第1話 月を見た人たち その2

文字数 5,050文字

 こうして手杉は集落にやって来た。当初またいじめられると思い込んでいて内向的だった彼女だが、周りの人はみんな彼女の力に理解を示したので、徐々に明るい性格になっていく。

「まだまだ。まだ見ぬ霊能力者を探す旅は手杉だけでは終われない」

 太陰は一旦集落に戻って、すぐにまた出発した。

(手杉のように虐げられている子が他にもいるかもしれない)

 そう思うと居ても立っても居られないのだ。
 次に訪れたのは、房総半島にある漁村。

「私は巡礼者なのですが……」

 決まり文句から入る太陰に対し、村人たちは、

「あんたも運が悪いことに。あいつに殺されて終わるのが見えるぞ」

 と、不吉なことを言う。

「それは人ですか? それとも物の怪の類でしょうか?」
「いいや、人だ。でも同じ人間とはとても思えない」
「何故でしょうか? 先ほど、殺される、と言いましたがそれが関係しているのですか?」

 ああ、と首を振って答える村人。

「あいつに触られると、そこから病が始まるんだ。そして全身を蝕んで、一週間もすれば死ぬ。薬草は効かない。全部あいつの気分次第。我々の命は、あいつに握られているんだ、地獄だよ」

 件の人物は、名を田柄(たがら)という。彼は美味い魚が取れたら真っ先に自分に寄越せ、いい女がいたら自分と一夜を共にしろ、、米が豊作なら大量に自分に献上しろ、などやりたい放題であるらしい。

「なあ巡礼者なんだろ? だったら死ぬ前にあいつを懲らしめてやってくれないか?」
「いいですよ。何なら私の集落に連れて行っても構いませんか?」
「ああ、いいよ。あいつがいなくなるなら村は幸せだ」

 太陰は話を聞いただけで、田柄が霊能力者であることを見抜いたのだ。
 彼は村で一番大きな民家に住んでいた。何でも元々の住民を追い出すか殺したらしい。

「誰だお前は!」
「巡礼者です」
「ふうん。旅人の分際で俺の屋敷に上がり込んでくるなんて、良い度胸じゃないか」

 田柄は寝転がって魚をほおばっている。

「君、人に迷惑をかけてはいけないよ。今すぐにその生き方は改めるべきだ。
「何だ何だ? 俺に意見する気かよ? そんなに死にたいのか、お前? 少ない寿命を自分で削り取ってどうする?」
「削れるかな、君に?」

 挑発を入れると田柄は起き上がって、

「俺を舐めるとは、どういう料簡だ!」

 怒鳴った。同時に両手を太陰に向けて突き出した。その迫りくる手を太陰は、掴む。

「阿呆め! 自分で死にに来るとは………」

 しかしその威勢の良さは、すぐに消える。

「な、何でだ? 何でお前、病気にならない? 俺に触れられたら誰でも発病するはずだ! 早く死ねよ!」
「申し遅れたが、私も君と同じ類の人間……霊能力者なんでね。君がしようと思っていることは読めるし対処もできる」

 掴む手を振りほどくと田柄は太陰の首を掴んだ。絞め殺すような力は入れないが、

(これで確実に死ぬ! さあ苦しんで泣き叫べ!)

 霊能力を使う。どんなに健康な人であっても発病させ死に至らしめることができる霊能力だ。

「どうやら君にはお仕置きが必要なようだね……」

 でも太陰の首は、待てど暮らせど腫れ上がったり変色したりしない。逆に腕を掴み返され、思いっ切りぶん投げられて壁に叩きつけられた。

「ぐわわ……」

 気絶した彼を抱えて民家から出た太陰。村長に、

「では約束通り、田柄君のことは私が面倒を見ます」

 と言い、集落に戻った。
 強制的に集落に連れてこられた田柄はもちろん反発。

「邪魔だどけ! 雑魚どもが! 俺をあの漁村に戻せ! ついでに美味いものと女も寄越せ!」

 どこまでも横暴な態度を見せる彼を太陰は平手打ちし、

「私には見えるし聞こえる。自分勝手な君のせいで死んだ人の魂、その嘆きの声が。君はそれを聞いて、どう思う?」
「なに?」

 ここで言われて初めて、田柄は幽霊を目にした。霊能力者ではあったものの、その自覚が甘かったので幽霊を見たことがなかったらしい。太陰や集落に霊能力者が集まっていることの影響もあって、その目が覚醒したのだ。

「うわ、うああああああ!」

 その声は精神を削るような響きであり、耳を塞いでも脳を揺さぶってくるのだ。

「反省し、ここで謙虚に暮らすと約束しなさい。そうすれば祓ってあげよう」
「す、する! するから止めてくれ! もう聞きたくないいいい!」

 太陰は両手を二度叩いた。すると幽霊は黙り込む。

「ふ、ふう……」
「田柄君、君はここで心を入れ替えて暮らすんだ。それができないのなら、あの世からまた魂を呼び戻して懲らしめる。私も不本意だが、それしか更正することができそうにない。いいかい? 誰かの迷惑になることは今日で終わり! 明日からは誰かのために生きなさい」
「わ、わかったよ」

 渋々納得した田柄。口先だけに聞こえなくもないが、実際に次の日には慣れないながらも畑を耕す彼の姿があった。

「男なんだろ? だったらいっちょ前に田んぼぐらい耕せ! できないのか、恥ずかしい!」
「な、何だと!」

 これは意地から来る行為だ。霊能力で人を殺めるのは簡単だ。でも見返してやることはできない。だから彼は一生懸命働いたのだ。

「今に見てろ太陰! 俺は人一倍仕事ができるんだ!」

 認められたいという思いが彼の原動力。そして太陰もまた田柄のことを見守った。


 集落にやって来た人たちはみんな、心に闇を抱えていた。中には手杉のように邪険に扱われていたり、田柄のように人より優れていると思いたかったり。そんな人たちをみんな太陰は受け入れ平等に愛情を注ぎ、そして集落のみんなも太陰を愛した。
 今では手杉はいつも女性陣の中心で話をしており、田柄は力仕事の専門家になっている。

「ううむ、年を取ったな私も」

 米を収穫している際に太陰は感じた。自分の体はもう限界かもしれないと。

(ならば最後に、誰かを救おう。もう一度だけ旅に出て、新しい霊能力者を迎え入れよう。それが、私が持って生まれた責務)

 だが集落のみんなは、太陰の旅には反対だった。

「もう年よりのあなたが死んでしまったら、どうするつもりなんだ? 少しでも長生きをして、私たちが行くべき道を教えて欲しい」

 もっともな主張だ。でも太陰は、

「私の息子が全て、まとめ上げてくれます。何も心配する必要はありませんよ。生きている人はいつか死ぬ。それからは誰も逃れられないのです」

 この頃太陰は眠る度に、夢を見た。その夢はいつも決まっていて、見慣れない河原に立っているという内容だ。川には船があるのだが、何度頼んでも渡し船に乗せてはくれなかった。

(あれは確実に三途の川。私がそれを夢に見るということは、死期が近いということ)

 そのことを息子にだけ告げ、太陰は夜中にひっそりと最後の旅に出る。
 今までに行ったことのない方角に舵を切った。

「私はもう余命が長くありません。ですが人生、死ぬまで修行です。巡礼しているのです」

 訪れたのは、あの上総の城下町だ。思えば太陰は、自分が暮らしていた方向にはあまり足を運んだことがなかった。

(私の故郷に、霊能力者がいるかもしれない。ならば探し出さなくてはいけない!)

 躍起になっている彼に対し、町人が言う。

「じゃあ人生の最後に、いいものが見れるぞ」
「いいもの、とは一体何でしょう?」

 それはなんと、自刃であるという。

「一体何が起きたのですか?」
俱蘭(ぐらん)という若造ですよ。こいつがまた、とんでもない輩でしてね。怪しげな術を使って人を惑わし、金や食べ物を騙し取ったんだそうで。処刑されるか腹を切るか迫られて、後者を選んだんです」

 またか、と太陰は思った。霊能力者にはかつての田柄のような、悪用をする人が結構いる。多くは表沙汰にされず隠ぺいするのだが、どうやら今回の人物は違うようだ。役人の耳に入ってしまったのだろう。
 逃げられなくなったその人物は、城下町のとある一角に幽閉されている。

 自刃の日の三日前に太陰は、会ってみることにした。

「どうせ死ぬし、まあいいだろう」

 話が通ったので、檻の中にいる彼と対面する。

(おや?)

 太陰が抱いた第一印象は、悪いものではなかった。寧ろ真面目な青年といった感じだ。
 見かけによらないかもしれないという考えもあるだろう。だが幽霊は嘘を吐かない。

(この青年、霊能力を悪用したりして誰も殺していない。逆だ。世のため人のために力を尽くそうとしたんだ)

 詳しい事情を聞くため、太陰は俱蘭に話しかけた。

「どういう経緯で、あなたは命を絶つのですか?」
「………」

 ここで声を漏らさないのも好印象を与える。命乞いも言い訳もせず潔く死を待つその態度は、侍に匹敵するほどに立派。

「何か話をしてくださいよ」
「………」

 無言の返事をされるが、太陰もそう簡単には諦めない。

「……そうですか、ならばあなたが話してくれるまで私は帰りませんし、いつまでも問いかけましょう」

 二時間ぐらい一方的に声をかけると、俱蘭の方が根を上げた。

「いつまでもうるさい。僕に一体、何の用事があるって?」
「おお! やっと話をしてくれる気になってくれましたか!」
「そうしないと切腹に集中できそうにないんでね」

 俱蘭は自分が犯したという罪を、包み隠さず太陰に伝えた。

「僕には、不思議な力がある。どうして宿っているのかは知らない。でもそれを使えることに気が付いたのは、子供の頃だ。そして同時に、これを使えば人を幸せにできると直感した」

 彼は、絵空事を見せることができるのだという。自分が思った通りのことを景色に投影し、映し出すことが可能。

「だから、困っている人を励ますために使った。死んだ人にもう一度だけ会いたいとか、好きな人のことを見たいとか、そういうことを実現したんだ」

 でもそれは空想であって現実ではない。だから心は満たされるが、それだけだ。その後は空しい現実が待っている。まるで現代の麻薬のような中毒性を彼は意図せずに生み出してしまい、それが原因で処罰されることになった。

「幻覚では、人を傷つけることはない。そう思っていたんだが、実は違うらしいんだ。その空虚に満足すると、やめられなくなる。何度も何度も僕のところに通って、もう一度だけって頼んで頭を下げるんだ。その姿を見ると、僕も同情してしまってこの力を使ってしまう。それが続くと人の精神は弱る」

 だから俱蘭は、自分から申し出たのだ。

「僕はこの世にいていい人間ではないんだ、ってね。役人に納得してもらうために力を使って、僕のことを悪く思わせた。そうすれば、僕は死罪だ。これでようやく、あっちの世界に行ける。僕にだけ聞こえ見えた魂たち、その世界へ」
「今からでも、無実を訴えませんか?」

 太陰は感じた。こんな青年を死なせてはいけないと。でも俱蘭も頑なで、

「駄目だよ。もう僕は刀で腹を切ることにしたんだから」

 と、譲らない。

「月見さん、もうそろそろ……」

 俱蘭との面会はそこで打ち切られた。
 でもそんなことで諦める太陰ではない。

「絶対に彼を、私の集落に招く! 彼は必要な人材なんだ」

 そうするためには、二つのことを達成しなければいけなかった。

 一つは、死罪を解消すること。
 もう一つは、腹を切ると決めた俱蘭の意志を打ち砕くこと。

 両方ともとても困難だ。

「普通の人なら、無理だと思うでしょう。しかし私は霊能力者! 通常できないことを可能にする人!」

 幽閉されている俱蘭のところに忍び込んだ太陰は、彼に話しかける。

「俱蘭さん、今からでも遅くはないんです。ここを抜け出して逃げましょう」
「どういうつもりだ、それは?」

 太陰はワケを話した。自分は俱蘭と同じ霊能力者で幽霊が見えること、霊能力者の集落があってそこでなら迷惑をかけずに暮らしていけることなどを。

「一番重要なのは、あなたは必要不可欠な逸材であるということです! その力を断ち切ってはいけません!」
「そうは思わないんだ。自分のことは僕が一番知っている。だからこそ、これは危険な力だ。今ここで止めないといけない」
「本当にそれが、未来へ羽ばたくことに繋がることですか?」
「……?」

 意味が分からなかったので、何も返事をできなかった俱蘭。

「よく考えてください! 霊能力者の未来を作るためにも、あなたが必要なんです! だから考え直して欲しい! 同胞の明日を、あなたに描いてもらいたいんです!」
「み…らい……?」

 自刃することを考えてしまった俱蘭には想像できないことだ。

「その未来に、僕が必要だって?」
「そうです!」

 明日を生きることの重要性をここで太陰は説く。
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