第8話 相討つ二人 その1
文字数 3,181文字
紫電の活躍により、エックスデーが翌日であることがわかった。
「で、今日ここに呼びつけられたわけね?」
大学の食堂のテーブルに座って、絵美が文句を言いながら紅茶を飲む。共闘はしないはずだが、話し合いには参加する。
「運命の声は、言っている。ここで起きる事件が、最大の山場となるであろう、と。失われし人の魂がこの世に再現してはならぬ。それが生者と死者の摂理――」
コップの水を飲み干してから刹那が言った。
「んでさ、詳しくはどうするわけ?」
そう聞かれた香恵は、
「一番いいのは、修練がこの青森にやって来ることを阻止することだけど、それは難しいわ。新幹線、車、飛行機、船、徒歩……。移動手段の特定ができない以上、迎え撃つしか手はないの。だから、ここで戦うのよ」
「私と刹那は大丈夫。緑祁も実力者、でも、あんたは?」
「私?」
絵美と刹那には、香恵の実力が疑問だ。強いかどうか、よくわからない。緑祁の指令塔のような働きをしているが、
「だから、何?」
という感想を抱く。
「正直言うと、私は力になれそうにないわ。緑祁よりも、いいえこの場の誰よりも弱いことは明白よ」
そもそも、彼女が青森に来た理由は緑祁の安否確認である。そんな雑務を任せられる人物が手練れであるはずがない。
「否、人の価値は力では決まらない。真の評価は役目を全うしているかどうか。それが誰かを判断するに相応しい定規――」
しかし弱いからと言って、作戦から排除するつもりは三人にはない。
「香恵、ちょっといい?」
ここで緑祁が発言した。
「明日って言われても、それって修練が来たその日に霊能力者を行うってこと?」
彼が言いたいことは、もう既に修練が青森に入っているのではないかということだ。
「可能性もあるわね。でも、今までの法則上、ちょっと考えにくいわ」
最初から青森にいた蒼は除く。すると紅も緑も、やって来た日に行動している。前もって移動はしていないだから修練も、明日青森に到着してからことに及ぶと睨んだ。
「なるほど。まあどっちにしても、彼が動かないとこっちも動きようがないんだね」
「そうね、そうなるわ」
相手は【神代】の包囲網を何度もかいくぐり、かつ捜索でも見つけ出せなかったほどだ。緑祁たちが探して発見できる可能性はないに等しい。
どうこう話し合っている時、香恵のスマートフォンが鳴った。
「失礼するわ、もしもし……」
この場にいる緑祁も、いいや絵美も刹那も、【神代】からの指示が来たと考える。
だが、違う。
「え? こんな時に、本気で言ってるの?」
スマートフォンを耳元から離すと香恵は緑祁の方を見て、
「緑祁、そちらに用事があるって…」
「何だい?」
「青森駅の前に、夜十一時に来いって」
「それは修練を捕まえるための作戦?」
この質問に香恵は首を横に振る。
「じゃあ駄目だよ。今最優先すべきことは、修練を捕まえることだ。それ以外のことは後回し。僕も勉学を休んでるんだ」
作戦から脱線するようなことには頷けない。当たり前だが、電話の向こうの人物はその緑祁の発言を聞き、
「何だ。お前、俺に勝つ自信がないのか? だから断るってんだな?」
声が聞こえる。
「どういう意味だいこれ?」
香恵からスマートフォンを受け取って緑祁が相手をする。
「お前が緑祁か。久しぶりだな」
「あのう…。僕には記憶がないけど? 人違いしてない?」
「あの日、会ったじゃねえか?」
蒼が悪霊を町に解き放った時、二体目の悪霊を倒した人物が今の電話の向こうにいる。
「あの時、俺は競争って言ったぜ? 結局お前の勝ちだったけどよ、俺は諦めねえ。次は勝つ!」
「その次を、今晩にするって言うのかい? それは駄目だ。僕たちは修練を捕まえないといけないんだ」
「俺もそのつもりでいるぜ?」
「なら、協力してくれないかな? 人数は多い方が…」
緑祁のこの言葉は、任務を優先したが故に口から出た。だがこれが、紫電を怒らせた。
「協力だと? 死んで地獄に落ちた方が遥かにマシだぜ! いいか緑祁、よく聞け! どちらが先に修練を捕まえるか競争してもいいが、俺の意見は違う。俺とお前が戦って、負けた方はこの作戦から降りるべきだ」
彼の言葉を要約するなら、強い方が修練を捕まえる資格を手にする、ということ。
もちろん緑祁にはそれをする意味がよくわからない。だが紫電も譲る気がない。
「………僕と戦えば気が済むんだね?」
そう言った際彼は、香恵や絵美の方をチラッと見た。香恵は頷き、絵美が、
「そんなヤツ、チャチャっとやっつけちゃえばいいわよ!」
と答えたのを確認したら、
「わかったよ。今夜十一時、駅前で!」
結局、緑祁が根負けする形となった。
「ウォーミングアップと考えれば、ある意味いいかもね」
それ以上の意味はない。と緑祁は実は思いたかった。
だが、紫電に対し少し劣等感を抱いた。と言うのも、蒼が放った悪霊、紫電は電霊放で除霊して見せたが、緑祁は封じる札に入った状態で焼き払ったからだ。
(僕よりも彼の方が優れている可能性がある……。あの時は余裕がなかったから相手してなかったけど、こうして改めて考えると、悔しい……)
緑祁は霊能力者として、あまり活動してこなかった。そのせいで、自分には霊能力があるから、他人よりも劣っていていいという発想が気づかぬうちに心のどこかで芽生えていたのだ。それを揺さぶられた気分をあの後味わった。霊能力者としてのプライドが、勝負へ彼を動かしたのだ。
だから、紫電と向き合うことを選んだ。
夜の十一時前、駅には人影が少ない。
「ここで待っていればいいんだよね、香恵?」
「ええ。紫電はこの場所を指定したわ」
絵美と刹那は、ここにはいない。緑祁と紫電の戦いには関係ないし、そもそも別々に修練の相手をするつもりなので、ホテルにて待機してもらっている。
「作戦はあるの?」
紫電は電霊放が得意だ。何か対策を練っておかないと、あっという間に負けるだろう。
「大丈夫さ」
どこから湧くのか、自信を持って緑祁は答える。
「ああ、それと。一つ香恵に確認しておきたいことがあるんだ」
「何かしら?」
香恵が聞き返すと、
「火傷は治せる?」
そんな簡単な内容だった。そしてその質問で香恵は、緑祁がどのようにして紫電を退けようと思っているのかを当てた。
「鬼火の火力で押し切るつもりね?」
「うん。それが一番、手っ取り早いかな? で、どうなんだい?」
「心配する必要はないわ」
もちろん香恵にかかれば、火傷も、まるで何事もなかったかのように治せ、皮膚は元通りの色を取り戻せる。
「命がある限りは、平気よ」
しかしそれは、傷を負った生物の魂の力に依存しているので、相手が命を失ってしまった場合は、手の施しようがない。
「まさか、命までは取らないよ」
緑祁もそこまでするつもりはない。
「そろそろだね…!」
腕時計の時間を確認した。十一時になるまで、あと数秒。
突如、雲一つない夜空に雷鳴が轟いた。
「な、何だ…!」
一度だけではない。二度、三度と辺りが突然、明るくなる。しかもその雷は、空から落ちているのではない。地上から天に向かって登っている。
四度目の稲妻が光った時、あまりの眩しさに緑祁も香恵も目を閉じた。そして開けると、
「ジャジャーンッ! 俺様……紫電参上っ!」
目の前に彼が現れたのだ。
「間違いないわ。小岩井紫電……」
見たことはないが顔を知っているらしく、香恵は言った。緑祁は顔を知っているが、名前とまだ一致してなかった。この瞬間、紫電の名と姿が完全に合致する。
「早速始めようぜ? でも言っとくが俺は負けねえぞ?」
「……それは僕のセリフだ」
珍しく好戦的な態度の緑祁。そして最初からやる気満々な紫電。
(二人の戦い……。相当激しくなりそうだわ!)
香恵は邪魔にならないよう、でも戦いを見届けられる距離、その場を離れた。
「で、今日ここに呼びつけられたわけね?」
大学の食堂のテーブルに座って、絵美が文句を言いながら紅茶を飲む。共闘はしないはずだが、話し合いには参加する。
「運命の声は、言っている。ここで起きる事件が、最大の山場となるであろう、と。失われし人の魂がこの世に再現してはならぬ。それが生者と死者の摂理――」
コップの水を飲み干してから刹那が言った。
「んでさ、詳しくはどうするわけ?」
そう聞かれた香恵は、
「一番いいのは、修練がこの青森にやって来ることを阻止することだけど、それは難しいわ。新幹線、車、飛行機、船、徒歩……。移動手段の特定ができない以上、迎え撃つしか手はないの。だから、ここで戦うのよ」
「私と刹那は大丈夫。緑祁も実力者、でも、あんたは?」
「私?」
絵美と刹那には、香恵の実力が疑問だ。強いかどうか、よくわからない。緑祁の指令塔のような働きをしているが、
「だから、何?」
という感想を抱く。
「正直言うと、私は力になれそうにないわ。緑祁よりも、いいえこの場の誰よりも弱いことは明白よ」
そもそも、彼女が青森に来た理由は緑祁の安否確認である。そんな雑務を任せられる人物が手練れであるはずがない。
「否、人の価値は力では決まらない。真の評価は役目を全うしているかどうか。それが誰かを判断するに相応しい定規――」
しかし弱いからと言って、作戦から排除するつもりは三人にはない。
「香恵、ちょっといい?」
ここで緑祁が発言した。
「明日って言われても、それって修練が来たその日に霊能力者を行うってこと?」
彼が言いたいことは、もう既に修練が青森に入っているのではないかということだ。
「可能性もあるわね。でも、今までの法則上、ちょっと考えにくいわ」
最初から青森にいた蒼は除く。すると紅も緑も、やって来た日に行動している。前もって移動はしていないだから修練も、明日青森に到着してからことに及ぶと睨んだ。
「なるほど。まあどっちにしても、彼が動かないとこっちも動きようがないんだね」
「そうね、そうなるわ」
相手は【神代】の包囲網を何度もかいくぐり、かつ捜索でも見つけ出せなかったほどだ。緑祁たちが探して発見できる可能性はないに等しい。
どうこう話し合っている時、香恵のスマートフォンが鳴った。
「失礼するわ、もしもし……」
この場にいる緑祁も、いいや絵美も刹那も、【神代】からの指示が来たと考える。
だが、違う。
「え? こんな時に、本気で言ってるの?」
スマートフォンを耳元から離すと香恵は緑祁の方を見て、
「緑祁、そちらに用事があるって…」
「何だい?」
「青森駅の前に、夜十一時に来いって」
「それは修練を捕まえるための作戦?」
この質問に香恵は首を横に振る。
「じゃあ駄目だよ。今最優先すべきことは、修練を捕まえることだ。それ以外のことは後回し。僕も勉学を休んでるんだ」
作戦から脱線するようなことには頷けない。当たり前だが、電話の向こうの人物はその緑祁の発言を聞き、
「何だ。お前、俺に勝つ自信がないのか? だから断るってんだな?」
声が聞こえる。
「どういう意味だいこれ?」
香恵からスマートフォンを受け取って緑祁が相手をする。
「お前が緑祁か。久しぶりだな」
「あのう…。僕には記憶がないけど? 人違いしてない?」
「あの日、会ったじゃねえか?」
蒼が悪霊を町に解き放った時、二体目の悪霊を倒した人物が今の電話の向こうにいる。
「あの時、俺は競争って言ったぜ? 結局お前の勝ちだったけどよ、俺は諦めねえ。次は勝つ!」
「その次を、今晩にするって言うのかい? それは駄目だ。僕たちは修練を捕まえないといけないんだ」
「俺もそのつもりでいるぜ?」
「なら、協力してくれないかな? 人数は多い方が…」
緑祁のこの言葉は、任務を優先したが故に口から出た。だがこれが、紫電を怒らせた。
「協力だと? 死んで地獄に落ちた方が遥かにマシだぜ! いいか緑祁、よく聞け! どちらが先に修練を捕まえるか競争してもいいが、俺の意見は違う。俺とお前が戦って、負けた方はこの作戦から降りるべきだ」
彼の言葉を要約するなら、強い方が修練を捕まえる資格を手にする、ということ。
もちろん緑祁にはそれをする意味がよくわからない。だが紫電も譲る気がない。
「………僕と戦えば気が済むんだね?」
そう言った際彼は、香恵や絵美の方をチラッと見た。香恵は頷き、絵美が、
「そんなヤツ、チャチャっとやっつけちゃえばいいわよ!」
と答えたのを確認したら、
「わかったよ。今夜十一時、駅前で!」
結局、緑祁が根負けする形となった。
「ウォーミングアップと考えれば、ある意味いいかもね」
それ以上の意味はない。と緑祁は実は思いたかった。
だが、紫電に対し少し劣等感を抱いた。と言うのも、蒼が放った悪霊、紫電は電霊放で除霊して見せたが、緑祁は封じる札に入った状態で焼き払ったからだ。
(僕よりも彼の方が優れている可能性がある……。あの時は余裕がなかったから相手してなかったけど、こうして改めて考えると、悔しい……)
緑祁は霊能力者として、あまり活動してこなかった。そのせいで、自分には霊能力があるから、他人よりも劣っていていいという発想が気づかぬうちに心のどこかで芽生えていたのだ。それを揺さぶられた気分をあの後味わった。霊能力者としてのプライドが、勝負へ彼を動かしたのだ。
だから、紫電と向き合うことを選んだ。
夜の十一時前、駅には人影が少ない。
「ここで待っていればいいんだよね、香恵?」
「ええ。紫電はこの場所を指定したわ」
絵美と刹那は、ここにはいない。緑祁と紫電の戦いには関係ないし、そもそも別々に修練の相手をするつもりなので、ホテルにて待機してもらっている。
「作戦はあるの?」
紫電は電霊放が得意だ。何か対策を練っておかないと、あっという間に負けるだろう。
「大丈夫さ」
どこから湧くのか、自信を持って緑祁は答える。
「ああ、それと。一つ香恵に確認しておきたいことがあるんだ」
「何かしら?」
香恵が聞き返すと、
「火傷は治せる?」
そんな簡単な内容だった。そしてその質問で香恵は、緑祁がどのようにして紫電を退けようと思っているのかを当てた。
「鬼火の火力で押し切るつもりね?」
「うん。それが一番、手っ取り早いかな? で、どうなんだい?」
「心配する必要はないわ」
もちろん香恵にかかれば、火傷も、まるで何事もなかったかのように治せ、皮膚は元通りの色を取り戻せる。
「命がある限りは、平気よ」
しかしそれは、傷を負った生物の魂の力に依存しているので、相手が命を失ってしまった場合は、手の施しようがない。
「まさか、命までは取らないよ」
緑祁もそこまでするつもりはない。
「そろそろだね…!」
腕時計の時間を確認した。十一時になるまで、あと数秒。
突如、雲一つない夜空に雷鳴が轟いた。
「な、何だ…!」
一度だけではない。二度、三度と辺りが突然、明るくなる。しかもその雷は、空から落ちているのではない。地上から天に向かって登っている。
四度目の稲妻が光った時、あまりの眩しさに緑祁も香恵も目を閉じた。そして開けると、
「ジャジャーンッ! 俺様……紫電参上っ!」
目の前に彼が現れたのだ。
「間違いないわ。小岩井紫電……」
見たことはないが顔を知っているらしく、香恵は言った。緑祁は顔を知っているが、名前とまだ一致してなかった。この瞬間、紫電の名と姿が完全に合致する。
「早速始めようぜ? でも言っとくが俺は負けねえぞ?」
「……それは僕のセリフだ」
珍しく好戦的な態度の緑祁。そして最初からやる気満々な紫電。
(二人の戦い……。相当激しくなりそうだわ!)
香恵は邪魔にならないよう、でも戦いを見届けられる距離、その場を離れた。