第9話 生死の境界線 その1

文字数 2,491文字

「真犯人の本拠地はわかったわけだが……」

 範造が運転する車。彼はこの重く沈んだ雰囲気を打破すべく、

「……レンタル屋には悪いが、この車は廃車にしないとな。呪いの谷、そしてこれから行く心霊スポット……。事故車じゃあないか、これ。何か憑いててもおかしくない」
「こういう時に気も利かんジョークしか言えんのか、そなた……」
「うるせえぞ、赤実」
「緋寒じゃ! 何度も言わせるな! ほくろの位置で見分けを……」
「何で運転中に貴様の顔見ないといけないんだよ、事故るじゃあないか」
「それこそ事故車じゃないか!」

 彼と緋寒は相性が悪いために、終始こんな感じである。
 途中ガソリンスタンドに寄って燃料を補給し、それからまた目的地を目指す。ひたすら富山の県境に沿って車を進めた。疲労こそあるが、今はそんなことを言っている暇はない。

(一刻も早く、蛭児を!)

 捕まえなければいけないのだ。

「絵美に刹那、貴様らは少し寝てろ」
「どうして?」
「落ち着けって言いたいんだ、俺は。真犯人……まあ蛭児で確定なんだろうが、この先に本当にいるとしたら……。心の高揚は隙を作りやすい。精神的に落ち着かせろ」

 相手のことを考えての発言だ。しかし、

「そんな気遣い、いらないわよ」
「右に同じ――」

 絵美と刹那はもう、覚悟を済ませている。だから心が揺らぐことはないと確信しているのだ。

「そうか……」

 その気迫、運転に集中している範造も感じ取った。だから彼はこれ以上何も指図はしなかった。

(早く到着したいが、皇が速度メーター睨んでるな……。制限速度を一瞬でもオーバーしたら、烈火のごとく怒るだろう。済まない、絵美に刹那……。もうちょっと、ピリピリした緊張感に耐えてくれ…!)

 ただひたすら、夜道を進む。


 その廃墟ホテルは、まるで世間から忘れ去られたかのように森林の側にあった。

「やっと着いたか。もう九時回ってる……」

 夕食を食べたり休憩をしたりもしたので、やや時間がかかった。これは範造なりの優しさだ。早く着けないのなら、休息を増やしてやろうと思った部分もある。

「じゃあ、行くわ……」

 月が明るい。その月光が廃れたホテルを薄っすら照らしている。

「おかしな雰囲気だ――」

 その違和感に真っ先に勘付いたのは、刹那である。

「確かに変だな…? 目の前のあの建物は、心霊スポット! なのに幽霊の気配を感じない。付近にも浮遊霊がいない…」
「誰かがここを祓った、とか?」
「それはない」

 緋寒曰く、

「【神代】のデータベースには、ここに関する情報はない。つまり依頼が出されたことはなく、霊能力者が立ち寄ったりもしないというわけじゃ」
「なるほど。じゃ、理由は一つしかないな」

 その一つ、思い当たることがある。

「禁霊術! 使ってるな、ここでも!」

 周囲の幽霊すらも蘇らせ、使役している可能性が浮上。そのせいで、霊がいないのだ。

「必ず、終わらせてやるわ………」

 静かな怒りを絵美は感じる。死者の尊厳を破壊し、意思も捻じ曲げて自分のいいように使う。役に立たないなら放っておく。こんなことが許されていいわけがない。

「気をつけよう。この真犯人は、多分強かだ。おそらくそう簡単には捕まえられない。だからと言って殺してもいけない。最悪、証拠を一部でも掴んで逃げれば後で【神代】が重い腰を……」

 上げて捜査をしてくれるはず、と範造は言いたかった。だが、絵美たち四人の表情を見ると言葉が喉の奥に引っ込んでしまったのだ。

(ジブンたちだけて、カイケツするキだね……。かなりムズカしいとオモうけど、もうケツイをしているカオ……)

 何を言っても意味がない、と言える。でもそれは、自分たちが解決しなければいけない問題に直面している、とも言い換えられる。

「この人数だ。いくつかに分かれよう」
「駄目じゃ」

 雛臥の提案を朱雀は蹴った。何故ならまだ彼らは監視対象なので、離れるわけにはいかないからだ。もう逃げる可能性はほぼないだろうが、最後まで自分たちの役目を全うしなければいけない性。

「じゃあ大勢になるが、十人で移動するか」
「そうだな。探索はしにくいだろうが、固まっている方が安全かもしれん……」

 みんなで入ることに。
 ホテルの入り口までの道に、人影が一つあった。

「出た……!」

 死者。この世に留まってはいけない穢れた魂。

「はっ!」

 すぐさま絵美が駆け出る。激流を使って一気に葬る。

「ぐああ……」

 手応えからして、これは雑魚だ。それも見張りの役目があるのだろう、倒れる前に鬼火を夜空に向かって打ち上げたのだ。

「……おそらく今ので蛭児にバレた! どうする、絵美?」
「行くしかないわよ、ここまで来たら!」

 迷いはない。進むことを選ぶ。


「まさか……。誰かが来ているのか!」

 花火は目印で、見張りが敵襲を教えるために上げたもの。禁霊術を使って蘇らせた人がもう一度死んでも、それが蛭児へ感触として伝わるわけではないので、その役回りが必要だったのだ。

「【神代】が、ここを嗅ぎつけたというのか……! もう発覚する、だと……!」

 驚いたのは、敵の襲来にではない。この速さだ。蛭児が本拠地を移してまだ全然日が浅い。にもかかわらず、【神代】は彼が禁霊術を犯したことを知り、そしてここに潜伏していることまで掴んでいる。さらに自分を確保するべく、霊能力者を派遣しているのだ。

「私の計画が、こんなところで躓いてたまるか!」

 危機感を抱いた彼は、指示を出す。

「幽左衛門、この輩を仕留めろ! 行け」
「わかった…」

 他にも死者を出撃させるが、國好と敦子は手元に残しておく。

(嫌な予感がする……! 私の本能が、防御に回れと言っている……! だ、だが!)

 ここを攻められない自信がある。素人が探したのでは絶対にわからないはずだ。何故なら彼には、蜃気楼があるから。入り口を幻覚で隠ぺいしているので、絶対に暴かれるはずがない。
 一方で本能が警告しているのも事実。念には念を入れることにし、一人の死者にまた合図をさせることにする。

「ないとは思うが……。もしも幽左衛門が負けたら、お前が花火を上げろ! その時は何が何でも騙して逃げ抜く!」
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