導入 その2

文字数 2,894文字

 一見すると鬼火で藁人形を焼いてしまえばいいと感じるが、それだけはできない。藁人形が燃えないからではない。あの人形に何か手を加えると、それは呪いたい対象に跳ね返るのだ、燃やせば閻治の体が燃える。だから旋風で切り裂くことも不可能だ。

(藁人形を傷つけずに法積を倒す! 我輩にはそれができる!)

 しかし今はその頃合いではない。

「どうした閻治ぃ! このまま降参か? らしくないなあ? 【神代】も随分と落ちぶれたもんだ、俺程度の霊能力者に負けるなんてよ~」
「我輩が負けるだと? それは違うな」
「ん、何が違うって? 現に今、お前は俺の呪縛のせいで手も足も出ない! 両方とも俺が踏んづけているせいで、上げることすらできないだろうが?」

 勝ち誇った顔の法積。この状況に落としてしまえば、勝利を確信しない方が無理だ。
 でも勝負を諦めていないのは、閻治も一緒。

「できるとしたら、貴様は驚くだろうな」
「できるだと? んなわけ……」

 法積の言葉が途中で途切れた。
 なんと園児は立ち上がったのだ。

「ば、馬鹿な? 呪縛は継続中だぞ? 体を思うように動かせるわけが……」
「地に這いつくばっておったのはな、立ち上がれないからではない。立つ意味がなかったからだ」

 この時になって法積は気が付いた。

「ない! 何でないんだ、藁人形が!」

 確かにさっきまで踏んづけていたはずの人形が、姿を消している。

「あるぞ、ここに」

 それを閻治が持っていた。

「馬鹿な? どうやってお前……」

 もう片方の手に、答えがあった。

「応声虫だ。ケラを生み出し穴を掘らせて地下を進ませ、貴様の藁人形を持って来てもらったのだ。これさえこっちにあれば、形勢逆転だ」

 そして閻治も呪縛を使えるので、今藁人形をひねればそれは法積にダメージとして跳ね返る。

「こんなことが、応声虫ごときに……!」
「強くなる秘訣を特別に教えてやろう。それは簡単、何事も舐めてかからないことだ」
「あり得ない! これは、おかしい……」

 法積はマイナスな発言をする。それに閻治は違和を抱く。

(口ではそう言うが、目の中の炎は嘘を吐かん。まだ何かあるな?)

 卒塔婆に貼ってある札だ。

(まだ閻治には、俺が予めセットしておいた札はバレてない! 霊魂を発射して藁人形を叩き落として取り返す!)

 ちょっと霊気を強めれば、それは発射される。閻治の背中に向かって音もなく飛ぶ霊魂。

「そこだ!」

 瞬間閻治は振り向き、自分に向かって飛ぶ霊魂に藁人形を突き出した。

「ぐわああああ!」

 霊魂が藁人形に当たる。呪縛が発動し、法積の体が数メートル後方に吹っ飛んだ。

「勝負あったな、法積! これで貴様の敗北だ」

 指をパチンと鳴らすと、小さな鬼火が墓地中の卒塔婆に貼り付けられた札だけを燃やした。これで霊魂の発射はもう不可能だ。

「追い詰められている? 俺が?」

 こんなことは予想していなかった。パニックに陥る法積。

「我輩に挑んだ貴様の覚悟に免じて、今日のことはなかったことにしてやる。もう帰るんだな。これ以上ここで諍いを続けることは、死者への冒涜に過ぎん。それは【神代】の誰も望んでいないことだ」

 閻治は相手に情けをかけ、見逃してやるつもりなのだ。

(そもそも祖父がいけないことだった。確かに相手を死に追いやったのは許容できんが、それでも警告や適切な処罰で終わらせればそれで………)

 だが、諦めない心を持っているのは法積も同じ。
 彼はとある石をポケットから取り出した。

「貴様……! それは、死返(まかるがえし)(いし)! まさかここで」
「おう、そうだとも! 俺はお前に勝てない。でも死者ならどうだ? ここで死返を使って蘇らせ、戦わせればいいだけだ! だから墓場を舞台に選んだんだよ、俺は!」

 彼が今行おうとしているのは、禁霊術(きんれいじゅつ)(カエリ)』。これは死者を蘇らせる術だ。
 けれどもその死者の蘇生は、その名の通り【神代】において禁じられている術だ。死者の魂がもう一度生を得ることは、あってはいけないのである。法積は今、怒りとパニックに陥った結果その禁忌を犯そうとしているのだ。

(……法積を止めるには、一つしかない!)

 閻治は閃き、言った。

「許してやろう、貴様の父親のこと」
「え……?」

 その言葉に法積の動作が止まる。

「貴様に禁忌を犯させたくないという感情がある。それに、【神代】が過去に間違ったことをしたのであれば、謝罪するべきとも考える。ならばたどり着く結末は一つ。罪を許すことだ」

 閻治は振り向いて法積に背中を見せた。

「おい、そんな嘘に惑わされる俺じゃないぞ! 今も反撃の機会を狙ってんだろう? さあこっちに向き直れ!」
「もう戦う意味はない」

 一蹴する閻治。

「だったら俺が!」

 でも法積には、晴らしたい無念がある。だから手に持つ死返の石に念じて死者蘇生を行おうとした。
 が、

「うう……」

 手が動かないのだ。まるで誰かに押さえつけられているかのようだ。そしてそれは、彼の父親である気がした。

「法積、それだけはしてはいけないよ」

 父の幻覚が微笑み、そう法積に囁いた。

「うわあああああ!」

 彼はその場に泣き崩れた。父親は復讐など望んでいなかったのだ。それがわかったから、膝が勝手に崩れて涙が流れたのである。


「これで間違いない」

 後日閻治と法積は、集団墓地にいた。【神代】の罪人たちの骨はこの墓地に、骨壺ごと埋葬される。ちゃんと許可を取って掘り返し、法積の父親のを彼に返却したのだ。

「親父……」

 手渡された骨壺は小さい。生きている間は大きく見えた父親だが、今は両手で持てるほどに軽くなってしまっている。

「我輩の父に話をつけた。【神代】は過ちを認め、貴様の父に恩赦を与えることなった」

 かなり特別な処置だ。でも【神代】も過去のことを再調査し、当時の処罰が不適であることを認めたのである。
 七川の運転する車に二人は乗り込んで、白鳳家の墓まで移動する。寺院の住職には事前に連絡を入れてあり、正しい墓に納骨することになった。

「親父……。俺の家の墓だよ。帰って来たんだよ」

 もちろん返事はないが、彼の中で父親が笑ったような気がした。
 納骨の指揮を執ったのは閻治だ。

「安らかに眠れ、死した者の魂よ。我ら【神代】が犯した過ちは、二度と繰り返さない。黄泉の国へどうか、召されてくれ」

 法積も七川も合掌し、父親の霊を弔った。
 帰り道で法積は閻治に言った。

「俺が間違ってた。復讐なんてしても意味がない。閻治、お前に挑んだ俺を裁いてくれ」

 予想外の懇願だ。でも閻治、

「する必要がない」

 と断る。彼からすれば墓場での一戦も、ただの鍛錬に過ぎない。そしてそう考えると法積は、彼の修行に協力した人間でしかないのだ。

「お願いだ、罰をくれ。そうじゃないと親父に顔を向けられないんだ」

 これで引き下がる法積でもなかった。
 仕方なく閻治は彼が持つ、死返の石を指差して、

「じゃあそれは没収だ。貴様には絶対に、禁霊術は使わせん」

 罰と称してその石を取り上げ、地面に叩きつけてさらに踏んで壊す閻治。

「これで仕置き終了。もうこの一件は問わんぞ」

 法積も納得したので、閻治に感謝の意を述べると帰っていった。
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