第6話 突風と激流 その1

文字数 3,640文字

 千葉県のとある民宿の一室に、永露緑祁はいた。

「こっちはレンタカー会社に払った分。んでこっちは移動に費やした分、これは入院にかかった費用……」

 現金をテーブルの上に分けて置いている。親が一括で立て替えてくれた借金だが、それをやっと稼ぎ終えた。カレンダーに目をやると、もう八月は終わって九月だ。

「よし! 何度数え直しても大丈夫だ! これを明日、郵便局で送金する! やった、借金生活から抜け出せたぞ!」
「おめでとう、緑祁!」

 八月は毎日舞い込んでくる仕事をこなした。昼間は藤松香恵と共に民宿の手伝いをし、夜は【神代】の祓いの仕事に赴く。身を粉にして働いた甲斐があり、九月の日程は半分以上残せた。

「さあて僕は明日郵便局に行ったら、青森に戻るよ。香恵はどうする?」
「私? 私も行こうかしら。緑祁と一緒に青森に行って、満喫するのも悪くないわね。ちょうど行ってみたいところがあるのよ」

 観光パンフレットを開き、

「三内丸山遺跡よ。それと東北に行くなら、平泉の中尊寺金色堂にも寄ってみたいわ。歴史の教科書でしか知らない場所なの」
「いいね。遺跡の方は僕が案内できるよ」

 実は緑祁、借金以上の金を稼いでいたので、残った夏休みを遊ぶことができる。
 札束を封筒に仕舞うと緑祁が目を擦りあくびをした。

「とりあえず、今日はもう遅くなっちゃったから寝よう! 明日、青森へ!」

 布団を二枚敷いて寝る準備を済ませ、部屋の照明を消して二人は就寝した。


 千葉県では新幹線に乗れないので、一旦上野まで行ってからチケットを買う。

「本当に便利な時代になったね」

 それさえ済めば面倒な乗り換えはない。

「緑祁の一人暮らしの部屋は、私も問題なく泊まれるわよね?」
「うん、大丈夫だよ。香恵はベッドで寝ていいよ。僕は床に冬用の布団敷くから」

 新幹線に乗り込んだ二人は、ウキウキしていた。残りの夏休みを楽しく有意義に過ごせそうだからである。
 新青森駅に着いたのは夕方になってからだった。それからタクシーに乗って、下宿先に向かう。

「一か月以上留守にしてたからね、郵便物が相当たまって……やっぱり」

 ダイヤルを回して開けてみると、ほとんどチラシだが一杯入っている。その中に光熱費の領収書や試し読みの新聞、電気屋からの手紙など。さらに封筒が一通紛れ込んでいる。

「なんだろう、これ? 何か入っているみたいだけど…?」

 厚さは二センチもない。

「誰からだろう……?」

 今日青森に戻ることは両親に伝えてある。それはつまり、千葉の民宿で昨日まで過ごしていたことを親は知っているのだ。実際に仕送りは民宿の方に届いた。だから親からの贈り物ではない。
 裏側を見ると、

「か、【神代】……? 【神代】の本部から僕に郵便物?」

 東京のその住所が記載されていた。

「……緑祁、何かしたの?」
「な、何にも! そもそも【神代】のためになることをしてたのに……」

 まさか、ヤイバを捕まえられなかったことを咎めるつもりなのだろうか? しかしアレは失敗したこととして処理されたはずだし、ヤイバが海外に飛んだことがわかったので【神代】は彼が二度と日本の土地を踏めないよう手を回したと聞いた。

「開けてみてよ」

 香恵が促したが、まずは玄関を開けて中に入り、荷物を運んだ。手も洗った。それが一段落してから、ハサミで封を切った。

「んんん? 数珠…?」

 まず封筒から出て来たのは、それだった。触っただけでわかったが、これは命繋ぎの数珠である。

「どうしてこれが僕に?」

 何も特別なアイテムではない。命繋ぎの数珠は【神代】に申請すれば、高値だが霊能力者なら誰でも購入できる。しかし買った覚えがない。

「手紙が落ちたわよ」

 それを拾い、読んでみる香恵。

「なんて書いてあるの?」
「競戦? 聞きなれない単語だわ」

 二人でその手紙を見る。

「小岩井紫電からの挑戦状をここに同封する。後で送られてくる封筒に、飛行機のチケットとホテルのカードキーが同封されている。指定された日時に、競戦の場所に来ること。拒否権はない」

 読み上げた緑祁はそれだけで何となく事情を察した。

「そうか、紫電が! 僕に勝負を挑むのか!」
「どういうこと?」

 横にいる香恵が困惑しているので、緑祁は彼女に説明した。

「紫電は僕のライバルなんだ。修練を追い詰める直前まで戦っていたよ。電霊放の名手で、僕は彼が外すところを見たことがないんだ。それから……」

 些細なことで彼の方からライバル心を持たれた。それが緑祁の心の方にも火をつけたのだ。

「僕は勝ちたいんだ、彼に! 四月に彼から挑まれた時は、修練が動き出したせいでそれどころじゃなくなってしまった。だから決着はまだついてないんだ!」

 そしてあの勝負はまだ未精算……優劣が決まっていない。

「でも、ここ。ちょっと気になる記載があるわ」

 手紙に隅々まで目を通していた香恵が、あることを指摘する。それは、

「なお、この挑戦は【神代】が派遣した四人の霊能力者に紫電が敗北した場合、無効となる。って」

 まるで一定条件を満たした場合、なかったことになるかのような文章だ。

「【神代】も決闘をやたらめったら許可しないってことだね。腕試しをして紫電が器かどうかを測る。それで合格したら、僕の前に現れる……」

 だが、緑祁は直感でわかった。
 紫電はその腕試しを乗り越える。そして自分の前に立つ、と。

「そうと決まれば、緑祁! ボサッとはしていられないわね……。相手は自分の腕を磨いているわ。緑祁も何かしらしないと………」

 こちらも修行するべき、と香恵は言う。

「そう…だね。でもそうなると、観光は後回しになっちゃうけどいい?」
「構わないわ。緑祁の想いを優先したいから」

 二人はカレンダーをめくった。もう九月の十三日。競戦の日まで一週間しかない。

「でも、どうしようか……?」

 緑祁は困った。時間が圧倒的に足りない。だから基礎基本の訓練は省いて実戦修行をするべきだろう。しかし相手がいない。

「香恵は絶対無理だよね……」
「わかってるなら聞かないでよ、悲しくなるじゃない。でも!」

 ここで役に立つのが、霊能力者ネットワークだ。

「近くにいる霊能力者に声をかけましょう。ワケを話せば頷いてくれると思うわ」

 ちょうど、廿楽絵美、神威刹那、大鳳雛臥、猫屋敷骸が函館にいるようだ。顔見知りの彼女らにまず話を持ち込んでみる。

「もしもし、骸かい? 頼みたいことがあるんだけど……」
「おお、緑祁か! 八月は大変だったな、お互いに。あんなヤツらの護衛だなんて、乗った俺らが馬鹿だったぜ。で、何だ? 内容によると思うがよ…」
「骸、こっちに…新青森に来れる? 僕と戦ってほしいんだ」
「それはどういう背景だ?」

 紫電の挑戦状のことを話した。緑祁は鍛錬をしたいのだ。それを伝えると、

「そういうことが進行していたのか! ちょうどこっちでの依頼は今日で終わる! 明日にでも向かえるぜ。今、絵美たちにも聞いてみる………」

 数分待つと、

「オッケーだ! 決まりだな、緑祁。明日、フェリーで本州に戻るから、帰りにお前のところに寄れるぜ」
「そうか、ありがとう」
「いいよ気にすんなって。絵美と刹那はもうやる気だぜ? 首を洗って待ってろってさ!」


 夜中の大学に人はほとんどいない。ただ照明がついている研究室があるため、夜更かししながら実験している可能性はある。

「よっと!」

 塀を飛び越えて構内に入った。香恵に手を差し伸べて彼女の体を持ち上げる。

「ありがとう」

 鍛錬の場に選んだのは、大学のグラウンドだ。深夜なら誰も見ていないだろうし使う人もいないだろうという発想で、その通り誰もいない。
 いや、厳密には四人いる。

「遅かったわね!」

 絵美が二人を見て叫んだ。

「そっちが速すぎるよ……。まだ約束の時間まで、十分もあるじゃないか」
「早く来るに越したことはない。それに我は汝との手合わせ、紫電のように望んでいたのだ。勝ち逃げはさせぬ――」

 刹那はそう言う。

「ああ、そう言えば……」

 この時、五か月前のことを緑祁は思い出した。

「どういうこと?」
「四月に修練を捕まえるために、刹那と絵美が派遣されたんだ。でもその時、僕らが協力するに値するかどうかを勝負した」
「それで緑祁が勝ったってことね?」

 頷く彼。

「事情は【神代】にも聞いた。早速始めよう、夜は早い」

 雛臥が最初に出ようとしたのだが、それを刹那が腕を伸ばして遮る。

「一番手は、我に任せよ。我はこの中で唯一本物の緑祁と競争したことのある人間。そして唯一、負けた人間だ。その汚名、ここで返上したいのだ――」
「私もよ! ……私は寄霊が再現した偽者だったけど、負かされたし。でも刹那が先にやりたいなら、いいわよ」

 絵美も緑祁と戦ってみたかったらしいが、初戦を刹那に譲った。
 ルールは簡単に決める。緑祁が刹那たち四人と戦う、それだけだ。やはり殺し合いに発展するようなことは避けるが、怪我はある程度許容できる。香恵の霊能力で傷は治せるためである。
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