第1話 意図しない関与 その2

文字数 4,678文字

 しまなみ海道を通って本州に移動し、そこから新尾道駅に着いた、レンタカーはそこで乗り捨てて、新幹線に乗車。三時間くらいかけて東京駅に来ると今度は乗り換えだ。盛岡駅までは二時間以上をはやてと一緒に進むが、そこからあきたこまちだけは切り離されて秋田新幹線の路線を進む。

「寒いわね、流石にここまで来ると。何せ、日本海側よ?」
「雷警報……。信じられないとしか言えない。雪と雷、奇怪な組み合わせである――」

 田沢湖駅から出た二人を待ち受けていたのは、肌を貫く雪国の冷たい風だった。四国にいては味わえないほどの寒さが二人を包む。流石に我慢できず駅周辺の服屋に駆け込み、上着を購入した。

「そう言えば、緑祁と紫電は青森出身よね? この寒さ、慣れっこなのかしら? それとも寒さは感じない、とか?」

 ここでまたレンタカーを借り、田沢湖周辺のホテルに移動だ。今日はこの大移動で疲れたので、これ以上は何もしたいとは思えない。温泉に浸かって疲れを体から洗い流し、明日に備えるのだ。依頼主には、ちゃんと秋田に入ったことを報告。すると、

「では明日、予定通り午後九時にお願いします。場所は……」

 すぐに返事があった。こういう時、反応は速い方が助かる。明日の午後九時に、依頼主の方がこのホテルに来てくれるそうだ。

「一つ、提案があるのだが……――」

 刹那は言う。もしも除霊予定の幽霊が強力だった場合、二人だけでは困難になるのでは、と。その場合に備えて近くにいるはずの永露緑祁や小岩井紫電、もしくはよく一緒に仕事をする、大鳳雛臥や猫屋敷骸に声をかけるべきでは、とも。

「言いたいことはわかるわ……」

 負けること、それは懸念すべき事態だ。そう陥らないよう立ち回るのがベストなのだが、上手くいかない可能性も考えられる。
 しかし、

「でも、大丈夫よ。幽霊の種類はハッキリしているらしいわ。討伐の難易度はそれほど高くはないらしいのよ」

 自信たっぷりの絵美。そして刹那もその余裕に異議を唱えない。二人とも、二人揃えば大丈夫と感じているのだ。


 次の日の午後九時前、ロビーに二人は降りた。待ち合わせの依頼主は、このフロアのソファーに既に腰かけているらしい。赤いマグカップが目印、とのこと。

「あ、いたわ」

 そこまで混雑してないので、すぐにわかる。

「やあ、遠いところからよく来てくれた。絵美さん、刹那さん」

 その依頼主……美田園(みたぞの)蛭児(ひるこ)は彼女らよりも一回り年上の三十二歳。やつれた体の男性だった。聞く話によると、霊能力者ではあるものの研究専門であり、除霊などには精通していないらしい。でも知人に頼まれてしまい、断れず【神代】にこの依頼を持ち込んだそうだ。

「他の人に頼むとなると、もっと金が必要になってしまう。その点君たちはありがたい。あの条件で受けてくれるなんて…!」
「ついでに東北地方を旅行したいのよ」

 雑談はここまでにして、その依頼の内容を詳しく聞いてみる。

「悪さをしているらしく、そして普通の幽霊ではないらしいのだよ。私は、おそらくは災霊だとは思うのだが……。まだ実際に見ていないから、何とも」

 災霊(さいれい)とは、災いを生じさせる悪霊のことである。日本各地で起きたとされる災害のいくつかは、コイツのせいであると言われているほどだ。平然と人の命を奪うほどに危険だが、何故か人に懐くこともある。気に入られれば、少しも危なくない特殊な幽霊だ。

「できれば、捕獲したい。今後の研究の糧になるからね。でも無理そうなら、除霊してしまって構わないよ。そこら辺は、君らに任せよう」

 絵美と刹那は、最初から捕獲前提の任務だったら難色したかもしれないが、最悪祓ってしまっていいのであれば、難易度はガクッと下がる。だから、

「わかったわ。是非、私と刹那に任せてもらいたいわね」
「頼もしい……」

 契約は成立。すぐに移動だ。レンタカーを使って、湖の北側にある森林に移動した。


「もうちょっと、じゃない?」

 今、どこを走っているのかがよくわからないほどに真っ暗の道を進んでいる。すれ違う車すらない。そもそも車一台が通るのでやっとの山道だ。

「カーナビはどう?」
「さっきから、意味不明の場所を示しているわ。どうやらここら辺、電波が悪いみたいね」

 スマートフォンを開いたが、確かに劣悪だ。インターネットにすら入れないのだ。もしも遭難したら……。自分が幽霊になりかねない。

「そういう冗談は置いておいて。君たち、霊障のほ………」

 霊障の腕を聞こうとしたその時、刹那が急ブレーキを踏んだ。

「ど、どうしたのよ、刹那!」
「今、見つけた――」
「え……?」

 確かに前を横切ったのだ。大きさと速さから考えて、人間でも動物でもない。そして明らかにぶつかったと運転手の刹那が感じたのに、車は何も衝撃を受けていない。

「マズい! この車ごと、あの世に送られかねないぞ!」

 蛭児がそう叫んだので、三人は急いで車から出た。

「ゲハハハハ!」

 その不気味な笑い声は、山道の奥から聞こえる。道なりに進めば、一本道だし多分迷子にはならないだろう。

「行くわよ、刹那?」
「覚悟はできている。だからこそ、本州を横断したのだ――」

 今また、チラリと幽霊の姿が見えた。その容姿は大きな白い骸骨。手招きするかのように、二人を誘っている。

「乗ってやろうじゃないのよ!」

 絵美が駆けた。それを見た刹那も走り出した。後を追う蛭児は、二人にバレないようにニヤッと笑った。


 相手の幽霊は早々に逃げるのを諦めた。

「観念するがいい――」

 ここまで、十分ほど林道を走って追いかけた。

(でも、本当にこれでお終い? 何か、罠を仕掛けているんじゃないの?)

 半信半疑なのは、絵美だ。何故なら幽霊は攻撃を一切仕掛けて来なかったからだ。普通はあり得ない。そもそも蛭児の話では、悪事を働いている幽霊のはずだ。なのに霊能力者相手に、何も攻めてこない。

「絵美、汝と我が力を合わせてあの幽霊を捕まえてやろう――」
「そ、そうね……」

 ただ、この周辺から幽霊特有の瘴気を感じないのも事実。だから、罠などはない。
 二人は前に踏み込むと、霊障を使った。絵美の霊障は、激流。同じ水を操る鉄砲水の上位種である。刹那のは、突風だ。旋風よりも速く鋭い風が吹く。
 激流と突風が幽霊に当たった時、何かが砕ける音がした。大きな岩が崩れる音だ。

「え、な、何?」

 しかも、二人は一応捕獲を試みてみるために手加減していた。にもかかわらず、一撃で幽霊は姿を消したのだ。おまけに幽霊に当たったというのに、全然手応えがない。
 幽霊の姿は消え、砕け散った岩の破片が周囲に転がっている。

「どこに消えたの? 見てなかった、刹那?」
「いかん! 見失うとは……。しかしすぐに見つけられる、我の風は嘘を吐かないのだ――」

 刹那が手を挙げ、風を森林に引き起こした。この風で、何から何まで、手に取るようにわかる。それが幽霊であっても、だ。

「不在? 存在していないというのか――?」

 だが、それでも周囲にはさっきの霊はいない。それどころか、他の浮遊霊の類も一体もいない。

「ど、どうなってるのよ、これは…!」

 バラバラに砕け散った岩が何なのか、この時の二人にはわからない。ただ、破片の形からして、人工的な加工が施された岩だと感じた。

「蛭児さ……?」

 振り向くと、彼はいなかった。

「へ? え? はいぃいいい? どこ行ったのよ? さっきまでそこにいたじゃないの!」
「………――」

 さっきから、何が起きているのかまるでわからない。幽霊はどこへ消え、壊してしまった岩は何で、そして蛭児はなぜ逃げたのか。考えが追いつかないことが連続して起きている。


 数分、幽霊と蛭児のことを探した。だが、一向に見つからない。仕方なく明日、警察に通報しようと決めて車に戻った時だ。

「――!」

 停めてあったはずのレンタカーが、そこになかった。

「誰かが乗っていったの?」

 刹那は車から降りる時、急いでいた。だからカギを閉めた記憶も、持って降りた記憶もない。誰かに急かされたから、その暇がなかったのだ。

「美田園、蛭児……――」

 あの時彼が、急いで車から出ろ、と叫んだために疎かになってしまったというわけだ。その肝心の蛭児もいない。
 こんな冬の夜中の林道に人がいるとは思えない。だからなのか、

「まさか、蛭児が乗って、一人で帰ったってこと……?」

 二人の思考はそこに行きついていたのである。


 寒さに歯を食いしばりながら、何とか山を下ってホテルまで戻って来た二人。既に夜は明け、朝日が二人の顔を照らし出した。

「文句、言ってやるわ!」

 すぐに部屋に戻って体をシャワーで洗うと、絵美はタブレット端末を開いて依頼のページに飛んだ。が、

「……? ない? どうして?」

 昨日まであったはずのそのページが、何故か削除されていたのだ。

「理解、できぬ……――」

 刹那が呟いた。絵美も同じ気持ちだろう。頭がフラフラするのだ、多分煙を出してショートしている証拠。

「少し、寝ようか、刹那……」
「グーズーピー…――」

 疲労と空腹も限界で、そのまま二人はベッドに入って眠ってしまった。
 昼過ぎには目が覚める。

「う~ん、寝すぎちゃったかな? 刹那、何か食べ物なかったっけ?」

 刹那のことを揺さぶって起こし、それを聞いた。だがお菓子しかなく、これでは空腹を満たせない。

「通報はどうする? 蛭児が車を奪ったことはほぼ確定的だが、それでも遭難していると我々にも責任がありそうだ――」

 彼女の言う通り、万が一蛭児が下山できていない場合、放っておけば絵美たちは彼のことを見捨てたことになる。だがこのまますぐに助けてやろうというのは、腹が立って仕方がない。

「お昼の方が優先順位は高いわ。まずは何か食べましょう」

 何かしら食事をすると決めた時だ、部屋のチャイムが鳴った。

「誰……?」

 もしや蛭児か? と思ってドアアイを覗き込むと、全然違う人が立っている。女性、それも見たことのある顔だ。

「皇の四つ子? どうしてこんなところに?」

 あの四つ子は全員同じ顔なので、誰であるかはわからない。だが前に見たことがあるので、怪しい人物ではないことは確か。だから絵美はチェーンを外してドアを開けた。

「久しぶりじゃない、えーと……」
「あんれ、わたしは朱雀じゃ。わたしら四つ子は、ほくろの位置で見分けることができる」

 皇朱雀の場合、その位置は左目の下。でもそんなことを言いに来たのではない。

「何の用? あなたもここに泊まっているとは、知らなかったわ」
「さっき到着したばかりじゃ。にしてもそなたら、とんでもないことをしてくれおったな?」
「とんでもない、こと………?」

 もっと疑問が絵美の頭に沸いたのだが、何も聞けなかった。何故なら朱雀の容赦ない肘鉄が、彼女の腹を襲ったから。身体能力が上がる霊障、乱舞も合わさって強靭な一撃となり、絵美の意識を打ち抜いた。

「な、何が起きている――?」

 突然床に絵美が倒れたのを見て、刹那は驚く。しかしその驚愕の表情も長続きはしない。朱雀が動いたと思ったら、刹那の腹に拳を入れたからである。

「……――!」

 気絶した彼女もまた、床に落ちた。

 二人を一度ベッドの上に寝かせると朱雀はスマートフォンを取り出し、電話をかける。

「わたしじゃ、朱雀じゃ。ミッション、コンプリートじゃ。これから二人の身柄を、紅華と一緒に東京まで運ぶ!」

 数分後、この部屋を訪れた皇紅華は蜃気楼を使って人の目を欺き、ワンボックスカーに二人を乗せてホテルを出発。目的地である東京までの長い道のりを始めた。
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