った朔那は自分の周囲に岩石を、まるでストーンヘンジのように出現させる。これなら大丈夫という判断だった。

「がら空きな場所がある! そこだ!」

 それは、朔那の頭上。岩で塞ぎ切れていないのである。

「がっ!」

 渦巻く金色の電霊放が垂直に曲がって、上から朔那の頭に当たった。

「あ、あう……!」

 電撃が頭から爪先まで走る。辻神には殺すつもりがないのでそこまでの威力ではないが、フラフラするくらいには衝撃が走った。

「まだだ!」

 追い打ちを辻神が仕掛ける。旋風を解き放ち、朔那を襲う。鋭い切れ味を感じさせる風が、朔那の体を吹き抜ける。

(霊障合体・辻斬風(つじぎりかぜ)だ。実際に切れることはないが、切り裂かれる痛みは味わうことになる)

 それがトドメになり、朔那は、

「私が、負ける、のか…………」

 敗北を悟る。とても悔しい感情が、心に生まれた。しかし同時に、充実した気分だった。

(何でだろう、私……。負けたのに……復讐ができないかもしれないのに、満足している……? 熱くなっている、のか……? どうして……)

 朔那は気づいていなかった。彼女はこの戦いで、充実感を得た。犠霊と戦った時と同じだ。敗北こそしたものの、達成感をまた味わえたのだ。
 同時に辻神も地面に落ちる。

「ぐっ!」

 結構な高さから落ちたので、何本かの骨にヒビが入ったようだ。立てない。

「だが、朔那! 私が光の中へ案内してやるぞ……! 心配することはない! 必ず、救う! 誰かがおまえたちを咎めようとするのなら、庇ってやる!」

 這いずって、辻神は朔那の元へ移動し、その手を握る。

「だ、大丈夫だ。息はある。気を失っただけだな……。だが……」

 辻神の方も、かなりしんどい状態だ。このままでは、約束した場所に行けそうにない。いいやそれ以前に命が危ない。

「あ、こっちだよ、香恵!」

 その時、声が聞こえた。気を失っている病射を背負った緑祁と香恵が、この公園に来たのだ。二人は水族館を目指すことよりも、辻神の応援を優先したのである。

「辻神……! だ、大丈夫なの? すごい血が出てる……」
「大丈夫だ……。朔那は、私が止めた……」
「少しは自分の体の心配をしてくれ! 辻神が死んだら、どうするつもりなんだ!」
「そう簡単に、死にはしない……はずだ」

 急いで香恵が慰療を使って傷を治す。朔那の手当てもバッチリだ。

「少し、休もう、辻神。その体じゃ、かなり大変だったんでしょう?」
「そうだな……」

 緑祁が公園をチラリと見た。かなりごちゃごちゃになっていて、この戦いがどれだけ激しかったのかが一目でわかる。

「休んだ。行くか」
「もう?」

 自分のことを優先するのなら、もっと休みたい。しかし辻神は、朔那と病射のことを考えたために、立ち上がった。

「もう紫電たちの方は到着しているかもしれない。急ごう」
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