第15話 雷氷の田園曲 その4
文字数 6,218文字
(いや待て……)
ここで閃く紫電。この悪い状況は逆に利用できる。ゆっくりとだが確実に、彼は立ち上がる。
「ここで潰すぜ、緑ぃ!」
「ほう? もう元気が出たのね? 体は丈夫な方なのね、あんた」
ダウジングロッドを構えた。当然緑もそれに反応し、
(音響魚雷を、くらいなさい! これでずっと……私が勝つまで延々とスタンさせてやるわ!)
また、大きな音が出る霊魂を紫電にぶつけた。それは紫電の頬に当たるとすぐに炸裂。
(これでまた動けなく………ん?)
違う。紫電は全く動じていない。構えた腕は真っ直ぐに伸び、正確に緑の左肩にまた電霊放を撃ち込んだのだ。
「んんんんんんんんんんんんっ! な、何で?」
感じた疑問。それがあからさまに顔に出ていたからか、緑の言葉を耳で拾えなくても答える紫電。
「俺の耳……いや聴覚はまだ回復してねえぜ。だったらもういっそのこと、鼓膜を潰させてもいいな! どうせその霊障合体で俺は音を遮断されるんだからよぉおおお!」
自爆覚悟の一手だった。音響魚雷は確かに紫電の耳に飛び込み鼓膜を叩いたのだが、紫電は音に頼るのをやめており、痛みは感じたが態勢を崩さず、すぐさま電霊放を撃てたのである。着弾は緑の左肩……慰療は怪我は治せても痛みは取り除けないから、そこを再び狙った。
(ぬ、ぬかったわ……)
彼の考えとそれに基づく行動を即座に理解した緑。治療したばかりの負傷に電霊放はかなりしみて痛い。
「そう容易く俺を倒せると思うなよ! まだまだいくぜ!」
追撃を行う紫電。緑は慌てて、
「ら、雷撃砲弾を……」
霊障合体を使おうとしたが、霊魂の札を電霊放で射抜かれ破られる。
「しまった……!」
「それがなければ、もう霊魂の発射は不可能だな。類似する霊障合体も、無理だ!」
予備の札を隠し持っている可能性も捨てきれないのだが、今の緑の行動は全てわかる。手をポケットや服の中に入れる動作があれば、雷で狙撃するだけだ。
「それで勝ったつもり……?」
徐々に緑の発言が聞こえるようになる。彼女はどうやら、挑発しているらしい。
「ならばどうだと言うんだ? 緑、お前の戦術は全部、潰した!」
音で相手を困惑させ、優位になったら霊魂で攻める。それが彼女の常套手段なのだろう。少なくとも紫電には、手さばきの鮮やかさから、そう思えた。
「今までので全部なわけ、ないでしょ!」
睨む。そうすると急に紫電の足元から樹木が生えた。木霊だ。緑はこのバリケード周辺に、植物の種をばら撒いていたので、それを今、急成長させる。
(また、逃げるつもりか? だが!)
目の前の木の幹に電霊放を撃ち込んだ。そうすれば植物であっても破壊できる。足元を動かす大きな根っこもこれで排除できる。脅威にはならないので、今度は遠くには行かせない。
「視界が狭くなったわね、紫電?」
「…! これは……?」
緑の手に握られている物に、自然と目が行った。スタンガンだ。視線を遮った一瞬のうちに取り出したのだろう。
ここでスタンガン……電気を放出できる物を取り出す理由は何か? 暴漢に襲われた際の護身用か? そんなはずはない。
(……電霊放!)
瞬間、紫電は後ろに飛んだ。スタンガンの電極が瞬いたのだ。
「この場で自分だけ使えるとでも思ったの、紫電? 切り札は最後まで取っておくのよ!」
ごく短時間でチャージも済ませており、集束電霊放が彼女の手から発射された。そのスピードは紫電が逃げるよりも早く、精度は急所をとらえており鋭い。
(ここは!)
ダウジングロッドを広げ、電霊放で防御する。電磁波のバリアで、緑の電霊放を防ぐのだ。バリアに当たると、まるで大男に突き飛ばされたかのような衝撃が紫電を襲った。
(強い……。流石は切り札なだけはあるぜ…)
しかし、防げていないわけではない。事実、相手の電霊放は彼には直撃していない。問題はこれがいつまで続くか、だ。
「五…………、十…………」
一秒一秒がやたらと長く感じる。電霊放はその電気を外部の電源に依存しているため、使い過ぎれば電池切れを起こす。それはきっと、紫電の方が早いだろう。この戦いで、彼は最初から電霊放を使いまくっていたのだから。対する緑は、最後まで温存していた。残量に差がありすぎる。
「十五…………、二十! まだ耐えるの、ねえ紫電?」
「……」
それが不可能であることは、自分が一番良くわかっている。攻撃用に電力を残しておかなければならないからだ。予備用の電池は一応携帯しているが、敵の目の前で替えている暇がない。
「二十五! まだ続くわよ?」
かといって逃げようとしても、今バリアを解けば電霊放に押し流される。バリアを展開したままでは、圧力で動けない。
「三十! もう折り返しかしらね?」
刻一刻と限界が忍び寄る。迫りくるタイムリミットは緑の言う通りだろう。
(どうする? どうすればいい?)
解答を考えなくてはいけないというのに、紫電の頭の中は真っ白だった。試験問題に対し、使うべき方程式すら思い浮かばないのだ。
「紫電、もう諦めなさい! 無駄に足掻いても醜いだけだわ!」
「何、諦めろ、だあ?」
その言葉に紫電は反応した。勝ち目が見つけ出せない以上、緑の発言は正しい。
「俺がそんなことを選ぶと思うのか、お前は!」
だがそれを真に受ける人間ではない。
「まさか知らないわけじゃないでしょう? 降参するなら、この電霊放は止めてやってもいいわ」
「黙れ!」
感情が昂ぶり、
「俺の頭の中の辞書にはな、その言葉! こう書いてあるんだぜ! 絶対に使ってはいけない言葉、てよ!」
そして爆ぜる。その瞬間に力がみなぎり、電霊放で押されているというのに紫電の脚は前に動き始めた。
「まさか、どうして?」
緑か感じている手応えからは、その場から動くなんてとてもできないはずということがわかっている。なのに、徐々に彼の姿が近づいてくる。あり得ないことが目の前で起きていることに、心が動揺している。
(コイツ……! 精神力だけで私の集束電霊放を押しのけようっていうの……?)
不安をかき消すように、さらに電霊放の威力を上げた。けれどもお構いなしに、紫電の動きは止まらない。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
開いていたダウジングロッドを少しずつ閉じ、電磁波のバリアも狭める。この間合いなら、大きく展開する必要はない。ピンポイントで守れる。さらにロッドの先端を緑が持つスタンガンの電極に向け、動かす。
(や、ヤバいわ!)
ゆっくりな動作だったので、避けれないわけではなかった。ただ、強い電霊放を放っているため、反動のせいで自分自身の動きも鈍い。
「おおおおおおおおおおわああああ!」
ついに、紫電のダウジングロッドと緑のスタンガンがぶつかった。直後に電霊放がピタリと止まる。
「あ、ああ……」
何か不味いことが起きそうだと予測できるのに、指が動かずスタンガンを手放せない。数秒もしないうちに、電磁波が逆流したスタンガンは爆発した。
「きゃああああああ!」
指が、手のひらが、爆発と砕け散った破片で傷つく。判断よりも本能の方が先に、右手首を抑えるよう体を動かすほどの痛みだ。
「う、ううぐ! こ、こんなことが……! でもこの傷は…」
慰療ですぐ治せる。後は治療後に残る痛感に耐えるだけだ。
(し、紫電は?)
こんな隙だらけの彼女を放っておくとは思えない。目を彼の方にやると、ダウジングロッドの柄の部分の電池を取り換えている。相手の電力も限界だったらしい。
(痛みさえなければ……スタンガンが壊されなければ! 私の勝ちだったのに!)
激痛を乗り越え追撃を仕掛ければ、今さっきまでの紫電は電霊放を撃てなかったので、確実に攻撃は通った。慰療を優先したのはミスだった。だがそれはすぐに帳消しにする。ポケットに隠してある、ペンライトだ。これでも電霊放は使える。
「どうだ、緑! 諦めなかったからこそ、この状況に持って行けたぜ!」
ロッドを構え、緑に向けて言う。
「終わりだな……! 俺たちの因縁は、ここで!」
最後の電霊放を撃とうとした時だ、
「あんたには、この戦いは閉じさせないわ! 紫電! 私たちは絶対に、石を取り返す!」
「ン……? い、石? 一体、何のことだ?」
情報の差が、緑の行動を許してしまった。
紫電は、修練一派の目的を知らない。それは彼だけではなく【神代】全体が知らないから、仕方のないことではある。だが、UONが修練たちと遭遇したことは聞いていたが、その時具体的に何が起きたのかまでは、知らされていない。だから緑が、奪われたものを取り戻しに来ているという発想自体が抱けなかった。
(俺に対する復讐目的でここを襲撃しに来たんじゃねえのか? 石って、何の?)
一瞬、クエスチョンマークが頭上に浮かんでしまう。その時、緑はポケットに手を入れペンライトを取り出すと、
「まだ勝負は終わってないわ! これでもくらえ!」
スイッチを入れ自分の足元に向けた。照らし出す光は雷となり、彼女がばら撒いていた植物の種に当たり、その電気を内部に取り込む。直後に芽生えた葉っぱが、稲妻を吐き出した。
「な、何!」
頬を掠めただけで、痺れが伝わってくる。
「紫電! あんたは罪深いね、何も知らないから! 寧ろ、知らされていないことが可哀そうにも思えるわ! ここに死返の石はない! あんたの今の反応で確信できたわよ!」
「………だったら、どうだっていうんだ? ここから俺に勝てるとでも?」
「自分の置かれた状況を客観視できていないのは、私じゃないわよ?」
緑が腕を広げると、植物が一気に成長を始める。それは地面だけではない。種が入り込んだバリケードからも樹木が生えている。
「一気に潰す! もうここに用はない! ハッキリしたから、あんたを負かして帰るだけよ!」
「これは、まさか! 噂には聞いていたが!」
木綿と電霊放の合わせ技・深緑万雷。二人の周囲を取り囲む植物が、放電する。かなり広範囲に木々は生い茂っているので、走ったところでもう逃げられないだろう。考えるよりも先に本能で、いいや細胞レベルで理解できている。
ところが、そんな絶望的な光景を目の当たりにしても希望が一筋、雷のごとく瞬くのだ。
(だったら!)
ならば、逆に短期決戦に臨む。ちょうど緑は目の前だ。
「ヌおおおおおおお!」
「来るか、紫電!」
深緑万雷が届くよりも早く、彼女に近づく。そしてダウジングロッドを押し当て、電霊放をゼロ距離発射……直流しする。一瞬で意識が消し飛ぶ威力だ。それができれば霊障合体も自動的に終わる。
(そういう手を選ばせるために、あえて深緑万雷を見せびらかしてるのよ!)
しかし同じことを、なんと緑も考えていた。彼の強力な電霊放を利用しない手はない。散々脱線しまくったが、最初から、トドメはそうすると決めていた。
「くらいやがれええええええええええ!」
両方のロッドが光り出す。腕のリーチはダウジングロッドがある分、紫電の方が長い。このまま突進すれば、決まる。
(それは百も承知だわ!)
だが、緑には彼よりも先に動く手段があった。袖の中に入れておいた、種。木綿を使ってつるを伸ばし、紫電の腕を捕まえる。
「何っ!」
予想外の一手に絡めとられた。あと十センチもないのに、届かない。このまま発射してもかなりの破壊力はあるはずだが、言い換えれば緑が負傷するだけに留まる……慰療を使われるので意味がない。
「こう、するわ!」
つるがメキメキと紫電の腕に絡んで、無理矢理両方の腕のその向きを変える。勝手に筋肉が動かされ、あっという間にロッドの先端が自分の顔の方に。
「いや、まだだあああ!」
まだ、指が動かせる。何とか柄の部分を回転させれば、緑に電霊放の直流しが届くかもしれない。
「それも不可能にしてやるわ!」
急に、数匹のオオクワガタが現れて紫電の指の付け根を噛んだ。もちろん応声虫で生み出されたものだ。
「完全敗北ね、紫電! 折れ砕け! 崩れなさい!」
腕も手も指も、言うことを聞かない。植物に巻き付かれてか、それとも虫に噛みつかれたからか、紫電は電霊放を自分目掛けて撃ってしまった。
「決まったわ!」
自分の勝利を確信する緑。いいやこの状況、彼女でなくても、誰もがそう思うだろう。
が、緑の目の前にいる男だけは、違った。
「な、何よこれは……?」
電霊放は紫電の顔……それも口の中に直撃した、そのはずだった。だが今、様子が変だ。自分自身に撃ち込んだにしては、悲鳴がない。上げる暇もなく気絶したのか? 彼は自力で立てているし、つるを通じで肉体や血脈の動きもわかる。まだ意識がある。
「何も知らねえってのは、確かに罪かもな! 緑! 体の中に電霊放が放てる金属はない? いいや! 口の中は例外なんじゃねえか! 俺が何に向けて電霊放を撃ったか、知らなかったらわからねえもんな!」
「は……? 何を言っているのよ?」
「大切なのは……過去の間違いを認められるか! そしてそれを明日の成功のために活かせるか! 真の強さとは……それだ!」
よく口の中を見てみると、光っている。稲妻が瞬いている。
「まさか、そ、そんなことって……」
あり得ない、と緑は続けたかった。できなかった理由はただ一つ、紫電が銀歯から放った電霊放が、彼女の喉に直撃したからである。
「がはぁっ…………!」
急速に力を失いその場に崩れ落ちる緑の体。
「……今回に限っては、知る由もねえなら無罪、ってか? 想像できていなかった罰、っていうのはあんまりだろうからよー」
勝負は決した。
「大丈夫、気を失っているだけ」
雪女が倒れている緑の手首を指で触り、そう診断した。念のため、おもちゃの手錠で最低限の拘束だけはしておく。
「色々と知りてえことが多いが、素直に喋ってくれるとは思えねえな……」
一番の疑問は、彼女がここにあると踏んで奪い返すつもりだったであろう、死返しの石。
「【神代】に聞いてみようよ。ここまでされたんだ、流石に教えてくれるでしょう?」
「だといいが……」
下手に情報が漏れると、事件の解決が遠退く。それを危惧して黙っているというのが、一番腹が立つ。
「【UON】のヤツらが取ったらしいことは、俺でもわかる。【神代】の予備校本店襲撃後、修練一派とコンタクトできたのはアイツらだけだから。居場所の特定は無理だったワケだが、弱点は握れたようだな」
「香恵に聞けば、何かわかるかも?」
「そうだ。ここに呼ぶつもりなんだし、ちょうどいいぜ。修練たちってのは、情報共有しねえと、立ち向かえそうにもない相手だからよ」
雪女はスマートフォンを手に取り画面を操作して、電話をかける。
「あ、もしもし? 香恵? 雪女だけど……」
その横で、紫電はあることを考えていた。
(取り戻すために、緑をここに向かわせたということか。ということは、緑には個人的な感情があったとはいえ、元々は俺のところに復讐する計画は組まれていなかった?)
緑が、そしてその奥にいる修練が何を企んでいるかは黒い霧がかかっていて見えない。断片的な情報から考察するに、予定外の戦闘だったようだ。
次に、
(そしてその奪い返す物は、死返の石だろ? あれは確か禁霊術『帰』以外に使う用途がないはずだ)
修練が禁忌を犯そうとしている。
(だとしたら、誰を? 何のために?)
今日、紫電は緑を返り討ちにした。しかし謎は深まるばかりだ。
ここで閃く紫電。この悪い状況は逆に利用できる。ゆっくりとだが確実に、彼は立ち上がる。
「ここで潰すぜ、緑ぃ!」
「ほう? もう元気が出たのね? 体は丈夫な方なのね、あんた」
ダウジングロッドを構えた。当然緑もそれに反応し、
(音響魚雷を、くらいなさい! これでずっと……私が勝つまで延々とスタンさせてやるわ!)
また、大きな音が出る霊魂を紫電にぶつけた。それは紫電の頬に当たるとすぐに炸裂。
(これでまた動けなく………ん?)
違う。紫電は全く動じていない。構えた腕は真っ直ぐに伸び、正確に緑の左肩にまた電霊放を撃ち込んだのだ。
「んんんんんんんんんんんんっ! な、何で?」
感じた疑問。それがあからさまに顔に出ていたからか、緑の言葉を耳で拾えなくても答える紫電。
「俺の耳……いや聴覚はまだ回復してねえぜ。だったらもういっそのこと、鼓膜を潰させてもいいな! どうせその霊障合体で俺は音を遮断されるんだからよぉおおお!」
自爆覚悟の一手だった。音響魚雷は確かに紫電の耳に飛び込み鼓膜を叩いたのだが、紫電は音に頼るのをやめており、痛みは感じたが態勢を崩さず、すぐさま電霊放を撃てたのである。着弾は緑の左肩……慰療は怪我は治せても痛みは取り除けないから、そこを再び狙った。
(ぬ、ぬかったわ……)
彼の考えとそれに基づく行動を即座に理解した緑。治療したばかりの負傷に電霊放はかなりしみて痛い。
「そう容易く俺を倒せると思うなよ! まだまだいくぜ!」
追撃を行う紫電。緑は慌てて、
「ら、雷撃砲弾を……」
霊障合体を使おうとしたが、霊魂の札を電霊放で射抜かれ破られる。
「しまった……!」
「それがなければ、もう霊魂の発射は不可能だな。類似する霊障合体も、無理だ!」
予備の札を隠し持っている可能性も捨てきれないのだが、今の緑の行動は全てわかる。手をポケットや服の中に入れる動作があれば、雷で狙撃するだけだ。
「それで勝ったつもり……?」
徐々に緑の発言が聞こえるようになる。彼女はどうやら、挑発しているらしい。
「ならばどうだと言うんだ? 緑、お前の戦術は全部、潰した!」
音で相手を困惑させ、優位になったら霊魂で攻める。それが彼女の常套手段なのだろう。少なくとも紫電には、手さばきの鮮やかさから、そう思えた。
「今までので全部なわけ、ないでしょ!」
睨む。そうすると急に紫電の足元から樹木が生えた。木霊だ。緑はこのバリケード周辺に、植物の種をばら撒いていたので、それを今、急成長させる。
(また、逃げるつもりか? だが!)
目の前の木の幹に電霊放を撃ち込んだ。そうすれば植物であっても破壊できる。足元を動かす大きな根っこもこれで排除できる。脅威にはならないので、今度は遠くには行かせない。
「視界が狭くなったわね、紫電?」
「…! これは……?」
緑の手に握られている物に、自然と目が行った。スタンガンだ。視線を遮った一瞬のうちに取り出したのだろう。
ここでスタンガン……電気を放出できる物を取り出す理由は何か? 暴漢に襲われた際の護身用か? そんなはずはない。
(……電霊放!)
瞬間、紫電は後ろに飛んだ。スタンガンの電極が瞬いたのだ。
「この場で自分だけ使えるとでも思ったの、紫電? 切り札は最後まで取っておくのよ!」
ごく短時間でチャージも済ませており、集束電霊放が彼女の手から発射された。そのスピードは紫電が逃げるよりも早く、精度は急所をとらえており鋭い。
(ここは!)
ダウジングロッドを広げ、電霊放で防御する。電磁波のバリアで、緑の電霊放を防ぐのだ。バリアに当たると、まるで大男に突き飛ばされたかのような衝撃が紫電を襲った。
(強い……。流石は切り札なだけはあるぜ…)
しかし、防げていないわけではない。事実、相手の電霊放は彼には直撃していない。問題はこれがいつまで続くか、だ。
「五…………、十…………」
一秒一秒がやたらと長く感じる。電霊放はその電気を外部の電源に依存しているため、使い過ぎれば電池切れを起こす。それはきっと、紫電の方が早いだろう。この戦いで、彼は最初から電霊放を使いまくっていたのだから。対する緑は、最後まで温存していた。残量に差がありすぎる。
「十五…………、二十! まだ耐えるの、ねえ紫電?」
「……」
それが不可能であることは、自分が一番良くわかっている。攻撃用に電力を残しておかなければならないからだ。予備用の電池は一応携帯しているが、敵の目の前で替えている暇がない。
「二十五! まだ続くわよ?」
かといって逃げようとしても、今バリアを解けば電霊放に押し流される。バリアを展開したままでは、圧力で動けない。
「三十! もう折り返しかしらね?」
刻一刻と限界が忍び寄る。迫りくるタイムリミットは緑の言う通りだろう。
(どうする? どうすればいい?)
解答を考えなくてはいけないというのに、紫電の頭の中は真っ白だった。試験問題に対し、使うべき方程式すら思い浮かばないのだ。
「紫電、もう諦めなさい! 無駄に足掻いても醜いだけだわ!」
「何、諦めろ、だあ?」
その言葉に紫電は反応した。勝ち目が見つけ出せない以上、緑の発言は正しい。
「俺がそんなことを選ぶと思うのか、お前は!」
だがそれを真に受ける人間ではない。
「まさか知らないわけじゃないでしょう? 降参するなら、この電霊放は止めてやってもいいわ」
「黙れ!」
感情が昂ぶり、
「俺の頭の中の辞書にはな、その言葉! こう書いてあるんだぜ! 絶対に使ってはいけない言葉、てよ!」
そして爆ぜる。その瞬間に力がみなぎり、電霊放で押されているというのに紫電の脚は前に動き始めた。
「まさか、どうして?」
緑か感じている手応えからは、その場から動くなんてとてもできないはずということがわかっている。なのに、徐々に彼の姿が近づいてくる。あり得ないことが目の前で起きていることに、心が動揺している。
(コイツ……! 精神力だけで私の集束電霊放を押しのけようっていうの……?)
不安をかき消すように、さらに電霊放の威力を上げた。けれどもお構いなしに、紫電の動きは止まらない。
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
開いていたダウジングロッドを少しずつ閉じ、電磁波のバリアも狭める。この間合いなら、大きく展開する必要はない。ピンポイントで守れる。さらにロッドの先端を緑が持つスタンガンの電極に向け、動かす。
(や、ヤバいわ!)
ゆっくりな動作だったので、避けれないわけではなかった。ただ、強い電霊放を放っているため、反動のせいで自分自身の動きも鈍い。
「おおおおおおおおおおわああああ!」
ついに、紫電のダウジングロッドと緑のスタンガンがぶつかった。直後に電霊放がピタリと止まる。
「あ、ああ……」
何か不味いことが起きそうだと予測できるのに、指が動かずスタンガンを手放せない。数秒もしないうちに、電磁波が逆流したスタンガンは爆発した。
「きゃああああああ!」
指が、手のひらが、爆発と砕け散った破片で傷つく。判断よりも本能の方が先に、右手首を抑えるよう体を動かすほどの痛みだ。
「う、ううぐ! こ、こんなことが……! でもこの傷は…」
慰療ですぐ治せる。後は治療後に残る痛感に耐えるだけだ。
(し、紫電は?)
こんな隙だらけの彼女を放っておくとは思えない。目を彼の方にやると、ダウジングロッドの柄の部分の電池を取り換えている。相手の電力も限界だったらしい。
(痛みさえなければ……スタンガンが壊されなければ! 私の勝ちだったのに!)
激痛を乗り越え追撃を仕掛ければ、今さっきまでの紫電は電霊放を撃てなかったので、確実に攻撃は通った。慰療を優先したのはミスだった。だがそれはすぐに帳消しにする。ポケットに隠してある、ペンライトだ。これでも電霊放は使える。
「どうだ、緑! 諦めなかったからこそ、この状況に持って行けたぜ!」
ロッドを構え、緑に向けて言う。
「終わりだな……! 俺たちの因縁は、ここで!」
最後の電霊放を撃とうとした時だ、
「あんたには、この戦いは閉じさせないわ! 紫電! 私たちは絶対に、石を取り返す!」
「ン……? い、石? 一体、何のことだ?」
情報の差が、緑の行動を許してしまった。
紫電は、修練一派の目的を知らない。それは彼だけではなく【神代】全体が知らないから、仕方のないことではある。だが、UONが修練たちと遭遇したことは聞いていたが、その時具体的に何が起きたのかまでは、知らされていない。だから緑が、奪われたものを取り戻しに来ているという発想自体が抱けなかった。
(俺に対する復讐目的でここを襲撃しに来たんじゃねえのか? 石って、何の?)
一瞬、クエスチョンマークが頭上に浮かんでしまう。その時、緑はポケットに手を入れペンライトを取り出すと、
「まだ勝負は終わってないわ! これでもくらえ!」
スイッチを入れ自分の足元に向けた。照らし出す光は雷となり、彼女がばら撒いていた植物の種に当たり、その電気を内部に取り込む。直後に芽生えた葉っぱが、稲妻を吐き出した。
「な、何!」
頬を掠めただけで、痺れが伝わってくる。
「紫電! あんたは罪深いね、何も知らないから! 寧ろ、知らされていないことが可哀そうにも思えるわ! ここに死返の石はない! あんたの今の反応で確信できたわよ!」
「………だったら、どうだっていうんだ? ここから俺に勝てるとでも?」
「自分の置かれた状況を客観視できていないのは、私じゃないわよ?」
緑が腕を広げると、植物が一気に成長を始める。それは地面だけではない。種が入り込んだバリケードからも樹木が生えている。
「一気に潰す! もうここに用はない! ハッキリしたから、あんたを負かして帰るだけよ!」
「これは、まさか! 噂には聞いていたが!」
木綿と電霊放の合わせ技・深緑万雷。二人の周囲を取り囲む植物が、放電する。かなり広範囲に木々は生い茂っているので、走ったところでもう逃げられないだろう。考えるよりも先に本能で、いいや細胞レベルで理解できている。
ところが、そんな絶望的な光景を目の当たりにしても希望が一筋、雷のごとく瞬くのだ。
(だったら!)
ならば、逆に短期決戦に臨む。ちょうど緑は目の前だ。
「ヌおおおおおおお!」
「来るか、紫電!」
深緑万雷が届くよりも早く、彼女に近づく。そしてダウジングロッドを押し当て、電霊放をゼロ距離発射……直流しする。一瞬で意識が消し飛ぶ威力だ。それができれば霊障合体も自動的に終わる。
(そういう手を選ばせるために、あえて深緑万雷を見せびらかしてるのよ!)
しかし同じことを、なんと緑も考えていた。彼の強力な電霊放を利用しない手はない。散々脱線しまくったが、最初から、トドメはそうすると決めていた。
「くらいやがれええええええええええ!」
両方のロッドが光り出す。腕のリーチはダウジングロッドがある分、紫電の方が長い。このまま突進すれば、決まる。
(それは百も承知だわ!)
だが、緑には彼よりも先に動く手段があった。袖の中に入れておいた、種。木綿を使ってつるを伸ばし、紫電の腕を捕まえる。
「何っ!」
予想外の一手に絡めとられた。あと十センチもないのに、届かない。このまま発射してもかなりの破壊力はあるはずだが、言い換えれば緑が負傷するだけに留まる……慰療を使われるので意味がない。
「こう、するわ!」
つるがメキメキと紫電の腕に絡んで、無理矢理両方の腕のその向きを変える。勝手に筋肉が動かされ、あっという間にロッドの先端が自分の顔の方に。
「いや、まだだあああ!」
まだ、指が動かせる。何とか柄の部分を回転させれば、緑に電霊放の直流しが届くかもしれない。
「それも不可能にしてやるわ!」
急に、数匹のオオクワガタが現れて紫電の指の付け根を噛んだ。もちろん応声虫で生み出されたものだ。
「完全敗北ね、紫電! 折れ砕け! 崩れなさい!」
腕も手も指も、言うことを聞かない。植物に巻き付かれてか、それとも虫に噛みつかれたからか、紫電は電霊放を自分目掛けて撃ってしまった。
「決まったわ!」
自分の勝利を確信する緑。いいやこの状況、彼女でなくても、誰もがそう思うだろう。
が、緑の目の前にいる男だけは、違った。
「な、何よこれは……?」
電霊放は紫電の顔……それも口の中に直撃した、そのはずだった。だが今、様子が変だ。自分自身に撃ち込んだにしては、悲鳴がない。上げる暇もなく気絶したのか? 彼は自力で立てているし、つるを通じで肉体や血脈の動きもわかる。まだ意識がある。
「何も知らねえってのは、確かに罪かもな! 緑! 体の中に電霊放が放てる金属はない? いいや! 口の中は例外なんじゃねえか! 俺が何に向けて電霊放を撃ったか、知らなかったらわからねえもんな!」
「は……? 何を言っているのよ?」
「大切なのは……過去の間違いを認められるか! そしてそれを明日の成功のために活かせるか! 真の強さとは……それだ!」
よく口の中を見てみると、光っている。稲妻が瞬いている。
「まさか、そ、そんなことって……」
あり得ない、と緑は続けたかった。できなかった理由はただ一つ、紫電が銀歯から放った電霊放が、彼女の喉に直撃したからである。
「がはぁっ…………!」
急速に力を失いその場に崩れ落ちる緑の体。
「……今回に限っては、知る由もねえなら無罪、ってか? 想像できていなかった罰、っていうのはあんまりだろうからよー」
勝負は決した。
「大丈夫、気を失っているだけ」
雪女が倒れている緑の手首を指で触り、そう診断した。念のため、おもちゃの手錠で最低限の拘束だけはしておく。
「色々と知りてえことが多いが、素直に喋ってくれるとは思えねえな……」
一番の疑問は、彼女がここにあると踏んで奪い返すつもりだったであろう、死返しの石。
「【神代】に聞いてみようよ。ここまでされたんだ、流石に教えてくれるでしょう?」
「だといいが……」
下手に情報が漏れると、事件の解決が遠退く。それを危惧して黙っているというのが、一番腹が立つ。
「【UON】のヤツらが取ったらしいことは、俺でもわかる。【神代】の予備校本店襲撃後、修練一派とコンタクトできたのはアイツらだけだから。居場所の特定は無理だったワケだが、弱点は握れたようだな」
「香恵に聞けば、何かわかるかも?」
「そうだ。ここに呼ぶつもりなんだし、ちょうどいいぜ。修練たちってのは、情報共有しねえと、立ち向かえそうにもない相手だからよ」
雪女はスマートフォンを手に取り画面を操作して、電話をかける。
「あ、もしもし? 香恵? 雪女だけど……」
その横で、紫電はあることを考えていた。
(取り戻すために、緑をここに向かわせたということか。ということは、緑には個人的な感情があったとはいえ、元々は俺のところに復讐する計画は組まれていなかった?)
緑が、そしてその奥にいる修練が何を企んでいるかは黒い霧がかかっていて見えない。断片的な情報から考察するに、予定外の戦闘だったようだ。
次に、
(そしてその奪い返す物は、死返の石だろ? あれは確か禁霊術『帰』以外に使う用途がないはずだ)
修練が禁忌を犯そうとしている。
(だとしたら、誰を? 何のために?)
今日、紫電は緑を返り討ちにした。しかし謎は深まるばかりだ。