第4話 迅雷の直談判 その2

文字数 3,910文字

 彼の部屋に連れていかれた二人。

「まあ腰かけろ」

 ソファーに座らせられる。その後ろには先ほどの残りの五人が立っているので、緊張する。

「何が狙いだ、雷の申し子、小岩井紫電? それにそちらの人物は………?」

 霊能力者ネットワークに登録されている人の顔は全て記憶している富嶽。だから雪女のことが、知らない人物であると一発でわかった。

「稲屋雪女です…」
「新しい霊能力者を見つけたわけだな? その報告にしては、来る場所を間違えているよな、紫電?」

 頷くことも、返事をすることもできない。プレッシャーが重すぎる。

「彼を責めないで」

 雪女が庇おうにも富嶽は、

「貴様は今、黙っていろ。用件があるのは貴様の方ではないことは同じ空気を吸えばわかること。吾輩は、紫電に尋ねているのだ」

 彼女すらも黙らせる。
 こうなってしまったら、正直に話すべきだろう。だがその内容が、

「緑祁との決闘の許可をいただきにきました」

 では、この場は通らない。相手は確実に紫電に対し、疑いの目を向けているからだ。何か神代に対して、企てていると思われても仕方がないのである。

「よいか紫電、人間という生き物はな……。知性があるが故に、行動の是非を考えられる。その結果、正しさと間違いの概念を得た。そして良心があるなら、間違ったことはしていけないと考えられ、抑制できる生物だ。少なくとも貴様の脳ならそれは容易のはず。だが今ここにいることはどうだ? 自分に問いかけてみろ。正しいことか、それともしてはいけないことか?」

 反論はできない。圧倒的に富嶽が正しいからである。

「………」

 それでも紫電は何も言わない。というより緊張して、口が動かせないのだ。

「……もういい。百合子、重之助、凱輝、満、絹子。二人を連れて行け」

 その無言を富嶽は、黙秘と受け取った。だから五人…神保(じんぽ)百合子(ゆりこ)、宗方重之助、神崎凱輝、神楽坂(かぐらざか)(みちる)、比叡山絹子に彼らを連行させようとする。

 だが、

「待って。私が代わりにわけを話す」

 雪女が立ち上がり言った。

「ほう? 言っておくが貴様が白状しても、二人の罪が軽くなることはない」
「罪? 何のこと? 紫電はただ、勝負がしたいだけだよ?」
「勝負?」

 それを聞いた六人は笑った。

「富嶽様に挑もうとは、笑わせる。片腹痛いわっ! お前のようなガキが、勝てるとでも思ったか?」
「富嶽にじゃない。違う人に、だよ」
「大馬鹿、様をつけろ! お前程度の雑魚が呼び捨てしていいお方ではないのだぞ?」
「よせ満…。紫電と違ってこっちの娘は肝が据わっているようだ。話を続けろ」
「紫電は、その……ええっと、誰だっけ? 誰かに果たし状を送りたくて…」
「紫電が送りたいと思っている相手は一人しかいないだろう? 永露緑祁だな? だが一度既に紫電は、手合わせしているはずだが……?」

 この時、紫電は吹っ切りれた。キッカケは、緑祁の名前が会話に出て来たことだった。

(もし今ここに緑祁のヤツがいたら、どう思う?)

 きっと、紫電のことを憐れんで笑うだろう。自分で言えないから、隣の女子に代弁させている体たらくに。実際彼が今思い浮かべた緑祁の顔は、笑っていた。

(笑うんじゃねえ! 緑祁!)

 だから紫電は、口を動かせた。

「確かに俺は、一度緑祁と戦いました。しかし修練の横槍があったために、勝負は中断。決着はお預けに。だから改めて、緑祁に果たし状を送りたいのです!」

 これを聞いていた百合子たちは、彼のことを馬鹿なヤツ、と思ったに違いない。

(こんなところでそんな言い訳が通ると思っているのか? 修羅場もくぐり抜けたことがないとんだ甘ちゃんだな)

 だが、富嶽の目がそうさせない。

「続けろ」

 中断させないで紫電に話をさせる。

「俺は緑祁と出会った時から、アイツと競い合っていく運命にあると直感しました。だからこそ、どちらが霊能力者として優れているのかを知りたいのです! 当初は互角だと思っていましたが、気づけば俺は、アイツに置いてけぼりにされてしまった。それは俺のプライドが許せません。富嶽様、どうかお許しを!」

 噓偽りのない言葉だからこそ、声に力がある。それを感じ取ってくれた富嶽は、

「なるほど。貴様の気持ちはよくわかった」
「富嶽様、騙されてはいけません! 小童は富嶽様の首を狙っているはずです!」
「沈黙してろ、重之助!」
「はっ!」

 配下の霊能力者を黙らせてまで紫電と話すつもりなのだ。


 ソファーの前にはテーブルがある。そこに富嶽は紙を置いた。

「要するに、本来神代の規則で禁じられている二度目の戦いを許して欲しい、というわけか」
「そ、そうです! 必ず勝ってみせます!」
「その、勝つ、とはどういうことだ?」
「え……?」

 言葉に詰まった紫電。だがこれは、

「貴様にとって勝利とは、対戦相手を殺すことか、と聞いている」
「と、とんでも! そんな予定は一切ありませんよ」

 当たり前だ。いくらライバルとは言っても、命の奪い合いに発展する仲ではない。

「だからまず一つ約束しろ。お互いに命までは取らないこと!」

 ポケットからある物を取り出し、テーブルに置く。

「二人とも、命繋ぎの数珠を持つことだ。これが千切れた方が負け。式神や幽霊の使用も禁止。ルールはそれくらいシンプルな方がいい。だから果たし状ではなく、挑戦状を送れ。決闘ではなく、単純な力比べ…合同の鍛錬をするだけ。頷けるか?」
「はい」
「では次」

 まだ条件はある。

「事前に緑祁に、貴様との手合わせがあるかもしれないことを伝えろ。不意打ちは相手に失礼だ。これはこちらが命繋ぎの数珠と一緒に手配しておく」

 それも飲み込める条件。だが、

「かもしれないとは、どういうことですか?」

 引っかかる言葉がある。

「簡単だ。これから貴様に、四人の霊能力者を送り込む。その全員に、勝て。一人にでも負けたら、挑戦は破棄させる」

 どういう意味なのか困惑する紫電。すると黙っていたはずの重之助が、

「無許可でここに入り込んだことへの罰則だ。それに加え、お前が本当に、神代が許可を与えるに相応しい人物かどうかを測る! それだけのこと!」

 と説明。

「今回だけは喋ったこと、褒めてやるぞ重之助。ついでに場所も決めよう」

 紫電と緑祁の戦いに相応しい場所は、

「日本で二人の強者が戦う場所と言ったら、巌流島以外にはあり得ないな。そこがいい」


 ここで決まった話をまとめる。
 一つ、命の取り合いは禁止である。命繋ぎの数珠を身に着けていれば、死の身代わりになってくれる。だからそれが千切れる……本来なら死ぬレベルのダメージを受けた方が負け。これは残り体力の目安である。
 二つ、この戦いがあるかもしれないことは事前に緑祁に伝える。相手にも準備する期間を与えるのだ。ただし緑祁には拒否権まではない。
 三つ、紫電には神代から、霊能力者が四人派遣されてくる。その全員に彼は勝たないと、挑戦はなかったことになる。これは紫電の力量を測るとともに、勝手に立入禁止の場所に入り込んだ罰でもある。またこの処遇が例外的であるという意味も含んでいる。霊能力者に頻繁に決闘を許可するわけにはいかないからである。
 最後に、場所は予め指定した巌流島。その日程も九月二十日に決まった。


「異論はないな? 競い合うだけの戦い……競戦(きょうせん)と名付けよう」

 三つ目の神代から派遣されてくる霊能力者のことが気になるが、紫電は頷いた。

「では、今日は帰っていいぞ。絹子、地上まで案内してやれ。それとこの場所のことは、内密に……」

 絹子に連れられ階段を登る紫電と雪女。

「ふう、緊張したわ。何が起きるかわかったもんじゃないんだから、こういうことは二度としないで!」

 改めて二人は念を押された。

「わかりました……」

 雪女の返事は暗い。結構な恐怖を味わったからだ。

「了解です!」

 だが、対照的に紫電は明るい。

(神代から、許可が下りたぞ! これでどっちが強いのか、証明できる! 待ってろよ緑祁、絶対に俺が、勝ぁつ!)

 一方地下室では、

「良かったのですか、富嶽様?」

 満がそう聞いた。というのも富嶽は穏健派であり、霊能力者同士の争いには厳しいからだ。

「いいではないか、満。勝手に殺し合いを起こされても困るだろう? それに吾輩の息子がよく言う。人生は鍛錬の繰り返しである、と。霊能力者の競技的な催し物も後々考えてもみるか。とまあ、これは二人にとっての修行だ」
「でも、です。富嶽様は紫電にやらせる気はないですよね?」

 百合子が言うには、

「派遣する霊能力者って、アイツらでしょう? 紫電が勝てそうな人数は、多く見積もっても二人が限界…」

 紫電が越えるべき相手は、彼以上の実力の持ち主。だからこの挑戦、確実になかったことになると彼女は考える。

「かもしれない。だが、そうじゃないかもだ」

 しかし富嶽、紫電の瞳の輝きを見逃さなかった。
 アレは、無茶をする目ではない。何か切り札になる物があるという感じの目だ。それに勝負への熱い想いも十分伝わった。

「もしかしたら紫電は、この課題を越えるかもしれない。吾輩のところに直談判までして来るのだ、その辺の腰抜けとは違うのだろう。ひょっとするとすごいものを見せてくれるかもだぞ?」

 彼は、紫電の行動力を買ったのだ。だからこの挑戦、神代としては妨げたいが、彼個人としては是非ともと期待している。

「吾輩は甘すぎたかもしれんな。もう少し、霊能力者のレベルを上げることをしてもいいだろう。少なくとも紫電はその先駆者となった! そして迎え撃つ緑祁も、だ!」

 だから凱輝は、

「わかりました。では数珠を二つ、ご用意いたします。一つは紫電宛て、もう一つは緑祁宛てに……」

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