第1話 廃墟の島で その3
文字数 2,509文字
「何かがいるわ……」
絵美が感じ取り、静かに呟いた。
「待って、あれは……」
怪しい存在ではない。それは[ライトニング]と[ダークネス]だ。合流できたのである。
「もう、心配したじゃないの!」
確かに知らない人から見たら、式神は異形な幽霊に見えなくもない。だから絵美は構えたのだ。だが主である緑祁からすれば、この島で最も信頼できる存在だ。
「こっち側の掃除はできた?」
その問いかけに首を振って答える二体の式神。結構な範囲を徹底的にやってくれらしく、もう残っている建物はないらしい。
「よし、じゃあ任務完了だね? 戻ろう」
「否。実はまだあるのだ。それは炭鉱関連施設。流石に県も【神代】も、坑道にまで回れとは言わない。だが見学広場に面する場所であるために、一番重要なポイントなのだ。そこを攻略せずに、この任務は終われない――」
まだ回るべきところが残っている。そこに向かうため、緑祁たちは歩いた。
「あれ? お香はどうしたの、絵美?」
「あ、もう切れちゃった……」
気づけばお香の煙がない。どうやら知らない間に燃え尽きてしまったらしい。
「どうする? もう一本、火を灯す?」
「それがいいであろう――」
しかし緑祁は、
「大丈夫だよ。[ライトニング]と[ダークネス]もいるんだし、何も心配すべきことはないさ。それに僕らの実力から言って、お香の有無で勝負が決まるとも思えない」
反対した。これにはちゃんと根拠がある。弱い霊はその煙を避けるが、強い霊までは追い払えない。だからつけても線香の無駄になってしまう。そう判断したからだ。
「それもそうね。式神もいるならいらないわ」
納得した絵美。刹那も、
「我らの実力に敵う霊が、この島にいるとはもう思えない。この判断は正当で、油断や自信過剰から来る間違いではない。我もその考えに手を挙げる――」
文句を言わなかった。
だが、この判断が後に響いて来ることに、この時は誰も気がつかなかった。
「おっと、どうしたんだい?」
急に、[ライトニング]が騒ぎ出した。彼女だけではない。[ダークネス]もだ。人語を話すことのできない二体の式神が、大きな声を上げているのだ。
「もしかしたら、こんなところから早くおさらばしたいんじゃないの? 嫌な雰囲気は式神の方が敏感なのかもしれないわ!」
絵美がそう言った。
「そうなのかな……?」
緑祁はそれを真に受けてしまう。無理もない。まだ[ライトニング]たちとは十分な信頼関係が築けてないのだ。だから式神の真意に気づけないのである。
「怖がらせることも嫌だし、もう札に戻してあげよう」
札を式神に当て、戻した。その時である。
「んん?」
首に違和感が走った。
「どうかした? さっさと終わらせて私たちも帰るわよ!」
「いや……。今、蚊に刺されたのかな…? チクっとした感触があったんだ」
その首を刹那に見てもらったが、
「違和なし。きっと気のせいであろう。汝の体は非常に健康的である。仮に本当に蚊が飛んでいたとしても、獲物として選ぶのにも納得のいく体――」
外傷のようなものはない。だから緑祁もことの深刻さがわからなかった。
「では、最後の一仕事を始める。この島に居座る悪の霊を祓い、島に光を取り戻すのだ。我らに与えられた使命、最後まで気を抜かず手加減せずに全うしようではないか――」
「そうだね。じゃあ、行こう」
またもフェンスを跨いで進入禁止エリアに進む。そして霊を一通り祓ってやった。そこには苦戦するような存在はなく、広さの割に時間がかからなかった。
「これでいいわね。忘れ物はない? あっても戻らないわよ?」
ボートに乗り込む、ロープをほどく。
「ないよ」
「じゃあ戻るわ!」
行きと同じ要領で海を進む。
「明るいうちに来てみたかったなあ。歴史が深いんでしょう、ここ?」
「否。軍艦島の発見自体が江戸の後期なのだ。しかも軍艦の名が付けられたのは大正の話である。察せれると思われるが、歴史自体は浅い。だがそれを上回る次元の発展を、この島はやってのけた。一時は首都たる東京よりも人口密度が高かったのだ――」
やたらと詳しい刹那。きっと緑祁とは違って下調べをしておいたのだろう。
(勉強不足は僕の方らしい……)
己の無知さが恥ずかしさを生んだ。だから緑祁は、ちょっと悔しかった。
何事もなくボートは港に戻る。
「オッケー! 誰にも見られてないわ! あとは報告書を提出するだけね。刹那、やってくれるかしら?」
「任された――」
ちゃんと緑祁のことも記載してくれるという。
「でも、あなたはあなたで【神代】に報告しておきなさいよ? 終わったって、今!」
「わかったよ」
スマートフォンを取り出し、絵美から教えられた番号にかけた。
「もしもし……。はい、そうです。たった今、陸地に戻ってきました、はい」
電話の向こうは緑祁たちの任務をわかっていて、無事に終わったことをすぐに理解してくれた。
「じゃあ、解散ね。私は刹那とホテルに戻るけど、あなたは?」
「僕は旅館だよ。香恵が待ってくれてるんだ」
「そう言えばそうだったわね。じゃ、気をつけて」
「うん。そっちも」
刹那と絵美はタクシーを拾い、ホテルに向かった。それを見届けた緑祁はヘルメットをかぶって原付バイクにまたがり、暗い夜道を走り出す。
(う……!)
道路を走っている時、急に頭痛がした。だから彼は青信号でも停車した。
(風邪でも引いたかな……? 海の夜風にやられた? いいや、それはない)
潮風は刹那が操っていた。悪い影響が出るような操作はしていなかったはずである。
(疲れてるんだ、きっと。飛行機に乗ってたわけだし……)
そう自分に言い聞かせ、無理矢理納得してハンドルを握る。
だが、軌道はふらついている。その状態で交差点に入ったので、対向車がブレーキを踏んだ。
「危ねえじゃねえか、このヤロウ! ちゃんと真っ直ぐ走りやがれ!」
運転手は本当は、そう叫びたかったに違いない。それができない事情が起きなければ。
緑祁が乗った原付バイクはスピードを落とすことなく、反対側の歩道にある電信柱に突っ込んだのである。
「き、救急車! 事故だああああ!」
ドライバーは慌てふためき、叫んだ。
絵美が感じ取り、静かに呟いた。
「待って、あれは……」
怪しい存在ではない。それは[ライトニング]と[ダークネス]だ。合流できたのである。
「もう、心配したじゃないの!」
確かに知らない人から見たら、式神は異形な幽霊に見えなくもない。だから絵美は構えたのだ。だが主である緑祁からすれば、この島で最も信頼できる存在だ。
「こっち側の掃除はできた?」
その問いかけに首を振って答える二体の式神。結構な範囲を徹底的にやってくれらしく、もう残っている建物はないらしい。
「よし、じゃあ任務完了だね? 戻ろう」
「否。実はまだあるのだ。それは炭鉱関連施設。流石に県も【神代】も、坑道にまで回れとは言わない。だが見学広場に面する場所であるために、一番重要なポイントなのだ。そこを攻略せずに、この任務は終われない――」
まだ回るべきところが残っている。そこに向かうため、緑祁たちは歩いた。
「あれ? お香はどうしたの、絵美?」
「あ、もう切れちゃった……」
気づけばお香の煙がない。どうやら知らない間に燃え尽きてしまったらしい。
「どうする? もう一本、火を灯す?」
「それがいいであろう――」
しかし緑祁は、
「大丈夫だよ。[ライトニング]と[ダークネス]もいるんだし、何も心配すべきことはないさ。それに僕らの実力から言って、お香の有無で勝負が決まるとも思えない」
反対した。これにはちゃんと根拠がある。弱い霊はその煙を避けるが、強い霊までは追い払えない。だからつけても線香の無駄になってしまう。そう判断したからだ。
「それもそうね。式神もいるならいらないわ」
納得した絵美。刹那も、
「我らの実力に敵う霊が、この島にいるとはもう思えない。この判断は正当で、油断や自信過剰から来る間違いではない。我もその考えに手を挙げる――」
文句を言わなかった。
だが、この判断が後に響いて来ることに、この時は誰も気がつかなかった。
「おっと、どうしたんだい?」
急に、[ライトニング]が騒ぎ出した。彼女だけではない。[ダークネス]もだ。人語を話すことのできない二体の式神が、大きな声を上げているのだ。
「もしかしたら、こんなところから早くおさらばしたいんじゃないの? 嫌な雰囲気は式神の方が敏感なのかもしれないわ!」
絵美がそう言った。
「そうなのかな……?」
緑祁はそれを真に受けてしまう。無理もない。まだ[ライトニング]たちとは十分な信頼関係が築けてないのだ。だから式神の真意に気づけないのである。
「怖がらせることも嫌だし、もう札に戻してあげよう」
札を式神に当て、戻した。その時である。
「んん?」
首に違和感が走った。
「どうかした? さっさと終わらせて私たちも帰るわよ!」
「いや……。今、蚊に刺されたのかな…? チクっとした感触があったんだ」
その首を刹那に見てもらったが、
「違和なし。きっと気のせいであろう。汝の体は非常に健康的である。仮に本当に蚊が飛んでいたとしても、獲物として選ぶのにも納得のいく体――」
外傷のようなものはない。だから緑祁もことの深刻さがわからなかった。
「では、最後の一仕事を始める。この島に居座る悪の霊を祓い、島に光を取り戻すのだ。我らに与えられた使命、最後まで気を抜かず手加減せずに全うしようではないか――」
「そうだね。じゃあ、行こう」
またもフェンスを跨いで進入禁止エリアに進む。そして霊を一通り祓ってやった。そこには苦戦するような存在はなく、広さの割に時間がかからなかった。
「これでいいわね。忘れ物はない? あっても戻らないわよ?」
ボートに乗り込む、ロープをほどく。
「ないよ」
「じゃあ戻るわ!」
行きと同じ要領で海を進む。
「明るいうちに来てみたかったなあ。歴史が深いんでしょう、ここ?」
「否。軍艦島の発見自体が江戸の後期なのだ。しかも軍艦の名が付けられたのは大正の話である。察せれると思われるが、歴史自体は浅い。だがそれを上回る次元の発展を、この島はやってのけた。一時は首都たる東京よりも人口密度が高かったのだ――」
やたらと詳しい刹那。きっと緑祁とは違って下調べをしておいたのだろう。
(勉強不足は僕の方らしい……)
己の無知さが恥ずかしさを生んだ。だから緑祁は、ちょっと悔しかった。
何事もなくボートは港に戻る。
「オッケー! 誰にも見られてないわ! あとは報告書を提出するだけね。刹那、やってくれるかしら?」
「任された――」
ちゃんと緑祁のことも記載してくれるという。
「でも、あなたはあなたで【神代】に報告しておきなさいよ? 終わったって、今!」
「わかったよ」
スマートフォンを取り出し、絵美から教えられた番号にかけた。
「もしもし……。はい、そうです。たった今、陸地に戻ってきました、はい」
電話の向こうは緑祁たちの任務をわかっていて、無事に終わったことをすぐに理解してくれた。
「じゃあ、解散ね。私は刹那とホテルに戻るけど、あなたは?」
「僕は旅館だよ。香恵が待ってくれてるんだ」
「そう言えばそうだったわね。じゃ、気をつけて」
「うん。そっちも」
刹那と絵美はタクシーを拾い、ホテルに向かった。それを見届けた緑祁はヘルメットをかぶって原付バイクにまたがり、暗い夜道を走り出す。
(う……!)
道路を走っている時、急に頭痛がした。だから彼は青信号でも停車した。
(風邪でも引いたかな……? 海の夜風にやられた? いいや、それはない)
潮風は刹那が操っていた。悪い影響が出るような操作はしていなかったはずである。
(疲れてるんだ、きっと。飛行機に乗ってたわけだし……)
そう自分に言い聞かせ、無理矢理納得してハンドルを握る。
だが、軌道はふらついている。その状態で交差点に入ったので、対向車がブレーキを踏んだ。
「危ねえじゃねえか、このヤロウ! ちゃんと真っ直ぐ走りやがれ!」
運転手は本当は、そう叫びたかったに違いない。それができない事情が起きなければ。
緑祁が乗った原付バイクはスピードを落とすことなく、反対側の歩道にある電信柱に突っ込んだのである。
「き、救急車! 事故だああああ!」
ドライバーは慌てふためき、叫んだ。