第11話 伝染の喜遊曲 その3
文字数 5,372文字
「何だ?」
金色の稲妻が地面から天に登った。一瞬だが周囲が照らし出された。
「あれは、皐だ!」
その、明るくなった上空を漂っている幽霊が一体。こちらを向いて、飛んでいる。
「そうなの?」
「間違いねえ! 今、きっと辻神が光らせてくれた。そのおかげでわかった! アイツはこっちに来ている! 備えろ、雪女! 絶対に触れられるな!」
触られたらそれだけで毒厄を流し込まれ死ぬ。
「それ、やあっ」
ならば近づかせない。雪女が氷柱を飛ばした。
「意味ないわね」
それを器用に避ける皐。幽霊だから、浮いていている状態でも方向転換が自由だ。
(そうかな果たして…?)
かわされる。そんなことは百も承知だ。だからこそ、紫電よりも先に投げた。
「読めるぞ!」
氷柱を避ける皐に照準を合わせ、ダウジングロッドから電霊放を撃つ紫電。
「ぐあっ!」
命中した。だが浅い。
「もっと強いのをぶち込まないと駄目だ! 急ぎ過ぎたせいで、威力が足りてねえ!」
ここは電霊放を集束させて放てばよい。指先に神経を集中させる。ロッドの柄に内蔵された電池の電力を全て使っても構わない。それだけの力があれば、絶対に皐を除霊できるはずだ。
チャージするのに時間がかかると感じた雪女は、そのために時間を稼ぐことを選ぶ。
「私が相手する……。かかってきなよ、醜女…」
この相手を貶す愚痴も、ワザと聞こえるボリュームで言った。
「言ってくれるわね? この雑魚! ささっと殺してやるわ!」
地面に降り立つ皐。怪しくそして禍々しい。空気が毒々しくなるのがわかる。
彼女は一歩、二人に向かって歩み寄ってきた。
「近づくの? 私たちに?」
氷柱を生み出し両手で逆手持ちする雪女。この間合いに入れば、相手を切り裂ける。それは皐もわかっているはずだ。
「二年前……」
皐の瞳の光り方が変わった。怒りを感じさせるほどに鋭い。
「あの夜、ヤイバと照の糞野郎どもに吊り橋から落とされた……。アタシはあんなクズに殺される器じゃないわ、川に落ちても、立ち上がれた。でもすぐさま、電流が全身に走った! 紫電のゴミカスが使った電霊放のせいで、逃げられなかった! アタシの過去の再調査が行われていたことは、捕まってから知った……。余計なことをしやがって! どうせチクったのも、紫電、アンタだろう? 絶対に許さない!」
あの時、紫電さえいなければ自分は拘束されることはなかった。ヤイバたちが国外逃亡する前に始末しに行けたし、なんなら【神代】の追っ手から逃げ切る自信だってある。
だが、紫電が電霊放を自分に撃ち込んだ。それで痺れてしまい、逃げることができなかったのだ。
皐は悪事を働いていたから、【神代】に手配されたのである。そしてそんな彼女を捕まえに行くのは、正当なる行動。逆恨みも甚だしい。
しかし、怨み恨みは殺意を抱き向けるのには十分過ぎる理由だ。
「ここで死んでもらうわ、紫電! アタシの人生はもう、終わってしまったようね……。でも黄泉の国へは、まだ行かない! アンタの命を閻魔大王に、手土産として持って行く! そして連帯責任! この町の住民も全員、道連れだわぁ!」
「やってみろ! できるって言うんならな!」
そろそろチャージが完了する。もうダウジングロッドの金属部分が光り出しているのが、その証拠だ。それを見て雪女は、
(私は、紫電が撃ちやすいようにすればいい。皐の動きを、単純なものにさせる)
役目を感じ取り、前に出た。
「うるさい、ドブスが! アンタに用はないんだ、命が惜しければ尻尾巻いて逃げてればいい!」
皐の手が動いた。それをしゃがんで避ける雪女。そして手に持っている氷柱を撃ち込む。
「避け……ない?」
思わず目を疑った。皐は鋭利な氷柱をその身に受けたのである。
「逃げると……また! また電霊放を撃たれる! だったら、逃げなければいいだけのことよ。単純にして明解!」
雪女の氷柱では、除霊できる力がない。ならば注目すべきは、紫電の電霊放だけ。今度は足が動き、迫ってきた。
「雪女!」
咄嗟に雪の結晶を作り出し防御する。蹴飛ばされはしたが、直接触らずに済んだ。
「紫電!」
また、尖った眼光を紫電に向ける。
「ほざいてろよ。もう完了したんだ、お前は終わりだぜ。行くべきところに向かわせてやる! くらえ………!」
集束電霊放を撃つ。
が、
「な、何だ一体……?」
出ない。しかも指が勝手に開いてダウジングロッドが手から地面に落ちた。
「指が、動かねえ…? 感覚も何もねえ! どうなってるんだ、これは!」
手首もダランとぶら下がる。気が付けば肘から先が言うことを聞かない。
「馬鹿発見だわね。アタシの霊障を知らないの?」
「毒厄か、これは? いいや劇仏か! そうか皐、お前……」
簡単なことだった。皐は劇仏によって紫電の運動神経その伝達を、指先から肘まで無理矢理止めた。
「ぎゃはははははは! 惨めだね、紫電! 二年前のアタシみたいに、無力!」
拾おうにも、拾えない。しゃがんでダウジングロッドに触れても、その触覚が脳に伝わらない。感覚神経までもが麻痺している。
(こ、こんなことが……。私たちは勘違いしていた……。てっきり……)
劇仏で発症する症状には、個人差がある。嘔吐する人がいれば下痢する人もいる。そういう霊障発展なのだと認識していた。しかし実際は違う。使用者の目視の範囲内なら、ある程度効果に自由度があるらしい。
「こ、この……」
「アンタはもう黙ってなさい!」
慌てて駆け出した雪女だったが、皐に睨まれたせいで足の自由度が奪われ転ぶ。
「そこで見てるのね。紫電が死ぬ、その様を! それとも、一緒に死にたい?」
「くっ……」
腕の力だけで這いずって紫電の足元まで動く。
「じゃ、終わりにしてやるわ!」
やはり最後は毒厄の真骨頂、直触りでトドメだ。ここから二人の肌に触れるまで一秒もかからない。
「死ね…………」
皐は二人を見ていた。その視野に突然、黒い煙が入り込む。
「何これは? まだ何か、できるって言うの? 往生際が悪いわね…!」
それは稲妻をビリビリと出していて、まるで小さな雨雲のようだった。
反射的に、二人から距離を取る皐。今までに紫電が見せていない一手なので、警戒して当然だ。あと少し進んでいたら、致命的なダメージを受けていたかもしれない。
(いや待て……紫電は違う。アイツはダウジングロッドがないと、電霊放が撃てない。こっちの女の霊障は、電気とは関係ない。だとすると……)
消去法で一人、浮かび上がる。曲がり角の方を向いた。
「やはり! アイツか!」
辻神だ。
「霊障合体・雷雲 ! 電霊放と蜃気楼の合わせ技だ、殺傷能力はない。だがやはりおまえは、避けた」
タイミングを見計らっていた。できれば辻神は、自分が皐を叩きたくなかった。それは罪悪感を味わいたくないからではない。
(病射と朔那と弥和に復讐をさせないと誓った。そんな私が、山姫と彭侯が傷つけられたからという理由で、皐を攻撃していいのか? 違う理由を用意してもそれは結局、仲間のことを遠回しに正当化するだけに過ぎない。それは駄目だ)
それに皐のターゲットは紫電だ。ならば紫電にその因縁を断ち切らせた方がいいだろう。だがもう流石に傍観はしてはいられない。殺されてからでは遅い。
「アンタも邪魔するなら、殺してやるわ!」
「させるか!」
ポケットから大量の電池を取り出し、皐に向けて投げた。
「くらえ! 霊障合体・風神雷神!」
電池と電池を、電霊放で繋いで電気の網を作る。それを旋風で相手に向け吹き飛ばす。
「ひ、ひいいいいやひゃああああああああああ!」
風神雷神が炸裂。電気の網に飲み込まれると、これには流石の皐も怯んだ。
「これでまだ、くたばらないのか……! 何というこの世への執念! 並みの悪霊とは、しがみつく力が桁違いだ……!」
「今しかない! 辻神、一緒に電霊放を撃ち込むぞ!」
「どうやってだ?」
今の紫電はまだ劇仏に侵されており、指が動かせない。
「雪女、頼む! 皐は墓穴を掘った!」
「わかったよ」
感覚神経まで鈍らされたのが幸いした。雪女が紫電の指を曲げてダウジングロッドを握らせる。このままでは手を離すと指が開いてしまうので、指を凍らせて固定する。通常なら耐えられない冷たさだが、今は温度感覚までも麻痺しているので何も感じない。
「サンキュー、雪女! お前は最高のパートナーだぜ」
「当たり前じゃん」
第六感で集中すれば、電霊放は撃てる。最後に必要なのは、ブランと垂れ下がる腕を皐に向けることだ。
「貸せ!」
ドライバーを握ったままの手で、後ろから紫電の手首を掴んで持ち上げる辻神。
既にチャージは完了していた。あとは撃つだけだ。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 集束電霊放だ!」
「行け、ダブルトルネード! うりゃあああああおおおおおおおおおおおおお!」
紫電の集束電霊放を中心に、その周りを二本の電霊放が二重螺旋を描くように飛ぶ。光沢のある黄色の稲妻、黄金 電霊放 だ。周囲が昼間以上に明るくなるほどの高出力。それが、風神雷神からやっと立ち直れた皐の胸に直撃する。
「ぎゃきゃああああああああああああああああああああああー!」
凄まじい痺れ、いいやそれ以上の痛み。
「まだだ、辻神! まだ除霊できていない! まだ撃て、撃ち続けろ! 踏ん張れ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおがあああああああああああああああああああ!」
二人はそれぞれが持っている電池の電力を最大限に使った。スッカラカンになっても構わないほどだ。
「ひゃああああああああああああああああああああああああ!」
そして、黄金電霊放は皐の胸を魂ごと貫いた。その時に生じたヒビが、全身に走る。致命的な一撃が決まった。
「あ、あ、あ………。う、うあ、うああ………」
ヒビが広がり、皐の体がバラバラに砕け散る。それと黄金電霊放が弱まるのは同時だった。
町が、健康を取り戻しつつある。住民たちは原因不明の体調不良に襲われたが、それがピタリと止んだ。そこら中から、救急車とパトカーのサイレンが聞こえる。
皐が除霊されたために、彼女の劇仏が解かれたのだ。
ただ、被害は甚大だ。大量に負傷者がいる。もしかすると死者も出ているかもしれない。
「や、やった………」
皐との戦いが終わったのだ。紫電のダウジングロッド、辻神のドライバーはその金属部位が、根元からダランと溶けてしまっている。
「かなり、電力を使ったな。霊力もだ。私はもう、疲労で風一つ起こせない……」
こうしてただ立っていることしかできない。体力も非常に消耗してしまっている。
「俺も、だ……」
黄金電霊放の中心を担っていた紫電は、もっと深刻だった。辻神が腕から手を離すと、彼の体は地面に崩れてしまう。
「危ない、紫電」
しゃがんでいた雪女が彼の体を受け止めた。
「あ、ありがとうな、雪女……」
「うん、うん」
三人は力なく地べたに座り込んだ。そこに山姫と彭侯が駆け付ける。
「やったのか? 胃腸の調子が元に戻ったってことは、そうだよな?」
「除霊、できたってことだよネ?」
頷く辻神。
「私たちがたどり着いた結末は、ただ一つだ。幽霊……それも悪霊となった皐を、除霊した! 言い換えれば……勝利したということだ」
思い返せば、たった一晩の出来事。新幹線で八戸に来て、それから車で移動する際に、皐が劇仏をばら撒いていた。そんな皐を何とかして止め、最悪の結末だけは阻止した。
「彭侯、動けるならレンタルした車をここまで走らせてくれ。それで紫電の家に向かおう。もう、今日は疲労が限界で動けん……」
幸いにも彭侯は運転できそうなほどに元気を取り戻していたので、頼んだ。
「わかったぜ。今すぐに!」
数分後、迎えに来た彭侯の車に乗り込み、紫電が助手席に座って家までの道を教える。小岩井家の豪邸も劇仏の影響を少なからず受けてはいたものの、大事には至っていない。
「でっけえな、アンタの家は! この車はどの辺に止めればいい?」
「敷地内の端が、来客用の駐車場になってる。そこに頼む」
「門の内側ですらない?」
雪女が、スマートフォンを見ながら、
「【神代】にも伝えないといけないよ。辻神、そっちはどうなってる?」
「任せろ。すぐにでも報告書を作る。ノートパソコンを一台貸してくれ」
「ほい」
自分だって休みたいだろう。だが辻神は紫電からそれを受け取ると、すぐに文書の作成を行った。
自室のベッドの上で紫電は考える。
「あんなヤツでも生きていた人間だった、墓ぐらい建てておくべきだろうな。そうしないと、いつまたこの世に戻って来て悪さをしでかすか……! 心配だ」
皐は悪人だ。死してなお、人々を傷つけた。だがその魂は弔ってやるべきだ、と。この町を守る意味合いもある。
「なら、陸奥神社に無縁仏の墓石を置こう。お参りする人はほとんどいないかもしれないけど、放っておくよりはマシだよ」
そう提案する雪女。そうと決まれば住職に連絡を入れる。
「こんなことを言うのは都合が良いかもしれねえが」
前置きした上で、紫電は、
「大事件を起こした人物だろうが、墓には花を添えるし水もかける。死後は平等だからだ。少しでも皐の気が、それで済んでくれればいいんだが……」
金色の稲妻が地面から天に登った。一瞬だが周囲が照らし出された。
「あれは、皐だ!」
その、明るくなった上空を漂っている幽霊が一体。こちらを向いて、飛んでいる。
「そうなの?」
「間違いねえ! 今、きっと辻神が光らせてくれた。そのおかげでわかった! アイツはこっちに来ている! 備えろ、雪女! 絶対に触れられるな!」
触られたらそれだけで毒厄を流し込まれ死ぬ。
「それ、やあっ」
ならば近づかせない。雪女が氷柱を飛ばした。
「意味ないわね」
それを器用に避ける皐。幽霊だから、浮いていている状態でも方向転換が自由だ。
(そうかな果たして…?)
かわされる。そんなことは百も承知だ。だからこそ、紫電よりも先に投げた。
「読めるぞ!」
氷柱を避ける皐に照準を合わせ、ダウジングロッドから電霊放を撃つ紫電。
「ぐあっ!」
命中した。だが浅い。
「もっと強いのをぶち込まないと駄目だ! 急ぎ過ぎたせいで、威力が足りてねえ!」
ここは電霊放を集束させて放てばよい。指先に神経を集中させる。ロッドの柄に内蔵された電池の電力を全て使っても構わない。それだけの力があれば、絶対に皐を除霊できるはずだ。
チャージするのに時間がかかると感じた雪女は、そのために時間を稼ぐことを選ぶ。
「私が相手する……。かかってきなよ、醜女…」
この相手を貶す愚痴も、ワザと聞こえるボリュームで言った。
「言ってくれるわね? この雑魚! ささっと殺してやるわ!」
地面に降り立つ皐。怪しくそして禍々しい。空気が毒々しくなるのがわかる。
彼女は一歩、二人に向かって歩み寄ってきた。
「近づくの? 私たちに?」
氷柱を生み出し両手で逆手持ちする雪女。この間合いに入れば、相手を切り裂ける。それは皐もわかっているはずだ。
「二年前……」
皐の瞳の光り方が変わった。怒りを感じさせるほどに鋭い。
「あの夜、ヤイバと照の糞野郎どもに吊り橋から落とされた……。アタシはあんなクズに殺される器じゃないわ、川に落ちても、立ち上がれた。でもすぐさま、電流が全身に走った! 紫電のゴミカスが使った電霊放のせいで、逃げられなかった! アタシの過去の再調査が行われていたことは、捕まってから知った……。余計なことをしやがって! どうせチクったのも、紫電、アンタだろう? 絶対に許さない!」
あの時、紫電さえいなければ自分は拘束されることはなかった。ヤイバたちが国外逃亡する前に始末しに行けたし、なんなら【神代】の追っ手から逃げ切る自信だってある。
だが、紫電が電霊放を自分に撃ち込んだ。それで痺れてしまい、逃げることができなかったのだ。
皐は悪事を働いていたから、【神代】に手配されたのである。そしてそんな彼女を捕まえに行くのは、正当なる行動。逆恨みも甚だしい。
しかし、怨み恨みは殺意を抱き向けるのには十分過ぎる理由だ。
「ここで死んでもらうわ、紫電! アタシの人生はもう、終わってしまったようね……。でも黄泉の国へは、まだ行かない! アンタの命を閻魔大王に、手土産として持って行く! そして連帯責任! この町の住民も全員、道連れだわぁ!」
「やってみろ! できるって言うんならな!」
そろそろチャージが完了する。もうダウジングロッドの金属部分が光り出しているのが、その証拠だ。それを見て雪女は、
(私は、紫電が撃ちやすいようにすればいい。皐の動きを、単純なものにさせる)
役目を感じ取り、前に出た。
「うるさい、ドブスが! アンタに用はないんだ、命が惜しければ尻尾巻いて逃げてればいい!」
皐の手が動いた。それをしゃがんで避ける雪女。そして手に持っている氷柱を撃ち込む。
「避け……ない?」
思わず目を疑った。皐は鋭利な氷柱をその身に受けたのである。
「逃げると……また! また電霊放を撃たれる! だったら、逃げなければいいだけのことよ。単純にして明解!」
雪女の氷柱では、除霊できる力がない。ならば注目すべきは、紫電の電霊放だけ。今度は足が動き、迫ってきた。
「雪女!」
咄嗟に雪の結晶を作り出し防御する。蹴飛ばされはしたが、直接触らずに済んだ。
「紫電!」
また、尖った眼光を紫電に向ける。
「ほざいてろよ。もう完了したんだ、お前は終わりだぜ。行くべきところに向かわせてやる! くらえ………!」
集束電霊放を撃つ。
が、
「な、何だ一体……?」
出ない。しかも指が勝手に開いてダウジングロッドが手から地面に落ちた。
「指が、動かねえ…? 感覚も何もねえ! どうなってるんだ、これは!」
手首もダランとぶら下がる。気が付けば肘から先が言うことを聞かない。
「馬鹿発見だわね。アタシの霊障を知らないの?」
「毒厄か、これは? いいや劇仏か! そうか皐、お前……」
簡単なことだった。皐は劇仏によって紫電の運動神経その伝達を、指先から肘まで無理矢理止めた。
「ぎゃはははははは! 惨めだね、紫電! 二年前のアタシみたいに、無力!」
拾おうにも、拾えない。しゃがんでダウジングロッドに触れても、その触覚が脳に伝わらない。感覚神経までもが麻痺している。
(こ、こんなことが……。私たちは勘違いしていた……。てっきり……)
劇仏で発症する症状には、個人差がある。嘔吐する人がいれば下痢する人もいる。そういう霊障発展なのだと認識していた。しかし実際は違う。使用者の目視の範囲内なら、ある程度効果に自由度があるらしい。
「こ、この……」
「アンタはもう黙ってなさい!」
慌てて駆け出した雪女だったが、皐に睨まれたせいで足の自由度が奪われ転ぶ。
「そこで見てるのね。紫電が死ぬ、その様を! それとも、一緒に死にたい?」
「くっ……」
腕の力だけで這いずって紫電の足元まで動く。
「じゃ、終わりにしてやるわ!」
やはり最後は毒厄の真骨頂、直触りでトドメだ。ここから二人の肌に触れるまで一秒もかからない。
「死ね…………」
皐は二人を見ていた。その視野に突然、黒い煙が入り込む。
「何これは? まだ何か、できるって言うの? 往生際が悪いわね…!」
それは稲妻をビリビリと出していて、まるで小さな雨雲のようだった。
反射的に、二人から距離を取る皐。今までに紫電が見せていない一手なので、警戒して当然だ。あと少し進んでいたら、致命的なダメージを受けていたかもしれない。
(いや待て……紫電は違う。アイツはダウジングロッドがないと、電霊放が撃てない。こっちの女の霊障は、電気とは関係ない。だとすると……)
消去法で一人、浮かび上がる。曲がり角の方を向いた。
「やはり! アイツか!」
辻神だ。
「霊障合体・
タイミングを見計らっていた。できれば辻神は、自分が皐を叩きたくなかった。それは罪悪感を味わいたくないからではない。
(病射と朔那と弥和に復讐をさせないと誓った。そんな私が、山姫と彭侯が傷つけられたからという理由で、皐を攻撃していいのか? 違う理由を用意してもそれは結局、仲間のことを遠回しに正当化するだけに過ぎない。それは駄目だ)
それに皐のターゲットは紫電だ。ならば紫電にその因縁を断ち切らせた方がいいだろう。だがもう流石に傍観はしてはいられない。殺されてからでは遅い。
「アンタも邪魔するなら、殺してやるわ!」
「させるか!」
ポケットから大量の電池を取り出し、皐に向けて投げた。
「くらえ! 霊障合体・風神雷神!」
電池と電池を、電霊放で繋いで電気の網を作る。それを旋風で相手に向け吹き飛ばす。
「ひ、ひいいいいやひゃああああああああああ!」
風神雷神が炸裂。電気の網に飲み込まれると、これには流石の皐も怯んだ。
「これでまだ、くたばらないのか……! 何というこの世への執念! 並みの悪霊とは、しがみつく力が桁違いだ……!」
「今しかない! 辻神、一緒に電霊放を撃ち込むぞ!」
「どうやってだ?」
今の紫電はまだ劇仏に侵されており、指が動かせない。
「雪女、頼む! 皐は墓穴を掘った!」
「わかったよ」
感覚神経まで鈍らされたのが幸いした。雪女が紫電の指を曲げてダウジングロッドを握らせる。このままでは手を離すと指が開いてしまうので、指を凍らせて固定する。通常なら耐えられない冷たさだが、今は温度感覚までも麻痺しているので何も感じない。
「サンキュー、雪女! お前は最高のパートナーだぜ」
「当たり前じゃん」
第六感で集中すれば、電霊放は撃てる。最後に必要なのは、ブランと垂れ下がる腕を皐に向けることだ。
「貸せ!」
ドライバーを握ったままの手で、後ろから紫電の手首を掴んで持ち上げる辻神。
既にチャージは完了していた。あとは撃つだけだ。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 集束電霊放だ!」
「行け、ダブルトルネード! うりゃあああああおおおおおおおおおおおおお!」
紫電の集束電霊放を中心に、その周りを二本の電霊放が二重螺旋を描くように飛ぶ。光沢のある黄色の稲妻、
「ぎゃきゃああああああああああああああああああああああー!」
凄まじい痺れ、いいやそれ以上の痛み。
「まだだ、辻神! まだ除霊できていない! まだ撃て、撃ち続けろ! 踏ん張れ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおがあああああああああああああああああああ!」
二人はそれぞれが持っている電池の電力を最大限に使った。スッカラカンになっても構わないほどだ。
「ひゃああああああああああああああああああああああああ!」
そして、黄金電霊放は皐の胸を魂ごと貫いた。その時に生じたヒビが、全身に走る。致命的な一撃が決まった。
「あ、あ、あ………。う、うあ、うああ………」
ヒビが広がり、皐の体がバラバラに砕け散る。それと黄金電霊放が弱まるのは同時だった。
町が、健康を取り戻しつつある。住民たちは原因不明の体調不良に襲われたが、それがピタリと止んだ。そこら中から、救急車とパトカーのサイレンが聞こえる。
皐が除霊されたために、彼女の劇仏が解かれたのだ。
ただ、被害は甚大だ。大量に負傷者がいる。もしかすると死者も出ているかもしれない。
「や、やった………」
皐との戦いが終わったのだ。紫電のダウジングロッド、辻神のドライバーはその金属部位が、根元からダランと溶けてしまっている。
「かなり、電力を使ったな。霊力もだ。私はもう、疲労で風一つ起こせない……」
こうしてただ立っていることしかできない。体力も非常に消耗してしまっている。
「俺も、だ……」
黄金電霊放の中心を担っていた紫電は、もっと深刻だった。辻神が腕から手を離すと、彼の体は地面に崩れてしまう。
「危ない、紫電」
しゃがんでいた雪女が彼の体を受け止めた。
「あ、ありがとうな、雪女……」
「うん、うん」
三人は力なく地べたに座り込んだ。そこに山姫と彭侯が駆け付ける。
「やったのか? 胃腸の調子が元に戻ったってことは、そうだよな?」
「除霊、できたってことだよネ?」
頷く辻神。
「私たちがたどり着いた結末は、ただ一つだ。幽霊……それも悪霊となった皐を、除霊した! 言い換えれば……勝利したということだ」
思い返せば、たった一晩の出来事。新幹線で八戸に来て、それから車で移動する際に、皐が劇仏をばら撒いていた。そんな皐を何とかして止め、最悪の結末だけは阻止した。
「彭侯、動けるならレンタルした車をここまで走らせてくれ。それで紫電の家に向かおう。もう、今日は疲労が限界で動けん……」
幸いにも彭侯は運転できそうなほどに元気を取り戻していたので、頼んだ。
「わかったぜ。今すぐに!」
数分後、迎えに来た彭侯の車に乗り込み、紫電が助手席に座って家までの道を教える。小岩井家の豪邸も劇仏の影響を少なからず受けてはいたものの、大事には至っていない。
「でっけえな、アンタの家は! この車はどの辺に止めればいい?」
「敷地内の端が、来客用の駐車場になってる。そこに頼む」
「門の内側ですらない?」
雪女が、スマートフォンを見ながら、
「【神代】にも伝えないといけないよ。辻神、そっちはどうなってる?」
「任せろ。すぐにでも報告書を作る。ノートパソコンを一台貸してくれ」
「ほい」
自分だって休みたいだろう。だが辻神は紫電からそれを受け取ると、すぐに文書の作成を行った。
自室のベッドの上で紫電は考える。
「あんなヤツでも生きていた人間だった、墓ぐらい建てておくべきだろうな。そうしないと、いつまたこの世に戻って来て悪さをしでかすか……! 心配だ」
皐は悪人だ。死してなお、人々を傷つけた。だがその魂は弔ってやるべきだ、と。この町を守る意味合いもある。
「なら、陸奥神社に無縁仏の墓石を置こう。お参りする人はほとんどいないかもしれないけど、放っておくよりはマシだよ」
そう提案する雪女。そうと決まれば住職に連絡を入れる。
「こんなことを言うのは都合が良いかもしれねえが」
前置きした上で、紫電は、
「大事件を起こした人物だろうが、墓には花を添えるし水もかける。死後は平等だからだ。少しでも皐の気が、それで済んでくれればいいんだが……」