第3話 野望を止めろ その2
文字数 3,170文字
「お前、父さんと母さんいないんだろう?」
それは小学一年の時に始まった。授業参観の日に、寛輔の親は来なかったのである。いや、来るわけがない。彼は孤児院に住んでいるので、本当の両親は知らない。
「だ、だって僕は……」
「うるさい! 親なし、親知らず!」
この時はまだ、親知らずというあだ名をつけられただけで済んだ。クラスメイトは言葉だけで遊んでいたからだ。
「う、うう……。わ~ん!」
だが寛輔は泣いた。言葉は時として、刃物よりも鋭く心を切り裂く。
「泣け泣け! 親知らず!」
このあだ名は瞬く間にクラス中に広がった。
「じゃあ次の問題を、寛輔くん!」
「先生! アイツは寛輔じゃなくて、親知らずです!」
授業中にそんなヤジを飛ばされるほどだ。
「こら! そういう人が嫌な思いをすることは、言っちゃ駄目! よ?」
「……は~い」
これは空返事であり、授業が終わるとまた、
「おい親知らず! 親知らず!」
と、始まった。寛輔はまた泣いた。
あだ名で呼ぶいじめは、ずっと続いた。幼い子供はすぐに周りから悪影響を受けてしまい、他のクラスの子供たちも彼のことを親知らずと呼び始めたのだ。
「先生、相談なんですが……」
高学年になった時、寛輔は先生にこの件について相談をした。嫌な気分になるから、このあだ名でクラスメイトが呼ぶのをやめて欲しい、と。
「注意しておくよ」
善処すると約束してくれたのだが、
「お前! チクっただろう!」
逆にいじめがエスカレート。寛輔は思いっ切り殴られたのだ。
「コイツ……! ふざけやがって! まじでウザいヤツだ!」
この時、寛輔は反撃できなかった。それは暴力はいけないと思っていたからではない。相手は学年でもガタイの良い方で、歯向かえば返り討ちに遭うのは容易に想像できた。だから、涙目で耐えた。
それがマズかった。
「あの親知らずは、殴られても文句を言わないぞ? しかも泣いてるし、ウケるんだけど!」
そのことを、身をもって他のクラスメイトに教えてしまったのである。相手がクラスでも影響力の強い人物であることも災いしてしまった。小学生の間は、教師の陰で暴行を受けるようになってしまったのだ。
しかし中学生になると、いじめっ子たちとは違う学校に進学できた。だが、
「親知らず! 良いあだ名だな!」
知っている人とは同じ学校になってしまったために、結局寛輔はそう呼ばれることに。ほんのわずかな影響力だったが、寛輔の心をえぐるのには十分すぎたのだ。ただ中学時代には、もっと酷いいじめを受けている他の子がいたので、暴力はなかった。
(嫌なあだ名だけなら大丈夫かな……)
薄い希望を抱いていたのだが、最初の試験が終わった時にそれは起きる。
「は? お前の合計点、四百二十? ありえ得ねえだろうが、そんなの!」
きっとクラスメイトは、寛輔はそこまで賢くないと感じていたのだろう。だが彼は努力できるタイプで、試験勉強を頑張ったのだ。その結果、自分でも満足できる点数を獲得した。
「あああ、ムカつく! この親知らずが、調子に乗るんじゃない!」
それを心地よく思わない人もいて、努力を貶された。次の日には教科書がゴミ箱に捨ててあった。
(自分を守るためには、他者を攻撃しなければいけないのか……)
寛輔は悩んだ。自分よりもスクールカーストが低い生徒がいる。彼をいじめれば、自分は助かるかもしれない。しかしそんな他人を犠牲にしてまで、助かりたくなかった。結果、彼はいじめに加担しなければ、助けようともしない。傍観を決めたのだ。
そしてそのいじめを横から見ていて、わかったことがある。
「誰かが何かを言い始めると、みんなそれを聞く」
何を当たり前なことを、と思うかもしれないが、これは、
「声の大きな人は他の人に与える影響が大きい。そしてその声が最初の一言なら、一気に浸透する」
ということ。
思えば、親知らずというあだ名の時もそうだった。最初に誰かが言い出し、それが広まったのだ。そしてそれがいじめに繋がる。つまり影響力さえ大きければ、他者を簡単に攻撃できてしまうということ。
中学三年間、とても辛かった。いじめを横で見ているだけなのに、あたかも自分が被害者であるかのような感じがした。
高校では流石にいじめはなかった。ただ、誰とも仲良くする気が起きない。知り合った当初は仲良く話ができても、
「お前、親知らずってニックネームなんだって?」
多分、中学時代の同級生が友人にいる人がいたのだろう。またも誰かが言い始めた。するとみんなは寛輔のことを呼ぶ際、
「おーい、親知らず!」
と叫ぶ。おかげでせっかく話をできた人ですら、もう寛輔のことを自然と見下し対等になれなくなる。
ただし、今までのような理不尽な仕打ちはない。
「影響力さえあれば、いじめられないんだ………」
寛輔の成績が良かったこともあって、頼られることもあった。勉強の面では、彼には影響力があったのだ。
「非情だな、人の心って」
誰かに言われさえしなければ、他人を傷つけることがないのに。
その後大学に進む前、いや正確にはセンター試験の前頃だろうか。孤児院に一人の人物がやって来た。験担ぎに霊能力者の豊次郎が、ご利益のあるお守りを配ってくれたのだ。
「……」
だが寛輔は、あまり嬉しくなかった。
(結局は、霊能力とかいうインチキで影響力を高めた人物。そんな惑わしなんか僕にはいらないよ)
そう思っていると、とある紙を寛輔にだけ渡した。場所と時間が書かれていた。
「何だこれ?」
ここに来い、ということだろうか。受験勉強でストレスも溜まっており、散歩がてらその場所に向かうと、
「来てくれたね。待っていたよ」
豊次郎の他に正夫がいた。
「君は……相当な闇を抱えているらしいね?」
「何の話です?」
一瞬で全て見抜かれていたのだ。
「小学生の時から今に至るまで、嫌なあだ名をつけられているんだろう? それを消し去りたいと思わないかね?」
「消せるものならね」
人間関係がリセットされない限り、それは無理だと寛輔は考えている。
「大丈夫さ。私に任せない」
「何を、です?」
彼は寛輔に、あることを説く。
「君が嫌がらせを受けるのは、君自身が弱いからだ。想像してみてくれ。虫なら簡単に殺せるが、ライオンには手が出せない。強さとはそれすなわち、身を守るための防御力ということ」
その、自分を守るために力を正夫はくれると言うのだ。
「霊能力を君に授けよう。その力があれば君は強い人になれる。その強さをアピールすれば、誰も君のことをあんなひどい名で呼ばなくなる」
悪くないかもな、と寛輔は思った。
(結局人間は、強さが全てなんだ。弱い人には誰の心も集められない。強さがない人は、いても意味がないんだ)
と。その時、
「君は存在する意味がある人だ」
まるで心の声に応えるかのように、正夫が言った。
「霊能力があれば、世界を変えられる。もう誰からも傷つけられることはないし、誰かが悲しむことを見る必要もない」
言うと同時に、手を差し伸べてきた。寛輔にとって正夫の言葉はとても魅力的に感じたのだ。
「君が物分かりの良い人物でよかった」
正夫は、霊能力者になった後は自由にその力を使っていいと言った。いじめをしていた人に復讐してもいい、と。ただし条件が二つあり、一つは正夫の指示に従うこと。もう一つは、
「その霊能力を使って、とある人物を始末して欲しい」
「どうしてです?」
「彼は影響力のある人物だ。生きているとそれだけで邪魔になってくる」
「影響力、ですか……」
その言葉に、寛輔は敏感に反応。
「それは、許しておけませんね」
もしその人物が、大きな影響力を持っていたら? きっとみんなその人物の言う通りに動くのだろう。そして言われるがままに誰かを傷つけるのだ。
「任せてください、僕に!」
それは小学一年の時に始まった。授業参観の日に、寛輔の親は来なかったのである。いや、来るわけがない。彼は孤児院に住んでいるので、本当の両親は知らない。
「だ、だって僕は……」
「うるさい! 親なし、親知らず!」
この時はまだ、親知らずというあだ名をつけられただけで済んだ。クラスメイトは言葉だけで遊んでいたからだ。
「う、うう……。わ~ん!」
だが寛輔は泣いた。言葉は時として、刃物よりも鋭く心を切り裂く。
「泣け泣け! 親知らず!」
このあだ名は瞬く間にクラス中に広がった。
「じゃあ次の問題を、寛輔くん!」
「先生! アイツは寛輔じゃなくて、親知らずです!」
授業中にそんなヤジを飛ばされるほどだ。
「こら! そういう人が嫌な思いをすることは、言っちゃ駄目! よ?」
「……は~い」
これは空返事であり、授業が終わるとまた、
「おい親知らず! 親知らず!」
と、始まった。寛輔はまた泣いた。
あだ名で呼ぶいじめは、ずっと続いた。幼い子供はすぐに周りから悪影響を受けてしまい、他のクラスの子供たちも彼のことを親知らずと呼び始めたのだ。
「先生、相談なんですが……」
高学年になった時、寛輔は先生にこの件について相談をした。嫌な気分になるから、このあだ名でクラスメイトが呼ぶのをやめて欲しい、と。
「注意しておくよ」
善処すると約束してくれたのだが、
「お前! チクっただろう!」
逆にいじめがエスカレート。寛輔は思いっ切り殴られたのだ。
「コイツ……! ふざけやがって! まじでウザいヤツだ!」
この時、寛輔は反撃できなかった。それは暴力はいけないと思っていたからではない。相手は学年でもガタイの良い方で、歯向かえば返り討ちに遭うのは容易に想像できた。だから、涙目で耐えた。
それがマズかった。
「あの親知らずは、殴られても文句を言わないぞ? しかも泣いてるし、ウケるんだけど!」
そのことを、身をもって他のクラスメイトに教えてしまったのである。相手がクラスでも影響力の強い人物であることも災いしてしまった。小学生の間は、教師の陰で暴行を受けるようになってしまったのだ。
しかし中学生になると、いじめっ子たちとは違う学校に進学できた。だが、
「親知らず! 良いあだ名だな!」
知っている人とは同じ学校になってしまったために、結局寛輔はそう呼ばれることに。ほんのわずかな影響力だったが、寛輔の心をえぐるのには十分すぎたのだ。ただ中学時代には、もっと酷いいじめを受けている他の子がいたので、暴力はなかった。
(嫌なあだ名だけなら大丈夫かな……)
薄い希望を抱いていたのだが、最初の試験が終わった時にそれは起きる。
「は? お前の合計点、四百二十? ありえ得ねえだろうが、そんなの!」
きっとクラスメイトは、寛輔はそこまで賢くないと感じていたのだろう。だが彼は努力できるタイプで、試験勉強を頑張ったのだ。その結果、自分でも満足できる点数を獲得した。
「あああ、ムカつく! この親知らずが、調子に乗るんじゃない!」
それを心地よく思わない人もいて、努力を貶された。次の日には教科書がゴミ箱に捨ててあった。
(自分を守るためには、他者を攻撃しなければいけないのか……)
寛輔は悩んだ。自分よりもスクールカーストが低い生徒がいる。彼をいじめれば、自分は助かるかもしれない。しかしそんな他人を犠牲にしてまで、助かりたくなかった。結果、彼はいじめに加担しなければ、助けようともしない。傍観を決めたのだ。
そしてそのいじめを横から見ていて、わかったことがある。
「誰かが何かを言い始めると、みんなそれを聞く」
何を当たり前なことを、と思うかもしれないが、これは、
「声の大きな人は他の人に与える影響が大きい。そしてその声が最初の一言なら、一気に浸透する」
ということ。
思えば、親知らずというあだ名の時もそうだった。最初に誰かが言い出し、それが広まったのだ。そしてそれがいじめに繋がる。つまり影響力さえ大きければ、他者を簡単に攻撃できてしまうということ。
中学三年間、とても辛かった。いじめを横で見ているだけなのに、あたかも自分が被害者であるかのような感じがした。
高校では流石にいじめはなかった。ただ、誰とも仲良くする気が起きない。知り合った当初は仲良く話ができても、
「お前、親知らずってニックネームなんだって?」
多分、中学時代の同級生が友人にいる人がいたのだろう。またも誰かが言い始めた。するとみんなは寛輔のことを呼ぶ際、
「おーい、親知らず!」
と叫ぶ。おかげでせっかく話をできた人ですら、もう寛輔のことを自然と見下し対等になれなくなる。
ただし、今までのような理不尽な仕打ちはない。
「影響力さえあれば、いじめられないんだ………」
寛輔の成績が良かったこともあって、頼られることもあった。勉強の面では、彼には影響力があったのだ。
「非情だな、人の心って」
誰かに言われさえしなければ、他人を傷つけることがないのに。
その後大学に進む前、いや正確にはセンター試験の前頃だろうか。孤児院に一人の人物がやって来た。験担ぎに霊能力者の豊次郎が、ご利益のあるお守りを配ってくれたのだ。
「……」
だが寛輔は、あまり嬉しくなかった。
(結局は、霊能力とかいうインチキで影響力を高めた人物。そんな惑わしなんか僕にはいらないよ)
そう思っていると、とある紙を寛輔にだけ渡した。場所と時間が書かれていた。
「何だこれ?」
ここに来い、ということだろうか。受験勉強でストレスも溜まっており、散歩がてらその場所に向かうと、
「来てくれたね。待っていたよ」
豊次郎の他に正夫がいた。
「君は……相当な闇を抱えているらしいね?」
「何の話です?」
一瞬で全て見抜かれていたのだ。
「小学生の時から今に至るまで、嫌なあだ名をつけられているんだろう? それを消し去りたいと思わないかね?」
「消せるものならね」
人間関係がリセットされない限り、それは無理だと寛輔は考えている。
「大丈夫さ。私に任せない」
「何を、です?」
彼は寛輔に、あることを説く。
「君が嫌がらせを受けるのは、君自身が弱いからだ。想像してみてくれ。虫なら簡単に殺せるが、ライオンには手が出せない。強さとはそれすなわち、身を守るための防御力ということ」
その、自分を守るために力を正夫はくれると言うのだ。
「霊能力を君に授けよう。その力があれば君は強い人になれる。その強さをアピールすれば、誰も君のことをあんなひどい名で呼ばなくなる」
悪くないかもな、と寛輔は思った。
(結局人間は、強さが全てなんだ。弱い人には誰の心も集められない。強さがない人は、いても意味がないんだ)
と。その時、
「君は存在する意味がある人だ」
まるで心の声に応えるかのように、正夫が言った。
「霊能力があれば、世界を変えられる。もう誰からも傷つけられることはないし、誰かが悲しむことを見る必要もない」
言うと同時に、手を差し伸べてきた。寛輔にとって正夫の言葉はとても魅力的に感じたのだ。
「君が物分かりの良い人物でよかった」
正夫は、霊能力者になった後は自由にその力を使っていいと言った。いじめをしていた人に復讐してもいい、と。ただし条件が二つあり、一つは正夫の指示に従うこと。もう一つは、
「その霊能力を使って、とある人物を始末して欲しい」
「どうしてです?」
「彼は影響力のある人物だ。生きているとそれだけで邪魔になってくる」
「影響力、ですか……」
その言葉に、寛輔は敏感に反応。
「それは、許しておけませんね」
もしその人物が、大きな影響力を持っていたら? きっとみんなその人物の言う通りに動くのだろう。そして言われるがままに誰かを傷つけるのだ。
「任せてください、僕に!」