第3話 ぶつかり合う心 その2

文字数 2,705文字

 雛臥と骸は、彩羽姉妹の相手だ。

「さっさとやっつけて、氷月君たちと合流しようね」
「そうだね」

 姉の珊瑚は、雛臥を睨む。

(確か、彼の霊障は鬼火の上位種、業火。なら私の鉄砲水で押し流せる!)

 相性の良さを事前に知っているためである。ただこうなると、礫岩しか使えない翡翠が、骸の相手をしなければいけなくなる。

「やっつけるんだろ、俺たちを? なら準備運動はいらない! 行くぞ!」
「そ、そうだね…」

 先に動いたのは骸だ。有難いことにこの火垂ノ社、あまり掃除が行き届いていない。だからこの季節でも雑草が生えている。それを使う。

(マズい!)

 植物が動くのを察知した翡翠は、すぐさま礫岩を使って地面の中に隠れた。前に木綿で、開いた地面の穴を縫い塞がれたことがあったから、危機感が働いた。そして骸はその逃げに、反応が遅れる。

「あれ?」

 あっという間に地中に潜った翡翠。骸は、

「なら、こうだ!」

 植物の種を持って地面を突く。伸びる根っこに探させるのだ。

(地中の中で素早い動きは、難しいはず……)

 これは彼の先入観だ。実際には可能であり、もう翡翠は安全地帯まで逃げており、そこから顔を出している。

(よく狙って……)

 岩石を飛ばせば当たる。ただし一撃で決めないと反撃をくらう。そんな緊張感と隣り合わせだったためか、噴き出させた岩石は骸の横に落ちる。

「あ……」
「後ろか! 思ったよりも素早い!」

 振り向く骸。しくじった翡翠はすぐにまた地中の中に隠れる。

(だ、大丈夫……。こっちの位置は地上からではわからないはず!)

 内心の焦りを理性で何とか埋め、土の中を進む。ここからでは相手である骸は、自分の場所はわからない。対して翡翠からすると、骸の足音が土を伝って聞こえる。

(そんなに動いてない場所にいる。ならばもう一度不意打ちをして…!)

 次こそは外さない。そのために、発射する岩石の数を増やす。一発にこだわったから、さっきは失敗したのだ。

(まだ大丈夫、バレてない)

 また、地面の下から顔を出した。今度はワザと、

「行くよ、骸。今度は避けらるかな?」

 挑発し、こっちを向かせる。

「そこにいたか! 逃がさないぞ!」

 ここまではいい。問題はこれからだ。今から骸の後ろの地面に、岩を吐かせる。それで仕留める。

(できるかどうかじゃなくて、やるんだ!)

 静かに地面が、火山のように盛り上がる。そして穴が開いて岩が顔を出した。それも沢山だ。

(避けられるわけがない。それに骸は、私が地面に潜ろうとすれば絶対に追いかけようとする! 後ろを振り向くなんて選択肢、選びようがないんだ!)

 状況が状況なので、必然的にそうなる。

「今だ! 木霊をくらえ!」

 骸がパチンと手を叩けば、それだけで地面に花が咲いた。そして根を伸ばして翡翠に迫る。

(読み、通り……)

 もう大丈夫だろう。そう思って岩石を発射だ。
 だが翡翠は信じられないものを目にした。何と骸が、撃ち出した岩石を見ずに避けたのである。

「地面の中じゃ、俺が何をしているのかわからなかっただろう? ボケーっとあんたが出て来るのを待ってたとでも思ってたか?」
「えっ!」

 違う。ただ待っていたのではない。
 木霊だ。骸は木霊を使って地中にある草の根を成長させていた。それはバレないように、脆くすぐに千切れるよう……そうすれば翡翠の動きを抑制せずに、相手の場所を把握できる。今、自分の後ろの地面が不自然に動いた。そして岩が生み出され、力が働いてそれが飛んだ。その全工程全てが、手に取るように骸にはわかっていたのだ。
 作戦は失敗。翡翠は混乱して叫びたい衝動に駆られたが何とか抑え込み、逃げることを選ぶ。
 だが、

「遅い! もう木霊を使っているんだ、俺は!」

 大きな根が出現し、割れた地面を縫い付けた。その根が彼女の体も巻き取る。

「しまった!」

 動けない。そのまま根は成長し、地面の中から出された。

「今あんたが礫岩を使ってもな、どこの地面が動いたか……俺にはわかる。既にそこら中に、植物が根を張っているんだ。不意打ちは不可能だ」

 しかしまだ翡翠は勝負を諦めてはいない。

(そこら中、だけ? なら奥の手が使える!)

 かなり難しいし、時間との勝負になる。
 遠くの山の中……礫岩の射程距離ギリギリの場所から、岩を噴かせる。それをここに、落とすのだ。この辺しか骸は支配していないのなら、やってもバレない。

(いけた!)

 できた。そして彼はそれに気づいていない。
 さらに難題がまだ並ぶ。骸が一歩でも動くと、この一撃は成功しない。なので、

「ま、待って! どうやって降参すればいいのかわからない……」

 話術を全開にして時間を稼ぐとともに、彼の足を止める。

「どう、って……。両手を挙げればいいんじゃ?」
「それだけじゃ、決闘の杯の効果が切れないんだよ多分。その効力が無くならないと脱落にならないと思うけど?」
「それもそうか。口で参った、と言っても意味がないのでは、心が痛むが今トドメを刺すしかない、のか?」
「それは、怖い……」
「だよな。俺もできればしたくないし」

 大丈夫だ。会話は伸ばせてるし、骸もあまり動こうとしない。多分近づいたら何かされるかもと、勝利を確信しつつ警戒もしているのだろう。

(そのまま動かないで! あと十数秒待てば……)

 逆転勝利が自分の手に舞い込む。それを考えるとどうしても心臓の鼓動が高まる。

「ん?」

 骸は、その不自然な心拍数の変化に勘付いた。

(負けるっていうのに、何で翡翠は緊張している? トドメの一撃が本当に怖いから? でも、これはそういう感じじゃない。早くしてくれ、って言いたげな感覚……)

 何かがおかしい。周りを確認したが、変な場所はない。それがまた、彼の不安を煽る。

「おいまさか……。降参って言っておいて、何かしてないか?」
「な、何も……? 逆にできると思う?」
「思うから言ってる!」

 でもそれが何か、わからない。
 まら翡翠の鼓動が速くなった。

(何かしているのは確かなんだ。それは何だ? この状況をひっくり返せる一手! 思いつか……)

 ふと足元を見た時のこと。自分の影の頭の上に、黒い影が近づいている。それは大きくなりつつある。

(上か!)

 上を向くよりも先に、植物を動かした。骸は自分の頭上に、翡翠を持って来た。その次の瞬間、

「うわっ!」

 岩石が翡翠に当たった。

「何かしようと企んでいるんじゃなくて、もう既に手を打っていたのか! 俺が感知できない場所で、岩石を生み出していたとは! 恐るべし礫岩……」

 彼女の体から、白い光が発せられた。これが脱落の合図であることを骸は他の参加者を通じて知っているので、翡翠のことを解放した。
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