第2話 神社沈下

文字数 5,879文字

【神代】の中では意見が分かれていた。夜の会議では、

「今すぐに調査するべきでは?」
「待てよ? 犯人だった蛇田正夫の身柄はもう拘束しているのだ、今更何を探れと?」
「だが、何かあってからでは遅い!」

 すぐに動くべきだという勢力もあれば、まずは様子見をした方がいいという派もある。どちらも間違っているとは言い切れない。

(しかし、胸騒ぎがするんだよな……)

 宗方重之助にはある予感が。それを察知したのか隣に座っている鬼越長治郎が、

「顔色悪いですね。どうかしました?」
「んあ? ああ、ちょっとな……。間違いなく何か起きるだろう」

 悪い虫の知らせがボリュームを大きくして警鐘を鳴らしていることを彼に説明。

「誰かいないか? 手頃に動かせる人員は?」
「可憐に行かせましょうか?」
「それは……最後の手段にしておきたい。彼女に指示出すのは、本当にどうしようもない時だけだ」

 長治郎の秘密兵器は温存しておきたいので、他の候補を考える。

「それに誰かと衝突させるんじゃない。調べ物をしてもらうだけだから、可憐に頼まなくていいだろう」
「では、紫電はどうです?」
「紫電? 小岩井紫電のことか?」
「はい」

 彼については、長治郎よりも重之助の方が詳しい。

「アイツでちょうどいいか! 実際に今回の怪しい人物……紬と絣だっけ? に、遭遇したらしいからな」

 それに実績もあり万が一の時の実力も申し分ない。適任だと思った重之助は、早速紫電に命令を下す。


「【神代】ってのは……」

 同じ時間帯、自分の家のリビングでケーキを食べていた紫電は愚痴をこぼしていた。

「そのイチゴ、私が食べていい?」

 稲屋雪女に欲しいと言われたので彼は、ケーキのてっぺんにあるイチゴを彼女に譲った。

「本当に人の事情を考えない奴らばかりだ!」

 シャンメリーをワイングラスに注いでから一口飲み、スマートフォンの画面をもう一度確認する。何度見ても【神代】からの命令の文面は変わらない。

「行きたくないの? 紫電、きみらしくないね」
「気が乗らねえんだよな、近場は」
「あ、わかった。飛行機に乗れないからでしょう? 青森から福島なんて近い道、わざわざ空飛んで移動しようなんて考える人はまずいない」
「…………」

 無言だが、これはイエスと言っているようなものだ。
 紫電は【神代】の命令に怒っているのではない。陸路で行かなければいけないことが不満なのである。同じ乗り物だったら、新幹線よりも飛行機の方が速いから好きという幼稚な理由で。

「ま! 言われたんじゃ行かねえわけにはいかねえ! 雪女! 明日は土曜日だ、行くぞ! 今週末はこの調査に乗り出す!」
「うん、わかった」

 雪女も特に予定がないので、その任務に同行できる。早速自室に戻って支度を開始した。


「紫電様、こちら新幹線のチケットです。はやぶさのグランクラスの最後尾をお取りしておきました」
「ああ、ありがとな!」
「お気をつけて!」
「もちろん。じゃ、行ってくるぜ!」

 執事が八戸駅まで送ってくれた。差し出されたチケット袋を受け取って紫電は雪女と共に新幹線に乗り込む。

「こっちの方がいいじゃん。地に足つけてるし、中も落ち着いてる」
「そうかぁ?」

 実ははやぶさ、福島駅には停まらないので仙台でやまびこに乗り換える必要があるのだ。もちろん執事はやまびこもグランクラスを予約してくれている。

「まあ一時間くらいは寝るか」

 アイマスクで目を隠すと紫電は座席を倒し、仮眠を取った。

「どんな景色なんだろう……?」

 隣の雪女はずっと窓の外を見ていた。
 一時間もすれば仙台に着いた。

「わわ、結構大きいんだね……」
「何せ東北地方では一番都会だからな。ポケモンセンターだってあるんだ」

 しかし東京には流石に敵わない。それでも八戸よりは発展しているように見える。
 やまびこに乗り換えた二人。今度は所要時間が二十分とちょっとしかないので寝ている暇もなく、紫電はずっと起きていてダウジングロッドの手入れをしていた。

「確認しておこう! 目的地は虎村神社!」
「何があるの?」
「先日、蛇田正夫って心霊犯罪者が捕まった。ソイツが神主やってた神社らしい」

 メールからダウンロードし印刷しておいた資料を二人で確認する。

「神社って感じの外見じゃないね。豪邸みたいな?」
「事実上の正夫の家と化していたらしいからな。好き勝手増築したんだろう。多分研究室もあるんじゃねえか? 捕まる前は研究家だったらしいしよ」
「何の研究をしてたの?」
「後天的に霊能力者になる方法だ」
「それ……寿命と引き換えだよね?」
「どうなんだろうな? あの五人が、長く生きられなくていいから霊能力者になりたいと言ったとはあまり思えねえし、正夫がそんな重要なことを黙っているとも考えられねえ」

 誰だって長生きしたいはずだし、正夫からすれば短くなった寿命を調節すると言って五人に指示を確実に聞かせることが可能なはずだ。

「もっとも研究結果が押収された今となっては、確認のしようがねえ」

 実はこの時の紫電の心境は、怒りに満ちていた。というのも彼は生まれつき幽霊を見ることができるが、雪女はそうではない。彼女は『月見の会』の失われた技術によって後天的に霊能力者になっているのだ。

(望まない力はただの足枷でしかねえ……。呪いみてえなもんだ。そんな不幸な人を増やすような真似、絶対に許せねえ!)

 だから、虎村神社に研究成果が残っているのなら、全て破棄する。【神代】の押収もちゃんとしているとは思うが、それでも取りこぼしがあるかもしれない。
 同じような思いを、雪女も抱いていた。

(霊能力者になることが幸せとは限らない。人為的に発現させる技術なんて、あっちゃ駄目なんだ)

 もしその技術が存在し生き残ったら、『月見の会』のような組織が出現しその二の舞になるだろう。彼女はそれを防ぎたい。
 福島駅に着くとレンタカーで予約しておいた車を借りる。虎村神社はカーナビに載ってないので、付近の適当な場所をセットし走り出した。

「私も免許取ろうかな?」
「お前の戸籍や住民票って、どうなってるんだ? それに俺ん家にいれば、お前が運転する必要はねえよ」
「紫電だけハンドル握るのは、疲れない?」
「大丈夫だ。この程度で弱音を吐くようじゃ、メスは握れねえ。手術はもっと時間と神経を食うぜ?」

 そうこうしているうちに目的地近くのキャンプ場に着いた。そこで車を駐車し、ここからは歩いて進む。

「いつ何が襲って来ても対処できるように」

 紫電はダウジングロッドを、雪女は雪の氷柱を握って臨戦態勢に移った。そのままゆっくりと周囲に気を配りながら林道を歩くが、

「変じゃねえか?」

 紫電が違和感に気づいた。

「何も、感じない……」

 それは雪女も同じ。
 虎村神社に近づいているはずなのに、何の気配も感じないのだ。正夫が捕まったから、護衛に回っている幽霊がいないだけかもしれない。

「だがよ、神社とか寺院ってのは独特な空気を生み出してるもんだぜ? それすらねえのはどうなってんだ?」
「寄り付く幽霊もいないほど、廃れてるのかも?」
「いやそれなら寧ろ、変なのがたむろしてる方が普通だろ?」

 そんな疑問を二人で話しながら足を進めると、

「ああーっ!」

 虎村神社……の跡地に着いた。

「何も、ない………」

 林の中に突如現れた更地。

「ここであってるよな?」

 資料に記載された座標と、自分のスマートフォンのGPSの緯度経度を照らし合わせる。多少のズレはあるだろうが、それでも虎村神社の規模を考えれば付近にないとおかしい。

「[ヒエン]! 上空から探してくれ!」

 式神の札を取り出し、ツバメ型の[ヒエン]を召喚し空に解き放った。

「ヒュロロ!」

 しかし一向に見つけられない様子だ。

「ねえ紫電、ここの更地は新しいんじゃない?」
「そうだな。俺もそう思う」

 というのも更地の割には、フェンスで囲われていない。有刺鉄線すらないので誰でも踏み入ることが可能だった。そして四月になったというのに雑草も生えてないのだ。土も最近掘り返したような見た目である。

「だがよ、神社を取り壊したんなら、残骸はどこに運んだ? トラックやショベルカーの痕跡すらねえぞ?」
「蒸発したのかも?」

 手に持っている氷柱を消しながら言う雪女。これと同じことができるのなら、可能なはず。

「正夫の霊障は、恐鳴だったはず! いや、待て! 恐鳴なら大きなシロアリを生み出して全部食ってしまうことが可能か……? いやいや、もしそうなら証拠隠滅は【神代】に目を付けられる前にしてねえと」

 ということは、ここにあった虎村神社の消失には正夫は関与していないということだ。

「じゃあ誰がどうやって消したの?」
「そこ、なんだよな……」

 その、実行者と手段がわからない。

「もうちょっと探索してみようぜ。付近に何か落ちてるかもしれねえ」

 カブトガニ型の[ゲッコウ]とイノシシ型の[ライデン]も召喚して探索を手伝わせる。紫電は林の中を、雪女はキャンプ場の周辺を隈なく探すが何も見つからない。

(おかしいぞ? 写真を見るに虎村神社は、純和風な豪邸だ。瓦の一枚くらい落ちててもおかしくないはずなんだ。そもそも生活の痕跡すら見当たらねえ……)

 一旦紫電は、【神代】に問い合わせた。虎村神社の住所がここであっているのかを確認するためだ。

「何? 建物自体がない?」

 電話の向こうの重之助もそれに驚いている。

「今グーグルアースで見てみたが、確かにそこにあるはずだ」
「でも、ねえものはねんだよ!」
「ちょっと待て。家宅捜索をした人物に連絡を取る」

 数分後、

「今、氷月兄弟と彩羽姉妹に確認を取ったが、四人はちゃんとそこにある虎村神社に足を運んでいる。写真も撮ってあるぞ?」

 紫電のスマートフォンにもそれが送られてくる。

「本当だ……」

 近くの木の枝の形が同じだったので、この場所で間違いないのだ。

「正夫に尋問してみるか?」
「何も答えねえかもしれねえぜ? もうちょっと詳しいヤツはいねえのか?」
「正夫と親しい人物と言えば……吉備豊次郎だが、彼は三月に亡くなっている。他は茂木剣増と淡島豊雲……。ん、これは!」

 霊能力者ネットワークを見ていた重之助が何か、気づいたらしい。

「紫電、その更地を掘ってみてくれ?」
「はあ?」
「この、豊雲という人物は! 震霊という霊障発展が使える。礫岩の上位種なのだこれは」
「そういうことか!」

 礫岩を使えるものなら、地面を陥没させることは容易に可能。それが霊障発展ならなおさら簡単だろう。

「虎村神社は、そこに沈んでいるかもしれない」

 まず雪女と式神たちを呼び戻し、

「では、掘るぞ!」

 木を二本切り倒した。それを雪の氷柱でいらない場所を削って簡単にスコップを作ると、それで地面を掘り返す。式神は[ライデン]は自力で土を掘れるが[ヒエン]と[ゲッコウ]には不可能なので、見張りをしてもらう。

「お?」

 何やら硬い物にぶつかった。

「そこを中心に掘ってみよう」

 少しずつだが邪魔な土を取り除いていくと、瓦を発見した。それに一枚だけじゃない。その回りを掘ってみると、一列に並んで埋まっていて、しかも持ち上げることができない。

「ま、まさかな……」

 しかし[ライデン]の方は、鳥居の上の部分を発掘した。ここまで来ると信じない方が無理だ。

「ビンゴしてしまったか……」

 ここの地面の下に、建物が丸ごと沈んでいる。境内ごと地の下に埋もれているのだ。

「これは早急に、【神代】に報告しねえといけねえぜ…」

 証拠写真を撮ってそれを送り、また電話する。その横で雪女は、

「どうしてこんなことをしたの? あの五人にとってはここが帰れる唯一の場所じゃない?」

 首を傾げていた。

「……わかった、俺たちは撤収する! 雪女、ここに【神代】の調査員がまた来るらしいから、俺たちは八戸に戻ろう」

 電話を切った紫電はスコップを目印代わりに地面に立て、式神を札に戻すと駐車場に向かった。
 その、キャンプ場から離れていく車を見ている人物がテントの中にいた。

「やはり来たな、【神代】の手!」
「あれは紫電って人物だね。隣にいたのは雪女。『月見の会』の生き残り」

 秀一郎と寛輔である。二人は念のために虎村神社の跡地を見張っていたのだ。

「ああいう命令に従って善人ぶっているヤツが一番ムカつく。そうだよな、寛輔?」
「……どうだろう?」

【神代】が自分たちを追っている。そのことがわかったので二人も撤収するため、紬に連絡を入れて絣を派遣してもらうことに。もちろん道は礫岩による地下道だ。


 帰りの新幹線の日付は明日なので、紫電と雪女はこの日の残りを福島県内のホテルで過ごすことに。

「紫電か? 今、電話は大丈夫か?」

 重之助から連絡があった。

「うん、うん……。そうか、わかった」

 それは、今現在剣増とも豊雲とも連絡がつかなくなっているということ。

「黒幕は二人ってことだな。剣増と豊雲! その二人が正夫が生み出した霊能力者を横取りし、証拠隠滅のために虎村神社を消した! そして五人と共に行方をくらませている…」

 それが、【神代】が下した結論だ。

「面倒にならない内に、対処しなければならないな」

 正夫を捕まえても豊雲たちが野心を受け継いでいる。その場合、豊雲を捕えてもまた他の誰かが現れるかもしれない。その野望の連鎖を、【神代】は本気で止めるつもりだ。

「紫電! 君の実力を疑うのではないが、増員させてもらう」
「全然いいぜ」

 まだ誰に声をかけるかは決めていない。しかし紫電だけでは対処できないと判断された。彼もその決断に異議はない。
 電話の後、雪女が、

「ねえ紫電? 五人とその剣増と豊雲は、どこにいると思う?」
「新しい本拠地を築いているだろうな。基地となる場所があった方が動きやすいはずだぜ。となると別の神社や寺院、教会か?」

 しかし、豊雲たちに協力してくれそうな人はそういそうにいない。【神代】への背信行為は、罰則が重すぎる。脅迫されているのならあり得ない話ではないが、その場合は救難信号が出てても変じゃない。

「どこか! それこそ、普通の建物かもしれねえ。霊能力者が見落としている場所や思いもよらぬところかもな。廃校や廃墟ホテル、廃病院その他の心霊スポットとかも虱潰しに探ってみるべきだ」

 となれば、やはり紫電だけではとても人員が足りない。

「問題は、それがどこなのか!」

 福島からもう出ているのかもしれないし、裏をかいてまだ留まっているかもしれない。今わかっていることは、虎村神社は沈下して消えたということだけだ。
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