導入 その2
文字数 3,160文字
篠坂が運転する車は県境を越え、栃木に入った。
「予想が正しければその偽者は、おそらく今、墓山 神社 におる!」
数時間走れば午前中までに到着できる距離だ。
移動する車の中で、閻治は偽者について考えていた。
(【神代】の転覆を目論む者ではない。もしそうなら追っ手をどうにかすることを考えるはずだ。していないということは、そこまで頭が回っていない浅はかな野郎。随分と舐めた真似をしてくれる!)
もしもその者に【神代】を裏切ろうという意思があるのなら、まだマシだ。だが閻治が思うにソイツは、そうではない。ただ優遇されることを楽しんでいるだけの大バカ者。そんなヤツに名前を騙られたことが屈辱。
目的地である墓山神社では少し早いが昼食が準備されていた。
「あの客人は閻治様だぞ。失礼のない料理を!」
理由は当然、いつもの貧相な食事を提供するわけにはいかないためだ。そんなことをしたら、どんな怒りの落雷が飛んで来るかわからない。
「まだなのかい?」
既に食卓に着いているその男から、急かされる。
「すみません! いつもはこの時間に食事はしないので! 今急がせています!」
「そうか。ならいいよ」
墓山神社にいる者たちはみんな、この男が神代閻治であると思っている。しかし、違う。顔つきが似ているだけの別人なのだ。
(しかし……。名乗ってみるもんだな。閻治って聞くとみんながみんな、慌てふためいてそしてこの好待遇! 美味しくてやめられないぜ!)
彼の名は、神島 苑冶 。最初に自己紹介をした時に相手が、閻治と誤認したのが始まり。彼も訂正せず、
(これは何かに使えるかもしれん!)
その閃きが苑冶に偽りの名を呟かせた。そして閻治の予定を【神代】のデータベース上で見て狂霊寺で試しに使ってみると、あっさりと騙せたのである。
(名前だけビッグな奴なんだろうな、見たことないけど。とにかく今は美味しい汁をすすらせてもらおう!)
彼も霊能力者なのだが、実力はいまいち。だから普段はこんな待遇はされない。
しかし今は、閻治として墓山神社と接している。何も言わなくても上品な酒が出され、そして誰も彼に逆らわない。
味を占めた彼は閻治が向かう予定にない神社や寺でも同じ手を使ってみようと考えながら昼食が運ばれるのを待つ。
だが、何やら外の様子が変だ。騒がしい。
「どうかしたの?」
聞いてみると、
「はい、もう面倒事ですよ。閻治さんの名を騙る偽者がこの神社に来て、何やらわけのわからないことを喚いているんです」
「何?」
ギクッと思い、苑冶の顔から一気に汗が流れた。それをハンカチで拭き取ると彼は席から立ち上がり、
「今日はもういいや! すぐに帰る! 用事を思い出したんだ!」
食卓の襖に手をかけたその瞬間の出来事。
その戸が、吹っ飛ばされたのである。
「うわああ?」
廊下に倒れこむ苑冶。そして彼を見下ろす男が目の前に。
「貴様か、我輩の名を騙る偽者は……」
閻治である。霊障を使って話が通じない者を扉ごと吹き飛ばして無理矢理本殿に入り込んだのだ。
「ひ、ひえええええええ!」
戦う意思など苑冶にはない。元々勝てる相手ではないのだから。
「おいどうした? 我輩が貴様なら、そんなに怯えて無様な恰好は見せんぞ? もっと上手く擬態してみせろよ?」
手のひらに鬼火を生み出しワザとそれを相手に見せつける閻治。対する苑冶の行動は、
「も、申し訳ございませんでしたあああああああ!」
土下座である。額を思いっ切り床に打ち付け謝るのだ。
「裏切るとか歯向かうとか、そういう意図は全くないんです! ちょっと名前と顔が似ていたから調子に乗ってしまっただけなんです! 次はしないって心に決めていたんです! 誤解しないでください! どうか、お許しを!」
大きな声で精一杯の言い訳をする。しかし言葉とは裏腹に、
(クッソ~! 本人がこんなに速く気づいて追いかけて来るとは……予想外だ! どうすれば穏便に解決できる? 誰かに罪を擦り付けないと厳しいか? だとすれば、誰にする? 狂霊寺の連中か? それともここの神主どもか?)
反省の色は心にはない。そしてそれは見抜かれており、
「許してもらう? ……そうだな、死ぬまで我輩の奴隷となるなら見なかったことにしてやらなくもないぞ? どうだ?」
(許す気が一ミリもないじゃないかそんなの!)
「狂霊寺と墓山神社に混乱を招いた貴様の行為は、どうやって償うべきか? 我輩にはわからんな。許される行いではない」
もし、苑冶が反抗する気を少しでも見せたのなら、閻治も一戦交えてそれで不問にしたかもしれない。だが、そういう態度がないので許す気は一切ない。
「名前、確か神島苑冶とか言ったな? なあ苑冶? 地獄巡りの旅に興味はあるか? もちろん別府の地獄ではなく本物の地獄。罪深き魂が死した後にたどり着く場所だ…」
「い、い、い、命だけはお助けを……!」
ここで閃く苑冶。
「そ、そうです閻治様! 慈悲の心を! 憐憫の心が閻治様にあるのなら、そんな命を奪うなんて蛮行ができますでしょうか? 【神代】の跡取りであるあなた様がそんな行いをしたと知れ渡ったら、【神代】の名に傷がつくでしょう……!」
「貴様のせいでもうついておるわっ!」
怒鳴り返す。声のボリュームに比例して、手元の鬼火の炎が激しさを増した。
「ここで成敗してくれる!」
だが、
「閻治さん、ちょっと待って! お電話です……」
篠坂が携帯電話を持って、二人の間に割って入る。
「何だ篠坂? 我輩は今忙しい……」
「しかし、緊急事態ですって!」
無理矢理握らせられた電話に出る。
「……………何? それは本当か?」
本当に緊迫した出来事があったらしい。
「ふむ、ふむ……。わかった、すぐに犯人を指名手配せよ! 重罪だぞ、これは!」
電話を切った。
「どうしたんですか?」
「何やら、『橋島 霊軍 』の慰霊碑が破壊されるという事件が起きたらしい!」
篠坂の問いかけに閻治は答えた。
「……それは霊能力者の仕業ですか?」
「そうだ。砕け散った石碑から、霊気を感じ取れたそうだ」
それはつまり、霊能力者が意図的に破壊活動を行ったということ。
「こうしてはおられん! すぐに『月見の会』、『この世の踊り人』、『ヤミカガミ』の慰霊碑に人員を回せ! 次に狙われるのはそこかもしれんのだ! 我輩もすぐに本部、都内に戻る! この墓山神社も守りを固めろ!」
迅速な対応が求められるがために、閻治は指示を出した。彼が命令を出さなくても【神代】の本部が代わりにしてくれると思うが、跡継ぎとしての血が傍観を許さなかった。
「い、今のうちに……」
騒いでいる二人の隙を突いて苑冶はコソコソと逃げようとする。
が、
「貴様! どこまでも恥をさらしてくれるな!」
閻治がそれを見逃すはずがない。
「これをくらっていろ!」
鬼火を撃ち出した。
「あぎゃああああああ!」
その炎に突き飛ばされた苑冶は吹っ飛び、体が廊下の庄子を破って外の池に落ちた。
「アイツの処分は適当だが、もうこれでいい。篠坂! すぐに車を出せ! これは【神代】に対する立派な反逆だ! 犯人は生かしておけん!」
すぐにエンジンをかけた車に乗り、発進する。
「愚かなことをする輩が世の中にはおるのか……。馬鹿め、死罪以外では償えんぞ……」
かつて【神代】が滅ぼした霊能力者の集団……その跡地には、彼らの霊を弔ってやるための慰霊碑が建てられている。【神代】の行いが闇の歴史なら、それらは闇の遺産だ。手を出そうものなら、閻治ですら許されない。
移動する車の中では、【神代】のデータベースにスマートフォンからアクセスする。本部に戻る前に少しでも情報を得ておきたいのだ。
「犯人の目星はもうついておるのか! なら話は早い! ソイツを拘束しろ! ただちにだ!」
「予想が正しければその偽者は、おそらく今、
数時間走れば午前中までに到着できる距離だ。
移動する車の中で、閻治は偽者について考えていた。
(【神代】の転覆を目論む者ではない。もしそうなら追っ手をどうにかすることを考えるはずだ。していないということは、そこまで頭が回っていない浅はかな野郎。随分と舐めた真似をしてくれる!)
もしもその者に【神代】を裏切ろうという意思があるのなら、まだマシだ。だが閻治が思うにソイツは、そうではない。ただ優遇されることを楽しんでいるだけの大バカ者。そんなヤツに名前を騙られたことが屈辱。
目的地である墓山神社では少し早いが昼食が準備されていた。
「あの客人は閻治様だぞ。失礼のない料理を!」
理由は当然、いつもの貧相な食事を提供するわけにはいかないためだ。そんなことをしたら、どんな怒りの落雷が飛んで来るかわからない。
「まだなのかい?」
既に食卓に着いているその男から、急かされる。
「すみません! いつもはこの時間に食事はしないので! 今急がせています!」
「そうか。ならいいよ」
墓山神社にいる者たちはみんな、この男が神代閻治であると思っている。しかし、違う。顔つきが似ているだけの別人なのだ。
(しかし……。名乗ってみるもんだな。閻治って聞くとみんながみんな、慌てふためいてそしてこの好待遇! 美味しくてやめられないぜ!)
彼の名は、
(これは何かに使えるかもしれん!)
その閃きが苑冶に偽りの名を呟かせた。そして閻治の予定を【神代】のデータベース上で見て狂霊寺で試しに使ってみると、あっさりと騙せたのである。
(名前だけビッグな奴なんだろうな、見たことないけど。とにかく今は美味しい汁をすすらせてもらおう!)
彼も霊能力者なのだが、実力はいまいち。だから普段はこんな待遇はされない。
しかし今は、閻治として墓山神社と接している。何も言わなくても上品な酒が出され、そして誰も彼に逆らわない。
味を占めた彼は閻治が向かう予定にない神社や寺でも同じ手を使ってみようと考えながら昼食が運ばれるのを待つ。
だが、何やら外の様子が変だ。騒がしい。
「どうかしたの?」
聞いてみると、
「はい、もう面倒事ですよ。閻治さんの名を騙る偽者がこの神社に来て、何やらわけのわからないことを喚いているんです」
「何?」
ギクッと思い、苑冶の顔から一気に汗が流れた。それをハンカチで拭き取ると彼は席から立ち上がり、
「今日はもういいや! すぐに帰る! 用事を思い出したんだ!」
食卓の襖に手をかけたその瞬間の出来事。
その戸が、吹っ飛ばされたのである。
「うわああ?」
廊下に倒れこむ苑冶。そして彼を見下ろす男が目の前に。
「貴様か、我輩の名を騙る偽者は……」
閻治である。霊障を使って話が通じない者を扉ごと吹き飛ばして無理矢理本殿に入り込んだのだ。
「ひ、ひえええええええ!」
戦う意思など苑冶にはない。元々勝てる相手ではないのだから。
「おいどうした? 我輩が貴様なら、そんなに怯えて無様な恰好は見せんぞ? もっと上手く擬態してみせろよ?」
手のひらに鬼火を生み出しワザとそれを相手に見せつける閻治。対する苑冶の行動は、
「も、申し訳ございませんでしたあああああああ!」
土下座である。額を思いっ切り床に打ち付け謝るのだ。
「裏切るとか歯向かうとか、そういう意図は全くないんです! ちょっと名前と顔が似ていたから調子に乗ってしまっただけなんです! 次はしないって心に決めていたんです! 誤解しないでください! どうか、お許しを!」
大きな声で精一杯の言い訳をする。しかし言葉とは裏腹に、
(クッソ~! 本人がこんなに速く気づいて追いかけて来るとは……予想外だ! どうすれば穏便に解決できる? 誰かに罪を擦り付けないと厳しいか? だとすれば、誰にする? 狂霊寺の連中か? それともここの神主どもか?)
反省の色は心にはない。そしてそれは見抜かれており、
「許してもらう? ……そうだな、死ぬまで我輩の奴隷となるなら見なかったことにしてやらなくもないぞ? どうだ?」
(許す気が一ミリもないじゃないかそんなの!)
「狂霊寺と墓山神社に混乱を招いた貴様の行為は、どうやって償うべきか? 我輩にはわからんな。許される行いではない」
もし、苑冶が反抗する気を少しでも見せたのなら、閻治も一戦交えてそれで不問にしたかもしれない。だが、そういう態度がないので許す気は一切ない。
「名前、確か神島苑冶とか言ったな? なあ苑冶? 地獄巡りの旅に興味はあるか? もちろん別府の地獄ではなく本物の地獄。罪深き魂が死した後にたどり着く場所だ…」
「い、い、い、命だけはお助けを……!」
ここで閃く苑冶。
「そ、そうです閻治様! 慈悲の心を! 憐憫の心が閻治様にあるのなら、そんな命を奪うなんて蛮行ができますでしょうか? 【神代】の跡取りであるあなた様がそんな行いをしたと知れ渡ったら、【神代】の名に傷がつくでしょう……!」
「貴様のせいでもうついておるわっ!」
怒鳴り返す。声のボリュームに比例して、手元の鬼火の炎が激しさを増した。
「ここで成敗してくれる!」
だが、
「閻治さん、ちょっと待って! お電話です……」
篠坂が携帯電話を持って、二人の間に割って入る。
「何だ篠坂? 我輩は今忙しい……」
「しかし、緊急事態ですって!」
無理矢理握らせられた電話に出る。
「……………何? それは本当か?」
本当に緊迫した出来事があったらしい。
「ふむ、ふむ……。わかった、すぐに犯人を指名手配せよ! 重罪だぞ、これは!」
電話を切った。
「どうしたんですか?」
「何やら、『
篠坂の問いかけに閻治は答えた。
「……それは霊能力者の仕業ですか?」
「そうだ。砕け散った石碑から、霊気を感じ取れたそうだ」
それはつまり、霊能力者が意図的に破壊活動を行ったということ。
「こうしてはおられん! すぐに『月見の会』、『この世の踊り人』、『ヤミカガミ』の慰霊碑に人員を回せ! 次に狙われるのはそこかもしれんのだ! 我輩もすぐに本部、都内に戻る! この墓山神社も守りを固めろ!」
迅速な対応が求められるがために、閻治は指示を出した。彼が命令を出さなくても【神代】の本部が代わりにしてくれると思うが、跡継ぎとしての血が傍観を許さなかった。
「い、今のうちに……」
騒いでいる二人の隙を突いて苑冶はコソコソと逃げようとする。
が、
「貴様! どこまでも恥をさらしてくれるな!」
閻治がそれを見逃すはずがない。
「これをくらっていろ!」
鬼火を撃ち出した。
「あぎゃああああああ!」
その炎に突き飛ばされた苑冶は吹っ飛び、体が廊下の庄子を破って外の池に落ちた。
「アイツの処分は適当だが、もうこれでいい。篠坂! すぐに車を出せ! これは【神代】に対する立派な反逆だ! 犯人は生かしておけん!」
すぐにエンジンをかけた車に乗り、発進する。
「愚かなことをする輩が世の中にはおるのか……。馬鹿め、死罪以外では償えんぞ……」
かつて【神代】が滅ぼした霊能力者の集団……その跡地には、彼らの霊を弔ってやるための慰霊碑が建てられている。【神代】の行いが闇の歴史なら、それらは闇の遺産だ。手を出そうものなら、閻治ですら許されない。
移動する車の中では、【神代】のデータベースにスマートフォンからアクセスする。本部に戻る前に少しでも情報を得ておきたいのだ。
「犯人の目星はもうついておるのか! なら話は早い! ソイツを拘束しろ! ただちにだ!」