第4話 悪の精神 その1
文字数 3,396文字
次の朝、香恵たちが泊っているホテルに訪問者があった。
「皇の四つ子じゃ」
詳しい情報は昨晩の内に【神代】でも共有された。緑祁が香恵のことを狙っているとわかれば、【神代】としては護衛を派遣しその歪んだ目的を阻止する。それが皇の四つ子の役目だ。
「任せておれ、香恵! 緑祁ごときではわちきらには勝てぬ」
皇緋寒は自信満々に言ってのける。妹たちもすぐに香恵のガードにつく。
「頼りにしてるわ……」
香恵としては、複雑な気持ちだ。緑祁が自分のことを求めるのは、まだ理解できる。しかし殺されるかもしれないとなれば、それは嫌だ。
「大丈夫ですわ。皇の四つ子に加えてワタクシたちがいますもの! 絶対に香恵さんには、手も足も出させませんわよ!」
育未たちもこのホテルに残って防衛に回るのだ。
「他には誰がここに来る? そういうことは聞いてる?」
雛臥が皇紅華に尋ねた。すると、
「……氷月兄弟、彩羽姉妹はもう来ておるよ。他にも四つのチームが……」
「そんなに?」
緑祁一人相手に、どうしてそんなに人員がいるのだろうか。
「【神代】はな、どちらかというと怒っておる。今まで【神代】に尽くしてくれた緑祁が、背信行為をしでかしたのだから無理もないぞ」
手を噛んだ飼い犬に激怒しているのだ。
「その五つのチームの中に、辻神のグループはいるの?」
「辻神? ああ、あの。悪いがそれは聞いておらん……」
少しだけ期待していた。俱蘭辻神なら、緑祁のことを説得できるかもしれないと香恵は思ったのだ。
「せめて、紫電がいれば違うんだろうけど……」
一番緑祁を止められる可能性があるのが、紫電だ。緑祁のことをライバル視している彼なら、喜んで戦いに出るだろう。
しかし彼は今、旅行で関西にいる。他の人よりも移動に時間と金がかかるため、それに休暇中に呼び出されたら意欲も下がるため、【神代】は彼に声をかけなかった。
「今いる人員で何とかしよう! 緋寒、その五つのチームをここに集めることはできる?」
「んむむ。できなくはなさそうじゃが……。ここで話し合った作戦通りに動いてくれるかどうかはわからんぞ?」
緋寒はその提案をやんわりと拒否。霊能力者が遠くの地からここに集まるというだけでも怪しい。香恵が隠れているこのホテルのことを緑祁に勘付かれるかもしれないことを考えれば、頷けない。それに、派遣された人たちが全員、緑祁と知り合いというわけでもないのだ。
「別に、一緒に緑祁を捕まえようって言いたいんじゃないわ。出没するだろう場所に心当たりがあるから、そこに向かって欲しいのよ」
「それなら、霊能力者ネットワークでわちきが連絡をしておこう。で、どこじゃ?」
「歴史的な場所だ。緑祁はそこに現れる。昨晩は仙台城跡に出た――」
「寄霊の時と同じじゃな? そういう性質があるらしいな」
だから、やみくもに先代の町を探すのではなく、目星をつけて捜索するべきだ、と絵美は言う。
「そうなら、人数が増えるのはむしろいいことか? 育未、仙台の遺跡や石碑はもっと心当たりはないのかい?」
「ありますわよ」
昨日とは違って、色々候補を挙げる育未。他のチームに連絡し、そこに向かってもらう。
「でも一つだけ、気を付けるべきことが……」
骸が言った。それは、今の緑祁は命を平然と奪う行動に出ることだ。
「それはかなり危険じゃな……」
皇赤実は考え込む。寄霊の時は、石碑の破壊こそしたものの殺人までは犯さなかった。それが今や、悪魔に憑依され何ならそれに変貌したようだ。
「でも、勝てないわけではないわ」
「どういうことじゃ、それ?」
絵美の発言に皇朱雀が疑問を投げかける。
「まず一に、今の緑祁には式神がないわ。昨日、刹那と雛臥が取り上げたから。[ライトニング]と[ダークネス]さえいなければ、理不尽な破壊力と戦力の増強はないはずよ! それに、怪我をしていること」
「怪我? それがどうして、わたしたちが有利になり得る?」
「今までは緑祁が傷つくと、香恵が慰療で治していたわ。でも今回はそうじゃない。香恵はここにいて、緑祁と一緒じゃない。そして緑祁は慰療は使えない。昨日負った怪我は回復できていないわ!」
具体的には、右肩と左手だ。既に負傷している状態で、緑祁は新たな霊能力者と対峙した時に戦わなければいけない。そして戦闘するたびに、また傷ついていく……ドンドン消耗することになるのだ。
「それに話を聞くと、強さもそこまで脅威ではなさそうよ。だって、刹那、逃げられたんでしょう?」
「いかにも――」
刹那と雛臥が逃げたのではない。緑祁の方が逃亡したのである。それはつまり彼の方が、あの状況をひっくり返すことができない=負けると悟ったということ。
「だから、勝てない相手ではないわよ!」
「それは希望が持てそうじゃな…!」
それに今回の目的は、緑祁の確保だ。気を失わせるか、抵抗できないように拘束してしまえばいいのである。勝つこと……倒すことよりも動けなくさせることが目的だ。
「それでいこう。他のチームにも伝えるぞ? 他に何か言っておくべきことは?」
緋寒がタブレット端末を取り出しメッセージを送ろうとした際に、香恵が手を挙げた。
「何じゃ?」
「緑祁のことが一番心配だけど……。任務に従事する人のことも大切だわ。自分の命を大事にして、って伝えて。今の彼は私たちの知っている緑祁じゃないわ。万が一の時は、逃げても誰も文句は言わないから……」
「もっともじゃな」
自分の命を守る権利は誰にもある。それを奪ってまで、緑祁を取り戻したいとは思わない。
「では、送信!」
共有すべき事柄を文字に起こし、画面をタップして送信した。
「これで良し! では香恵、今日はもう部屋に籠るぞ。わちきが四六時中守る。妹たちがホテルの内外を見張る。緑祁は一歩も近づけん!」
「……頼もしいわね、お願いするわ」
緋寒が香恵の腕を掴んで引っ張り、エレベーターに乗り込んだ。
「じゃあ、俺たちも行くか。緑祁と止めに、取り戻しに!」
「ああ。急がないと変なことをしでかすかもしれない。そうなってからだと、遅い!」
「待っていろ、我らが友よ。必ずや過ちの道から救い出す――」
絵美たちは、昨日と同じ場所……瑞鳳殿と仙台城跡に行く。
「ワタクシたちは、どうしましょう?」
「決まってるよ。緑祁を止めたいんだ、それはあたしたちも同じ思い! 彼が遺跡や石碑にだけ危害を加えるとは限らない。だから……」
だから、仙台駅周辺をパトロールする。
「少年、そんなことをしても香恵は喜ばないぞ! 面倒をかけさせるな! 女性を泣かせるな! 私が許さんぞ!」
育未たちもホテルを出る。
「皇の四つ子からの最新情報だ」
西鳥空蝉が後部座席に座りスマートフォンを見ながら、そう呟いた。
「何?」
そう聞いたのは、南風冥佳。彼の隣に座っている。腕を伸ばしてスマートフォンの画面を彼女に見せる。
「読み上げてくれるでござるか、空蝉?」
「いいよ」
運転中の東花琥珀はよそ見ができないので、そう頼んだ。空蝉も快諾。
「え~と…。永露緑祁が出没する可能性が高い場所の候補。神社や寺院だけではなく、仙台市内の遺跡、石碑など……。どこのことだ、ボケ! ちゃんと明記しろよ、皇……」
「仙台城跡と、これ何て読むのかな? まあその近くには絵美のチームが向かったって。私たちは別の場所に行こう」
同じ画面を、助手席に座っている北月向日葵も見ていた。
「向日葵、ナビを立ち上げてくれでござる」
「はい~」
ピピっと画面を触る。同時にスマートフォンで検索し、
「結構多いね……。ここ、行ってみない?支倉社 って言う祠だけど」
海沿いの場所だ。江戸時代に海難事故の犠牲者を祀った場所。皇の四つ子が提示した条件にも合う。
「行くか。ナビ、セットするで候」
「はいよ!」
行き先が決まった。彼らの車は福島と宮城の県境を越え、高速道路を淡々と進む。
「今更新が来たよ!」
他のチームも緑祁を捕まえようと、仙台に向かっているのだ。
氷月兄弟と彩羽姉妹は、大崎八幡宮を目指す。同じく町中にある仙台東照宮には、鎌賢治、山繭柚好、黛一、硯彦次郎が向かう。空蝉たちとは逆に蔵王山の刈田嶺神社には、夏目聖閃、奥川透子、霧ヶ峰琴乃の三人が。広瀬川沿いの愛宕神社には、萬屋真一、式部苑子、舞鶴勝雅が既に位置についている。
(緑祁、か……)
窓の外を見ながら、空蝉は思い出す。
「皇の四つ子じゃ」
詳しい情報は昨晩の内に【神代】でも共有された。緑祁が香恵のことを狙っているとわかれば、【神代】としては護衛を派遣しその歪んだ目的を阻止する。それが皇の四つ子の役目だ。
「任せておれ、香恵! 緑祁ごときではわちきらには勝てぬ」
皇緋寒は自信満々に言ってのける。妹たちもすぐに香恵のガードにつく。
「頼りにしてるわ……」
香恵としては、複雑な気持ちだ。緑祁が自分のことを求めるのは、まだ理解できる。しかし殺されるかもしれないとなれば、それは嫌だ。
「大丈夫ですわ。皇の四つ子に加えてワタクシたちがいますもの! 絶対に香恵さんには、手も足も出させませんわよ!」
育未たちもこのホテルに残って防衛に回るのだ。
「他には誰がここに来る? そういうことは聞いてる?」
雛臥が皇紅華に尋ねた。すると、
「……氷月兄弟、彩羽姉妹はもう来ておるよ。他にも四つのチームが……」
「そんなに?」
緑祁一人相手に、どうしてそんなに人員がいるのだろうか。
「【神代】はな、どちらかというと怒っておる。今まで【神代】に尽くしてくれた緑祁が、背信行為をしでかしたのだから無理もないぞ」
手を噛んだ飼い犬に激怒しているのだ。
「その五つのチームの中に、辻神のグループはいるの?」
「辻神? ああ、あの。悪いがそれは聞いておらん……」
少しだけ期待していた。俱蘭辻神なら、緑祁のことを説得できるかもしれないと香恵は思ったのだ。
「せめて、紫電がいれば違うんだろうけど……」
一番緑祁を止められる可能性があるのが、紫電だ。緑祁のことをライバル視している彼なら、喜んで戦いに出るだろう。
しかし彼は今、旅行で関西にいる。他の人よりも移動に時間と金がかかるため、それに休暇中に呼び出されたら意欲も下がるため、【神代】は彼に声をかけなかった。
「今いる人員で何とかしよう! 緋寒、その五つのチームをここに集めることはできる?」
「んむむ。できなくはなさそうじゃが……。ここで話し合った作戦通りに動いてくれるかどうかはわからんぞ?」
緋寒はその提案をやんわりと拒否。霊能力者が遠くの地からここに集まるというだけでも怪しい。香恵が隠れているこのホテルのことを緑祁に勘付かれるかもしれないことを考えれば、頷けない。それに、派遣された人たちが全員、緑祁と知り合いというわけでもないのだ。
「別に、一緒に緑祁を捕まえようって言いたいんじゃないわ。出没するだろう場所に心当たりがあるから、そこに向かって欲しいのよ」
「それなら、霊能力者ネットワークでわちきが連絡をしておこう。で、どこじゃ?」
「歴史的な場所だ。緑祁はそこに現れる。昨晩は仙台城跡に出た――」
「寄霊の時と同じじゃな? そういう性質があるらしいな」
だから、やみくもに先代の町を探すのではなく、目星をつけて捜索するべきだ、と絵美は言う。
「そうなら、人数が増えるのはむしろいいことか? 育未、仙台の遺跡や石碑はもっと心当たりはないのかい?」
「ありますわよ」
昨日とは違って、色々候補を挙げる育未。他のチームに連絡し、そこに向かってもらう。
「でも一つだけ、気を付けるべきことが……」
骸が言った。それは、今の緑祁は命を平然と奪う行動に出ることだ。
「それはかなり危険じゃな……」
皇赤実は考え込む。寄霊の時は、石碑の破壊こそしたものの殺人までは犯さなかった。それが今や、悪魔に憑依され何ならそれに変貌したようだ。
「でも、勝てないわけではないわ」
「どういうことじゃ、それ?」
絵美の発言に皇朱雀が疑問を投げかける。
「まず一に、今の緑祁には式神がないわ。昨日、刹那と雛臥が取り上げたから。[ライトニング]と[ダークネス]さえいなければ、理不尽な破壊力と戦力の増強はないはずよ! それに、怪我をしていること」
「怪我? それがどうして、わたしたちが有利になり得る?」
「今までは緑祁が傷つくと、香恵が慰療で治していたわ。でも今回はそうじゃない。香恵はここにいて、緑祁と一緒じゃない。そして緑祁は慰療は使えない。昨日負った怪我は回復できていないわ!」
具体的には、右肩と左手だ。既に負傷している状態で、緑祁は新たな霊能力者と対峙した時に戦わなければいけない。そして戦闘するたびに、また傷ついていく……ドンドン消耗することになるのだ。
「それに話を聞くと、強さもそこまで脅威ではなさそうよ。だって、刹那、逃げられたんでしょう?」
「いかにも――」
刹那と雛臥が逃げたのではない。緑祁の方が逃亡したのである。それはつまり彼の方が、あの状況をひっくり返すことができない=負けると悟ったということ。
「だから、勝てない相手ではないわよ!」
「それは希望が持てそうじゃな…!」
それに今回の目的は、緑祁の確保だ。気を失わせるか、抵抗できないように拘束してしまえばいいのである。勝つこと……倒すことよりも動けなくさせることが目的だ。
「それでいこう。他のチームにも伝えるぞ? 他に何か言っておくべきことは?」
緋寒がタブレット端末を取り出しメッセージを送ろうとした際に、香恵が手を挙げた。
「何じゃ?」
「緑祁のことが一番心配だけど……。任務に従事する人のことも大切だわ。自分の命を大事にして、って伝えて。今の彼は私たちの知っている緑祁じゃないわ。万が一の時は、逃げても誰も文句は言わないから……」
「もっともじゃな」
自分の命を守る権利は誰にもある。それを奪ってまで、緑祁を取り戻したいとは思わない。
「では、送信!」
共有すべき事柄を文字に起こし、画面をタップして送信した。
「これで良し! では香恵、今日はもう部屋に籠るぞ。わちきが四六時中守る。妹たちがホテルの内外を見張る。緑祁は一歩も近づけん!」
「……頼もしいわね、お願いするわ」
緋寒が香恵の腕を掴んで引っ張り、エレベーターに乗り込んだ。
「じゃあ、俺たちも行くか。緑祁と止めに、取り戻しに!」
「ああ。急がないと変なことをしでかすかもしれない。そうなってからだと、遅い!」
「待っていろ、我らが友よ。必ずや過ちの道から救い出す――」
絵美たちは、昨日と同じ場所……瑞鳳殿と仙台城跡に行く。
「ワタクシたちは、どうしましょう?」
「決まってるよ。緑祁を止めたいんだ、それはあたしたちも同じ思い! 彼が遺跡や石碑にだけ危害を加えるとは限らない。だから……」
だから、仙台駅周辺をパトロールする。
「少年、そんなことをしても香恵は喜ばないぞ! 面倒をかけさせるな! 女性を泣かせるな! 私が許さんぞ!」
育未たちもホテルを出る。
「皇の四つ子からの最新情報だ」
西鳥空蝉が後部座席に座りスマートフォンを見ながら、そう呟いた。
「何?」
そう聞いたのは、南風冥佳。彼の隣に座っている。腕を伸ばしてスマートフォンの画面を彼女に見せる。
「読み上げてくれるでござるか、空蝉?」
「いいよ」
運転中の東花琥珀はよそ見ができないので、そう頼んだ。空蝉も快諾。
「え~と…。永露緑祁が出没する可能性が高い場所の候補。神社や寺院だけではなく、仙台市内の遺跡、石碑など……。どこのことだ、ボケ! ちゃんと明記しろよ、皇……」
「仙台城跡と、これ何て読むのかな? まあその近くには絵美のチームが向かったって。私たちは別の場所に行こう」
同じ画面を、助手席に座っている北月向日葵も見ていた。
「向日葵、ナビを立ち上げてくれでござる」
「はい~」
ピピっと画面を触る。同時にスマートフォンで検索し、
「結構多いね……。ここ、行ってみない?
海沿いの場所だ。江戸時代に海難事故の犠牲者を祀った場所。皇の四つ子が提示した条件にも合う。
「行くか。ナビ、セットするで候」
「はいよ!」
行き先が決まった。彼らの車は福島と宮城の県境を越え、高速道路を淡々と進む。
「今更新が来たよ!」
他のチームも緑祁を捕まえようと、仙台に向かっているのだ。
氷月兄弟と彩羽姉妹は、大崎八幡宮を目指す。同じく町中にある仙台東照宮には、鎌賢治、山繭柚好、黛一、硯彦次郎が向かう。空蝉たちとは逆に蔵王山の刈田嶺神社には、夏目聖閃、奥川透子、霧ヶ峰琴乃の三人が。広瀬川沿いの愛宕神社には、萬屋真一、式部苑子、舞鶴勝雅が既に位置についている。
(緑祁、か……)
窓の外を見ながら、空蝉は思い出す。