第5話 討伐の難易度 その2

文字数 3,305文字

「着いたぞ」

 三人は車から降りた。外人墓地は出島にあると聞いていたが、

「それらしい場所ではないように見えますが、本当にここですか、緋寒?」

 教科書に載っているような扇状の人工島ではない。

「そうじゃ。んむむ、わちきも地元の人間ではないから詳しくは知らんのじゃが、明治以降に周りが埋め立てられてしまったらしい」

 故に、今は陸続きとなっている。
 時刻は午後十一時の少し前。当然こんな時間に観光などできないので、出島は閉まっている。そもそも最終入場は八時四十分。二時間も過ぎているので、歓迎などされていない。

「すまぬな」

 緋寒は三人分の入場料を中島川に投げ入れ、ジャンプして門を飛び越えた。

「行こう、兄者!」
「ああ、弟者! 気をつけるぞ!」

 氷月兄弟もその後を追う。
 門の向こう側は、まるで江戸時代である。当時の街並みが再現されており、昼間に来れば完全にタイムスリップできていただろう。

「気を引き締めろ、弟者! もう敵のフィールドに入っている!」
「わかった兄者!」

 だが今は違う。大事な用事があり、出島特有の雰囲気を味わっている暇がない。

「緋寒、外人墓地はまだなのか?」
「端の方にあるらしいんじゃ」

 スマートフォンの地図アプリを見ながら歩いている。表示がバグっていなければ、そろそろたどり着く。

「ま、待て! 兄者、緋寒!」

 極夜が何かに気づいた。

「あちらを見てくれ!」

 指差す先は、近くの屋根の上だ。月明りに、とある人影が照らされているのを見逃さなかった。三人は物陰に隠れ、様子を伺う。

「緑祁じゃな」

 ターゲットだった。本物を見たことのある緋寒が言うのだから、間違いない。

「それにしても、本当に似ておる! ソックリ……って次元ではない、本人と言われても差支えがない!」
「本物だったりはしない?」
「待たれよ。今、確認する…」

 電話をかける。相手はこの時間帯の当番である朱雀だ。

「もしもし? 朱雀か? わちきじゃ、緋寒じゃ。今、そなたの目の前に緑祁はおるよな?」

 電話に出た朱雀は、本物の緑祁は確かに今寝ている、と答えた。

「わかった」

 これで、屋根の上にいるのは偽者と判断できた。

「では、行ってこい。わちきはここで待っておる」

 緋寒は戦いには混ざらない。氷月兄弟と一緒に仕事をしたことがないので連携は取れないし、万が一逃げなければいけなくなった時のことを考えると、やはり隠れていた方がいいだろう。

「了解した! では、行くぞ! 弟者!」
「ああ、任せよ! 兄者!」

 二人は物陰から出て、先制攻撃を目論む。白夜の武器は雪の氷柱。これを音もたてずに生み出し、偽緑祁に狙いを定めて、

(いけ!)

 撃ち出した。見えない場所からの攻撃ゆえに当たると二人は確信している。
 だが、偽緑祁は振り向くことすらせずにその氷柱をかわしたのだ。

「何ぃい! 氷柱を見ないで避けただと…!」

 逆に氷月兄弟に衝撃が走った。偽緑祁は夜空を見ながら、

「急に温度が下がればさ、誰だって気づくよ? その方向から、不意打ちしようとしているってことにね」

 偽緑祁は察したのである。研ぎ澄まされた五感を信じ、わずかな温度の変化から、次なる刺客が放たれしかもソイツが自分に一撃を加えようとしていることまでも把握したのだ。
 ようやくこちらに顔を見せた。手のひらに鬼火を出しているため、暗い闇夜でもその顔がよくわかる。

(写真で見たのと同じだ……。あれが、寄霊が再現した緑祁…!)

 一個人として生きていると言われたら、何の疑いも抱かず頷けるレベルだ。もはや幽霊ではない。

「……降りてこないのか? 屋根の上で戦うつもりだと?」

 極夜が言った。

「それも悪くはないかもね。でもそっちがそんなことを言うなら」

 と返事をして偽緑祁は降りる。地面に足がついた時、スチャっという音がした。重力も感じているのだ。

「で、そっちらの用件は何だい? 僕は今、結構忙しいんだけど…」
「逆にその、あなたの件名でも尋ねようか?」
「………ああ、そういうこと?」

 偽緑祁は何故氷月兄弟が目の前に現れたのかを悟る。自分を倒すことで、破壊活動の妨害に来たのだ。

「それっ!」

 今度は偽緑祁から仕掛けた。手のひらの鬼火を大きくし、二人に向けて撃ち出したのだ。

「弟者!」
「任せよ!」

 瞬時に極夜が前に出て、雪の結晶を生み出す。その大きな白い結晶が壁となり、鬼火を完全に遮った。

「ほお? やるね…。氷は普通、炎に弱いと思ってたけど……。それをこんな序盤に覆してくるなんて……」
「私の結晶は、何でも防ぐことができる! そんなチンケな火の粉では、絶対に突破できやしない!」

 自信満々なのは、極夜だけではない。白夜もだ。弟の背中の後ろから体を乗り出し、

「そして兄者たる私の氷柱は……どんなものでも貫く!」

 もう一度、撃ち込む。今度は二発だ。一発は偽緑祁が放った鬼火に溶かされ威力を殺され、手で弾かれて砕け散った。

「しかし! 後続の氷柱を防ぐ暇はない! くらえ!」

 最初の鬼火に力を割き過ぎたせいか、二発目を防ぐためには炎が足りない。これなら貫ける、と二人は思った。

「甘いよ」

 だが、どういうわけか氷柱は軌道を変え、近くの木に突き刺さった。

「外したのか、兄者?」
「……私の腕に狂いはない……。確実に当たるはずだった! これは、外されたんだ!」

 その通りである。今偽緑祁の周囲には、旋風が吹いている。その風圧によって氷柱は流され、偽緑祁の胴体までたどり着けなかったのだ。しかも風は目視がしづらく、夜であることもあって完全に不意を突かれた。

(風に負けないようにするには、大きくすればいい……。だが、そうするとスピードが極端に落ちる!)

 スピードと重さはトレードオフなので、どちらかを優先するなら、一方が犠牲にならないといけないジレンマ。

「兄者、アレをやろう」
「し、しかし…。それには早すぎやしないか? それにこの開けた地形、距離……。これでは捕まえる前に逃げられてしまう」
「そ、そうだな、兄者…。早計だった! まずは動きを殺すところから始めよう」

 作戦は大体イメージできる。氷月兄弟の狙いは、偽緑祁の機動力を奪うことだ。

「任せろ、弟者!」

 白夜が偽緑祁に、一気に近づく。

「何かしてくる気だね…? でも、何だろう?」

 距離を詰めてくる相手に対し、指先から鉄砲水を出してみる。

(しめた!)

 これは、二人にとっては大チャンス。

「私たち兄弟の力を見誤ったな、緑祁!」

 その水の流れに、氷柱を撃ち込む白夜。すると鉄砲水が、当たった部分から凍り出した。それは導火線のように鉄砲水を登り、撃ち出し口である偽緑祁の指先を目指している。

「……しまった!」

 氷が指を飲み込む前に、偽緑祁は鉄砲水を手刀で切った。あと少し反応が遅れていれば、手遅れというところだった。

「炎も水も駄目なら、風だよ!」

 旋風を白夜の体に撃ち込む。

「ぐおお……!」

 凄まじい風圧が直撃。踏ん張っているのがやっとなほどだ。

「あ、兄者!」
「気にするな、弟者! あなたは自分のすべきことをするのだ!」
「すべきこと……?」

 その言葉に偽緑祁も反応。視線を極夜に送る。何と彼は、向かってくるわけでも逃げるわけでもなく、しゃがんで地面に手を着く。

「一体何の意味が……?」

 すぐにはわからない。でも直後に理解することになる。
 地面が凍り出した。偽緑祁の放った鉄砲水の水分が、ドンドンと雪の結晶と化しているのだ。

「これが、真の狙いか……!」
「遅いぞ、緑祁!」

 地面は危ない。そう思ったのかジャンプしようと地を蹴る。が、一手遅い。既に成長した氷が、偽緑祁の足を掴んでいる。

「まさか、こんなことが…!」

 これで機動力は殺した。

「今だぞ、兄者!」
「任せよ! くらうがいい……氷柱の、乱れ撃ち!」

 この距離。そして相手は逃げられない。この乱れ撃ちが決まれば、偽緑祁の体を蜂の巣まみれにできる。白夜は体の周囲に氷柱を何本も生み出すと、それらを全て偽緑祁に向けて撃ち込んだ。

「やったぞ! 兄者!」

 勝利を確信する極夜。その声に、

「ああ、これを覆すことは不可能! 私たちの勝利だ、弟者!」

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