第8話 二つの魂 その2

文字数 3,771文字

 絵美たちの戦いの横で、骸たちも頑張っていた。

「いけえ、業火だ!」

 木造家屋ぐらいなら焼き払えるほどの炎が、雛臥の手から放射される。しかし、

「温度が低すぎだぜ?」

 大刃の鬼火は青い。その青の炎は彼の業火を飲み込んで、取り込んだ。

「そうなることは予想できている! ここからが勝負だ!」

 しかし、雛臥はこの業火にあることを仕込んでいた。それは、弾けること。相手の鬼火に飲み込まれたら、内側から弾け飛ばす。この作戦が功を奏し、大刃の鬼火をかき消せた。

「あっぶね! 雛臥、調整できてないのかよ?」

 結構な大きさの火の粉が飛び散る。それは枯れた草木に燃え移った。

「難しい……。彼の霊障もあるから、コントロールが完全じゃないんだ。でも骸、君の木霊で!」
「ああそうだ。木が燃えてくれたら、それを使えるぜ!」

 木霊は、枯れている草木でも操作が可能。燃えた木の先端を伸ばして、大刃に近づける。

「逆に燃え上がりな、お前が!」
「そう簡単にいくと、思うか?」

 突如、燃え移った火が消えた。さらに次の瞬間には、そこに青い炎が出現して瞬く間もなくその木を炭に変えてしまったのである。

「な…? これは、まさか業火か……?」

 雛臥が付けた火ですらも、大刃は消せるというのだろうか。

「気をつけろ! コイツ……鬼火じゃねえ! 業火を使える!」
「でもそれだけわかれは十分だよ、骸! 業火が使えるってことは、それ以外は使えないってことだから!」

 普通ならそう考える。当たり前の常識だからだ。

「僕の業火は、負けないぞ! うおお……」

 一歩踏み出そうとした際、足を何かが引っ張った。いいや、何かに引っ掛かっている感触だ。雛臥が足元を見ると、草が足首に巻き付いていた。

「え………?」

 瞬間、脳裏を過ぎったのは、木霊だ。でもそれはこの場では、骸しか使えないはず。雛臥は他の霊障を持ってないし、相手は業火を使っているのだから。でも、味方の雛臥が足を引っ張る真似をするとは思えない。

「おい雛臥、何だその草は……?」

 その肝心の骸は、驚いているのだ。

「君の霊障じゃないのか? 木霊は?」
「俺がお前の邪魔なんかするかよ? 今までも、これからも! 俺は今、木霊をそこに使ってないぜ…?」

 じゃあ、草木が勝手に動いたというのだろうか。

「相談は戦いが終わってからにしな、二人とも!」

 立ち止まっている二人に対し、向かってくる大刃。

「コイツ……!」

 腕を振り上げようとしたが、木の枝が伸びて絡まり動かせない。

「まさか、こんなことが?」

 明らかに二つの霊障を大刃は操っている。

「できるわけがないよ! だって業火を使えるんだよ? だとしたら他の霊障はないはずだろう?」
「ごちゃごちゃうるせえぞ!」

 急に足元の草木が成長し、二人の足を絡めとったまま伸びた。宙づりにされた骸と雛臥。

「焼き切れ、雛臥!」
「もうやってる!」

 火は起こせる。でもどういうわけか、この植物のつるに燃え移らない。燃やせないのだ。

「うぐぐ、血が頭に上る……!」

 それだけではない。臓器が心臓を圧迫し、脈が弱くなる。徐々に衰弱した二人の気は段々遠くなり、意識が朦朧とし始めた。

(だ、駄目だ……。力が出ない………)

 ここで、ようやくつるが力を弱めたために解放され地面に落ちた。

「ふ、ふー!」

 しかしこれ以上戦えるほどの力は残されていない。

(殺される…! 僕と骸では、彼には勝てないんだ……)

 気力もなかった。
 でも何故か、大刃はトドメを刺さない。

(相手にするのもおこがましいってか? 舐めやがって小僧のくせに! ムカつくぜ……)

 苛立ちを感じたのだが、それを闘気に昇華させられない。結局二人は降参することになったが、それでも大刃は命を奪おうとはしなかった。


「……んん…」

 目を覚ました絵美。自分がまだ生きていることを、胸を触って心臓が動いていることで確かめる。同時に深呼吸もした。

「どうなったの?」

 横には刹那もいる。ただ、目の前にいる人物は群主ではなく大刃に変わっているのだ。

「目が覚めたか、やっと」

 その発言から察するに、どうやら短時間だが気を失っていたらしい。

「骸と雛臥は! 大丈夫なの?」
「見ての通りだぜ?」

 指で十数メートル先を指し示すと、そこにはちゃんと生きている二人の姿が。

「これは一体、どういう状況か。説明がなければ理解が難しい――」
「まあ早い話が、お前たちは俺たちに勝てなかったってことだ」

 でも、命までは奪う気が彼ら二人にはないらしい。絵美と刹那には、その理由がわからない。

「死者は生者の命を奪えないの?」
「そんなアホなルールあると思うか? お望みとなれば三途の川の向こう側に連れてってやるぞ?」
「では、何故にトドメを刺さない――?」

 答えは簡単で、

「する必要がない、寧ろしちゃいけねえからだよ」

 と言う。

「ねえ待ってよ。全然話が見えてこないわ! ちゃんと一から説明して!」
「しょうがねえな………」

 渋々大刃は絵美の言うことを聞く。

「俺たちは、お前たちに蛭児を止めて欲しい。それだけだ」
「ということは、あなたたちはやっぱり死者で、アイツの『帰』で蘇ったのね?」

 頷いて答える大刃。

「でもそれは、望んじゃいねえことだぜ」

 大刃と群主は三年前の霊怪戦争で死んだ、『月見の会』のメンバーだった。その末期で二人は作戦に失敗し、集落に戻ることなく歩いていた。そして偶然、この呪いの谷にたどり着いたのである。

「でもそこにいると言われていた脅霊は、もういなかった。死んだ後でわかったことだが、俺の仲間ともう一人が、祓ってしまったんだ」

 この話は、群主の方も骸と雛臥にしている。そっちも同じ状況で、説明を要求されたので話す。

「この呪いの谷は、浄化されたんだ。俺と大刃の魂は一度あの世に逝ったが、そこで『月見の会』の創立者と出会った。彼が俺たちに、この谷がもう二度と呪われないように見張ってくれとお願いしたから、受け入れた。それで俺たちはここに、魂だけの状態で戻ることに」

 しかしそこに、邪魔が入った。それが蛭児。彼は手当たり次第に『帰』を行った。それはこの谷を汚す行為でもあったし、魂だけの状態の二人も巻き込まれて生き返ってしまったのだ。

「禁霊術は、術者だけが呪われるわけじゃない。影響を受けた者全てが、穢れる。だから蘇らせられた人たちみんなも。そんなこと願ってない。でも『帰』で蘇った人は、自ら命を絶てない……」

 あの世に戻りたくても戻れないのだ。
 これが、苦しいことでもある。まだ蘇って日が浅いにもかかわらず二人の魂は既に苦しんでいる。

「なら、蛭児の場所を教えてよ! 私たちが捕まえてみせるわ」
「無理だ」
「どうしてよ!」
「蛭児も馬鹿じゃねえんだ。自分に戦闘能力がないから、過去に存在した強い霊能力者を蘇らせて側近にしている。今のお前たちでは、返り討ちが目に見えている」

 だから二人は考えた。
 この場所に多くの人が蘇らせられて、待機させられている。【神代】を攻撃するには十分な数だ。これを放っておくのは危険。しかし自分たちでは、死者をあの世に送り返せない。

「だから、俺と大刃は霊障を使った。天に昇る青い炎が見えただろう? ああすれば誰かが気づいてくれると思ったんだ」
「それで、俺たちがここに来たわけだが……」

 骸は思った。それなら皇の四つ子と処刑人と協力して蛭児を倒すべきではないか、と。そうすれば蛭児がいくら強い人を従えていても十分に突破できるはずだ。

「お前たちはそれでいいのか?」
「はい――?」

 同じことを絵美も大刃に提案していたが、そう返された。

「自分たちでは解決できない課題が目の前にある。それは因縁の相手が出した問題だ。それを、他人の力を使って突破する。それで満足なのか? 生者と死者の境目には、あることが存在している。それは何だ?」

 それは、生きている者は成長できるということ。何度躓いても挫けてもいい。でも諦めない心を持っていれば、いつの日か前に進める。

「お前たちは今を生きているんだ、成長しろ! できなかったらこの先もそうやって、他人の力を誇らしげに使うぞ? それが生者の行いか、笑わせる……」

 その心構えは、四人に確かに響いた。

「そうね……。元をたどれば私たちが蛭児に騙されたから、こうなちゃって……。それを他の誰かが解決して大団円なんて、嫌な気分だわ……」
「確かにこれは俺たちの問題だ! 他人に干渉されるなんて、格好悪いぜ!」

 揺さぶられたから、二人の考え方に共感できる。

「しかし具体的には、何をすればよい――?」
「そうだよ。僕たちはどうすればいいのさ?」

 そこで大刃と群主は同時に返事をする。

「俺たちを倒せ。ただ倒すのではなく、戦いから学べ。そうすればお前たちは成長できるはずだ」

 漠然とした回答に四人の頭は困惑。でも本能でその意味をわかっている気がした。

「………わかったわ」

 自分たちのすべきことが。だから、

「なら、ちょっと待ってなさいよ。あなたたちとの勝負、その前にやるべきことがあるわ」

 それは、他の死者のことだ。今、完全に皇の四つ子たちに任せっきりである。

「俺たちが、ここの汚れを取り祓う! それを先にしてもいいか?」
「ああ、大丈夫だ」

 許可が下りたので、一旦四人は合流して周囲にわんさかいる死者と戦うことに。
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