第16話 逆襲の追複曲 その2

文字数 3,220文字

 慰療があるとわかった以上、勝ち筋は二択しかない。一つは一撃で勝負を決めること。殺さない程度の絶妙な手加減なら、できる。もう一つは消耗戦に持ち込み、その泥沼の中で自分だけが立っていること。エネルギーの消耗は慰療では取り返せないので、峻一人では洋次を突破したとしても仲間の寛輔、結、秀一郎との戦いはしんどくなるだろう。
 だがその二つの選択肢のどちらかを掴み取ろうとしても、霊障の相性の悪さが伸ばした手の邪魔をする。

(礫岩を使える峻に対し、わたしのメインウエポンである電霊放……蚊取閃光は届くか? 気力体力霊力をできるだけ削り取るとしても……)

 その先を考えるのは止めだ。心がマイナスの方向に行ってしまうと、体もそっちに流れてしまう。

「一気に終わらせてやるぞ、洋次!」

 そしてその二択を選ばなければいけないのは、峻も同じだ。人数差で劣っているために彼は前者を選んだ。

「霊障合体・砂塵(さじん)!」

 風が動くと、周囲の岩や石も一緒に動き出す。おまけに礫岩で生み出した岩石も、宙を舞い始めた。

「不味い!」

 反応が一瞬遅れた。そのほんの数秒のロスが命取り……敗北に繋がり出す。応声虫で生み出した虫を盾にしても防ぎ切れないほどに、砂塵は力強く洋次を執拗に攻めてくる。

「ぐはっ!」

 現に親指サイズの石が一つ、顎にぶつかった。すぐに慰療で治したが、痛みからして確実に顎の骨にヒビが入った威力だ。もっと大きな岩石が次に来る。

(石はわたしが持っている……。ならば少し離れても……)

 峻はついて来るだろう。だから洋次は勢いよく後ろに下がった。

「おいおい、逃げるのかよ? 恥ずかしくないのか、洋次!」

 峻の挑発を無視し、洋次は三人の仲間にアイコンタクトを送る。大丈夫だ、彼らも身を隠しながらついて来てくれている。

(こっちの角を曲がれば……)

 目の前には、橋がある。鶴ヶ城は周囲を掘で囲まれているので、それを渡るためのものだ。

「変なところに逃げ込んじまったんじゃないか、洋次! こっちは外れっぽいなあ? お前、本当にここが地元かよ? 土地勘が腐っているようにしか見えないぜ……」

 口では強気な峻だったが、実は少し焦っている。この橋の向こう側には、駐車場がある。自分の車がそこに停めてあるのだ。

(まさか、勝てないと判断したから、移動手段を潰しに?)

 疑念が生まれた以上、解消しなければいけない。

「いい加減、もう逃がさないぞ!」

 橋の上では流石に礫岩は使えないので、向こう側の地面に細工を施す。石筍だ。これを大型にかつ大量に生み出すことで、橋の向こう…出口を塞いだ。

「むっ!」

 一旦立ち止まる洋次。反転し峻と向き合い、右手に蚊取閃光で作ったギラファノコギリクワガタを構え、

「ここで勝負かっ!」
「僕が勝つ! 負けるのは洋次、お前だ!」

 駆け出す。同時に霊魂の札を左手に持ち、堀の方に撃ち込んだ。音響魚雷だ。これには事前にわかっていても、必ず反応してしまう。現に峻は、音源の方に首が動いた。

(今だっ!)

 狙うは首筋。そこを手加減して搔っ切り、同時に放電する。それなら命ではなく気を奪って勝てる。

「馬鹿め」

 だが、右手を振った瞬間に、洋次と峻の間に鉄板が出現して、その攻撃を遮ったのだ。クワガタの大顎が逆に折れ飛んだ。

「これは……?」
「音響魚雷は優秀だよな。絶対に相手の視線を逸らせる。耳も少しの間は潰せる。でも、相手がどこから来るのかわかっているなら、見てなくても対処できるだろ?」

 最悪なことに、正面から突っ込んだことが災いした。この攻撃は見切られていたのである。

「洋次……。お前は確かに優秀だ、それは認める。でも僕の方が強いってことも、理解したか?」

 そう言い、鉄板を旋風で押し飛ばす。もちろん洋次もそれに押されて動かされる。

「うぐ!」

 あっという間に橋の柵にぶつかった。しかも風が舞い、体がフワッと浮かぶ。

「………!」
「落ちて行きな、そのまま!」

 機傀で生み出された金属は一分間しか維持できない。だが今の峻にとって、与えられた六十秒は十分に長い。そのまま洋次を押し切り、橋の上から堀に向かって弾き飛ばしたのである。

「この高さ……。堀がどれくらい深いのかは知らないけど、戦線回帰はまず無理だな。石を回収しないといけないけど、あの不気味な雰囲気は水に浸かった程度では消えないぜ。楽勝だ」

 後は洋次が堀の下で弱るのを待つだけだ。
 勝利の余韻に浸る峻の前に、結、寛輔、秀一郎が現れた。

「友達が戦っているのに見ているだけとは、酷いもんだ。しかも洋次、運が悪けりゃ死んだぞ、あれは。悲しくもならないのかよお前たちは?」
「悲しくないけど?」

 結が答えた。それは非情で冷血だからではない。

「何を勘違いしているかは知らないけど、まだ何も終わっていないぞ?」
「は?」

 秀一郎の予想外の反応に呆れる峻。

「言っておくけどな、僕ならお前たち三人を一度に相手して倒すことなんて造作もないことだ! 勝てない喧嘩は売らない方が賢明だぜ?」
「それに勝てる……なら?」

 平然と言い返す寛輔の言葉を聞いていると、流石の峻も焦り出す。

(洋次のヤツ、死んでいないのか? だがこの深い堀、石垣を登って這い上がってくるなんでまず無理だろ!)

 普通に考えればできない。
 背後から、びちゃっという音がした。

「嘘だろ……!」

 反射的に振り向いた。するとそこにはいるはずがない人物……洋次がいたのだ。橋の柵を手で掴んで乗り越えている。全身が濡れていることから、堀の下に落ちたことは間違いない。だがどうやって登って来たのだろうか? 
 答えは彼のすぐ近くにあった。一か所、不自然に黒くなっているところがある。よく見ると蠢いているようだ。

「虫…? いや、アリか? そんなアホな…!」

 馬鹿げた発想だが、洋次はやってみせた。大量のアリたちが仲間の体にしっかりと噛みつき、綱を形成する。そうしてできた綱を引っ張り、ここまで登って来たのだ。

(群の力を侮ったな、峻!)

 橋の上に舞い戻る洋次。彼を見て峻は笑った。

「まさか、いいや、本当にね、あり得ないよこれは」

 それは、洋次の行動を馬鹿にしている感じではない。

「プライドの塊みたいなお前が、一匹じゃ何もできやしないアリに縋る? それ、仲間に頼ることでも表してるの? どういう心境の変化が体を動かしているわけ?」

 ここまでの戦いぶりを鑑みてもわかることだが、洋次は一対一で勝とうとした。仲間との連係プレーができる人物ではない、という判断ができるわけだ。だからこそ、腹を抱えて笑う。

「いくらでも嘲笑しろ」

 そんな見下した笑みと声に対し、洋次はそう吐き捨てる。

「じゃあさ、ここからはお仲間と一緒に戦うって?」
「わたしの仲間を酷評するな」

 その言葉に対しては、洋次は怒った。
 寛輔は確かに、心が弱いかもしれない。正直、孤児院にいる誰もが彼のことを臆病なヤツだと言うだろう。結や秀一郎に対する評価も香ばしくない可能性だってある。

「それがどうした? 自分の良心との呵責に葛藤しておかしなことがあるか? きさまは一切しないとでも?」

 事実として寛輔は洋次では選ばないであろう道を歩める。心の弱さもある種の個性だ。
 確かに洋次は寛輔のことを心地よく思っていなかったかもしれないし、その逆も十分にあり得る。でもそんな洋次ですら、寛輔のことは大切な仲間だと認識している。精神病棟を襲ったあの日に寛輔が来ないで緑祁に密告したのも、計画ではなくて洋次たちを止めたかったから、言い換えるなら仲間が黒く染まっていくのを見たくなかったからなのかもしれない。

「美しい友情ごっこか? そんなのまやかしだ!」

 峻は声を大きくしてそう叫んだ。

「約束も守れないヤツに、友情が守れるか!」
「その約束を反故にしたのはきさまじゃなかったか?」
「チクったのが悪いんだろうが!」

 峻との言い争いの最中、洋次はここに来る前日のことを思い出していた。
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