第6話 熱の陰で その2

文字数 3,321文字

 浦賀神社では、戦いが続いていた。

「琥珀! 今度も勝ってやるぜ!」

 紫電が電霊放を繰り出すと同時に琥珀も半田鏝から放電。双方の電霊放が激しくぶつかり合う。

(今の、青白い普通の稲妻だった! 前に見た、紫色の電霊放ではないでござるな? もしかしたら、あの色の電霊放はもう撃てない?)

 だとしても、ここで手を抜いたら負ける。琥珀は全力を出した。バッテリーが熱くなるほどだ。

(総電力量は拙者の方が有利! なはずなのに、押されている……?)

 どうして同じ電霊放なのに負けているのか。その理由が、琥珀にはわからない。
 だが紫電には、勝っている理由がわかる。

(電気の量だけに頼ったお前の電霊放では、俺は倒せねえぜ!)

 電霊放は、外部の電気を霊力を駆使して操る霊障だ。だから電力量ではなく、個人の霊力に威力が左右される。バッテリーを背負っている琥珀が、電池で戦う紫電に負けているのが良い例だ。

「つりゃああアアアアア!」

 一気に放電すると、

「あぎゃああ!」

 琥珀は完全に押し負け、持っている半田鏝に紫電の電霊放が流れ込んだ。そのままバッテリーに逆流し、それが爆発、炎上。

「ひいいいぃいい……」
「よし、勝ったぜ!」

 その横では、緑祁が頑張っていた。迫りくる応声虫の虫を、火災旋風で排除する。

「キリがない……」

 さっきからずっと、この繰り返しである。空蝉は物量で押し切ろうと思っており、そのせいで全然前に進めないのだ。

「どうだ、馬鹿味噌! おれの応声虫を甘く見た君の負けだ!」

 事実である。緑祁は紫電から、自分が相手をする人の霊障は応声虫と聞かされていた。

「虫なんて怖くないよ」

 と返事をし、相手をすることにしたのだが、それがこの体たらく。

(害虫レベルで恐ろしいじゃないか、応声虫……!)

 今までに経験がない相手だ。そのせいで恐怖度が事前にわからず、どう対処すれば良いかも判断できず……と、負のスパイラルに陥ってしまっている。

「ぐわっ!」

 今、足をクワガタに噛まれた。この痛みは顎が皮膚を貫いている。

(で、でも……。わかったことが一つある! 一撃で与えられるダメージはそんなに大きくはない!)

 今度は耳をスズメバチに噛まれたが、千切れてはない。

(もう迷ってはいられない! 行くしかない!)

 覚悟を決め、前に進む。

「お? どうした、人の名前を覚えてられない緑祁? もうちょっと下がれば虫から逃げられるかもしれないのに、自分から向かって来るとは、馬鹿過ぎるぞ!」

 空蝉もカブトムシとクワガタを握って、緑祁の接近に備える。

(馬鹿が! 応声虫は虫だけじゃないんだぜ? 本当に恐ろしいのは……音!)

 歯をギシギシと鳴らした。それだけで十分。

「こ、これは……!」

 緑祁の耳に雑音が突き刺さる。反射的に手で耳を塞いだ。

(しまった、手が!)

 がら空きになった彼の腹に、空蝉が手に持ったカブトムシをぶつける。

「ううっ!」

 角が突き刺さった。緑祁は膝が崩れ地面に落ちた。

「終わったな、アホったれ!」
「いや、まだだよ……」

 まだ意識はある。でも立ち上がれそうにはない。しかしそれでいい。緑祁は手を伸ばし空蝉の足元に触れるとそこで、

「鉄砲水と鬼火で…!」

 水蒸気爆発だ。

「な、なんだ……? えええ?」

 突然足元が爆ぜ、空蝉の体は爆風で数十メートル上に放り出された。

「あ!」

 ここで彼は緑祁の思惑に気づいた。応声虫の虫たちはそこまで力を持っているわけではない。だから人の体を持ち上げることが不可能。

(い、いや! 量を増やせば……。でも時間、が!)

 もう、落ち始めている。そのせいで焦り、チョウやガを生み出してしまった。これでは体を支えるほどの力すら出せない。

「げぶ!」

 そのまま空蝉の体は地面にドスっと落ちる。

「やった。ふう……」

 負傷で緑祁は動けないが、それでも勝利することができたのである。

「ねえ雪女? どこにいるかわかるの?」
「熱を感じれば……。私の場合は、寒くない方向を探してる」

 手を広げ、温度の差を手繰り寄せる雪女。香恵はその後ろに隠れている。

(香恵は攻撃的な霊障はないから、私が……。ん?)

 後ろから温度の変化を感じる。振り向くと当たり前だが香恵がいる。

(香恵の温度を感じ取っちゃったか。もう一度……)

 だが、やはり後ろから感じるのだ。

「なるほどね」
「何かわかったの?」
「そこっ」

 雪の氷柱を、香恵の後ろに投げる。何もない空間に、それが突き刺さって血が吹いた。

「ぷっ!」

 向日葵の胸だ。温度差で感知されるのなら、香恵の後ろに隠れてそれを誤魔化そうという魂胆だったのだ。

「覚悟だね。もう逃がさない。蜃気楼を使っても、今のきみなら隠れてもすぐにわかる」
「ヤバいヤバい!」

 しかし突然、地が割れる。

「遅いよ、冥佳!」
「ごめんなさいね、でももう大丈夫。さあて雪女、おまえとはまだ手合わせしてなかったわね? ここで勝負よ!」
「いいよ。でも、負けない」

 雪女は指と指の間に氷柱を挟み、構えた。そしてそれを上に向かって投げる。

「は……?」

 冥佳はこれに驚いた。というのも今、遠くで飛ばした岩石が降ってくるタイミングだったのだ。

「礫岩だからと言っても、必ず下からとは限らない……」
「なるほど、おまえは中々強いみたいじゃないの。紫電の金魚の糞だと思ってたのに」

 冥佳は向日葵の胸から氷柱を抜いた。これで何とか蜃気楼を使わせる。

「できる?」
「何とか……」

 今、二人の姿が消えた。自分たちの姿に周囲の風景を投影したのだ。

「これが面倒……。だけど、対処できないわけじゃない」

 雪女は目を閉じた。そしてしゃがんで地面に手を置いた。雪の結晶を使い、地面を冷やして凍らせる。ほんのわずかなので、厚い氷ができるわけではない。

「見つけた」

 氷が溶ける。人の体温だ。どのように動いているのかが、よくわかる。ただし、向日葵か冥佳かどうかは不明。

「それっ」

 氷柱を握って、ジャンプすると同時に切りかかった。

「きゃああ……」

 切られたのは、向日葵の方だ。だとすれば蜃気楼が止み、幻覚が消える。

「冥佳はどこに……?」
「動くな、雪女!」

 どうやら回り込まれていたらしい。香恵の後ろを陣取った冥佳は彼女の腕を背中側で掴み口を塞いで、

「地割れの中に落とすわよ?」
「できるの、そんなことが?」
「舐めないで! 礫岩ならそういうことは十分に可能……」
「なら、やってみてよ」

 雪女はそんなことを平然と言う。

(そうか、わかったわ! コイツ、自分の方が早く動けると思っているんだわ! だから自信があるってわけね。でも残念! もう既に勝負はついているのよ!)

 既に礫岩を使って、雪女の下の地面に空洞を作っている。そこにほんの少しでも衝撃を与えたら、確実に陥没する。いいやもう冥佳が落としたいと思えば落とせる。

「おまえの負けだわ、雪女ぇ!」

 しかし、地面が落ちない。

「え? 何で……?」

 地上を普通に雪女は歩いた。陥没する気配は一向にない。

「地面の下にさ、細工したでしょう、きみ? 礫岩ならできるよね。でも気づいたんだ。その空洞に氷を満たしてしまえば、落ちない」
「はああ? そんなのアリ?」

 走りだす雪女。

(せめてこの女だけでも脱落させる!)

 香恵の足元から、鋭く尖った岩石が飛び出した。普通なら、これが当たれば大ダメージを負う。それをわかってて香恵はしゃがんだ。

「今よ、雪女! やって!」
「任せて」

 この、通常ならあり得ない動きに冥佳はついて行けない。

「はっ…………」

 手を交差させ、振り下ろしながら開く。その際に指に挟んだ氷柱を投げる。

「はうっ!」

 ☓字状に冥佳に氷柱が刺さった。これが決定打となった。

「大丈夫、香恵?」
「何とか、ね……」

 負傷を覚悟で動いた香恵。服はボロボロだが、雪女が腕を引っ張って立たせるとすぐに慰療を使って怪我を治す。


「紫電に二度も負けたで候……」
「何だよ、強いじゃないか緑祁! 言ってくれよ!」
「負けちゃったね。ま、しょうがない」
「むっかつくわ! 次こそは勝つわよ!」

 琥珀たちのチームは、香恵の手当てを受けるとすぐに帰ってしまった。

「んじゃ、俺たちはまず御朱印をもらうか」
「そうしよう。そうしたらすぐに出発だ」
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