第8話 不器用な励まし

文字数 5,384文字

(おれたちも、何かしねーといけねーぜ……)

 辻神の言葉は、周りにいた病射や朔那にも聞こえていた。辻神と同じく緑祁に救われた二人は二人で、何かできることがあるはずだと考える。

(だが、何ができる? 私たちには、辻神みたいな人生経験なんてない……。言葉に重みを付けられない…)

 しかし、それでも何か緑祁のためになることをしたい。言葉で励ますことができないのなら、

「おい、緑祁! 今のてめーの力をここで確認してやるぜ!」
「本当に、【神代】に無実を証明できるのか? 雉美と峰子の二人を捕まえられるのか! 私たちに任せておけばいいものを!」

 挑発し、緑祁に勝負を押し付ける。

「おい、何をやって……!」

 もちろん、今そんなことをしている暇はない。だから彭侯が二人を止めようとするが、

「彭侯、やらせてやれ。きっとこれは、病射と朔那なりの、励ましなんだ」

 不器用なことしかできない。だがそれでも役に立ちたいという思いは大きい。それをわかっていた辻神が、彭侯を止める。

「でも、ここで緑祁が負けちゃったらどうするつもりなの…? 自信、取り戻せなくなっちゃうワ……」

 心配する山姫。しかし二人は、

(負ける準備はできてるぜ……。これはあくまで、緑祁に自信を取り戻すためのバトル! おれたちが輝く舞台じゃねーんだ)
(緑祁なら! 普通に戦っても勝ってくれるはずだ。私たちはいつも通りに戦えばいいだけのこと)

 手加減などはしない。ただ、勝利は求めない。自分の役割をちゃんと把握している。


 岩苔大社の焼け跡の中に三人が入る。規制線の内部だが、その戦いは辻神の蜃気楼で偽造し、霊能力者にしか見えないようにした。

「さあ! かかってきな、緑祁! 先月のカリをここで清算しておくぜ!」
「そういえば、私はお前と手合わせしたことがなかったな。なのに私のことを、救った気でいるのか? その実力をここで計って確かめておこうか」

 二人は焼け跡の奥の方に移動し、緑祁と対峙した。だが肝心の緑祁はと言うと、

(………)

 やや困惑している様子だ。この場で二人と戦う理由が見つからない。でも、

(ここで逃げれば、もう前を向けないかもしれない……)

 そう思い、二人の挑戦を受け入れることに決めた。

「……わかったよ、病射、朔那。今ここで、勝負だ…!」

 緑祁も位置に着く。

「じゃあ早速、おれから行かせてもらうぜ!」

 電子ノギスを取り出す病射。その先端に意識を集中させ、電霊放を撃ち出す。

「おりゃああ!」

 彼の電霊放は拡散する。しかも毒厄まで乗っている、嫌害霹靂だ。四方八方に桃色の稲妻が伸びた。

「危ない!」

 後ろに下がって避けようとした緑祁だったが、突然背後の地面が隆起して踵が躓いた。

「何だ?」
「私の、礫岩だ!」

 朔那の霊障である。ピンポイントに地面を動かしたのだ。

「まだまだ!」

 さらに豆鉄砲を彼女は構える。これで植物の種を撃ち出せば、木綿が使える。

「狙いは正確だ! 発射!」

 銃口から飛び出した種。それが成長する前に緑祁は対処しようとし、鬼火を使おうとした。
 が、

(うっ!)

 フラッシュバックする記憶が、手の動きを止めた。
 その鬼火で、何をした? どれだけの人に、迷惑をかけた? 誰を殺めようとした、傷つけた? 

「………」

 結局、鬼火は起こせなかった。だから朔那の木綿が発現し、腕に植物のつるが巻き付いてしまう。

(何をやってるんだ、緑祁……! 今のはお前なら、確実にかわせただろうが!)

 これには朔那も苛立ちを隠せない。


 見ている緋寒は、緑祁に何が起きているのか即座にわかったようで、辻神に、

「心で理解できていても、頭が拒んでいるようじゃな……」

 と言う。緑祁の成長は本人にかかっているが、まだまだ難しいところだ。それでも彼は、

「緑祁なら、できるはず。心と頭で理解し前進できるはずなんだ」

 緑祁のことを信じている。


 緑祁は自分の腕を拘束する植物を引っ張って引き千切ろうとした。しかしそんなことをしている間にも、病射の攻撃が迫る。

「嫌害霹靂だ、くらえ!」
「マズい…!」

 最悪なことに今、腕に巻き付いている植物が茎を伸ばしている。それに嫌害霹靂が当たれば、そのダメージと効果はそのまま全部緑祁に流れ込む。

「ううっ!」

 毒厄の威力は控え目にされてはいるものの、緑祁は一瞬眩暈がして足を崩してしまった。そこに朔那の、礫岩で生み出した石が地面から飛び出し、彼を襲う。

「うわっ!」
「どうした緑祁! そんな程度の実力じゃねーだろ! おれたちくらい、簡単に突破してみせろよ!」

 本気になれていないのかと思った病射はとりあえず挑発してみた。

「わかってる……。わかってるんだ……。わかってるはずなんだ……!」

 どうにか、霊障を使いたい。いいやここは、使わなければ敗北しかない。

(何でもいいんだ……! 鬼火でも鉄砲水でも旋風でも! 僕が使える霊障はその三つ、どれかを使えれば、ちゃんと戦える! なのに……!)

 霊障を使って人を傷つけた。その忌々しい記憶が、彼に霊障を使わせることを拒む。

「その程度か、緑祁! おれをガッカリさせるな! 朔那やおれのために動いてくれた緑祁は、立派だった! 誰かのために善意で動けるのが、輝かしくて羨ましく思えた! それをもう一度、見せてくれ!」

 緑祁が立ち上がるのを、二人は待つ。しかし中々、起き上がらない。

「どうしたんだ、緑祁! お前は前に進みたかったんじゃないのか? 立て、立ち上がれ!」

 心では理解できていても、頭と体でできていないのだろう。だから霊障を使うことができないし、起き上がることすら難しくなっている。

「緑祁! 前を向きたいなら、力を出せ! 自分の非や負を、自分の力で克服するんだ! どんな綺麗な理論も、実行できる力がなければ意味をなさない! 前進するってことは、そういうことなんだ! 正義には力が必要だ。力のない正義は、ただの言いがかりでしかない」

 何とか言葉で励ます。二人は、

(あの裁判での供述が正しいのなら、緑祁は言葉巧みに騙されたことになる。なら、こっちから同じく言葉で、正しい道に引き戻せるはずだ)

 と考えているのだ。

「緑祁! これはてめーの問題なんだ! おれたちに押し付けるな! 自分にかけられた疑惑、与えられた任務くらい、自分で解決しろ!」
「そうだ! いいか緑祁、お前の霊障は、誰かを傷つけるものじゃない! 誰かのためになることだ! 霊障を使うんだ!」

 これでもまだ立ち上がれないのなら、もう駄目かもしれない。そういう諦めムードが、病射と朔那の間にはあった。
 だが、

「う、うう……。痛ててて……」

 何とか緑祁は立ち上がったのだ。

「緑祁…! どうだ…?」

 手を動かし、鬼火を使おうとしているのがわかる。だがまだ、ちょっとだけ抵抗があるようだ。

「君にそれを使う資格はないよ。だって誰かを傷つけ、命を奪おうとした。それがさ、他人のさじ加減で許されるとでも?」

 自分の姿をした幻覚が、そんなことを語り掛けて来る。これは辻神が生み出した蜃気楼ではない。緑祁自身の心の闇そのものだ。

「諦めちゃいなよ。もう誰も、君のことなんて考えてはくれないさ。だったらいっそのこと、みんな殺しちゃえばいい。邪魔なヤツらなんて、この世にいる意味がないだろう? 違うかい、僕!」
「違う…!」

 緑祁はハッキリと、自分の影に反論した。

「僕は……みんなのためにできることをしたい! 霊障を使って、誰かを助けたい!」
「みんな? 誰のことさ?」
「僕の周りにいる、多くの人たちだ! 僕を支えてくれる人、ライバル、友人、仲間! 誰かは、いつでも僕の側にいるんだ!」

 勇気を振り絞り、念じながら手を動かす。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 闇を断ち切れええええええええええええええ!」

 指が動いた時、火花が出た。小さいが、鬼火である。それを使って、自分の影に対し、

「消え去れええ! 僕の中の……闇!」

 鬼火を大きく成長させて撃ち込んだ。すると彼の影が、腕に巻き付いている植物ごと消えた。
 同時に、目の前に迫って来ていた成長した植物も焼き払えた。どうやら朔那が豆鉄砲で種を撃ち出し、木綿を使っていたらしい。

「緑祁! 霊障を使っている!」

 希望が見えた。それに喜ぶ病射と朔那。

「勝負だ、病射! 負けないよ、朔那!」

 緑祁の瞳に、輝きが蘇った。やっと、吹っ切れたのだ。

「いくぜ緑祁! 嫌害霹靂を避けられるか!」

 再び電子ノギスを掲げて電霊放を撃ち出そうとする病射。

「させないよ! 拡散する電霊放は、ここでは避けようがない! でも、避ける以外でも対処は可能だ!」

 指先から、鉄砲水を撃ち出す。水浸しにしてしまえば、電霊放は撃った直後に本人に逆流する。防ぐのではなく、使わせないのだ。

「甘いぜ緑祁! 私の存在を忘れたか! 木綿だ!」

 だがここで、朔那が種を前に投げた。それは急成長して根を伸ばし網目状になると、緑祁が放った鉄砲水を吸い取ってしまった。

「何っ!」

 そこからの嫌害霹靂。これは避けられず、直撃。

「ぐわわわああ! 何というコンビネーション! 厄介だ!」

 電霊放を撃たせないためには、病射に鉄砲水を叩き込むしかない。しかしそれは、朔那の木綿で防がれる。では植物を鬼火で焼き払えばいいのだが、火炎は電霊放に干渉され中和され無力化されてしまう。そしてグズグズしていると、病射の毒厄でアウト。こんな相性補完に優れたコンビは、今までに見たことがない。

(さあ、どうするんだ緑祁…? どうやってここから、おれたちに勝つ?)
(凡人なら、もう諦めるだろうな。だが緑祁、お前なら、絶対に答え……勝利の式を解けるはずだ。さあ、解いてみせるんだ!)

 緑祁は、どうやって勝利するのかを真っ先に考えていた。さっきまでの悩んでいる彼だったら、もう降参していてもおかしくはない。だが、策を頭で練り、体で動いている。
 心・頭・体。その三つが合わされば、どんな難題だって崩せる。

(霊障合体だ! ここで使えば、二人を倒せる!)

 右手に鬼火を、左手に鉄砲水を出現させてその二つを合わせる。こうすることで、

「霊障合体・水蒸気爆発!」

 水が一瞬で気体に変わり、生じる膨大な体積が爆風となって相手に向かう。

「うおっ! だがこんな何ともないこと、私たちには……」

 朔那にとっては、どうでもいい行動だった。しかし、

「うわああ!」

 病射にとっては違う。目の前に展開された植物の根が、一気に自分の顔と体にぶつかるのだ。かなりの勢いがあって、押されて転ぶ。

「し、しまった! 私の木綿を利用された! これが噂に聞くカウンターなのか! だ、大丈夫か、病射?」
「よそ見している暇があるかい! 一気に行かせてもらうよ! 行け、火災旋風だ!」

 間髪入れずに緑祁は動き、今度は火災旋風を起こした。植物の根を焼き払うのだ。

「まさか…!」

 今、病射はダウンしている、この隙を突かないわけにはいかない。

「おおおおおお! うりゃあああああああおおおお!」

 渦巻く炎の風が、朔那の植物に燃え移って焼いた。

「ぐぬぬ……! だがまだ、私も病射も健在だ!」

 次の瞬間には、病射も朔那の手を握って起き上がる。そして電子ノギスを緑祁に向けた。

「くらわせる! 叩き込む! 嫌害霹靂を!」
「そうはさせない! 僕の台風が、既に発生している!」

 既に手は打ってある。緑祁の台風の方が、朔那の木綿や病射の嫌害霹靂よりも早かった。

「がっ………!」

 電子ノギスが、それを握っている手ごと濡れた。その状態で病射は、電霊放を使ってしまう。

「ぎゃががががががが!」
「ひいいいいい!」

 電撃が逆流し、感電する病射と朔那。この時二人は、痛みや悔しさよりも感じているものがあった。

(緑祁……! 何だよ、ちゃんとできるじゃねーか! 心配させやがって!)
(自分の闇を振り払えたんだな。その証拠がこの、霊障と霊障合体。緑祁、お前の勝ちだ…! よくやった、お前なら、絶対に無実を掴み取れる…!)

 達成感である。元々緑祁を励ますために勝負を挑んだのだから、勝敗に関わらず目的をクリアしたのでそれを味わっている。そしてそのまま、背中から地面に倒れ込んだ。


「そこまでじゃ!」

 紅華が勝負終了の合図をした。

「大丈夫かい、病射! 朔那!」

 すぐに二人に駆け寄る緑祁。手を差し伸べると、二人とも握ってくれた。

「ありがとよ、緑祁!」
「疲れはしたが、怪我なら心配いらないぞ。病射の慰療があれば」

 病射は、自分と緑祁と朔那の怪我を慰療を使って治す。しかしその直後、病射と朔那はフラッと足が崩れてしまう。

「本当に大丈夫?」
「なあに、疲労感さ。慰療は、体力だけは回復できねーから、少し休めばすぐに良くなる…」

 そんな自分たちのことよりも、緑祁の方が重要だ。

「緑祁、どうやらおまえ自身の明日を切り開く準備と覚悟ができたようだな…」
「うん! 辻神と病射と朔那のおかげだよ、ありがとう! 僕は何も一人で抱え込む必要はないんだ。仲間がいてくれるから、何があっても立ち上がれる!」

 自分は一人じゃない。それを緑祁は改めて認識した。すると、心が軽くなった。体が言うことを聞いてくれて、頭で前向きなことを考えられる。
 辻神の激励、病射と朔那の励ましのおかげで、彼は元通りの緑祁に戻れたのだ。
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