第7話 業火と木霊 その2

文字数 3,001文字

 緑祁は自分に指を向けると、鉄砲水を放った。さっき乾かしたばかりの服や肌がビショビショになる。

「何をしてるんだ?」

 この行動に疑問を抱く雛臥。だが彼のその疑念はすぐに消える。

「うおおおおお!」

 緑祁が鬼火を繰り出した。それも自分の体に向けて。

「ま? 待て! 何やってるんだよさっきから!」
「いくよ、雛臥!」

 その状態で走り出す。

「おいおい……。僕には炎塊があるんだぜ? 壁にしてやる!」

 六つの赤い塊が連なって、赤い壁を成す。

「越えられるわけがない! 緑祁、大怪我したくなかったら、止まれ! 止まるんだ!」
「いいや! 止まらない!」

 壁越しに大声を出し合う。雛臥は、

(できるわけがない。絶対にこの炎の壁を前にして止まるはずだ!)

 確信できる材料がある。彼の業火がものを燃やす時、何が燃えたか彼にわかるからだ。もしも何かに引火したら、それが物体か生物か、それとも幽霊か手に取るようにわかる。今、彼の業火は空気中の酸素以外を燃やしていない。だから緑祁がこちら側に来ることはあり得ないのである。

 しかし、

「ま、まさか……!」

 炎の壁を緑祁が突っ切って来たのである。

「ふ、ふう…ううううう! かなりヤバいと思ったけど、行けた! うおおおりゃああああ!」

 そのまま勢いを失わずに、雛臥目掛けて台風を放つ。壁の操作に意識を集中させていた雛臥は反応に遅れ、その水の風に飲み込まれ、

「あばばばば……!」

 吹っ飛び地面に叩きつけられる。その反動で意識の集中が途切れたからか、炎の壁は消えた。


「明暗は決した。緑祁の勝利で勝負は終わったのだ――」

 刹那がそうアナウンスをした。

「ま、負けた……か。でも解せない。どうして緑祁、君は炎壁に突っ込んだんだ?」

 起き上がりながら雛臥が言う。

「それしかないって思ったんだ」

 緑祁は彼に駆け寄り答えた。

「いやそうじゃなくて、僕の業火で燃えなかったのはどうしてだったんだ?」
「ああ、それね……」

 緑祁が選んだ一手、それは、

「僕自身を鬼火で包んだんだ。炎は確かに何でも燃やせるよ。そして僕の鉄砲水も旋風も敵わない。でも、同じ炎なら? って思ったんだ」
「そういうことか」

 納得した。
 緑祁は鬼火で自分の体を包み、その状態で壁に突っ込んだのである。ちょうど火と火が干渉し合ったためか、熱さは感じても業火に燃やされずに済んだのだ。後は勢いをつけるために、自分の後ろを台風で押し出す。その状態で業火の壁に立ち向かったのである。

(炎で炎は燃やせないから、僕にはわからなかったわけか。だから緑祁の最後の一撃を、くらった。全く、凄いことを考えて実行するヤツだ……感心するよ)

 二人の負傷は香恵が治す。雛臥の方はそこまで酷くはないが、自分の体に鬼火をつけた緑祁の方は完治するまで結構かかった。

「もう、私の霊能力があるからって無茶しないで。緑祁には体も命も大切にして欲しいわ」
「……ごめん…」

 ごもっともな要望を言われ、頭が上げられない緑祁。

「でも、その勇気はすごかったわ」

 香恵も冷たいことばかり言うわけではない。褒めるべきところは褒める。それを聞いて照れる緑祁。

「さあて最後は、俺か……」

 四人いた霊能力者も残すは骸ただ一人。

「緑祁、準備はどうだ?」
「もう少し待って。まだ完全じゃないわ」

 香恵が代わりに答えた。

「わかった。完全復活するまで待とう!」

 その待ち時間の間、骸はグラウンドを見てみる。しゃがんで手も当てる。

(よくある校庭みたいな土のグラウンドだ。これならいけそうだな…)

 数分後、香恵が治ったことを押してくれたので骸はそっちに戻る。

「緑祁……俺はどうしても納得がいかねえことがある」
「な、何だい…?」

 結構低い声で言われたので、ビクッとする緑祁。

「お前の操る霊障は三つある。それは別にキレるべきことじゃないんだ。【神代】の跡取り息子なんて、認知されている霊障は全て使えるみたいなことを聞くからな。複数使えるヤツがいても何も異常じゃない。でもよ……」
「でも…?」
「何で鬼火、鉄砲水ときて、最後の一つが木綿じゃなくて旋風なんだよ! 火、水と来たら最後は草だろう? RPGだったら普通はそうなるはずだろうが!」
「骸……。これはゲームじゃないんだし……」

 よくわからないところに怒りをぶつけられても、当然に緑祁は困惑するだけだ。

「まあだから? 今から俺がたっぷりと教えてやるぜ。木霊の素晴らしさと恐ろしさをな!」

 二人とも位置に着く。今度のジャッジは絵美。
「いい? それじゃあ始めるわよ?」

「うん、大丈夫だよ」
「ああ! いつでもいいぜ!」

 彼女は指の先に水を出し、垂れる水滴をもう片方の手のひらで受け止める。それが三回繰り返された際、

「じゃあ……勝負スタート!」

 叫んだ。


(そう言えば骸の木霊……。どういう霊障なのか、見たことないや)

 そもそも骸の操る霊障がそれであること自体、勝負の前にちょっと耳にした程度である。香恵によれば、

「草木に関する霊障よ」

 とのこと。だが、その二つの事象が結びつかないので想像ができない。

(しょうがない。ここは骸が使って来るまで様子見だ。無茶に突っ込んでも意味がない)

 見に回る姿勢。対する骸はすぐに仕掛けてくる。

「そおれ!」

 何かを投げた。暗くてよく見えないが、粒状の物だ。それは緑祁の足元に落ちるとすぐに根と茎を伸ばした。

「種だ! 草木の霊障ってそういうこと……?」

 根はグラウンドの土の中に潜り込み、茎は緑祁の足に巻き付いた。

「で、でも…」

 引っ張れば引き千切れるだろうと思ったが、思いのほか強く絡まっている。

(焼き切る!)

 鬼火を出して植物を燃やした。燃えてしまえば脆く、前に飛んで逃げることができた。

「これは序の口だぜ? これからもっと色々とするんだからよ、まあ楽しめ!」

 次に骸が取り出したのは、レモンである。

(果物……? 何でそんなものをここで?)

 当然武器として使うためである。緑祁目掛けて投げつける。しかし避けられないわけではない。緑祁は後ろに下がってかわした。

「弾け!」

 そう骸が叫んだ瞬間、何とレモンが爆ぜた。緑祁の目の前で四散したので、その酸っぱい汁が目に入る。

「っつつ!」

 思わず手で拭ってしまうほどの痛みが走った。

「隙ありだぜ!」

 ここで骸は追撃をする。投げたのはくるみの実。それが空中で瞬く間に成長し、樹木となる。

「は、え、えええ?」

 ようやく目を開けることができた緑祁は驚いた。何せ彼の目の前に、木が浮いているのだから無理はない。しかもそれは彼に向かって飛んで来る。

(鬼火で焼いている暇はない! 焼き尽くす前に、僕にぶつかる! 旋風でもあんなに太いと切れない! ならばここは!)

 手のひらから鉄砲水を出し、押し返すことを選択。

「鉄砲水か? 水はちょっと、悪手じゃねえか?」

 向かってくる勢いは殺せた。でも木の根は緑祁の鉄砲水を吸収し、より太くなる。地面に落ちるころには立派な大木だ。当然グラウンドに根付いて真っ直ぐ太く伸びる。

「木が生えた……?」

 そうとしか表現できないことが起きている。しかもその木は、緑祁目掛けて倒れてくるのだ。

「うわっと!」

 横に飛んで避ける。が、今度は木が根を軸にして回転し、その幹が迫りくる。

(こんな太いので叩かれたら、骨が折れそうだ……。負けだよそれじゃあ!)

 骨折は敗因になり得る。だからこれは受けられない。
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