第2話 一手遅れる その1
文字数 4,184文字
「えっ、ここどこ?」
目が覚めた絵美は、周囲の風景が意識を失う前と全然違うことに驚く。自分はベッドに寝ているが、それはホテルのものではない。病院によくあるタイプだ。隣には刹那も寝ている。
「目が覚めおったか、この犯罪者め!」
謂れのない誹謗中傷が皇赤実の口から飛び、彼女を襲う。
「ちょっと! 私と刹那が何をしたって言うのよ!」
「しらばっくれるな、見苦しいぞ! この期に及んで無実と言うか!」
「だから、何なのよ!」
この口喧嘩は激しくなりそうだ。うるさいので刹那も目覚める。そこに皇緋寒が現れて、
「まさか、自分たちが何をしでかしたのか? わかっておらんわけではないよな?」
と言う。しかし絵美も刹那も本当に心当たりがない。それを察した緋寒は、
「そなたたちは、慰霊碑を壊した! 『ヤミカガミ』のだ! これは重罪! だからこの、神保総合病院に幽閉しておるのだ!」
「は、はい?」
思わず目を点にして、聞き返した。
「自覚がないのか? そなたたちは昨夜、やっちまったであろう? 慰霊碑の破壊! 既に【神代】の調査員が霊紋を調べて、裏付けも済んでおる!」
緋寒の話をまとめると、こうだ。
絵美と刹那が昨日破壊した岩は、『ヤミカガミ』の慰霊碑だったのだ。そして慰霊碑の破壊は【神代】において、とても重い罪。だから容疑者である二人を確保し、【神代】の本店から徒歩十五分の場所にある【神代】系列の病院に、幽閉。
「あ、あれが……。そんなに大切なものだったなんて……」
「知らなかった、では済まされんぞ?」
ここで刹那が、
「しかし。我らはあの土地の幽霊を祓いに行ったのだ。慰霊碑を破壊したのではなく、幽霊を祓ったはずであるが――?」
「何の幽霊じゃ? 周囲にはそういう瘴気はなかったぞ?」
反論したが、かわされる。
「待ってよ! 私の話を聞いて!」
「んむむ、そうしておるよ。事情聴取がわちきの任務。何でも話しておくれ」
何故そういうことになったのか、絵美は一から説明した。
「蛭児って人が、あそこには悪い幽霊がいるから祓ってくれって、私たちに依頼を出したのよ! 私と刹那はそれに従っただけ!」
「どの依頼じゃ?」
【神代】のデータベースには、解決済みの依頼のデータも保存されている。依頼主もしくは請負人の名前で検索をかけたが、該当データはない。
「そんなものはこの世に存在しておらん」
「それは、わかってるけど……」
それは二人も確認済みだ。確かにホテルに戻った時に見たが、何故かなかった。
「それに、美田園蛭児がどうして出て来る? 何も関係ないぞ?」
「あるわよ!」
絵美は主張した。自分たちと一緒に、現地にいたのが蛭児であると。しかし、
「アリバイがあるんじゃ、蛭児には」
緋寒によれば、彼は慰霊碑が壊された時間帯、近所の居酒屋にいたのである。それは店員が目撃しているし防犯カメラにもその姿があった。
「それに蛭児は、今も長野県におるが?」
「う、嘘でしょ……? でも……」
確かに蛭児と、二人は会ったのだ。
「つまりは何か、蛭児に騙されたとでも言いたいのか?」
「そうよ! 私たちが自分たちの意思で慰霊碑をぶっ壊すわけないじゃないの! そんなことしたらどうなるか、知ってるわ!」
昨年のゴールデンウィークに、それを体験……と言うより見て味わった。『橋島霊軍』の慰霊碑破壊容疑をかけられた緑祁が、病院に閉じ込められたのである。その際に、極刑という物騒すぎるワードが飛び出したのを覚えている。
ここで今度は、緋寒が悩む番だ。彼女は赤実の肩を叩いて後ろを向かせ、自分も振り向いて小声で呟く。
「そう言えば、当時おったなコイツら。何の因果か知らんが、あの時と同じく事件は慰霊碑関係……」
「で、緋寒は本当に二人がやったと思っておるのか?」
「難しい………」
目を見た時、嘘を言っているようには見えなかった。でも現場に残された霊紋は二人のもので間違いない。そもそも慰霊碑を壊すとどうなるか知っている人間が、わざわざその凶行をするだろうか? 絵美たちには逃亡の気配すらなかったので、計画的な犯行ではないことがわかる。でもそうなら、土地勘のない場所で衝動的な破壊を? 二人の住所は四国なのに?
「あの二人と同じこと、言っておらんか?」
「わちきも今、そう思ったところじゃ……」
この事件解決には、かなり時間がかかるかもしれない。頭に湧き出るモヤにそう思わされる。
一方この時絵美と刹那は、自分たちの無実を証明する手段を考えていた。
「寄霊……なわけないわよね。私も刹那も、取り憑かれた記憶も気配もないわ」
「そもそも我らは、確かにあの岩を破壊した。それは感触として記憶している。こうなっては、もう無実とは言えないのではないだろうか――」
「そんなこと、言わないで!」
ここで、緑祁のケースを思い出す絵美。あの時の真犯人は、彼に取り憑き姿を擬態した寄霊だった。そしてその存在を、二人が証明したのだ。
「なら、我らも第三者の手を借りよう」
「ちょうど私もそう思ったところだわ!」
真っ先に思いついたのが、雛臥と骸だ。よく一緒に仕事をする彼らなら、自分たちの危機を察知して動いてくれるはず。
だがその希望はすぐに打ち砕かれることとなる。この病室に朱雀が入って来た時、
「緋寒、紅華! 雛臥と骸の身柄はもう精神病棟に移してもいいのか? あの病室を普通の入院患者に回したいそうなんじゃが……?」
と言ったのが耳に入って来たためだ。
「い、今、何て言ったのあなた………?」
「ううぬ? 雛臥と骸についてか? あの二人もそなたたちと同じ罪状を抱えておるんじゃ」
だから、この病院の隣の部屋に幽閉されているのだ。
「何故、二人は――?」
「あの二人も慰霊碑を破壊しおったんじゃ。確か、『この世の踊り人』のだった」
彼らにかけられた容疑を、朱雀は絵美と刹那に説明した。
「なあ雛臥? 休みに必要なものと言えば、何だ?」
「聞くまでもないだろう? 骸、お金だ」
新学期まで時間はたっぷりある。でも資金がなければせっかくの長期休暇も全く楽しめない。二人はこの春休み、遊びつくしたいと考えていた。だからまず軍資金を調達する。それは【神代】に依頼を紹介してもらえば、すぐに解決する話。手頃な仕事がないか、データベースにアクセスする。
「こんなのがあったぞ、骸?」
「どれどれ……。っておい! まだ俺が見てないのに前の画面に戻るなよな!」
タブレット端末を雛臥から奪うと骸はその依頼の詳細を見る。
「特殊な除霊の依頼か」
「どうだろう? 骸と僕なら、楽勝じゃないかな?」
「でもよ、場所は……高知県? 四国に行くのか、金を稼ぐために? 金がないのに?」
「絵美と刹那がいるだろう?」
その二人に借りようというのではない。四国に行けば二人に会える。ちょうど四人でまた旅行したいとも考えていたので、仕事で行って現地で合流すればちょうどよい。
「ならサプライズにしようぜ。その方がカッコイイ!」
「オーケー!」
件の依頼主に、近日中に現地に向かうことを知らせた。返事はすぐに来て、詳しい話は現地で落ち合ってから、となった。
次の日に二人は、福島空港から高知龍馬空港へ飛ぶ。空港のレストランで依頼主は待っていてくれた。
「よく、来てくれたね。わざわざ遠くから、ご苦労様」
「それくらい、お手のもんですよ」
もっとも、何もトラブルがなかったわけではない。雛臥は筆箱にハサミを入れたままで、それは搭乗する前に検査で引っ掛かったので、捨てられた。
「申し遅れた。私が今回の依頼を君たちにお願いする、美田園蛭児だ。霊能力者ではあるのだが、霊障よりも研究分野に精通している」
「俺は猫屋敷骸。んでこっちのが、大鳳雛臥だ。短い間だけどよろしく」
まずはお互いに自己紹介。雛臥と骸は以前、千葉で痛い目に遭ったために、相手の素性を詳しく訊ねた。蛭児は聞かれたこと全てに素直に返答する。
「すると、海神寺の増幸とは知り合いでしょうか? あ、でも同じ研究者でも分野が違ったら、わからない、ですよね……」
「いいや、顔見知りだよ。私も海神寺には行ったことがあるのでね。あそこはいいし、彼は羨ましい。私は拠点となる神社や寺院は持っていないから、研究室は自宅だ」
「で、どんな研究を主に?」
「心霊写真の科学だ。何故写真に幽霊の念が封じ込められるのか、そしてデジタルカメラでも心霊写真が撮れてしまうのか………。ビデオカメラに映り込むそのメカニズムを解明しようというのも、私の研究」
雑談は一時間ほど長引く。そしてそこまでの会話で、雛臥と骸は、蛭児は怪しい人物ではないと判断。
「かなり脱線しちゃったけど、依頼の内容を教えてくれる?」
「ああ、そうだね。これはとても困ったことになっているんだ……」
蛭児は霊能力者である。そのことは彼の知り合いなら誰でも知っている。そして一般人は、霊能力者なら誰でも除霊ができると考えがちだ。そのしわ寄せをくらったのが、彼。
「私には見る程度の能力しかないんだ。でもそれを信じてもらえない。除霊できるはずだと、知人は言うんだよ。そして不気味な場所へ行って、祓ってくれと」
「あはぁそれは困りますよね。科学ができるからって、生物学者に物理を教えてもらおうってくらいには無茶だ」
「でも、大丈夫ですよ! 僕と骸なら、祓える自信がありますので!」
霊障を扱える自分たちなら、蛭児の代役を十分務められる。
「頼りになるね、若いのに」
「これからの時代を担う期待の星だからな!」
蛭児はカバンから、書類を取り出した。一枚目は正式に取引をすることが書かれた、契約書だ。雛臥は隅々にまで目を通し、変なことが書かれていないか一行一行チェックする。
二枚目は、除霊対象に関する資料である。
「腐っても研究者なのでね、調べることは得意だよ。この地方における曰くや伝承などをまとめてみた」
「ほほう……」
左上をホチキスでとめられたそれは、十数枚のレポート。神話やら伝説などについても触れられていて、些細なことでもまとめてある。
「まあここにこれ以上長居するのも迷惑な話だ。場所を移そう」
「君たちの分、ホテルに予約してあるんだ。ツインの部屋だけど、大丈夫かな?」
「全然大丈夫です」
空港からはタクシーで移動。到着したホテルのロビーにあるソファーに腰かけ、時間を待った。
目が覚めた絵美は、周囲の風景が意識を失う前と全然違うことに驚く。自分はベッドに寝ているが、それはホテルのものではない。病院によくあるタイプだ。隣には刹那も寝ている。
「目が覚めおったか、この犯罪者め!」
謂れのない誹謗中傷が皇赤実の口から飛び、彼女を襲う。
「ちょっと! 私と刹那が何をしたって言うのよ!」
「しらばっくれるな、見苦しいぞ! この期に及んで無実と言うか!」
「だから、何なのよ!」
この口喧嘩は激しくなりそうだ。うるさいので刹那も目覚める。そこに皇緋寒が現れて、
「まさか、自分たちが何をしでかしたのか? わかっておらんわけではないよな?」
と言う。しかし絵美も刹那も本当に心当たりがない。それを察した緋寒は、
「そなたたちは、慰霊碑を壊した! 『ヤミカガミ』のだ! これは重罪! だからこの、神保総合病院に幽閉しておるのだ!」
「は、はい?」
思わず目を点にして、聞き返した。
「自覚がないのか? そなたたちは昨夜、やっちまったであろう? 慰霊碑の破壊! 既に【神代】の調査員が霊紋を調べて、裏付けも済んでおる!」
緋寒の話をまとめると、こうだ。
絵美と刹那が昨日破壊した岩は、『ヤミカガミ』の慰霊碑だったのだ。そして慰霊碑の破壊は【神代】において、とても重い罪。だから容疑者である二人を確保し、【神代】の本店から徒歩十五分の場所にある【神代】系列の病院に、幽閉。
「あ、あれが……。そんなに大切なものだったなんて……」
「知らなかった、では済まされんぞ?」
ここで刹那が、
「しかし。我らはあの土地の幽霊を祓いに行ったのだ。慰霊碑を破壊したのではなく、幽霊を祓ったはずであるが――?」
「何の幽霊じゃ? 周囲にはそういう瘴気はなかったぞ?」
反論したが、かわされる。
「待ってよ! 私の話を聞いて!」
「んむむ、そうしておるよ。事情聴取がわちきの任務。何でも話しておくれ」
何故そういうことになったのか、絵美は一から説明した。
「蛭児って人が、あそこには悪い幽霊がいるから祓ってくれって、私たちに依頼を出したのよ! 私と刹那はそれに従っただけ!」
「どの依頼じゃ?」
【神代】のデータベースには、解決済みの依頼のデータも保存されている。依頼主もしくは請負人の名前で検索をかけたが、該当データはない。
「そんなものはこの世に存在しておらん」
「それは、わかってるけど……」
それは二人も確認済みだ。確かにホテルに戻った時に見たが、何故かなかった。
「それに、美田園蛭児がどうして出て来る? 何も関係ないぞ?」
「あるわよ!」
絵美は主張した。自分たちと一緒に、現地にいたのが蛭児であると。しかし、
「アリバイがあるんじゃ、蛭児には」
緋寒によれば、彼は慰霊碑が壊された時間帯、近所の居酒屋にいたのである。それは店員が目撃しているし防犯カメラにもその姿があった。
「それに蛭児は、今も長野県におるが?」
「う、嘘でしょ……? でも……」
確かに蛭児と、二人は会ったのだ。
「つまりは何か、蛭児に騙されたとでも言いたいのか?」
「そうよ! 私たちが自分たちの意思で慰霊碑をぶっ壊すわけないじゃないの! そんなことしたらどうなるか、知ってるわ!」
昨年のゴールデンウィークに、それを体験……と言うより見て味わった。『橋島霊軍』の慰霊碑破壊容疑をかけられた緑祁が、病院に閉じ込められたのである。その際に、極刑という物騒すぎるワードが飛び出したのを覚えている。
ここで今度は、緋寒が悩む番だ。彼女は赤実の肩を叩いて後ろを向かせ、自分も振り向いて小声で呟く。
「そう言えば、当時おったなコイツら。何の因果か知らんが、あの時と同じく事件は慰霊碑関係……」
「で、緋寒は本当に二人がやったと思っておるのか?」
「難しい………」
目を見た時、嘘を言っているようには見えなかった。でも現場に残された霊紋は二人のもので間違いない。そもそも慰霊碑を壊すとどうなるか知っている人間が、わざわざその凶行をするだろうか? 絵美たちには逃亡の気配すらなかったので、計画的な犯行ではないことがわかる。でもそうなら、土地勘のない場所で衝動的な破壊を? 二人の住所は四国なのに?
「あの二人と同じこと、言っておらんか?」
「わちきも今、そう思ったところじゃ……」
この事件解決には、かなり時間がかかるかもしれない。頭に湧き出るモヤにそう思わされる。
一方この時絵美と刹那は、自分たちの無実を証明する手段を考えていた。
「寄霊……なわけないわよね。私も刹那も、取り憑かれた記憶も気配もないわ」
「そもそも我らは、確かにあの岩を破壊した。それは感触として記憶している。こうなっては、もう無実とは言えないのではないだろうか――」
「そんなこと、言わないで!」
ここで、緑祁のケースを思い出す絵美。あの時の真犯人は、彼に取り憑き姿を擬態した寄霊だった。そしてその存在を、二人が証明したのだ。
「なら、我らも第三者の手を借りよう」
「ちょうど私もそう思ったところだわ!」
真っ先に思いついたのが、雛臥と骸だ。よく一緒に仕事をする彼らなら、自分たちの危機を察知して動いてくれるはず。
だがその希望はすぐに打ち砕かれることとなる。この病室に朱雀が入って来た時、
「緋寒、紅華! 雛臥と骸の身柄はもう精神病棟に移してもいいのか? あの病室を普通の入院患者に回したいそうなんじゃが……?」
と言ったのが耳に入って来たためだ。
「い、今、何て言ったのあなた………?」
「ううぬ? 雛臥と骸についてか? あの二人もそなたたちと同じ罪状を抱えておるんじゃ」
だから、この病院の隣の部屋に幽閉されているのだ。
「何故、二人は――?」
「あの二人も慰霊碑を破壊しおったんじゃ。確か、『この世の踊り人』のだった」
彼らにかけられた容疑を、朱雀は絵美と刹那に説明した。
「なあ雛臥? 休みに必要なものと言えば、何だ?」
「聞くまでもないだろう? 骸、お金だ」
新学期まで時間はたっぷりある。でも資金がなければせっかくの長期休暇も全く楽しめない。二人はこの春休み、遊びつくしたいと考えていた。だからまず軍資金を調達する。それは【神代】に依頼を紹介してもらえば、すぐに解決する話。手頃な仕事がないか、データベースにアクセスする。
「こんなのがあったぞ、骸?」
「どれどれ……。っておい! まだ俺が見てないのに前の画面に戻るなよな!」
タブレット端末を雛臥から奪うと骸はその依頼の詳細を見る。
「特殊な除霊の依頼か」
「どうだろう? 骸と僕なら、楽勝じゃないかな?」
「でもよ、場所は……高知県? 四国に行くのか、金を稼ぐために? 金がないのに?」
「絵美と刹那がいるだろう?」
その二人に借りようというのではない。四国に行けば二人に会える。ちょうど四人でまた旅行したいとも考えていたので、仕事で行って現地で合流すればちょうどよい。
「ならサプライズにしようぜ。その方がカッコイイ!」
「オーケー!」
件の依頼主に、近日中に現地に向かうことを知らせた。返事はすぐに来て、詳しい話は現地で落ち合ってから、となった。
次の日に二人は、福島空港から高知龍馬空港へ飛ぶ。空港のレストランで依頼主は待っていてくれた。
「よく、来てくれたね。わざわざ遠くから、ご苦労様」
「それくらい、お手のもんですよ」
もっとも、何もトラブルがなかったわけではない。雛臥は筆箱にハサミを入れたままで、それは搭乗する前に検査で引っ掛かったので、捨てられた。
「申し遅れた。私が今回の依頼を君たちにお願いする、美田園蛭児だ。霊能力者ではあるのだが、霊障よりも研究分野に精通している」
「俺は猫屋敷骸。んでこっちのが、大鳳雛臥だ。短い間だけどよろしく」
まずはお互いに自己紹介。雛臥と骸は以前、千葉で痛い目に遭ったために、相手の素性を詳しく訊ねた。蛭児は聞かれたこと全てに素直に返答する。
「すると、海神寺の増幸とは知り合いでしょうか? あ、でも同じ研究者でも分野が違ったら、わからない、ですよね……」
「いいや、顔見知りだよ。私も海神寺には行ったことがあるのでね。あそこはいいし、彼は羨ましい。私は拠点となる神社や寺院は持っていないから、研究室は自宅だ」
「で、どんな研究を主に?」
「心霊写真の科学だ。何故写真に幽霊の念が封じ込められるのか、そしてデジタルカメラでも心霊写真が撮れてしまうのか………。ビデオカメラに映り込むそのメカニズムを解明しようというのも、私の研究」
雑談は一時間ほど長引く。そしてそこまでの会話で、雛臥と骸は、蛭児は怪しい人物ではないと判断。
「かなり脱線しちゃったけど、依頼の内容を教えてくれる?」
「ああ、そうだね。これはとても困ったことになっているんだ……」
蛭児は霊能力者である。そのことは彼の知り合いなら誰でも知っている。そして一般人は、霊能力者なら誰でも除霊ができると考えがちだ。そのしわ寄せをくらったのが、彼。
「私には見る程度の能力しかないんだ。でもそれを信じてもらえない。除霊できるはずだと、知人は言うんだよ。そして不気味な場所へ行って、祓ってくれと」
「あはぁそれは困りますよね。科学ができるからって、生物学者に物理を教えてもらおうってくらいには無茶だ」
「でも、大丈夫ですよ! 僕と骸なら、祓える自信がありますので!」
霊障を扱える自分たちなら、蛭児の代役を十分務められる。
「頼りになるね、若いのに」
「これからの時代を担う期待の星だからな!」
蛭児はカバンから、書類を取り出した。一枚目は正式に取引をすることが書かれた、契約書だ。雛臥は隅々にまで目を通し、変なことが書かれていないか一行一行チェックする。
二枚目は、除霊対象に関する資料である。
「腐っても研究者なのでね、調べることは得意だよ。この地方における曰くや伝承などをまとめてみた」
「ほほう……」
左上をホチキスでとめられたそれは、十数枚のレポート。神話やら伝説などについても触れられていて、些細なことでもまとめてある。
「まあここにこれ以上長居するのも迷惑な話だ。場所を移そう」
「君たちの分、ホテルに予約してあるんだ。ツインの部屋だけど、大丈夫かな?」
「全然大丈夫です」
空港からはタクシーで移動。到着したホテルのロビーにあるソファーに腰かけ、時間を待った。