導入 その2

文字数 5,796文字

 その少女の名前が霊園(れいえん)公美来(くみこ)であることは、霊能力者ネットワークを見ていてわかった。

「まさか女っ気のない閻治が二つも年下の女の子に恋をするとはな。しかも一目ぼれ……」
「貴様も見てみろ! あの美しさは何にも例えられん! この世で一番の美人! 我輩だけの話ではないのだ!」
「で、どこにいるんだその美少女ってのは…?」

 フェリーから神蛾島に降り立つ際に、閻治たち三人は入り口の先頭に並んだ。公美来のことを一目見たいと思ったからだ。

「八丈島辺りで降りたんじゃないのか? 全然見かけない」
「どうかね? あっち側にも降りる場所があるから、こっちじゃないのかもしれない」
「………」

 これに一番しょんぼりしているのは、閻治である。もう一度会いたいという欲があったので、それが叶わなかったのはとても残念なことだ。

「まあそういうのは一旦忘れてさ? ご利益上げようぜ?」
「そうするか……」

 ここは素直に諦めて、予定通りにこの島ならではのことを行う。
 まずはこの島の中央にある、神蛾(じんが)神社(じんじゃ)へ赴く。漁港のすぐ奥にある。

「あれは?」

 その手前に、百メートルの高さのある塔がそびえ立っているのだ。

「あれか? あれはな、カミシロタワーだ。日本中の霊能力者が目的や精神を見失わないために、建っているんだぜ。普通の灯台としての機能もあるが、最近ではフリーWiFiを島中に飛ばしているんだ。……って、パンフレットに書いてあった」
「ああ。観光にも力入れてるんだもんな。スマートフォンがいじれないんじゃ、誰も寄り付かなくなる……か」

 神蛾神社はこの島の賑やかな町の近くにあるのだが、付近の桑の林の中は静まり返っている。

「いたずらに触れない方が賢明だぞ。桑でかぶれるって話もよく耳にするからな」

 そう言われると手が自然に引っ込む。
 この神社は【神代】の発祥の場所と言われているが、特定の神主が管理しているわけではないし、子孫が関わっているわけでもない。そもそも【神代】の本拠地は東京の二十三区内にあるのだ。かつては崇められていたのだろうが、今は【神代】からも価値がない場所と思われているようだ。ただ島民は常にこの神社を綺麗に保っている。

「お、早かったな! 閻治!」

 ここでは待ち合わせをしていた。焼山(やきやま)灰丞(はいすけ)蚊取(かとり)(きざし)山繭(やままゆ)柿媛(かきえ)である。三人とも閻治とは同い年だが、この島で育った霊能力者。現在はもちろん島のために働いている。灰丞は金山で、兆は観光地で、柿媛は養蚕所でだ。
 ここから三人は分かれて行動することに。閻治たちにはそれぞれ優先したいことがあってしかも日数が少ないので全てを体験することなど不能。

「俺はバイトするぞ。兆君、さあ海の家に案内してくれ!」
「おう! 春休みだからって油断するな。サーファーは季節を選ばんぞ!」

 法積は兆とともに観光区へ移動。海の家だけではなく他の仕事も、兆は彼に任せる予定だ。

「あなたが慶刻ね? じゃあ行きましょうね、養蚕のいろはを教えるわ。あ、ところで、虫は触れる?」
「大丈夫だ。俺にはアレルギーなんてないからな」

 かつて山繭財閥は明治時代に、一族の一部をこの島に派遣した。近代的な養蚕と製糸技術が必要と感じた詠山にそう求められたからである。当時は山繭の一族は【神代】のスポンサーだったのだが、第二次世界大戦で本土の本部が爆撃に遭って工場も焼け落ち、立場が逆転。山繭家は一気に落ちぶれしかも生き残れた者は、この島に来ていた人だけ。柿媛はその子孫。今や【神代】の援助なしでは、山繭家はやっていけないのである。
 柿媛は慶刻を連れ、製糸場に移動した。

「では灰丞! 我輩はネロサイト鉱山に行くぞ!」
「金山だろう、わかってらぁ」

 この島の三分の一の面積を占めるのが、神蛾(じんが)金山(きんざん)である。まだまだ金を採掘できるこの山は、まさに金のなる木。
 しかし金鉱山での採掘には、落盤という危険が常に隣り合わせだ。だがこの山は犠牲者を未だに一人も出していない。
 これにはカラクリがある。灰丞は、震霊(しんれい)という霊障を持っている。これは礫岩の上位種であり、地震や隆起、沈下など自然の力による地面の動きすらも制御することが可能。だから落盤を事前に察知し、防いでいるのだ。
 他にも環境が悪い坑道に旋風を使える霊能力者を置いておき、常に換気をさせるなど昔はしていた。

「ま、今はでっかい採掘マシーンのおかげでそういう心配すら無用なんだがなぁ!」

 採掘現場に連れてこれらた閻治は、

「おお……。機械のドラゴンだ!」

 目の前で稼働している採掘機に気を取られた。

「年代物でしかも小型だが、結構いい仕事をしてくれらぁ。バケットホイールエクスカベーター、その本物だぜ?」

 その大きさは閻治が竜に例えたくらいで、どうやってこの島に運んだか疑問に思えてしまうレベルだ。

「俺、免許持ってるし動かせるんだぜ? 操縦席に興味あるだろう?」

 灰丞は自分の権限で、閻治に操作させようと考えていた。しかし、

「いや、遠慮する」
「なぁ何で?」
「こういうのはな、自分の手足を動かさんとご利益がない!」
「はぁ?」

 言っている意味がわからず聞き返す灰丞に彼は、

「是非ともこの腕を動かし、金を掘り当てる!」

 何とツルハシとスコップを持ってトロッコを押し、坑道に進もうとしているのだ。

「労働は男の娯楽だろう」

 その理論も意味不明。

「やめておけ! 絶対に後悔するから!」
「心配せんでもいい。礫岩なら我輩でも使える。もしも落盤が起きたら、礫岩を使って地面の下から出てくる」
「そういう意味じゃなくて!」

 どうして疲れるようなことをお勧めしないのか、灰丞は理由を知っている。しかし閻治の目はもう掘るつもり満々で、その方向に燃えている。

(だめだこりゃ……)

 諦めたのは灰丞の方だった。仕方なく閻治に坑道に入る許可を出した。

「ようし、待っていろ! ゴールドラッシュが我輩を呼んでおる!」

 夕方になって、トロッコを押しながら汗だくの閻治が坑道から帰ってきた。

「こんなに掘れたぞ、灰丞! どうだ!」
「はいはい……」

 トロッコには、彼が掘り出したであろう鉱物が山盛りされている。きっと乱舞で力を出して押したのだろう。

「で、これらはどのくらいの価値だ?」
「ん~と、大体二百キロぐらい?」

 目分量で測り、そして灰丞は言い渡す。何故後悔するのか、その理由を。

「一グラムもないなぁ。二千円になればいい方、かぁ?」
「何だと!」

 通常の金山は一トンに三グラム程度金が含まれていると言われており、この神蛾金山も例外ではない。

「延べ棒の一本も作れんのか?」
「あれは大体一キロは重さあるでしょ? これの、二千倍は掘らないとなぁ」

 これに怒った閻治はスコップを地面に叩きつけ、

「ふざけるな! 延べ棒にならんのか!」
「だ~から、後悔するって言ったじゃんか」
「覚えておれ、金山……!」

 これなら普通の鉱山体験や見学をしておけば良かったと、閻治は悔しがりながら叫んだ。

「明日は、エクスカベーターの操縦しよう。な?」


 夕食のために、三人は民宿に集合した。

「今回泊まるのは、ここだ。民宿・蛾の巣」

 民宿とはほぼ名ばかりで、旅館と言った方がいいかもしれない建物だ。部屋も結構ありしかもちゃんと他の部屋と区切ってくれている。

「面白かったぞ、蚕の話は! 幼虫は可愛いし、絹の触り心地もいい。今度、群馬の富岡製糸場に行ってみようかな」
「海の家は楽勝だったな。俺にかかれば焼きそばなんて簡単だ。ライフセーバーも常勤してるし、目立った事件もなかった」

 慶刻と法積は楽しそうに自分たちの体験を語る。そんな中閻治は、

「金を掘ったが、一グラムも手に入れることすらできなかった……」

 暗くボソッと呟いた。

「何をしに来たんだ、お前は?」

 生まれ故郷に遊びに行くわけでもなく、休息に努めるわけでもない。やったことは鉱夫の真似事。

「修行だ。人間、生きて死ぬまで自分を磨ける。いつでも人は、さらなる高みを目指せるのだ。我輩も当然、昨日よりも上にいなければならない!」

(閻治らしいなぁ……)

「何言ってんだか」

 食事を終えると、部屋に案内される。和室だ。もう布団が敷いてあり、エアコンも動いていて快適な空間。

「やっとまともに寝られるのか、俺は!」

 端っこを陣取った法積はそう言い、それから温泉に向かうことにした。

「閻治、この島に用事とかはないのか? 新学期の前に来るだけ来て、それで終わりか?」
「それ以外に何があると言うのだ? 生まれた場所ではあるが、だからと言って特別思い入れのある島ではない。物心がつく前に、離れたのだからな。ただ短期間の簡単な修行にはちょうど良いと感じただけだ」
「本当にお前らしい意見だ。遊ぶとか休むとか、そういう単語が一切出てこない」

 ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。どうやら法積が急いで戻って来たらしい。

「大変だ!」
「どうした、そんなに息切らして? 髪も全然乾かしてないじゃないか?」
「あの公美来が、この民宿にいるらしい!」

 と言われると閻治は立ち上がり、

「それは本当か?」
「露天風呂は男女で隣同士、壁を一枚隔ててるだけなんだ。浸かってたら話し声が聞こえてよ、どうやら相部屋で泊ってるとか……」

 その場で聞いた話が正しければ、公美来は黄昏窓香という女子高校と相部屋で、閻治たちよりも一日早く本土に戻る予定。

(これは偶然にしては出来過ぎだ。閻治はどう思う?)

 幼馴染の恋愛状況など、全然耳にしない。その閻治は公美来がこの民宿にいるかもしれないと聞き、

「我輩が直々に動かなければな」

 覚悟を決めていた。

「さて、何を贈るかだが……」

 女心なぞ知りもしない閻治は、プレゼントで気を引く作戦に舵を切る。だがこの神蛾島には、貴金属店やブランド物の店などない。そもそも旅行者である彼が今、貴重な物を持っているわけがない。

「おい、何チリメンモンスターやってるんだ?」

 だが彼には、普通の人が持っていないものがある。布団の上に札を置き、式神を召喚してある。ダイオウグソクムシ型の[アマテラス]、ヤシガニ型の[タルタ]、タカアシガニ型の[ツクヨミ]、ニシキエビ型の[スサノヲ]、トラフシャコ型の[カグツチ]、ミジンコ型の[マフツ]、ワレカラ型の[トリフネ]、アルテミア型の[マヒトツ]。これらは全て、閻治が制作し所有する式神である。

「全部、甲殻類型なのか。あ、でもカメノテやフジツボ、オキアミ、ザリガニとかロブスターはまだいないみたいだな」

 それも、フェリーで閻治が語った【神代】一族の呪いに関係している可能性があるのだ。彼の血縁者が式神を作ると、どういうわけか必ず甲殻類の姿になる。閻治はその外見に何も思わないが、もしかしたらアレルギー故に本能的な不快感を生じさせ抱かせる脅威の存在となっているのかもしれない。

「誰か、我こそは、と言う者はおらんか?」

 持ち主となる閻治としても、式神を手放すのはできればしたくないこと。だが言い換えればこれは、素晴らしいプレゼントになり得る。霊能力者にとってはネックレスや指輪以上の価値だろう。
 式神たちも、できるなら閻治の懐から離れたくはない。居心地が良いからだ。彼は札が少しでも傷ついたり汚れたり折れたりしたら、すぐさま新しい札に式神を移す。そして閻治自身が実力のある霊能力者であるために、式神に無理強いなどしない。懐に入っているだけで安泰なのだ。

「だが、誰かは行かねばならんのだ」

 閻治も、愛着がないわけではない。だがこの任務、式神以外には任せることはできない。何故なら閻治が自分の次に強さを信頼している存在は、彼が所有する式神たちなのだから。ゆえにこの中の誰かが、必ず公美来の心を射抜けるのではないか。

「キィ、キィー」

 ここで[マフツ]が手…というより触手を挙げた。手のひらサイズのミジンコ型でかつ、複数体で構成されている式神だ。

「おお、任せていいのか?」

[マフツ]も閻治のことが好きだ。だからこそ、信頼している主のために自分が出る。それが恩返しになるという判断。

([マフツ]! 貴様の見た目はちょっと独特だ。何せ正面から見ると一つ目のお化けにしか見えん……。だが、チカラは凄まじい!)

 そのチカラは、取り憑いた相手の運勢を操ることだ。気分次第で幸運になれるし、気に食わない相手を不幸に陥れることも可能。強いのに器用な式神が、[マフツ]である。

(人も式神も容姿より中身だ!)

 プレゼントする式神は、[マフツ]に決定した。
 他の式神を札に戻し、[マフツ]にだけ話しかける。

「公美来は美しい少女だ。だが境遇はあまり良くないかもしれない。それでもあの子に、最後までついて行けるか、[マフツ]?」

 頷いて答える[マフツ]。

「そうか。任せたぞ、[マフツ]! 貴様との日々は忘れん。アレは五年前の~」

 思い出を語り出した閻治に対し慶刻は、

「でもさ、どのタイミングで渡すんだ?」

 作戦を練ろうと提案した。

「普通に部屋まで行けば? 民宿だし、セキュリティなんてガバガバだろう? 女将さんに聞けば教えてくれそうだぞ」
「馬鹿! そんなのストーカーじゃないか。それにお前の話が確かなら、窓香? と一緒なんだろう? そっちに取られたらどうする?」
「それは勘違いが過ぎる気が……」

 だがこれは結構な大事だ。閻治は【神代】の跡継ぎなのだ。そんな彼がストーカーのようなことをしでかしてしまったら、面子は丸つぶれ。最悪の場合、勘当もあり得る。だから部屋に押しかけるような真似はできない。

「じゃあ、食事の時に隣に座ってみる?」
「相手がどこに座るかわからんぞ? それにここに食堂、二人掛けのテーブルもある。さらにこの民宿は、申請すれば部屋で食べることもできてしまう」

 それも難しい。

「じゃあどうするんだよ?」
「それを考えておるのだ……」

 自然な流れで会話ができればかなりいい。しかしそれはハードルが高過ぎる。

「相手の予定がわかれば、偶然を装って出くわせるんだが」

 法積が露天風呂で聞いたのは、相部屋で宿泊していることと閻治たちよりも早く帰ることだけ。

「なら、港で待っとけばいいんじゃない?」

 帰るタイミングを狙い撃つという提案だ。

「いいかもな、それ!」

 というより、それ以外で会えるチャンスがほぼない。

「では、我輩たちの最終日は港でお土産を物色しながら行動に出る!」
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