第9話 金色の導き その1

文字数 2,326文字

 名古屋にある、【神代】の予備校の学生寮。ここに今、紫電と雪女は来ている。借りたマイクロバスにはサイコが残る。

「【神代】の情報によれば、左門とかいう馬鹿はここに」

 まさか病射も朔那も、社会人が学生寮に匿われていることは思いつけないだろう。

「でも、本当に連れ出して大丈夫? だって、復讐のターゲットにされてるんだよね?」
「皇の四つ子も一緒なら、大丈夫だろう。アイツらはかなり信頼できる」
「私はよくわからないけど……。まあ、きみが言うなら」

 雪女は、彼女たち四人の強さに関して噂しか聞いたことがない。しかし紫電が太鼓判を押すので、信じてみる。

「だけどさ、その四つを子まずは説得しないといけないね」
「そうだな。頑なだろうから」

 早速寮に入り、左門が閉じこもっている部屋の前まで行く。

「おや? 随分と珍しい者じゃな?」

 紫電と雪女が近づいてきたので、廊下にいた皇緋寒は二人に気づく。

「久しぶりだな、緋寒。元気そうで何よりだぜ」
「そなたこそ! 福島では大変だったらしいな。わちきたちは駆け付けられんかった……」
「解決したからもうどうでもいいが、春先に事件を起こさないで欲しい」

 世間話を短く済ませると、紫電は、

「上杉左門、いるんだろここに。会わせてくれねえか?」
「何故じゃ?」
「ちょっと用があって」
「その、用件を聞いておる!」

 言えない場合、会わせる気は緋寒にはない。

「事態が解決するまで……鉾立朔那が確保されるまでは、できれば危険は冒したくない」

 もっともな言い分だ。

「で、どういう用事が?」
「その、ちょっと散歩を一緒にしようと思ってな」
「青森在住のそなたがどうして? 名古屋の観光案内なら、わちきの妹たちに任せられるが?」
「いやいや、人に頼まれて左門に用があって……」
「それ、朔那ではないだろうな?」
「まさか、だろ!」

 どこまで行っても話は平行線だ。痺れを切らした雪女は、

(もうさ、言っちゃった方が早いよ……)

 と思い、

「緋寒、聞いて。私たちはね、朔那に左門を会わせたいんだ」
「は?」

 大きな声で驚く緋寒。数秒、廊下は沈黙に包まれた。

「朔那は確かに、左門に復讐したいって思ってる。でも、肝心の左門はどうなの? 朔那に言うべきことがあるんじゃないかな? 謝って解決できるんなら、それが一番いいよ」
「無理言うな、雪女! 復讐したがっておるヤツにターゲットを会わせたら……。起こるべきことは一つしかないだろう!」

 間違いなく、朔那は左門を殺しにかかるだろう。今【神代】が絶対に避けたいことである。

「もうちょっとマシな考えができる頭を持っていると思っておったぞ……」

 呆れた緋寒はそんなことを言う。

「それは、わかってる。かなり無茶な要求だってことは」
「なら!」
「だけど、この事件を根幹から解決するには、それしかないよ。ここで私の仲間たちが朔那と病射を捕まえたとしても、怨みの連鎖は終わらない。きっといつまでも左門を恨み続けるよ。場合によっては生霊が出て来るかも」
「生霊なら大丈夫じゃ。【神代】の精神病棟には結界が張られておるから、絶対に飛ばせんよ」
「そうじゃなくて……」

 雪女はどうにか、緋寒を説得したかった。辻神との約束を果たしたいからだ。でも緋寒も【神代】からの任務があるので、私情を捨てて事務的に応じる。

「無茶なものは無理じゃ!」
「不可能を可能にして」
「あのな……!」

 雪女でも説得ができなさそうだ。今度は紫電が、

「もういい、雪女。緋寒と話していたら、約束が間に合わなくなる!」
「え、でも……」

 緋寒を無視してドアを叩く。

「おい、左門! 聞こえてるだろ! 返事しろ!」

 同時に大きな声で叫ぶ。

「左門! お前に心があるんなら、俺の言葉を聞け!」

 彼は緋寒ではなく左門本人を説得することを選んだのだ。

「紫電……」
「無理じゃな。そもそも謝罪の意があるなら、最初から謝ることを選べておるはず!」

 緋寒も左門の過去は上層部から聞いた。正直なところ、朔那と弥和に関係している部分ではあまり良い人とは言えないという感想を抱いた。しかしそれでも、守るべき者は守らなければいけない。

「よく聞け、左門! お前の中に善良心があるのなら! 朔那と和解するのは、これが最後のチャンスなんだぞ! 心は痛まないのか! 相手を不幸にして自分は幸せを掴む、それで本当にいいのか! 罪の意識は何もないって言うのか!」

 返事はまったく聞こえない。もしかしたら眠っていて、何も聞いてないかもしれない。それでも紫電は語り続けた。

「お前の心に正直になってくれ! 過去から逃げるな!」

 何度でも叫んだ。しかし反応がない。

「紫電、そなたの気持ちは痛いほどわかる! 過去のしがらみを解消するには、被害者も加害者も前向きにならなければいけないのであろう。だが、ここまで頑なでは無理じゃ……」
「………」

 諦めたくなかった。辻神との約束もあるし、だいいち紫電は紫電でこの事件を解決したいのだ。

(緑祁は病射を止める。辻神は朔那だ。だとしたら溢れた俺の役目は、左門を改心させて朔那に謝罪させること! だったが……)

 これ以上粘っても、無意味。紫電は悟った。今の今まで、左門からは何のリアクションもない。

「……やるべきことはやったんだ、紫電。これはもうしょうがないよ、本人は保身に回っちゃったんだから。辻神に報告しないと」
「そうだな……」

 雪女がスマートフォンを取り出し、電話をかける。

(済まない! 許せ辻神……。俺の力及ばずだった………! お前の力に、俺はなれないみたいだ……)

 紫電は頭を下げて目を瞑った。長居する気はないので、もうここから帰ろうと二人はする。
 しかし、その時だった。ギギィッとドアが開く音がしたのだ。
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