第8話 意外な抜け道 その4
文字数 3,490文字
「………ん…」
緑祁は目覚めた。腕に通していた数珠が千切れている。
(何だろう……?)
彼の側に何かがいる。邪産神ではないらしいし、人でもない。式神だ。[ライトニング]と[ダークネス]が、緑祁の窮地に駆け付けてくれたのだ。香恵が向かわせてくれたのかもしれない。
(そうか。僕の命の代わりに数珠が! まだ、死んではいない!)
まだ、邪産神を倒すチャンスがある。自分だけの力では敵わないと判断した緑祁は、[ライトニング]と[ダークネス]の力を借りるつもりだ。
横になった状態でゆっくりと周囲を見回す。邪産神は側にはいない。
「な、何だコイツは!」
「強い! 強過ぎる!」
「一旦下がれ! 間合いを取れ!」
だが仲間の大声で状況を察知する。邪産神が仲間の方に向かったのだ。もっとよく目を凝らせばその後ろ姿が見えた。
「どうした人間ども? さっきまでの威勢は?」
「クソ……!」
追い詰められている辻神や聖閃たちの姿もある。幸か不幸か、倒れているのは緑祁だけだった。
「[ダークネス]……! 堕天闇だ。アイツはまだ向こうを向いているから、今なら簡単に当てられる! [ライトニング]は僕と一緒に動こう!」
立ち上がり、邪産神のことを睨む。仲間の命は絶対に奪わせない。
[ダークネス]が静かに堕天闇を繰り出した。幸運なことにこちら側には明かりがなく、その動きを見ている人は緑祁だけだ。
「じゅがああ!」
堕天闇が当たった邪産神は、その衝撃で転んだ。直後に立ち上がると同時に後ろを向き、
「何だと? お前はもう殺したはずだ……!」
緑祁のことを見た。信じられないと言いたげな表情だ。
「今だ、[ライトニング]!」
緑祁の指示を受け、精霊光を出す[ライトニング]。その光が周囲を照らし出すと、流石の邪産神もマズいことを察知した。
「この俺を……。倒すつもりか、人間め! その光を使って、勝つつもりなのか!」
すぐに機傀で鏡を作る。邪産神は、光なら鏡で跳ね返せるのではないかということを本能的に閃いたのだ。
発射される精霊光。邪産神はまずは[ライトニング]を倒すべく、彼女に鏡を向けた。精霊光を反射させて撃ち返すのだ。
「そうはさせないぞ!」
だが緑祁も黙っていない。火災旋風を繰り出し邪産神に攻撃する。
「無意味だな、人間よ……。お前の霊障なんぞ、痛くも痒くもない」
「そうかな?」
もしこの一撃が邪産神を狙ったものなのなら、邪産神の言う通りだろう。火傷しても体を削られても、すぐに治癒できる。
(僕の狙いはそれじゃない! その手に持っている、鏡だ!)
赤い渦が精霊光より先に鏡に当たった。
「ふん、この程度の攻撃で叩き落とせるとでも思ったか?」
ガッチリと掴んでいる。そして眼前に迫ってきた精霊光を鏡で跳ね返そうとした。
だが、
「うぐおおおおおおおおかあああああああああ!」
失敗した。精霊光は邪産神に直撃し、凄まじい一撃が決まった。一瞬で体がバラバラに。
「な、何故だ………」
邪産神の着眼点は良かった。精霊光は光の現象なので、鏡で反射できるし空気の歪みで軌道も変えられる。それなのにどうして跳ね返せなかったのか。答えは邪産神と共に地面に落ちた、割れた鏡にあった。
「焦げて……いるだと? 錆びついただと……!」
作り出した鏡はピカピカだった。でも焦げ目がついてしかも錆びている。これでは光を反射できない。そしてその原因を作ったのは、
「あの人間か!」
緑祁の火災旋風だ。
「[ダークネス]! 邪産神の体の破片を潰してくれ!」
堕天闇ならそれができる。影が伸び、それが邪産神の破片に当たるとそれを潰した。同時に緑祁も火災旋風と台風で除霊する。
「これで勝ったと思うな、人間め……」
再生すればまだ状況を建て直せる。だがそれが難しい。ならばどうするか。
「うわ、何だ、一体!」
コピーの邪産神を呼んだ。偽物たちに時間稼ぎをさせるのだ。それに数では邪産神の方が勝っているし、それを利用した人海戦術で押せている。
「くっ……。この数はマズい! みんなは?」
他の仲間たちは生きている。だが、この邪産神を倒せるチャンスに赴けるほどの気力も体力もない。
「どこを見ている?」
「ぐああ!」
邪産神が雪の氷柱を発射し、緑祁の足に突き刺した。
(あんな状態でも霊障を使って来る! しかも段々、体が元通りになっていく! や、ヤバい!)
腕を動かそうとした緑祁だったが、後ろから手首を掴まれた。邪産神のコピーだ。
「ウゴクナ。ジャマヲスルナ」
「いててててて!」
そのまま後ろに引っ張られ上に持ち上げられ、動かせない状態に。
「思い上がるなよ、人間。お前たちは俺に殺される。変えようがないことだ、どんなことが起きてもな!」
上半身の修復は終わった。徐々に下半身が再構築されていく。
「さあ、絶望しろ! お前も味わえ、命を奪われる恐怖を!」
あっという間に爪先まで回復。そして邪産神は氷柱を握り、動けない緑祁に切りかかる。
(だ、駄目なのか……!)
諦めの感情が緑祁の頭の中に生まれた。その時、雷が光った。
「人間ども……。まだいやがったのか……!」
青白い稲妻だ。それが集束して邪産神に命中、貫通する。
「まさか、紫電か!」
このタイミングで、フェリー組が到着したのだ。
「待たせたな、お前ら! 情報は聞いている。みんな、コイツらをぶちのめせ!」
ここに来て体力も気力も十分に残っている、大量の霊能力者が出現。彼らは強く、邪産神の群を片っ端から除霊してしまう。
「大丈夫か、緑祁?」
紫電が緑祁を縛る邪産神を電霊放で撃ち抜いた。
「ああ、助かったよ! ありがとう、紫電!」
「今は頭下げてる暇じゃないぜ」
紫電だけじゃない。雪女もいて、香恵と山姫と合流している。病射や朔那もいる。賢治や柚好もだ。
「緑祁!」
香恵が緑祁に駆け寄り、傷ついた体に慰療を使った。
「ありがとう。これでまだ僕も戦える!」
「あんまり無理しないで……。今は紫電たちに任せて、少し休んで!」
「で、でも!」
この時、[ライトニング]が嘶いた。誰かが勘違いし、彼女たちに霊障を使ったらしいのだ。敵と誤認された[ダークネス]は反撃しようとしたが、相手が人間であることを認識したので手が出せない。しかし人語を喋れないので弁明できず、また霊障が飛んで来る。
「[ライトニング]と[ダークネス]を仕舞いましょう、緑祁。勘違いで破壊されたら、たまったものではないわ」
「そうだね。彼女たちもよく頑張った! 今、呼び戻すよ」
札に式神を仕舞う。それは単純な行為ではあるが、ある者にとってはかなり重要だった。
「そこだ………!」
本物の邪産神は、突如立ち上がって緑祁に駆け寄ると、
「な、何だ……?」
「危ない、緑祁! 香恵!」
山姫の火炎噴石すらもくぐり抜けると、何と[ライトニング]と[ダークネス]の札に飛びついたのだ。
「何が起こっているんだ………?」
邪産神の体が一瞬で消えた。札に吸い込まれたようにも見える。
「まさか、式神の札の中に潜り込んだ……? 慶刻の話が正しければ、邪産神は札の中に入れることができるらしいけど……」
「そんな馬鹿な?」
しかしその話を信じるしかない。
「緑祁、その札を捨てて! 今ぼくが、札を壊して除霊してやるワ!」
「だ、駄目だよ山姫! この札には僕の大切な仲間が……!」
「そ、そうなの……? あ、そう言えば……。でも、それじゃあ……」
これも邪産神の狙いだ。式神の札なら、緑祁が壊すはずがない。その中に潜めば、都合の良いタイミングまで待つことができる。あわよくば、[ライトニング]と[ダークネス]のチカラを手に入れようという魂胆でもあるのだろう。さらに緑祁たちはその札を破ることができない。
戦場は、幕を閉じようとしていた。あれだけ大量にいた邪産神の数がドンドン減っている。
「とぅりゃあああ!」
彦次郎が邪産神を霊障合体・雪桜 ……雪で植物を生み出し操る技で切り刻んだ。彼の背中にまた別の邪産神が迫るが、ソイツには進市が、
「おりゃあああお!」
推進流撃で叩き潰す。
「どうだ?」
周囲を見回すみんな。立っているのは霊能力者だけだ。
「やった! 勝ったぞ!」
勝利を確信し、聖閃が叫んだ。救命ボート組の三分の二が、命繋ぎの数珠を切ってしまった。それくらいにギリギリの戦いだった。
「邪産神はこの世から消えた! 僕たちの勝利だ!」
みんな、ワーワーと叫んでいる。だが緑祁の顔は真っ青だ。
「ど、どうすればいい? [ライトニング]と[ダークネス]の札の中に、邪産神が……」
見ていた香恵と山姫も、話を聞いた紫電と雪女も、何もできない。
緑祁は目覚めた。腕に通していた数珠が千切れている。
(何だろう……?)
彼の側に何かがいる。邪産神ではないらしいし、人でもない。式神だ。[ライトニング]と[ダークネス]が、緑祁の窮地に駆け付けてくれたのだ。香恵が向かわせてくれたのかもしれない。
(そうか。僕の命の代わりに数珠が! まだ、死んではいない!)
まだ、邪産神を倒すチャンスがある。自分だけの力では敵わないと判断した緑祁は、[ライトニング]と[ダークネス]の力を借りるつもりだ。
横になった状態でゆっくりと周囲を見回す。邪産神は側にはいない。
「な、何だコイツは!」
「強い! 強過ぎる!」
「一旦下がれ! 間合いを取れ!」
だが仲間の大声で状況を察知する。邪産神が仲間の方に向かったのだ。もっとよく目を凝らせばその後ろ姿が見えた。
「どうした人間ども? さっきまでの威勢は?」
「クソ……!」
追い詰められている辻神や聖閃たちの姿もある。幸か不幸か、倒れているのは緑祁だけだった。
「[ダークネス]……! 堕天闇だ。アイツはまだ向こうを向いているから、今なら簡単に当てられる! [ライトニング]は僕と一緒に動こう!」
立ち上がり、邪産神のことを睨む。仲間の命は絶対に奪わせない。
[ダークネス]が静かに堕天闇を繰り出した。幸運なことにこちら側には明かりがなく、その動きを見ている人は緑祁だけだ。
「じゅがああ!」
堕天闇が当たった邪産神は、その衝撃で転んだ。直後に立ち上がると同時に後ろを向き、
「何だと? お前はもう殺したはずだ……!」
緑祁のことを見た。信じられないと言いたげな表情だ。
「今だ、[ライトニング]!」
緑祁の指示を受け、精霊光を出す[ライトニング]。その光が周囲を照らし出すと、流石の邪産神もマズいことを察知した。
「この俺を……。倒すつもりか、人間め! その光を使って、勝つつもりなのか!」
すぐに機傀で鏡を作る。邪産神は、光なら鏡で跳ね返せるのではないかということを本能的に閃いたのだ。
発射される精霊光。邪産神はまずは[ライトニング]を倒すべく、彼女に鏡を向けた。精霊光を反射させて撃ち返すのだ。
「そうはさせないぞ!」
だが緑祁も黙っていない。火災旋風を繰り出し邪産神に攻撃する。
「無意味だな、人間よ……。お前の霊障なんぞ、痛くも痒くもない」
「そうかな?」
もしこの一撃が邪産神を狙ったものなのなら、邪産神の言う通りだろう。火傷しても体を削られても、すぐに治癒できる。
(僕の狙いはそれじゃない! その手に持っている、鏡だ!)
赤い渦が精霊光より先に鏡に当たった。
「ふん、この程度の攻撃で叩き落とせるとでも思ったか?」
ガッチリと掴んでいる。そして眼前に迫ってきた精霊光を鏡で跳ね返そうとした。
だが、
「うぐおおおおおおおおかあああああああああ!」
失敗した。精霊光は邪産神に直撃し、凄まじい一撃が決まった。一瞬で体がバラバラに。
「な、何故だ………」
邪産神の着眼点は良かった。精霊光は光の現象なので、鏡で反射できるし空気の歪みで軌道も変えられる。それなのにどうして跳ね返せなかったのか。答えは邪産神と共に地面に落ちた、割れた鏡にあった。
「焦げて……いるだと? 錆びついただと……!」
作り出した鏡はピカピカだった。でも焦げ目がついてしかも錆びている。これでは光を反射できない。そしてその原因を作ったのは、
「あの人間か!」
緑祁の火災旋風だ。
「[ダークネス]! 邪産神の体の破片を潰してくれ!」
堕天闇ならそれができる。影が伸び、それが邪産神の破片に当たるとそれを潰した。同時に緑祁も火災旋風と台風で除霊する。
「これで勝ったと思うな、人間め……」
再生すればまだ状況を建て直せる。だがそれが難しい。ならばどうするか。
「うわ、何だ、一体!」
コピーの邪産神を呼んだ。偽物たちに時間稼ぎをさせるのだ。それに数では邪産神の方が勝っているし、それを利用した人海戦術で押せている。
「くっ……。この数はマズい! みんなは?」
他の仲間たちは生きている。だが、この邪産神を倒せるチャンスに赴けるほどの気力も体力もない。
「どこを見ている?」
「ぐああ!」
邪産神が雪の氷柱を発射し、緑祁の足に突き刺した。
(あんな状態でも霊障を使って来る! しかも段々、体が元通りになっていく! や、ヤバい!)
腕を動かそうとした緑祁だったが、後ろから手首を掴まれた。邪産神のコピーだ。
「ウゴクナ。ジャマヲスルナ」
「いててててて!」
そのまま後ろに引っ張られ上に持ち上げられ、動かせない状態に。
「思い上がるなよ、人間。お前たちは俺に殺される。変えようがないことだ、どんなことが起きてもな!」
上半身の修復は終わった。徐々に下半身が再構築されていく。
「さあ、絶望しろ! お前も味わえ、命を奪われる恐怖を!」
あっという間に爪先まで回復。そして邪産神は氷柱を握り、動けない緑祁に切りかかる。
(だ、駄目なのか……!)
諦めの感情が緑祁の頭の中に生まれた。その時、雷が光った。
「人間ども……。まだいやがったのか……!」
青白い稲妻だ。それが集束して邪産神に命中、貫通する。
「まさか、紫電か!」
このタイミングで、フェリー組が到着したのだ。
「待たせたな、お前ら! 情報は聞いている。みんな、コイツらをぶちのめせ!」
ここに来て体力も気力も十分に残っている、大量の霊能力者が出現。彼らは強く、邪産神の群を片っ端から除霊してしまう。
「大丈夫か、緑祁?」
紫電が緑祁を縛る邪産神を電霊放で撃ち抜いた。
「ああ、助かったよ! ありがとう、紫電!」
「今は頭下げてる暇じゃないぜ」
紫電だけじゃない。雪女もいて、香恵と山姫と合流している。病射や朔那もいる。賢治や柚好もだ。
「緑祁!」
香恵が緑祁に駆け寄り、傷ついた体に慰療を使った。
「ありがとう。これでまだ僕も戦える!」
「あんまり無理しないで……。今は紫電たちに任せて、少し休んで!」
「で、でも!」
この時、[ライトニング]が嘶いた。誰かが勘違いし、彼女たちに霊障を使ったらしいのだ。敵と誤認された[ダークネス]は反撃しようとしたが、相手が人間であることを認識したので手が出せない。しかし人語を喋れないので弁明できず、また霊障が飛んで来る。
「[ライトニング]と[ダークネス]を仕舞いましょう、緑祁。勘違いで破壊されたら、たまったものではないわ」
「そうだね。彼女たちもよく頑張った! 今、呼び戻すよ」
札に式神を仕舞う。それは単純な行為ではあるが、ある者にとってはかなり重要だった。
「そこだ………!」
本物の邪産神は、突如立ち上がって緑祁に駆け寄ると、
「な、何だ……?」
「危ない、緑祁! 香恵!」
山姫の火炎噴石すらもくぐり抜けると、何と[ライトニング]と[ダークネス]の札に飛びついたのだ。
「何が起こっているんだ………?」
邪産神の体が一瞬で消えた。札に吸い込まれたようにも見える。
「まさか、式神の札の中に潜り込んだ……? 慶刻の話が正しければ、邪産神は札の中に入れることができるらしいけど……」
「そんな馬鹿な?」
しかしその話を信じるしかない。
「緑祁、その札を捨てて! 今ぼくが、札を壊して除霊してやるワ!」
「だ、駄目だよ山姫! この札には僕の大切な仲間が……!」
「そ、そうなの……? あ、そう言えば……。でも、それじゃあ……」
これも邪産神の狙いだ。式神の札なら、緑祁が壊すはずがない。その中に潜めば、都合の良いタイミングまで待つことができる。あわよくば、[ライトニング]と[ダークネス]のチカラを手に入れようという魂胆でもあるのだろう。さらに緑祁たちはその札を破ることができない。
戦場は、幕を閉じようとしていた。あれだけ大量にいた邪産神の数がドンドン減っている。
「とぅりゃあああ!」
彦次郎が邪産神を霊障合体・
「おりゃあああお!」
推進流撃で叩き潰す。
「どうだ?」
周囲を見回すみんな。立っているのは霊能力者だけだ。
「やった! 勝ったぞ!」
勝利を確信し、聖閃が叫んだ。救命ボート組の三分の二が、命繋ぎの数珠を切ってしまった。それくらいにギリギリの戦いだった。
「邪産神はこの世から消えた! 僕たちの勝利だ!」
みんな、ワーワーと叫んでいる。だが緑祁の顔は真っ青だ。
「ど、どうすればいい? [ライトニング]と[ダークネス]の札の中に、邪産神が……」
見ていた香恵と山姫も、話を聞いた紫電と雪女も、何もできない。