第14話 外来の奏鳴曲 その2

文字数 4,983文字

 最初に訪れた廃校は、外れだった。誰かがいた形跡すらない。次に行ったのは、洞窟。しかしこれも空振り。三度目の正直に向かったトンネルも違った。

(まだまだだ。やる気を落とすには試行数が足りない。気長に行くか)

 次の場所に向かう際、車の中で、

「ここは?」

 ハイドラは地図上で気になった場所があり、それを指摘した。

「そこか? そこは……線路じゃないか?」

 何も不思議なことはない。ただ範造は岩手に土地勘がないので、どういう電車が走っているのかはわからない。

「行ってみないか?」
「それ、ホンキでイってる?」

 少しでも怪しいと感じたら、潰しておくべきだとハイドラは言う。シザースも、

「価値はあると思います」

 首を縦に振ったので、向かう。
 スマートフォンを取り出し雛菊は調べてみた。

「あ、ズイブンマエにハイセン……。イマはナニもトオってないみたいだわ」

 どうやら既に、鉄道としては機能していないようだ。だが、

「でもよ、線路があるだけだろう? 隠れるもクソもねえぞ?」

 当然の疑問をぶつける範造。しかし喋っている間に思考を巡らせると、

「いや待て! 無人駅があるならそれで十分か? 修練たちはもう五人だけ、そんな少人数ならプレハブか倉庫程度あれば満足に身を隠せるのか!」

 異論なく、次の目的地に選び、アクセルを踏んだ。
 車はドンドン闇の中を進む。対向車の姿はなく、舗装すら粗く、線路どころか道路自体がもう使われていないことが、振動でわかってしまう。

(そういうところには、幽霊が集まりやすい。一般市民は昼間ですら近づかないだろう。潜むにはうってつけだ)

 車であまり近づき過ぎると、エンジンの音やヘッドライトの明かりでバレてしまう。一キロほど遠くで停車し、降りて歩く。とても静かな夜、明かりのない道のりを、懐中電灯の光だけを頼りに足を動かしている。

「ん?」

 先導している雛菊が気づいた。今踏んでいるのは砂利と雑草だと思ったが、それよりも硬く長い物がある。不自然さを感じ取った彼女が腕を振ると、その軌跡がケラに変わる。

「ほう、インセクトフリクションか。日本では、オウセイチュウ、と言うらしいな」

 シザースが言う。彼も応声虫の使い手なので、シンパシーが湧くのだろう。
 生み出されたケラが地面を掘る。すると棒状の鉄が現れた。

「これは……レールか? もうたどり着いた、ということか!」

 使われなくなってかなりの時間が経ったのだろう。レールを埋めた土や砂利、そこからさらに草が生えている。

「地図上で言うと、俺たちは今この辺にいるわけだ。かつての無人駅は、あっちだ」

 位置がわかったので、歩みをさらに進める。ここでシザースが、

「ワタシもインセクトフリクションを使いましょうか?」

 名乗り出たが、雛菊が、

「やめておいたホウがいいわ。アナタ、イマのキセツのニホンのコンチュウがわかる? ガイライシュじゃ、ミつかったトキにフシゼンで、すぐにバレる」

 と制止する。代わりに彼女が応声虫を使い、イボタガを生み出して周囲を偵察させた。同時に自分たちが出す音も誤魔化している。

「範造……。あっちのムジンエキには、ダレもいない。ケイセキすらないわ。でも」
「でも、何だ?」

 違和を抱いたのは、反対側からだ。体を反転させ指で示し、

「あっちに、デンシャがある」
「そりゃ、線路なんだから……。あ、でもここは廃線だよな? あるわけがないんじゃ?」

 これはおかしい。探りを入れるべきだと四人は判断。ゆっくりと近づく。
 そして発見した。

(これが、隠れ家か! 廃線の上に捨てられた電車を利用し、身を隠しているわけか!)

 二両の電車がある。片方は暗いが、もう片方の窓から光が漏れている。

「イマ、ウラがトれたわ、範造。イボタガのテイサツブタイが」

 雛菊が彼に耳打ちした。これはつまり、人がその車内にいるということだ。誰なのかまでは不明だが、人数は五人。

「わかった。一気に仕掛けるぞ」

 修練一行だろう。その可能性は限りなく高い。もし違ったとしても、それが霊能力者なら【神代】に伝えずに勝手に廃線と電車を使っていることを咎めることができるし、違うのであれば何かやましいことをしでかしている一般人だろう。こちらに非はないのだ。
 散り散りになり、電車を囲う四人。タイミングを見計らって突入したいところだ。冷静でいたいのだが、思考に反して心臓の鼓動は高まる。ドクンドクンという音が、まるで太鼓を叩いたかのようなボリュームで鼓膜を揺さぶっているのだ。
 視線の先にある電車の窓から漏れていた光が、唐突に消えた。

「なっ!」

 それは、ただでさえ早まっている鼓動を緊張感ごと、爆発させるには十分過ぎた。冷静さを欠いてしまった範造は反射的に、

「バレていたのか! 逃げられるかもしれない!」

 走りだしてしまう。

「マって、範造……」

 彼を追いかける雛菊。この時二人は、この場所が既に敵のテリトリーであるという認識が足りなかった。動揺しているのだから無理もない。
 突如、電車の扉が開いた。同時に範造と雛菊目掛けて黒い稲妻が走った。

「きゃああぅ」
「ぐっはああああ!」

 予期せぬ先制攻撃。しかも高威力。たったの一撃で二人は地面に倒れ、痺れて動けなくなってしまう。

(や、やはりレベルが違う……。異次元だ………)

 鈍りつつある意識の中で、範造はこれが修練による攻撃と理解した。同時に今できることは、この場から逃げて彼らの隠れ家を報告することだとも判断。
 しかし、衝撃を受けた二人を見てもハイドラとシザースは早々に任務を投げ出したりはしない。

「それがワタシたちの目的なのでね……!」

 構える。シザースは応声虫を使い、スマトラオオヒラタクワガタとパラワンオオヒラタクワガタを生み出し握る。ハイドラは、レーザーポインターのスイッチに指を伸ばす。

「シザース、回り込めるか?」
「やってみます」

 もう息を潜める必要はない。シザースが駆けた。すると開いたドアから、男が一人出てきた。

「誰だ?」

 修練である。この騒ぎを黙らせるためとは言え、過剰な戦力だ。しかし実は彼は、胸騒ぎを覚えていた。自分の目的達成の過程で、何か障壁となることが、起きる。そんな悪い虫の知らせだ。その嫌な予感の正体が、目の前で解決できるのなら越したことはない。

「オマエだな? 修練という人物は! 資料と同じ顔つきだ」
「そういう君は、何者だ? そのたくましい顔つきや背格好、やや歪な発音、そして何より醸し出す雰囲気……。明らかに日本人ではないようだが?」
「ワタシは、コードネーム・ハイドラ。覚えておけ、シュレン・テンノウジ! オマエを見つけ出し捕まえるためだけに、はるばる大陸を越え大海を越え大空を越え、ここまでやって来た……! その長い旅路、今この瞬間に終わらせよう……オマエを逮捕して!」
「素晴らしい自信だ。私が相手で良いのなら、面白い旅行の思い出を作らせてやろう……!」

 挨拶は軽く済ませ、戦闘に入る。シザースはこの時、大量のミツバチを応声虫で生み出していた。一匹一匹の力は弱いが、群れれば強大な敵にも立ち向かえる。日本のミツバチにはそれができると聞いたので、早速実践投入を行う。

「行け、虫たち! アイツを取り囲んで熱するのです!」

 一斉に修練目掛け飛ぶミツバチ。ターゲットである修練は、羽音とともに近づく大群を見ても聞いても慌てない。旋風に鉄砲水を乗せて吹かせ、一歩後ろに下がった。ちょうど台風の目の中にスッポリ入ると、それだけで十分防御ができた。ミツバチたちは吹雪く水滴に体を貫かれ、地面に落ちる。それらを風圧で潰し、動けなくする。

「無駄だ。数で押し切る作戦では、私を打ち負かすことはできない」
「でしょうね。この状態では誰もがそう思うでしょう。しかし?」

 シザースは何も一人で勝負するつもりはない。ハイドラに目で合図を送ると、それを受け取ったハイドラが、レーザーポインターのスイッチを押した。

「くらえ! シャドープラズマ!」

 素早い一撃だ。修練をして避けることができたのは、シザースの目線がほんの一瞬だが不自然に自分から離れたのを見逃さなかったからである。

「当たるのが怖いのか、シュレン?」
「そう……かもな」

 あからさまな挑発をするハイドラだったが、修練には効いてない。

(ここはもう一度、シザースに隙を作らせるか? だがこの男に同じ手が二度も通じるとはとても思えない、いいやそもそも一度目からして効果的ではなかった……)

 作戦の式を考えるのは重要だが、今はすぐに動かなければいけない状況。ハイドラは選択を迫られた。

(ここは、右から攻める。シザースには後ろに回り込ませよう、それで挟み撃ちだ)

 アイコンタクトを仲間に送る。すると修練が、

「今度は何だ? どういう作戦か?」

 反応した。彼は今、冷静に慎重にハイドラのことを深く観察している。息遣いや発汗の程度、眉毛の動き、顎の上下、瞬きの回数や眼球の挙動……それら全てを読み解き、相手の作戦を看破し、対処する。

(千里眼かコイツの目は!)

 驚くべきことは、そうしたジックリ見つめる仕草をこの状況……緊張が張り詰める戦いの場、しかも街灯が乏しく暗い夜にできていることだ。集中力も生半可なものではない。そうした事情もありハイドラは、これ以上シザースに合図を送り連携する戦い方を捨てざるを得なかった。

(だが! シザースなら! ワタシの求めるアシストが自発的にできるはずだ……!)

 二人の間の熱い信頼関係が、そう確信させる。

(このミッション……シュレンのことは、死なない程度であれば多少は傷を負わせても構わない、はずだ。派手にやってやろう!)

 そしてもう手を抜いて戦わない。全力で、立ち向かう。

「ヌオオオオオ!」

 ハイドラは大量の札を取り出し、ばら撒いた。これらは全て【神代】からもらった、霊魂の札である。ここで霊障合体・雷撃砲弾を使うのだ。解き放たれた霊魂は雷を帯び、放電する。

「なるほど……」

 伸ばしていた腕を折り畳む修練。相手が札を何枚持っているかわからない以上、無理に雷撃砲弾を破壊しても、こちらの体力が消耗するだけで意味がない。ここはただ彼らを倒すだけではなく、居場所が暴かれたために逃げる必要もあるのだ。

「ここは、こうだ」

 修練も電霊放を使う。スマートフォンの電源を用いて放電する。

「そう来たか…! ならば!」

 ハイドラも電霊放で応戦。二人が放つ眩い稲妻がぶつかり、周囲が激しく照らされ光る。

「ウググググブ……!」

 強い。電霊放同士が触れただけでわかる。相手の技量は、ハイドラよりもはるかに上だ。このままでは押し切られる。そう思うと鳥肌が立ち。汗が噴き出る。
 対する修練には、焦りが全く言葉や表情に表れていない。

「……確か、ハイドラと言ったな? どうした、この体たらくは? さっきまでの意気込みを感じさせない弱さだ」
「言ってくれるな、シュレン……!」

 悔しいが、当たっている。徐々に修練の黒い電霊放が、ハイドラのそれを引き裂き迫りつつある。

「加勢します!」

 しかしここで、シザースが修練に向けて電霊放を撃ち込んだ。ハイドラの雷撃砲弾の設置によって、修練の行動範囲は大幅に狭まった。しかも今はハイドラと電霊放の撃ち合いの最中だ、足一歩すら動かせないはず。

「挟み撃ちか。まあ悪くはないな」

 シザースの電霊放に対しても、修練は左手で腰に付けている万歩計を外し握りしめ、二発目の電霊放を向ける。

「な、何と! ワタシとシザースの相手を同時にするつもりかのか!」

 いや、逆に相手をできていないのはハイドラとシザースの方だった。電霊放を押し返せないのである。

「もう終わらせよう。君たちがここに来てしまったせいで、私たちは忙しくなってしまったのでね…」

 一気に力を解放し、二人を撃ち飛ばす。

「グハッ!」
「ナアアオオオオッ………」

 黒い電霊放が体に直撃した。激しい痺れと鋭い痛みに同時に襲われ、耐えられず地面に倒れる。

(だ、だが……。まだ、負けられない……)

 ハイドラは思った。ここで終われば、一体何のためにはるばる日本まで来たのだろうか。そしてそれはシザースも同じだ。今まで学んだ技術・培った知識は意味がなかったのか。
 体は思うように言うことを聞かないが、頭と心は諦めていない。
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