第8話 許したい その2

文字数 4,762文字

 緑祁と香恵は、夕食を済ませて客間に戻っていた。風呂は順番制で、予定外の客人である自分たちは一番最後。

「入らせてくれるだけでも嬉しいわ」

 香恵的には文句はない。しかし緑祁はいつも早めに風呂を済ませる習慣なので、ちょっと生活リズムが崩れる。

「うおおおおおおおおお!」

 風呂場の方から突然、悲鳴が聞こえた。

「何か、あったのかもしれない!」

 二人はその場に直行。

「どうした?」
「スズメバチが! 出たんです!」
「それくらいで驚くなよ! 修行不足か?」
「違います! 放電、したんです!」
「何……?」

 住職と僧侶のそんなやり取りを横で聞いている緑祁と香恵。

「放電する、虫……?」

 それだけでピンとくる。

「洋次か!」

 風呂場に入る二人。この銅鐸寺の風呂は露天風呂もあり、そっちの方に確かに虫がいる。それも数が多い。

「こんな夜……灯りが少ない露天風呂なのに、ハッキリと見えるね。電気が、バチバチ!」
「確実に、蚊取閃光だわ。だとすると洋次が近くにいるってことね……」

 風呂場にけしかけられたのは、蚊取閃光の一部でしかないだろう。二人は玄関の方に行き、靴を履いて外に出た。

「ど、どこだ? 洋次はどこにいる……?」
「付近にはいないのかも? ここからでは見えないわね、あの姿は」

 銅鐸寺周辺にはいない様子だ。でも、蚊取閃光で生み出された虫はいる。緑祁が外に出ると、追いかけるように風呂場から外に飛んでいく。

「香恵! 藁人形と札は持っているんだよね?」
「ええ、もちろん」

 ということは彼女は、いざという時は呪縛と霊魂の霊障合体・突撃地雷が使える。だから身を守ることは一人でも可能だ。

(二手に分かれて探した方が、いいかな…?)

 ここで迷う緑祁。周囲は既に暗く、手分けして探さなければ見つけ出せなさそうだ。しかし洋次は前に、香恵を誘拐したことがある。一人にするのは、できればしたくない。

「使えるけど、どうかした?」
「…いいや、何でもないよ。一緒に探そう!」

 危険は冒せない。だから香恵と一緒に洋次を見つけ出す。

(まだ、洋次が香恵のことを狙っているかもしれない! 絶対に守ってみせる!)

 そんな緑祁の目の前に、降りてくる電気を帯びた虫たち。トンボとチョウだ。全部が全部、緑祁のことを睨んでいる。

「く、くる!」

 すかさず緑祁も霊障合体を使う。鉄砲水と旋風を合わせて渦巻く赤い風を生み出し、けしかけた。

「台風だ!」

 電霊放に鬼火は通じないので、ここは台風で攻める。近づいてきた虫たちは雨風に巻き込まれ、バラバラになった。
 でもまだ、今度はバッタとセミが上から降りてくる。

「ま、マズい状況だ……」

 応声虫の一番、嫌なところ。それは数の暴力で攻めることができる点だ。無尽蔵に虫を生み出し、戦わせることが可能。そして今のように相手の姿が見えなければ、戦いは一方的になってしまう。
 バッタとセミを台風で倒すと、さらに上からガガンボとカマキリが羽ばたきながら降りてくる。

(キリがない! このままでは、僕の方が先に根を上げてしまう…! やはり、洋次本人を探し出すしかないんだ……!)

 緑祁は鬼火を繰り出し、赤い炎を周囲に、引火しない程度に放射した。

「これで明るくなれば……。近くまで来ているはずだ!」

 香恵もスマートフォンのライトをつけて周囲を照らす。

「こっちにはいないわね……」

 しかし、それらしい影がない。

「こっちにも? じゃあ、そっちは?」
「いないよ。どうなっているんだ?」

 見つからない。緑祁は旋風を周囲に放ち、空気の流れを見てみた。だが、反応がない。

「蜃気楼でも、これは誤魔化せない……そもそも洋次には、使えないはずだ! なのに何で?」
「ここは、虫に聞いてみましょう」

 香恵がそう言った。緑祁はその言葉の意味をよくわかっていなかったが、

「とにかく、虫を倒して!」
「わかったよ!」

 言われた通りにする。旋風でガガンボとカマキリを切り裂いた。

「駄目だ! 今度はケラとカナブン! 在庫は無限だ……」
「どこから来てる?」
「上からだよ。降りてくるんだ」
「それは、さっきも?」
「そう…だけど?」

 ここで香恵が閃いた。

「上! 多分、そうよ! この寺院の屋根の上にいるんだわ、洋次が!」
「そうか、そういうことか!」

 屋根の方を照らし出してみる。緑祁は無効化されるかもしれないが、広範囲を照らせるだろう火災旋風を上に向けて放った。だが、屋根の上には誰もいない。

「ごめんなさい、私の早とちり……。勘違いだったみたいだわ…」

 しかし、

「いいや、香恵! 見つけたよ」
「えっ?」

 洋次がいるのは、屋根の上ではなかった。今、上から電霊放が撃ち込まれ、火災旋風に干渉し中和し無効化したのだ。

「どうやっているのかはわからない。もしかしたら、骸や辻神、紫電が目撃した幽霊を、洋次も使っているのかもしれない。屋根よりも上……上空にいるんだ!」

 確信が持てた。だから緑祁は式神の札を取り出し、ペガサス型の[ライトニング]とグリフォン型の[ダークネス]を召喚する。

「頼むぞ、[ライトニング]! 僕を乗せて、羽ばたいてくれ! 香恵は[ダークネス]の方に乗って!」
「わかったわ!」

[ライトニング]と[ダークネス]も、異議はない。二人を乗せて夜空へ羽ばたく。


「頼むよ、[ライトニング]! 精霊光だ!」

 命じられた[ライトニング]は、精霊光を使って上空に光の弾を撃ち出した。攻撃対象はおらず、周囲を明るくするためだ。十数秒、昼間のように光る夜空。二人はその間に周囲三百六十度を見回す。

「いたわ、緑祁!」

 香恵が見つけ出した。どうやら斜め前の上方向に、いるらしい。

「僕も確認した」

 洋次の姿を緑祁も発見する。やはり、鳥のような何か……業陰に乗っている。彼は突如明るくなった周囲に驚いている様子だが、まだこちらには気づいていないらしい。

「こっちだ、洋次!」

 やろうと思えば不意打ちができる。でも、それでは逆に洋次を激昂させかねないと感じたのだ。相手は手段を選ばない洋次なのだ、怒らせると何をしでかすかわからない。

(前は香恵を誘拐した上に人質にまでしたから……。正々堂々と、面と向き合って、戦う!)

 流石に声をかけられれば、洋次も接近には気づいた。

「出現したな、永露緑祁!」

 そしてこちらを向いて、早速蚊取閃光を使う。洋次が振った腕の軌跡が、カブトムシやクワガタに変化して翅で羽ばたき緑祁に迫る。

「撃墜してやる! 蚊取閃光!」

 電気を帯びた、大量の虫。それを見た[ライトニング]は緑祁の指示を待たずに精霊光を撃ち込み、破壊した。

「…………」

 驚いた洋次は一瞬、言葉を失ってしまう。当然だ、[ライトニング]の精霊光は、【神代】が認知している霊障の中に含まれていない。きっと正夫や豊雲から、一言も聞けていないに決まっている。

「随分と便利な移動手段を所持しているな、緑祁……」
「手段じゃない! 彼女たちは、式神……。この世界に確かに存在した、人の魂だ。頼れる僕の味方だ」
「ふん。しかしいつまで継続できるかな?」

 洋次が札を取り出した。霊魂を発射できる札だ。

(霊魂……? また応声虫と合体させて、音響魚雷を撃つつもりか?)

 違った。洋次は霊魂を適当に周囲に撃ち出す。それが宙に留まりつつ、電気を吐き出すのだ。

「電霊放と霊魂の合体、雷撃(らいげき)砲弾(ほうだん)!」

 しかも洋次の任意のタイミングで量を調節できる。まるで海を漂う機雷のようだ。

「一旦後ろに下がって、[ライトニング]!」

 言われた通りにバックする[ライトニング]。彼女も雷撃砲弾に当たるのはマズいと感じたのだろう。

「一個一個、壊すことはできそうかい?」

 頷こうとした[ライトニング]だったが、途中で首が止まる。

(そうだよね。洋次は霊魂の札を何枚持っているか、わからない。キリがないんだ、蚊取閃光と同じで!)

 やはり直接、洋次……が乗る、業陰を倒すしかない。緑祁は洋次自身に攻撃することは考えてはいない。

(落ち着け、僕! 洋次を許すことが大事だ。酷い目に遭わせるのは、違う! まずはあのプテラノドン型の幽霊を倒して、洋次を捕まえる! そのまま地面に降りればいいんだ)

 自分の態度を見れば、あの洋次でも改心してくれると信じたい。だからこそ、洋次には攻撃したくない。

「[ライトニング]……」

 そのことを耳打ちする。深く探りを入れずに頷いてくれる[ライトニング]。

(香恵の方は……)

 ふと後ろを向くと、雷撃砲弾と蚊取閃光の相手をしている[ダークネス]の姿が。香恵は彼女に指示を出し、近づいて来る雷撃砲弾か蚊取閃光にのみ堕天闇で攻撃をさせている。

(これなら、洋次と一対一ができる!)

 意を決した緑祁は、[ライトニング]に指示を出して前進させた。

「行くぞ、[ライトニング」! このまま空中戦だ!]
「わたしに攻撃するつもりか、緑祁! そのチンケな式神で、勝利できると確信しているか! 素晴らしいセンスだ、馬鹿にし甲斐がある!」

 近づこうとする緑祁たちの邪魔をする洋次。もちろん雷撃砲弾を大量に撃ち出し、道筋を駄目にする。おまけに蚊取閃光まで繰り出して、わずかに残った道すら塞ぐのだ。

「これでも接近できるか、緑祁!」
「当たり前だ! 近づかないと、上手く攻撃できないからね……」

[ライトニング]も臆さない。果敢に羽ばたき前に進む。邪魔になりそうな雷撃砲弾は、精霊光で壊せる。強引に道を切り開いて、進むのだ。途中で迫りくる蚊取閃光の虫は、緑祁の台風で対処できる。

「だがな……」

 ここで洋次が使う霊障合体は、音響魚雷だ。精霊光に邪魔されないために下に札を向け、放った。直後に鼓膜を貫きそうな音が、周囲に鳴り響く。

「ぐっわ!」

 思わず両耳を塞ぐ緑祁。[ライトニング]にも今の一撃は通じているらしく、頭を動かしもがいている。

(だ、大丈夫か、[ライトニング]! まさかここで音響魚雷を使って来るとは!)

 バランスが崩れ、

「しまった!」

[ライトニング]の背中から落ちそうになる緑祁。間一髪背中を掴んで踏ん張っている。

「無様だな! そのまま落下していけ!」
「くっ……!」

 非常にマズい状況だ。音響魚雷は使われると、耳を塞がずにはいられなくなる。理性でそれはしてはいけないとわかっていても、本能が勝手に腕を動かし耳に手を当ててしまうのだ。今[ライトニング]から手を離せば、落下は確実。それをわかっていて、洋次は次の音響魚雷を撃ち出そうとする。

「これで終了だ」

 二発目が、今度は上に撃たれた。そして破裂し、周囲に轟音を生み出す。

「ああっ!」

 緑祁の手は、耳へと動いてしまう。[ライトニング]から手を離してしまう。

「完璧なる勝利だな。わたしのプライドを侮辱した罰則だ、そのまま永遠の奈落へと堕落していくがいい……」

 しかし、これをただ見ている[ライトニング]ではない。耳の痛みを堪えて、緑祁を追いかける。下に回り込んで背中でキャッチした。

「ありがとう、[ライトニング]! 本当に助かった!」
「っなに…!」

 式神にも霊障は効く。だから怯ませれば、緑祁を助けに行けないと洋次は考えていた。しかし[ライトニング]は麻痺している感覚の回復よりも、主である緑祁の救出を優先したのだ。

(厄介だな、あの式神ってヤツ! アレを先に倒さないと、緑祁を仕留められないのか。後ろに控えている香恵の方も、同じだろう……。まあ、霊能力者と式神、同時に倒してしまえばいい! わたしにはそれができる!)

 蚊取閃光、音響魚雷そして雷撃砲弾を駆使すれば、できると確信している。

「前進しろ、業陰! わたしたちからの攻撃行動を開始する!」
「ゲプラアアア!」

 命令通りに前に動く業陰。特別な能力はない分、動きは[ライトニング]や[ダークネス]よりも素早いはずだ。
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