第9話 雌雄決する緑紫 その2

文字数 2,326文字

 ドン、と紫電は自らの胸を拳で叩いた。

(何をしているんだ? ドラミング? でも意味ないよね……?)

 緑祁にはそれがわからない。もちろん香恵や刹那、長治郎にも。
 しかし雪女にはわかる。

(鏡を割ったね、紫電。取り出すと没収されかねないから、胸ポケットに入れたまま)

 霊鬼は鏡を割った人物にしか見ることはできないが、その出現を雪女は悟った。

(さあお願い、紫電。霊鬼を兄さんのいる天国に送って。それが兄さんへの弔いだから…)

 この一動作が、紫電を紫電・改にする。

「さあ始めるぜ、緑祁!」

 彼が叫ぶと、言われなくてもと言わんばかりに緑祁が動く。

「そぉれ!」

 旋風を繰り出した。

(風なら電霊放では干渉できないはず! これでまずは攻めよう!)

 この考えは真っ当だ。紫電・改は電霊放のスペシャリストなのだから、それで対処できない霊障で攻めるのは理にかなっている。
 だが、その合理的な戦いを打ち壊していくのが紫電・改のスタイル。

「うおおお!」

 紫電・改はその緑祁が生み出した旋風に自ら突っ込んだ。

「何だって!」
「無傷の勝利なんていらねえぜ。俺は満身創痍になってでもお前の懐にある勝利を掴み取るっ!」

 負傷するのは覚悟の上。鋭い風が紫電・改の肌に当たる。感覚神経の上げる悲鳴が、脳に伝わってくる。でも足は止めない。

「………なら、僕だって!」

 この紫電・改の精神に打たれた緑祁は、旋風で攻め込むのをやめた。

「鉄砲水だ!」

 両手の指先を相手に向け、放水する。水の場合は電霊放に干渉されるが、それで構わない。

(紫電の生命線は、あのダウジングロッドだ! 二つとも駄目にしてしまえば、もう電霊放は撃てなくなる!)

 狙うは手だ。しかし緑祁が鉄砲水を繰り出した瞬間、

「くらいな……! 電霊放!」

 紫電・改は放った。紫の稲妻、暗黒電霊放を。その威力はすさまじく、一方的に鉄砲水を切り裂いて緑祁の左手に命中した。

「うわぁああ?」

 暗い瞬きは視線を遮らなかった。だから電霊放の着弾が肉眼でも感覚でもわかった。

(し、痺れる! しかも前よりも威力がデカい! 紫電、やっぱり相当な修行を積んでいるんだ……!)

 運動神経に異常をきたしているのか、指が勝手に曲がったり伸びたりする。それをもう片方の手で押さえた。

「両手が塞がったな?」

 ダウジングロッドを構える紫電・改。

「いいや!」

 まだコントロールを取り戻せていない左手で、あえて鬼火を放つ緑祁。赤い火炎が広がる。

「無駄だ! 干渉、中和、そして……無効!」

 その火球に電霊放を撃ちこみ、破壊する。

「どうした緑祁? その程度か、お前は!」

 しかし無駄なことをする緑祁ではない。

「そうかな?」

 ここで紫電・改、ある不自然なことに気づく。

(何だ? 緑祁の裾から伸びている。紐? にしては光沢があるな………。もしや!)

 アース線だ。緑祁は対策を施していたのである。

(紫電が電霊放を外すとは思えない。そういう場面を見たことがないからね。今日はゴム製の水着も着てる。だから電霊放対策は、一応は大丈夫なはずだけど……)

 唯一の懸念は、紫電・改の電霊放の威力が上がっていることだ。ゴムは不導体だが、完全に電気を遮断できるわけではない。抵抗が大きいだけだ。しかもその壁を、既に乗り越えてきている。

「なるほど、お前も学ばないわけじゃないらしいな。だったら俺がすべきことは一つか? アース線ごと電霊放で貫いてやるぜ!」
「できるかな、紫電!」

 ここで先に動いたのは、緑祁だ。

「鬼火! そして旋風!」

 二つの霊障の合わせ技、火災旋風。それをここに繰り出したのだ。

(考えたな、緑祁! 火は消せても風までは手が回らねえ。ここは体で受け止める! どうせ上っ面の切れ味だけだからよ!)

 迫りくる赤い風に暗黒電霊放を撃ちこむと、それだけで舞い上がっていた炎が消えた。しかし渦巻く風は紫電・改に当たった。

「うぐわっ!」

 この時の彼は油断していた。切り裂く風だという思い込みだ。

(違った! これは吹き飛ばすタイプの風だ……! 鋭さを落として力強さを上げやがったな、コイツ!)

 吹き飛ばされた彼の体は数メートル後方に飛んだ。でもしっかりと足で着地する。

「間髪入れずに次の霊障だ! 鉄砲水、旋風!」

 それで繰り出すは、小型の台風。暴雨にさらしてしまえば紫電・改はびしょ濡れとなり、電霊放を撃てなくなる。

「いいや、くらえ!」

 両方のダウジングロッドを前に向け、台風に向かって紫電・改は電霊放を撃ちこんだ。すると稲妻が、水を一瞬で蒸発させてしまった。

「まさか……。そんなことまでできるだなんて!」

 また旋風だけが残される。これに対し紫電・改はポケットから電池を取り出して投げ、暴発させることでその爆風でかき消してやった。

「どうした緑祁? これで終わりじゃないよな?」
「……もちろんさ。僕にはまだ、勝ち筋はある!」
「それすらも折り曲げてやるぜ!」

 再び鬼火を使う緑祁。もちろんそれは囮であり、本命は別にある。天に向かって鉄砲水を勢いよく放水した。

「あっ!」

 雨だ。簡単だが、それでいい。紫電・改を濡らすことができれば、それだけでグッと勝利に近づくからだ。小粒の水一つ一つを電霊放でかき消すことは、流石の紫電・改でも難しい。

「緑祁ぇええええ!」

 叫びながら紫電・改は暗黒電霊放を緑祁に撃ち込んだ。その途中で雨に打たれ体が濡れ、自分に電気を流してしまった。

「う、ぐう!」

 緑祁も電霊放を避けられなかったので、くらった。ゴム製の水着が、一発でズタズタに千切れてズボンの裾から落ちた。

「で、でも! 僕の勝ちだ!」

 紫電・改の体は仰向けになって地面に倒れている。かなりの威力の電撃を自分に放ってしまったからだ。
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