第1話 上げられなかった産声 その1

文字数 4,102文字

「う~む? どれがいいんだ……?」

 青森県八戸市内にある、小岩井家の豪邸。その娯楽室に新たに、全自動麻雀卓が導入された。というのも、

「紫電、面白いゲームがあるよ。みんなで盛り上がれる」
「何だそれは?」
「麻雀だよ。奥が深いんだ」

 稲屋雪女が小岩井紫電にそう言ったので、実際にやってみようという話になった。おもちゃ屋に牌のセットが売っていたので購入し、手作業で牌を並べた。ここまではいい。だが問題はこの先にあった。

「雪女、お前……! これ、イカサマじゃねえかよ!」
「………」

 彼女が育った『月見の会』では、平然と麻雀におけるズルを子供に教えていた。当然雪女もそれを何度も発動。確立を超越した不審過ぎる役を叩き出したのだ。おかしいと感じた紫電が配牌前に雪女の積んだ牌をひっくり返してみると、

九蓮宝燈(チューレンポートー)が出来上がってんじゃねえかよ! これツバメ返しだろ? 漫画で読んだぞ!」
「イカサマは見抜けない方の責任だよ。でもバレちゃったなら、仕方ない。平で打つ」
「いいや! これは信用できねえ! 雪女に積ませるわけにはいかねえな。自動で牌を積んでくれる機械があった方がいい! 金なら俺が出す! 娯楽室に搬入だ!」

 そして昨日届いたので、今こうして紫電と雪女は麻雀ができる他の執事とメイドを誘って卓に座っている。
 紫電は役の説明書を手に取った。麻雀のルールもそれに書いてある、分厚い説明書だ。

(捨てた牌では、ロンは宣言できない、と。なら、安牌は雪女の捨てたのと同じ……あ、俺の手牌にはない!)

 今、彼の番である。自分の手牌の内、一枚を捨てなければいけないのだ。しかし全部から危険な臭いがする。

(これか?)

 捨て牌を読めば、多少は捨てる牌を選べるだろう。だが紫電は麻雀どころかドンジャラすらやったことがないド素人。

「『三萬』。これを……」
「紫電様、それチーです!」
「いいえ、ポンの方が優先ですわよ」

 鳴かれた。そこまではいい。だが紫電の向かい側に座る雪女が手牌を倒し、

「ロン」

 和了った。雪女は瞬時に点数を計算し、

「裏ドラは三つで……。あらら……倍満だね。一万六千点分の点棒ちょうだい、紫電」
「げっ! おい、俺の持ち点が半分以上なくなるじゃねえか! 計算、合ってんのかそれ!」

 半分どころではない。残りの点棒の数を数えてみると、どうやら足りない。

「飛んだね、紫電……。きみのビリが確定したよ」
「………」

 紫電、沈黙。何度目かわからぬ敗北だ。

「クッソ~! ボウリングやビリヤード、ダーツやゴルフなら負けねえのに……!」

 そういう娯楽に精通していた紫電からすると麻雀は中々慣れない未開の遊戯だった。

「でもさ、緑祁も結構できるらしいよ? 彼に負けたくないでしょ?」
「そりゃそうだが……」

 紫電がライバル視している、永露緑祁。実は雪女が麻雀を紫電に提案したのは、彼がよくスマートフォンのゲームでそれをやっていること、実際に雀荘でやったこともあることを知ったためだ。二人が対局する日が来るかもしれないのだが、肝心の紫電はやったことがない。それでは結果は火を見るよりも明らか。強くなるには回をこなすしかないが紫電はどうもこのゲームが好きになれず、

「今日は、もう寝る!」

 脱落。彼に続いて雪女たちも娯楽室から出て、今日はもう休むことに。


 次の日紫電は雪女と一緒に、彼の親族が経営している八戸大空病院に来ていた。だが、二人はどこも悪いところはない。定期的に紫電が行っていることをしに来たのだ。院内を回って時間を潰し、夜になるまで待つ。

「今日も繁盛してるね」
「そりゃあ、大病院だからな」

 紫電は、ソファーに座りながら産婦人科の方をぼんやりと見ていた。それを察知した雪女が、

「そういうのは、私たちにはまだ早いと思うよ?」
「そうじゃねえよ」

 彼はやましい期待があるから見ているのではない。

「あそこで待っている人たちのうち、望まない子供をおろすのは何人いるんだろうな……」

 憂いの感情が紫電にはあった。
 子供ができるのは、ある人たちにとってはとても幸せなことだろう。だがまたある人たちにとっては、悲しいことでもある。経済的な理由で生まれてくる子供を育てられない場合だ。【神代】の孤児院に預けてしまうという選択肢もあるのだが、多くの人は妊娠がわかった段階で、出産しないことを選んでしまう。

「……今日も生まれて来れない子供がいるってことだね…」

 その悲しみは雪女にもわかった。母の中に誕生した命が、その母の意思で奪われてしまう。

「生まれて来れなかった子供の魂は、どうなるんだろうな……?」

 それは、わからない。そもそも生まれて来れなければ、魂も体に宿らないのかもしれない。名前も与えられなかった命。多くの人に存在を認知されず、目まぐるしい世間の流れに置いて行かれるのだろう。

「そんな悲しい命のためにも、生きている私たちが頑張ろう? ねえ、紫電?」
「ああ。そういう命の供養もこの病院ではやってる」

 二人は病院の職員に話をしてカードキーを受け取り、地下室に向かった。

「霊安室……」
「人間って、ちょっと面白いよな。ほとんどの場合生まれる時も死ぬ時も、病院なんだ。病院はゆりかごであり墓場でもあるってことだ」

 その、人の最期の場所になりがちな病院には、邪念が溜まりやすい。おまけに昼間は人であふれていて夜になると人気が減る場所には、幽霊が集まりやすいのだ。
 紫電は自分が霊能力者であることを利用し、その幽霊たちを定期的に病院から祓っている。ここだけではなく、他の病院にもたまに行く。雪女も彼のその仕事に付き合う。

「よし、開けるぞ……」

 唾を飲み込んだ。そして霊安室の扉を開けた。照明のスイッチを押す。

「あれ、つかない?」

 だが真っ暗なままだ。

「いる、な……。どうやら今回は、ちょっと集まってしまったらしいぜ」

 スマートフォンを取り出しライトをつける。今、照明がつかないのはここにいる幽霊の悪影響だと紫電と雪女は判断。
 光に照らし出された先に、それはいた。

「うお! 蠢いてやがる………!」

 大量の髪の毛の塊が、蛇のように動いていた。頭や手足はない様子だ。

「気持ち悪い。あれは何て名前の幽霊なの?」
「俺は勝手に、病霊(びょうれい)と呼んでる。病院で発生する幽霊全部の呼称だ」

 具体的な分類は不明だし、それにすぐに除霊してしまうので意味がない。

「雪女、お前が行くか? それとも俺が?」
「任せて」

 雪女が一歩前に出た。紫電はそのまま、スマートフォンのライトで病霊を照らし続ける。彼女の指と指の間に雪の氷柱が生み出され、腕を振ると同時にそれらを投げつける。病霊は逃げる動作をせず、氷柱が突き刺さった。

「うっわ……。血みたいなのは流れ出るんだ……。不気味過ぎる」
「病院に湧いて出て来る幽霊はこういうのばっかしだ」

 その血しぶきが二人にかかりそうになったので、そこで雪女は雪の結晶を作ってそれを防いだ。後は、突き刺した氷柱が病霊の全体を凍らせるのを待つだけだ。それも数秒の話。

「紫電、トドメを頼める?」
「いいぜ。これ持っててくれ」

 雪女にスマートフォンを渡し紫電はダウジングロッドを取り出すと、その先端を病霊に向けた。その金属部分が光り出し、青白い稲妻が放たれた。電霊放である。その瞬きは、一瞬だけ周囲が明るくなるほどだ。
 電霊放が直撃した病霊は、バラバラに砕け散った。

「終わったね、これで……」
「いや、まだだぜ……」

 肩から荷が下りた感覚の雪女とは裏腹に、紫電の声は緊張している。

「どうしたの?」
「今、俺の電霊放が光ったから見えた。奥に何かいる!」

 それを聞いて、雪女がライトを霊安室の奥に向ける。

「……あれ?」

 棚の扉が、何故か開いている。しかも中身がない。

「これって、どういうこと……?」
「最近聞かねえと思ってたが、まさかここに現れるとはな! 屍亡者だ!」
「シカバネモウジャ? 何なのそれは?」

 雪女は、それを初めて聞いた。

「屍亡者はな、かなり悪質な幽霊だぜ……」

 だから、紫電が解説してくれる。
 屍亡者は、決まった形を持たない幽霊である。しかしそれはアメーバのような不定形というわけではない。人の死体から体のパーツを適当に奪って構成している関係上、そうなるのだ。その証拠に【神代】においては、同じ形の屍亡者のことは一回も報告がない。
 主に病院の霊安室に現れるという。火葬してしまえばパーツを奪えないのか、骨には興味がないのか、墓場には出没しない。
 そして一番危険なのが、生きている人の命を限定的だが奪える点だ。

「子供がな……。俺たちみたいに大人になっちまえば平気だが、相手が子供なら、殺して体のパーツを奪う! 年齢的には二十歳未満……十九歳の少年の死亡例があるんだ」
「無限に大きくなるの?」
「いや。どうやら結合は弱いみたいで、次なる病院にたどり着くまでにボロボロ落としてしまうらしい」

 そんな危険極まりない幽霊を【神代】が野放しにするわけがなく、病院と結託して結界を張っている。だが、それすらもかいくぐることができるという厄介さも持っている。
 また、屍亡者と交信することは不可能だと前まで言われていた。

「天王寺修練ってヤツだ。屍亡者を従えることができたらしい。今は精神病棟にいるが、そのメソッドは何も喋ってない」
「紫電はどう思う?」
「そうだな……」

 雪女は、無茶な質問をした。しかし紫電は考える。

「自分の霊気を含めた遺体を屍亡者が奪えば、命令できるようになるんじゃねえか? そんな実験はいくら【神代】でも許可しねえと思うが……」

 無駄話はここまでにしておいて、早く屍亡者を見つける。霊安室の奥まで探したが、いない。

「ここにいないとなると……。ヤバいな」
「さっき言ってた、子供の命を狙う、ってこと? 今、入院中の子供がいるの?」
「そうらしい。確か何人か……」

 霊安室を出た。すぐに屍亡者を探して倒さなければいけない。大空病院は広いので、二手に分かれて行動する。

「見つけたらすぐに知らせろ、雪女! 俺の到着を待たずにすぐに攻撃を始めてくれ! 俺も見かけたらお前に知らせる!」
「わかった」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み