第9話 白刃取り その1

文字数 2,541文字

 緑祁は決意を固めていた。

「明日にでも行こう」

 その発言を聞いた範造は、

「今動くとしたら、居場所を探りやすい皐か? 幕張市内に住んでいるはずだが、仲間が全員死んでしかもヤイバが手配中であることを知ったと考えると、自分は捜索されていないと考えているはずだが、今はもう逃げ出したかもしれんな」
「いいえ、違うわ」

 緑祁が戦うべき相手は、皐ではない。

「僕はヤイバを止める!」
「ヤイバを? ちょっとマって?」

 それは予想外の意思だ。

「ヤイバも【神代】によってテハイされている。ヒトをアヤめたキケンドのタカいジンブツ。ここはワタシたちがカクホにウゴいたホウがいいんじゃない?」

 雛菊の意見は、一度負けている緑祁ではまた敗北する可能性が高いということ。それ以上に、自分たちが動いた方がより確実性が高いことを指摘。

「それに、ハチネンマエのことはゼンブアラわになった。それをヤイバがシれば、フクシュウするリユウがなくなるはず。だって皐は【神代】によって、セイカクにサバかれるから」

 ヤイバの復讐は、自分の過去に起因している。その過去を範造と雛菊が暴いた。だから皐も指名手配になったのだ。だからもう、報復をする意味がないはず。

「そうとは限らないよ。僕は実際にヤイバと会って、そして戦ったんだ。彼からは、強い意志を感じた。正しい過去を掘り出すんじゃなくて、この手で葬ってしまおうっていう、殺意だ。それが生きている限り、彼はやめない」

 しかし、それで納得してくれれば誰も恨み怨みなんて生じない。
 復讐しないと救われない人がいる。それがヤイバであることを指摘した。

「……わかった。じゃあ、確実にヤイバを止めろよ? 俺と雛菊は、皐の方を探してみる。こっちの方がある意味危険かもしれんかなら…」
「うん、もちろん! 範造も雛菊も、十分に気をつけて!」

 だが、復讐は正しい行為ではない。少なくとも誰かを傷つける行いは、禁じられているのだ。それが明確な理由のある仇討ちであったとしても。

「場所はどうだ?」
「皐の居場所にヤイバが向かうと思うんだけど、肝心の彼女の情報が霊能力者ネットワークに不十分だわ。ヤイバ側もそれは知っているはずよ。となると、情報を探し出そうと必死。でもヤイバは、皐のことを詳しく知らない……過去のある一時までは」

 二人は一時期だが、同じ大学にいた。だからそのキャンパスに向かい、皐のことを知ろうとするだろうというのが香恵の予想だ。
 もちろん確実にその通りになるわけではないが、闇雲に探すよりは何かしらの手掛かりを辿った方がいい。


 次の日の午後緑祁と香恵は、ヤイバと皐がいた大学……東連大学に向かった。小久保学生商店街の先にある大学だ。そこの理学部にかつて二人は在籍していた。

「研究室の人から話を聞ければ、かなり早いんだろうけど……。八年前に一年生だったってことは、四年前に卒業か……。大学院に行ってても、もう知っている後輩がいるかどうかも怪しいね」
「コンピュータにハッキングでもできればかなりわかるけど、私たちにそれは無理だわ。地道に探るしか……」

 大学敷地内を歩く学生たちは多分、ヤイバも皐も知らないだろう。もしかしたら、ここの卒業生が殺し殺されていることにすら、気づいていないかもしれない。
 この大学の学生証がなくても図書館には入れたので、卒業アルバムなどがないかを探した。

「あったよ、香恵!」

 誰も行きそうにない一階の、端っこ。そこにひっそりとそれは棚に並ばれていた。

「これね。入学時のアルバムまであるわ」

 それによると、やはり二人はここの学生だったことに間違いはない。
 学部別、学科別そして研究室別のページを開く。既に文与や霜子、神奈の写真は確認済みだ。その神奈のページのところに、今の職業が書かれていた。

「公務員になります! だって。ヤイバをはめた意識は全然ないみたいね……」

 悪いことをした自覚自体がないのだろう。

「高師さんの写真はないね。確か卒業した大学も違ったから、どこかに編入したか入り直したのかな」

 次のページをめくった際、それはあった。
 皐が写っている写真だ。

「これだわ」

 そのページには、その年の研究室の卒業生全ての進路が書かれていた。誰かは公務員に、誰かは教師に、そして皐は……民間企業の農薬開発化学会社だ。

「まずはこれを範造に教えよう。それから……」

 だがこの探索に相当時間を費やしてしまったらしい。

「閉館時刻となりました。学生のみなさんは…」

 とアナウンスが。時間は午後九時で、これでは閉じて当たり前だ。

「でもいいわ。重要な情報はわかった。これだけでも大収穫よ」

 外に出ると、もう辺りは暗い。構内は少し自然がある分、余計に暗く感じる。

「ヤイバはどこにいるんだろう?」
「そうね……。やはり皐の近くに現れると思うわ。私たちも皐の確保に乗り出した方が……」

 香恵の言葉が途中で途切れた。

「どうしたんだい、香恵?」

 不思議に思う緑祁だが、彼女の目を見て気づく。緑祁のことを見ていない。その後ろの方をチラリと見た。

「……そっちにいるんだね?」

 振り向きざまに、鬼火を撃ち出す緑祁。

「うお! コイツらどこかで見たと思ったら……文与の金魚の糞じゃねえか。こんなところで再会するとは、驚きだな?」

 ヤイバだ。彼もまたこの大学に情報を求め、来ていたのである。


「ヤイバ……。そっちにとって嬉しい知らせが一応、あるんだよ」

 話し合う姿勢を見せると、ヤイバの方も構えを解く。

「皐たちがしてきたことが、明らかになったんだ」


 それは八年前のことでもあるし、その間に起きた出来事やそれ以前のことも含まれる。
 皐の周囲では、不審死が異様に多かった。これは範造から聞いたのだ。それも、彼女とあまり上手くいっていないであろう人が、突然重たい病に侵されて死ぬ。

「多分…というか確実に皐は、ヤイバ以上に人を殺している。もう色の見分けが全然ついてないんじゃあないのかってレベルに、だ。そして方法はおそらく、毒厄。人を病気にできる霊障で、これなら証拠も何も残さず殺めることができてしまう」

 範造の出した結論である。これでは一般人が相手なら、一方的に勝てて当然だ。皐はその件についても、指名手配されているのである。
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