第6話 科学は敵 その1

文字数 3,579文字

 花織と久実子に共通する認識として、科学に対し悪いイメージを抱いている。確かに隣接世界の暮らしは科学の反転によって劇的に変化した。喜びをもって受け入れる人も多かった。
 だがそれは、犠牲あっての発展だ。彼女らの場合、それは同胞たる霊能力者である。

「この世界は、既に汚染されてしまっていますね……」

 数日の間、二人は呉だけではく他の町も見て回った。どこに行っても科学の恩恵が観察できた。それが苦痛だった。

「あたしたちの命を奪おうとした科学が、蔓延っている! この世界ももう手遅れなんじゃないか?」

 ただ、二人の元いた世界と違う点は、科学と呪術が共存できている点である。もっとも呪術の方は表には出ず、裏方に隠れてしまってはいるのだが。
 もしもこちらの世界もまだ科学に染まり切っていなかったら、花織と久実子はそれを排除しようと動いただろう。実行に移さない理由は一つだけで、手遅れだからだ。

「でも、元の世界のように命を狙われる心配がない。そこは純粋に喜ぶべきことだろうな」

 無一文の二人がどうして数日の間、健康的に過ごせているのか疑問である。だが簡単で、町行く知りもしない男の方から声をかけてくるのだ。それに便乗し、隙を突いて相手の意識を奪って逃げる。それを繰り返していた。

「正直、声をかけられるたびに不愉快が全身に走ります。でも我慢しましょう。檻の中で食事とも言えない残飯を出されるよりははるかにマシです」

 そして今夜も金銭の調達を行う。ベンチに座っていた花織が腰を上げるとそれは、芍薬が立ったかの様子。座っている久実子も牡丹が腰かけているみたいだ。そして二人が歩き出せばそれは、百合の花である。

「おや?」

 もちろん数分もしないで誘いは飛んで来るのだが、それよりも目を引くものがあった。

「見たことのある顔だな…?」

 それが、こちらを睨んでいるのだ。

「見つけたぞ、二人!」

 雛臥と骸である。彼らは準備を済ませて花織たちを見つけ出したのだ。

「誰かと思ったら、あたしらに負けて尻尾巻いて逃げて行った雑魚じゃないか。どうした、こんなところに来て?」
「確保させてもらうよ! 君たちはこちらの世界にいていい存在じゃないんだ」

 緑祁の方から連絡をもらっているので、目指すことは彼と同じだ。捕まえて増幸のところに連れて行き、元の世界に送り返す。

「お断りします」

 花織が拒否した。そして二人は向きを変えて歩き出そうとする。

「おい、待ちやがれ! 逃げるのか?」
「逃げる? 違うぞ? あんたらと関わる理由がないんだ。あたしは花織さえいればいいし、こっちの世界で生きていくには金さえあれば大丈夫。そして工面する方法もある」

 だから雛臥たちを無視するのだ。

「断るだと? させるか!」

 だが、骸もただ二人を追いかけていたのではない。札束をポケットから取り出した。

「…!」

 それに反応する久実子。

「お前らが欲しいものは、これだろう? 五十万ある。俺たちとの勝負で勝ったら、遠慮なく持って行きな! だがな、負けたら海神寺に戻って来てもらうぜ!」

【神代】の下で活動し、貯めた金額だ。万が一の損失を抑えるためにも、そのごく一部を引き出した。

「悪い条件ではないですね。どうします、久実子?」
「ならばもらってしまおう」

 それはつまり、この勝負に乗ることを意味している。


 骸が式神を召喚し、操る係。雛臥は前に出て戦う役目だ。前回、雛臥の業火は全く役に立たなかったことを考えると、この編成はおかしい。しかし、

「僕の力が及ばなかった? いいや、それはここで返上してやる!」

 今日はあの時に感じた屈辱を跳ね返す。だから前に出ることを選んだのだ。

「無理はすんなよ? お前は俺が召喚する式神の援護を最低限してくれればいい。こっちには三体いるんだ、もう負けねえ!」

 札は三枚。漂っていた動物の魂から作り出した式神が封じ込めてある。

「奇遇ですね。わたくしたちの式神も三体です」

[ジュレイム]は破壊されてしまったので、花織たちがこっちに持ち込めた式神はそれしか残っていない。

「さあ召喚しろ!」

 骸が叫んだ。同時に彼は手に持つ札から式神を解き放った。天狗の姿をした[クウシン]、鬼の体の[キンコウ]、ガシャドクロに似た[ジョウド]。これらの式神に全てを託す。

「面白い形だな? こちらにはそういう格好の生き物でもいるのか?」
「妖怪だ。上手い具合に物の怪の類の姿になってくれた!」

 すると久実子、

「ほう。つまりはこっちにもそういう概念は存在する、と…? では見せてやろう! あたしたちの世界に伝わりし伝説の生物を!」

 ゴクリと唾を飲み込む雛臥と骸。

([ジュレイム]はドラゴンだったが、やはりそれと同じか…!)

 その読みは当たっている。
 花織が札を広げると、三体のドラゴンが現れた。だがそれらは普通の人が想像するであろう西洋や東洋の竜像からは遠くかけ離れているのだ。

[メガロペント]と呼ばれる式神は、ヘビトンボのような頭、カマキリのような前足、バッタの後ろ脚、チョウの翅を持っている。尾の先端はハチのように針が生え、さらに腹には鋭い小型の翅まで生えている。

[デストルア]という名前の式神の姿は、硬いからに身を包んでいる。カニのようなハサミにエビみたいな尻尾が特徴的だ。鰓状の翅が背中にびっしりと生え揃う。

 最後に召喚されたのが、[マグナルトン]だ。サソリのハサミと尻尾を持ち、鋭い牙はクモに似ている。他の二体とは違って、羽根がないので大地に足を着けている。

「お、おぞましい…。というか、気持ち悪いよ、これは…」

 その禍々しい見た目に雛臥と骸は絶句した。だが、

「グロテスク? よくそんな文句を言ってくれますね。わたくしたちの世界では、これらは神聖な存在……文句を言う資格は誰にもないのです!」

 花織たちにとっては、聖なる獣の姿である。

「……アイツも式神だ、破壊すればいいんだ。雛臥! あの女どもの持つ札を燃やしてしまえ! それだけでも戦況はこちらに有利に傾く!」
「わかったよ。やってみる!」

 自分たちの式神と共に、雛臥と骸は花織たちに近づいた。

「やってください、[メガロペント]!」

 命じられた式神は四枚の翅を高速で動かした。だが飛び立つのではない。

「う、何だ! すごい音だ……!」

 翅をすり合わせることで高周波を生じさせているのだ。モスキート音よりも耳障りのある大きなノイズが、二人を襲う。耳を抑えるので精一杯だ。
 だがここで心強いのが、式神。

「いいや雛臥! この音は式神には通じてねえぞ! へっちゃらだ!」

 生物にしか聞こえないのか、それともそういうチカラの性質上なのか。[クウシン]たちはビクともしない。逆に[キンコウ]の方が動いた。

「潰せ、[キンコウ]! お前のパワーなら捻り粒せるはずだ!」

[キンコウ]は鋼を自在に操ることができる。この周辺の車の金属部分だけを集めて金棒を作った。それを力強く振り上げ、

「ウオオオオオオー!」

 唸る。だが、[メガロペント]の方も全然怯まない。

「キシュウウウウアア…」

 不気味に顎を動かしているのだ。
 先に動いたのは、[キンコウ]の方だ。飛び、着地と同時に金棒を振り下ろした。だが、速さは[メガロペント]の方が上。飛んで避けられる。

「飛ばさせるな、[クウシン]! 風を起こしてアイツを地面に落としてやれ!」

 その手を動かすと、台風のごとき強い風が当たりを襲う。これには式神もジッとしてられない。

「キキッ」

「メガロペント」が地面に落ちた。そこに[キンコウ]が突っ込んだのだ。
 だが、一撃は届かなかった。[デストルア]が前に出て、金棒をハサミの腕で掴み受け止めたのだ。そして口を動かし息を思いっ切り吸い上げた。

「逃げろ!」

 その声に反応こそしたものの、遅れた。だが[キンコウ]の体を空から[クウシン]が掴んで持ち上げる。金棒は間に合わず、吐き出された息にさらされて砕け散った。

「硬いはずの金棒を破壊するとは……。それがあの式神のチカラなのか!」

 二人がそういう推測を立てている間にも、後ろの方で[マグナルトン]が怪しい動きを見せる。ハサミと尻尾の先の針との間で電流が走っていると思ったら、それがこちらに向かって飛んできた。

「うううお、危ない!」

 二人の動きは遅い。だから[ジョウド]がチカラを使って氷の壁を築き防いだ。

「た、助かったよ……。ありがとう、[ジョウド]…」

 頷いて返す[ジョウド]。
 ここで雛臥はあることを骸に提案する。

「混戦になるとかなり不利な気がする。ここは一対一で戦わせるんだ」
「そういうお前はどうする気だ?」
「隙を突いて二人を叩く。業火があれば十分なはずだ」
「わかった。気をつけろよ?」

 悟られないように雛臥はまだ動き出さない。骸と一緒に式神に命じるフリをするのだ。

「いけー!」
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