第5話 好敵手の決意 その1

文字数 4,259文字

 緋寒は逐一、状況を【神代】の本部に伝える役目も担っている。

「東花琥珀たちが、緑祁にやられた! 命に別状はないが、緑祁はさらに凶暴化しておる! そしてわかったことが一つ……誰かが協力しておる!」

 その誰かは、まだわからない。しかし背信行為を起こしている緑祁の影に人物がいる、ということが重要だ。

「肝心の緑祁の確保はどうなっている?」

 予備校の職員室に一人待機している長治郎はその情報に、そう聞き返した。

「それは……」

 まだできていない。今もなお、どこにいるかがわかっていない。

「まいったな……」

 何に困っているのか、それは緋寒たちが緑祁を捕まえられていないことに対してではない。

「これ以上人員を派遣するとなると、もう重罪を課すしかなくなってしまう。できれば緑祁には、重い罰は与えたくなかったんだが……」

 凶悪な人物というレッテルが貼られてしまうわけだ。本来の彼は全然そうではないのにもかかわらず。

「皇、ちょっとこちらも考える。また後で連絡する」
「了解じゃ」

 電話を切り、デスクトップパソコンを立ち上げて画面と睨めっこする。

「誰に頼むべきか………?」

 霊能力者ネットワークを使えば、誰にでも仕事を頼める。だが今回はかなりの実力者を選ばなければいけない。今の緑祁は手強く危険だ。生半可な実力を持つ者は信頼できないのである。

「もう、行かせるしかないのか……」

 長治郎の脳裏に浮かぶ、ある人物。彼が知っている中で一番強い霊能力者だ。霊障を扱えない分、札捌きに長けている。

「里見可憐の連絡先は確か……」

 スマートフォンを取り、電話帳を開く。直属の部下であり個人的に連絡ができる仲なので、電話をすればすぐに呼び出せる。だが手が躊躇い、一瞬指の動きが止まった。

「困っているようだな、長治郎」
「満さん……」

 神楽坂満がこの職員室にいた。ドアの開閉音や足音に気づかなかったくらい、長治郎は精神的にまいっていた。

「今回の事件、犯人はあの緑祁……! それには私も驚いた! あの彼がこんなことをしでかすなど、予測不可能だ! 寧ろ彼は、防ぐ側守る側の人間だからな」
「どうして緑祁が暴走しているのかも重要だけど、その前に彼をどうにか捕まえないといけないのですが……。しかし、成功しない……。もう躊躇している暇がないので、可憐に行かせるつもりです。彼女なら、完璧に遂行できるでしょう」
「本当にそれでいいのか?」

 満は、長治郎の悩みの種を見抜いていた。

「緑祁とあまり関係ない人物には、関わらせたくないんだろう?」
「そうですが、もう背に腹は代えられません。私情よりも事態の終息を優先するべきなのです。彼が誰かの命を奪う前に、どうにか……」
「任せてくれ、って言っているヤツがいるんだよ」
「誰でしょう?」

 それは、満の部下だ。

「辻神、出て来い」

 言われると、机の下から辻神が現れた。

「おお、お前が噂の?」
「緑祁には、恩を返さないといけないと思っていた……」

 辻神たちが【神代】に裁かれようとしていた時、緑祁は庇ってくれた。彼の誘拐を目論んでいたのに、守ってくれた。その恩をいつか、緑祁に返さなければいけないと辻神は感じていたのだ。

「勝てるか?」
「頷きたいところだが、それは最後までわからない……。全力を尽くす、では返事にはならなさそうだな…」
「いやいや、それで十分だ! 頼むぞ、もう後がないんだ……」

 切羽詰まった状態であることを説明。辻神も情報だけは掴んでおり、自分たちが動くための【神代】からの命令を待っていたところだ。事情はある程度わかっている。

「明日、朝一番で仙台に行く! 私の仲間も一緒だ」
「仲間……?」

 それは手杉山姫、田柄彭侯。それだけではない。先月部下に加わった、姉谷病射と鉾立朔那もいる。今や辻神のチームは五人になっているのだ。

「五人もいれば、流石に勝てる……! お願いだ、辻神! どうにか緑祁を止めてくれ!」
「最善を尽くす……」

 と、辻神は答えた。


「……と、いうわけだ。私たちの友人が今、窮地に立たされている。もちろん救いに行く。反対意見は?」

 東京駅の改札前で、辻神は仲間にそう尋ねた。

「ないヨ!」
「早く行こうぜ?」

 山姫と彭侯は迷うことなくそう返答する。

「でもどうして、緑祁がそんなことをしでかしてるんスか?」
「それを暴くのも私たちの役目だ」
「噂によれば、緑祁を操っている何者かがいるとか? それは本当なのか?」
「それも、明らかにするために仙台に向かう」

 病射と朔那の質問には十分に答えられないが、それでも二人は、

「行かない理由はないっスね! 緑祁! もう一度勝負だ!」
「今度は私たちが救う番か……。よし、やってやろう!」

 快諾してくれた。

「では行くぞ。新幹線の時間は……」

 五人は改札をくぐる。仙台駅に新幹線で行き、香恵が隠れているホテルに集合だ。

(緑祁……)

 移動中、電子ノギスの調整を病射はしている。朔那も豆鉄砲の手入れをしている。辻神は新幹線に揺られながら、窓の外を見ていた。

(今、おまえはきっと暗闇の中にいる。待っていろ、必ず救い出してみせる!)

 彼の強さは把握している。だからこそこの任務はかなり危険だ。だが、逃げてはいけない。自分たちが逃げ出したら、一体誰が緑祁を救うというのだろうか?

(私が、絶対に!)

 辻神の決意は固い。
 仙台駅に到着すると、早速ホテルに向かう。入り口に赤実が立っており、

「よく来たな、辻神御一行様! ロビーで香恵が待っておるぞ」
「わかった」

 ロビーのソファーに腰を掛けている香恵は辻神が来たことに気づき、

「あ、辻神! こっちよ」

 呼び寄せた。

「誰だこの小僧は?」
「ちょっと由李……。初対面の人にそういうこと言わないでよ!」
「しかし……。ああ、お嬢さんたち! こっちに座らないか?」

 声をかけられた山姫と朔那は困惑しながらも、

「遠慮します……」

 と断る。

「まずは自己紹介から、しますわね…」

 育未が率先して自分たちのことを説明すると、辻神たちも、

「私は俱蘭辻神だ。緑祁の友人なんだ」

 名乗る。これに緋寒も加わる。
 すぐに作戦会議を始めることになった。

「辻神、緑祁に勝てる?」
「それは、やってみないとわからない。だが、私は一人で戦う気はない。山姫や彭侯、病射、朔那たちも全員で一緒に! 卑怯かもしれないが人数差を利用するべきだ」
「そうね…。私もそれがいいと思うわ。でも油断しないで。東花琥珀たちはそれでも負けたのよ……」

 人海戦術は緑祁には通用しない。

「それ以外にも、共有しておくべき情報があるわ」
「何だ、それは?」

 それは、緑祁が使った霊障だ。

「鬼火、旋風、鉄砲水の三つだろう? 緑祁の霊障って。なら霊障合体は火災旋風、台風、水蒸気爆発だけだ」

 病射が言う。実際に戦ったことがある彼だから、良く知っている。

「違うみたいなの。どういうわけか、そうじゃない霊障を繰り出したらしいのよ」
「その詳細は?」
「それは、不明……」

 直面した空蝉たちも、何が起きているのかよくわかっておらず、説明できなかった。ただ、いつも使っている霊障合体とは違うことだけ、報告できたのだ。

「関東出る前に聞いたんだけどさ、緑祁の協力者って誰? 候補はいるのか?」

 続いて朔那が質問。

「それも、わからないわ……。だっていつも緑祁と行動してるの、私だし……。緑祁の知り合いの霊能力者にも、全然心当たりがないのよ……」

 香恵が思いつける知人は、みんなちゃんと連絡が取れている。つまり緑祁の味方をしているわけではないのだ。

「ま、緑祁を倒せば全部わかることじゃねぇか? 今ここでわかりもしないことを議論するのは、無意味だぜ…!」

 話の軌道修正を試みる彭侯。その横で山姫が、

「一つ疑問なんだけど……。捕まえた緑祁はどこに連れて行けばいいの? 直接、【神代】の精神病棟に入れてしまうの? それともこのホテルに? そもそも、今の狂った緑祁は倒せば正気を取り戻してくれるのかナ? すぐに暴走し出したりしない?」

 もっともな意見だ。これに真っ先に答えたのは緋寒。

「まず! 緑祁の身柄は病院に拘束させてもらうことになっておる。この仙台駅の東側に、大神(おおがみ)病院(びょういん)というのがあって、そこにもう話をつけて部屋も準備済みじゃ」

 そこで、暴れ出さないように取り押さえながら、尋問をする予定になっている。順調に進めば裁判もそこで行われるのだ。

「どこまで暴れるかどうかは、知らんが……。負けることで今の自我が壊れるのなら、それが一番じゃ。だから【神代】の見解としては、殺さずに倒せば正気を取り戻せる、と」

 それと、慰療や薬束を駆使して精神的に落ち着かせることも視野に入れている。一種の興奮状態になってしまっているというのが、【神代】の意見だ。

「香恵、おまえは緑祁と会うのか?」
「それは、まだ……」

 事態を重く見始めている【神代】は、それをまだ許可していない。捕獲された緑祁に、香恵は会いに行けないのである。

「それは辛いな……。だが、すぐに私たちがどうにかしてやる!」
「頼りになるわ、辻神……」

 ではどこに行けばいいのか。それを辻神たちは香恵から聞く。

「ワタクシの方が詳しいですわ」

 ここは土地勘のある育未たちに任せる。琥珀たちのチームは別のチームと合流した。つまりはまだ四つのチームが仙台中の寺院や神社、遺跡や石碑を張っている。

「どこかに必ず、緑祁さんは出現しますわ!」

 事実、仙台城跡と支倉社に緑祁は出没した。

「自然豊かな場所がいい」

 ここで辻神が注文を言う。

「どうして?」
「山姫と朔那の礫岩を存分に活かしたい。フィールドも私たちが有利な場所にしたいんだ」
「なるほどですわ。でしたら……」

 育未が地図を広げて、あるところを指差す。

「この、台原(だいのはら)森林(しんりん)公園(こうえん)はいかがです? 町中ですが、自然のある場所ですわ」
「だが、そこに緑祁が来るか……? 地図上ではあまり、条件に見合った場所とは思えないが…?」
「いいえ、ありますわ! この森林公園には、(ほたる)(やしろ)がありますわ。小さい社ではありますが、自然界の命を祀っている大切な場所……」
「可能性がありそうね」

 香恵が頷いた。緑祁は農学部の学生なので、くいついてもおかしくはない。

「わかった。ではそこに決めよう。どうやって行けばいい?」
「地下鉄がありますわ。それで旭ヶ丘駅へ、行ってください。行けばすぐにわかりますわよ」
「そうなのか。よし、今夜……日が暮れる前に、そこにスタンバイしておく。【神代】のデータベースにもその情報を上げておいてくれ」
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