第10話 因果応報の結果 その4
文字数 3,499文字
絵美はなんと、國好に向かって激流を使った。
「何やってんだ、絵美! アイツへの攻撃は全部、俺たちに返ってくるんだぞ?」
威力は抑えた。だから國好の皮膚が薄皮一枚剥がれた程度。出血すらしていない。でもそれがそのまま、絵美に。
「やっぱり!」
「何が?」
「聞いて、みんな!」
ここで思いつく対処法。
「アイツは……自分で傷つけたら私たちに跳ね返せる。でも、私たちが攻撃したら?」
「返ってくるだろう? 何が言いたい?」
「いいえ。私の激流は私にだけよ? 呪いの依り代が自分の体になる呪怨でも、できないことがあるわ!」
「つまり……。骸が木霊をしても、その影響を返されるのは骸だけ。我の風は、我にしか吹雪かない――」
「そうよ、刹那!」
だから、絵美は言う。
「アイツを倒すために、加減すればいいわ! 一人当たり四分の一! それで十分倒せるわよ!」
要するに跳ね返ってくるダメージを分散させようという作戦だ。
「わかった! それがいい!」
雛臥も骸も納得した。
「行くわよ!」
絵美が激流を、刹那が突風を、骸が木霊を、雛臥が業火を。それぞれの一撃では相手を倒し切れないが、呪怨相手ならそれでいい。負傷はもう仕方ないことと割り切り、攻撃するのだ。
だが、
「手応えが、ない? どういうことだ?」
目の前の國好の姿は、苦しんでいる。でも今、直撃した感触がなかった。
「忘れていた! 蛭児がいることを! 蜃気楼を使ったな、蛭児ぉおおお!」
よく見ると蛭児もいない。自分の姿を消しているのだ。同時に國好の幻影を見せている。
「逃げた……?」
いいやそれはない。この部屋の外の皇の四つ子と範造たちを欺けるとは思えない。だから、この部屋にいるはずだ。フロアの高さと二人の霊障を考えれば、窓から逃げることもできない。
「これで姿を眩ませたと思ったら、それは違うぜ! 蛭児、すぐに見つけられる!」
ここで骸の狂い咲きだ。部屋中に植物が生え広がった。
「いた!」
部屋の角に一人。もう一人はドアの横だ。
「撃ち込め、絵美!」
「わかったわ!」
その内の一人に対し、激流を撃ち込もうとしたその時、突然誰かが姿を出した。
「やめろ! 私を攻撃していいのか?」
蛭児だ。これは命乞いではない。いくら相手が心霊犯罪者であっても、最低限以上の負傷はご法度。
「うう……」
手が止まる。その隙に後ろから殴られた。
「きゃああ!」
「後ろのヤツが、呪怨のヤツか?」
雛臥が振り向くと、扉の側に國好がいた。
「よし! これで………」
業火を繰り出す。
「待て雛臥! 騙されるな!」
「え? でもコイツが死者だろう?」
「違う。ここに来て蛭児のヤロウ、悪あがきをしてきたんだ!」
どういうことか。骸によると、
「一人の感触は、知っている人だ。これが蛭児! でももう一人は知らない……というか、ここで初めて知った人物! こっちが死者だ!」
つまり部屋の隅の方にいるヤツが、國好。
「もう終わりだ、蛭児! これで!」
四人の霊障が、本物の國好に炸裂した。
「ぐふぁああああ、がああああ!」
突風に晒され、皮膚がめくれた。業火に焼かれ、肉が焦げた。木霊に貫かれ、流血した。激流に洗われ、骨が砕けた。この四つが合って始めて、國好を死に至らしめることが可能だ。
「おおおお!」
「この負傷、危険…――」
「あああ、熱い! っていうか、もう炭化してる!」
「いやらしい霊障ね……」
でも致命傷の二十五パーセントは、跳ね返る。
「でも、何とか立てている……! 残るは蛭子だけだ!」
國好が敗北した。その時蛭児が蜃気楼をやめ、姿を見せた。
「ほほう。私が用意した霊能力者を全員倒すとは……。どうやら見極めが甘かったらしい。だがね、これで勝ったと、本当に思うかい?」
「どういう意味よそれ?」
蛭児には、まだ自信があった。
「呪いの谷に、大勢の霊能力者を残している! 全員に勝てるかな?」
余裕の表情だが、それを聞いた絵美たちの方は冷めている。
「奥の手って、それ?」
「残念だな、蛭児! 俺たちはいつも後手後手に回ってたが、今回ばかりは俺たちの方が先を行っているぜ?」
「何?」
「その呪いの谷、既に解消済み――」
「何だと? あの大勢を君たちだけで? 不可能だそんなことは!」
「できない? いいや違うぜ! お前、大刃と群主のことを知らないのか?」
「ダイバ……? ムラジ……?」
本当に知らない様子。だが心当たりがある。あの谷で蘇らせてホテルに連れて来たのに、いつの間にかいなくなっていたあの二人組。
「まさか、アイツらが…………?」
その二人はあの谷で死者が待機していることを知っている。それを教えたとしたら。そう思うと全身の血の気が引くのを蛭児は感じた。
「あ、あり得ない! 私の作戦が……?」
「さあどうする、蛭児? 汝の霊障は蜃気楼のみ。それでは我らを突破できぬ――」
「くそ……!」
しかしここで諦める蛭児ではない。ドアの外を見た。誰もいない。
(しめた!)
実は皇の四つ子たちがいるのだが、紅華の蜃気楼で姿を誤魔化しているのだ。だから誰もいないように見えているだけ。
「ここで私は、これを使わせてもらおうか!」
懐から取り出したのは、赤い石。
「あ、あれは……!」
【神代】でのシミュレーションで見たのと同じだ。
死返の石。蛭児はここで禁霊術『帰』を使い、死者を蘇らせようとしているのである。蘇った者に時間稼ぎをさせるのだ。
「ふふふ……。この石がある限り、私は何度でも………」
死者を蘇生できる、と言う前に石にピキッとヒビが走った。
「な、なんだ? これ…?」
ヒビは石全体に回り、そして力を失ったかのように砕け散ったのだ。
「馬鹿な? 死返の石が、壊れるだと………?」
もう限界だったのだ。蛭児は『帰』を使い過ぎた。
そしてその犯した禁忌の報いを、ここで受けることになる。
「うわああああああああああ!」
蛭児が悲鳴を上げた。この部屋の、彼が立っているところを中心に魔法陣が広がる。そこから、
「オマエガワレラノタマシイヲヨゴシケガシタ! タダデハスマナイ! ココデセキニンヲトッテモラウ!」
髑髏の顔をした幽霊が大量に現れて、蛭児のことを掴んでいる。そのまま魔法陣の中に引きずり込もうとしているのだ。
「シネ! アノヨニコイ! オマエガオカシタキンキ、シヲモッテツグナウノダ!」
「こ、この死者の分際で……!」
幽霊なら祓える。だから蛭児は除霊をしようとした。しかし駄目だ。読経しても聞く耳を持たず、札や塩は無意味。
「たたたた、助けてくれ! うおおおおおおわおああああああ!」
放っておけば、死ぬ。あの世に連れていかれて。これが死者が、蛭児に課した罰。
だがそれを良しとしない人物がいた。
「刹那、骸、雛臥! 蛭児を助けるわよ」
絵美だ。
「本気か? コイツは俺たちのことを……」
「でも、目の前で死ぬのを見てられる? それに、【神代】の命令と違うわこれは!」
ここで死者に裁かせることよりも、【神代】に連れて戻って上からの指示を仰ぐのだ。
「……不本意。しかし、ここは絵美の言う通りでしかない――」
「わかったよ。確かにここで蛭児に死なれたら、【神代】にさ、死人に口なしで済ませるつもりか、って言われそうだ」
刹那と雛臥も動く。まず雛臥が業火を使って、蛭児に群がる死者を引き剥がした。次に骸と絵美が、刹那の眩暈風に乗って移動。その際に蛭児を掴んで引っ張り上げる。
「うああああ………!」
何とか魔法陣からは救い出せた。その後すぐに絵美が、その魔法陣と死返の石の破片ごと激流で洗い流した。同時にドアも閉める。
「どう?」
裁きの手は、来ない。
「た、助かったわ……」
安心して肩が下りた。その時蛭児はなんと、二人を突き飛ばして逃げようとした。だが、
「ひょれ蛭児……? 言い逃れができる状況だと思うか? わちきたち皇の四つ子が、証拠を撮影済み! 範造と雛菊もさっきから録画しておるぞ?」
「何……?」
ここで紅華が蜃気楼を解いて姿を見せたのだ。蛭児は今になって、絵美たちが四人だけで行動しているわけではないことを思い知った。
「観念するんじゃな。もう逃げられんぞ、そなたは?」
「う、うう………!」
跪いて項垂れる蛭児。この状況は詰み、もう突破できない。
「よし、確保だ! 真犯人はやはり、蛭児だったか!」
予め用意しておいた本物の手錠を取り出し範造が彼を拘束した。
「あとは、カミシロにモドるだけね。ジケンはカイケツ。さ、凱輝さんにレンラクレンラク」
雛菊がメールを送る。これで報告も完了だ。
ホテルの外に出た絵美たちを出迎えたのは、朝日である。気が付いたら、夜が明けていた。
「何やってんだ、絵美! アイツへの攻撃は全部、俺たちに返ってくるんだぞ?」
威力は抑えた。だから國好の皮膚が薄皮一枚剥がれた程度。出血すらしていない。でもそれがそのまま、絵美に。
「やっぱり!」
「何が?」
「聞いて、みんな!」
ここで思いつく対処法。
「アイツは……自分で傷つけたら私たちに跳ね返せる。でも、私たちが攻撃したら?」
「返ってくるだろう? 何が言いたい?」
「いいえ。私の激流は私にだけよ? 呪いの依り代が自分の体になる呪怨でも、できないことがあるわ!」
「つまり……。骸が木霊をしても、その影響を返されるのは骸だけ。我の風は、我にしか吹雪かない――」
「そうよ、刹那!」
だから、絵美は言う。
「アイツを倒すために、加減すればいいわ! 一人当たり四分の一! それで十分倒せるわよ!」
要するに跳ね返ってくるダメージを分散させようという作戦だ。
「わかった! それがいい!」
雛臥も骸も納得した。
「行くわよ!」
絵美が激流を、刹那が突風を、骸が木霊を、雛臥が業火を。それぞれの一撃では相手を倒し切れないが、呪怨相手ならそれでいい。負傷はもう仕方ないことと割り切り、攻撃するのだ。
だが、
「手応えが、ない? どういうことだ?」
目の前の國好の姿は、苦しんでいる。でも今、直撃した感触がなかった。
「忘れていた! 蛭児がいることを! 蜃気楼を使ったな、蛭児ぉおおお!」
よく見ると蛭児もいない。自分の姿を消しているのだ。同時に國好の幻影を見せている。
「逃げた……?」
いいやそれはない。この部屋の外の皇の四つ子と範造たちを欺けるとは思えない。だから、この部屋にいるはずだ。フロアの高さと二人の霊障を考えれば、窓から逃げることもできない。
「これで姿を眩ませたと思ったら、それは違うぜ! 蛭児、すぐに見つけられる!」
ここで骸の狂い咲きだ。部屋中に植物が生え広がった。
「いた!」
部屋の角に一人。もう一人はドアの横だ。
「撃ち込め、絵美!」
「わかったわ!」
その内の一人に対し、激流を撃ち込もうとしたその時、突然誰かが姿を出した。
「やめろ! 私を攻撃していいのか?」
蛭児だ。これは命乞いではない。いくら相手が心霊犯罪者であっても、最低限以上の負傷はご法度。
「うう……」
手が止まる。その隙に後ろから殴られた。
「きゃああ!」
「後ろのヤツが、呪怨のヤツか?」
雛臥が振り向くと、扉の側に國好がいた。
「よし! これで………」
業火を繰り出す。
「待て雛臥! 騙されるな!」
「え? でもコイツが死者だろう?」
「違う。ここに来て蛭児のヤロウ、悪あがきをしてきたんだ!」
どういうことか。骸によると、
「一人の感触は、知っている人だ。これが蛭児! でももう一人は知らない……というか、ここで初めて知った人物! こっちが死者だ!」
つまり部屋の隅の方にいるヤツが、國好。
「もう終わりだ、蛭児! これで!」
四人の霊障が、本物の國好に炸裂した。
「ぐふぁああああ、がああああ!」
突風に晒され、皮膚がめくれた。業火に焼かれ、肉が焦げた。木霊に貫かれ、流血した。激流に洗われ、骨が砕けた。この四つが合って始めて、國好を死に至らしめることが可能だ。
「おおおお!」
「この負傷、危険…――」
「あああ、熱い! っていうか、もう炭化してる!」
「いやらしい霊障ね……」
でも致命傷の二十五パーセントは、跳ね返る。
「でも、何とか立てている……! 残るは蛭子だけだ!」
國好が敗北した。その時蛭児が蜃気楼をやめ、姿を見せた。
「ほほう。私が用意した霊能力者を全員倒すとは……。どうやら見極めが甘かったらしい。だがね、これで勝ったと、本当に思うかい?」
「どういう意味よそれ?」
蛭児には、まだ自信があった。
「呪いの谷に、大勢の霊能力者を残している! 全員に勝てるかな?」
余裕の表情だが、それを聞いた絵美たちの方は冷めている。
「奥の手って、それ?」
「残念だな、蛭児! 俺たちはいつも後手後手に回ってたが、今回ばかりは俺たちの方が先を行っているぜ?」
「何?」
「その呪いの谷、既に解消済み――」
「何だと? あの大勢を君たちだけで? 不可能だそんなことは!」
「できない? いいや違うぜ! お前、大刃と群主のことを知らないのか?」
「ダイバ……? ムラジ……?」
本当に知らない様子。だが心当たりがある。あの谷で蘇らせてホテルに連れて来たのに、いつの間にかいなくなっていたあの二人組。
「まさか、アイツらが…………?」
その二人はあの谷で死者が待機していることを知っている。それを教えたとしたら。そう思うと全身の血の気が引くのを蛭児は感じた。
「あ、あり得ない! 私の作戦が……?」
「さあどうする、蛭児? 汝の霊障は蜃気楼のみ。それでは我らを突破できぬ――」
「くそ……!」
しかしここで諦める蛭児ではない。ドアの外を見た。誰もいない。
(しめた!)
実は皇の四つ子たちがいるのだが、紅華の蜃気楼で姿を誤魔化しているのだ。だから誰もいないように見えているだけ。
「ここで私は、これを使わせてもらおうか!」
懐から取り出したのは、赤い石。
「あ、あれは……!」
【神代】でのシミュレーションで見たのと同じだ。
死返の石。蛭児はここで禁霊術『帰』を使い、死者を蘇らせようとしているのである。蘇った者に時間稼ぎをさせるのだ。
「ふふふ……。この石がある限り、私は何度でも………」
死者を蘇生できる、と言う前に石にピキッとヒビが走った。
「な、なんだ? これ…?」
ヒビは石全体に回り、そして力を失ったかのように砕け散ったのだ。
「馬鹿な? 死返の石が、壊れるだと………?」
もう限界だったのだ。蛭児は『帰』を使い過ぎた。
そしてその犯した禁忌の報いを、ここで受けることになる。
「うわああああああああああ!」
蛭児が悲鳴を上げた。この部屋の、彼が立っているところを中心に魔法陣が広がる。そこから、
「オマエガワレラノタマシイヲヨゴシケガシタ! タダデハスマナイ! ココデセキニンヲトッテモラウ!」
髑髏の顔をした幽霊が大量に現れて、蛭児のことを掴んでいる。そのまま魔法陣の中に引きずり込もうとしているのだ。
「シネ! アノヨニコイ! オマエガオカシタキンキ、シヲモッテツグナウノダ!」
「こ、この死者の分際で……!」
幽霊なら祓える。だから蛭児は除霊をしようとした。しかし駄目だ。読経しても聞く耳を持たず、札や塩は無意味。
「たたたた、助けてくれ! うおおおおおおわおああああああ!」
放っておけば、死ぬ。あの世に連れていかれて。これが死者が、蛭児に課した罰。
だがそれを良しとしない人物がいた。
「刹那、骸、雛臥! 蛭児を助けるわよ」
絵美だ。
「本気か? コイツは俺たちのことを……」
「でも、目の前で死ぬのを見てられる? それに、【神代】の命令と違うわこれは!」
ここで死者に裁かせることよりも、【神代】に連れて戻って上からの指示を仰ぐのだ。
「……不本意。しかし、ここは絵美の言う通りでしかない――」
「わかったよ。確かにここで蛭児に死なれたら、【神代】にさ、死人に口なしで済ませるつもりか、って言われそうだ」
刹那と雛臥も動く。まず雛臥が業火を使って、蛭児に群がる死者を引き剥がした。次に骸と絵美が、刹那の眩暈風に乗って移動。その際に蛭児を掴んで引っ張り上げる。
「うああああ………!」
何とか魔法陣からは救い出せた。その後すぐに絵美が、その魔法陣と死返の石の破片ごと激流で洗い流した。同時にドアも閉める。
「どう?」
裁きの手は、来ない。
「た、助かったわ……」
安心して肩が下りた。その時蛭児はなんと、二人を突き飛ばして逃げようとした。だが、
「ひょれ蛭児……? 言い逃れができる状況だと思うか? わちきたち皇の四つ子が、証拠を撮影済み! 範造と雛菊もさっきから録画しておるぞ?」
「何……?」
ここで紅華が蜃気楼を解いて姿を見せたのだ。蛭児は今になって、絵美たちが四人だけで行動しているわけではないことを思い知った。
「観念するんじゃな。もう逃げられんぞ、そなたは?」
「う、うう………!」
跪いて項垂れる蛭児。この状況は詰み、もう突破できない。
「よし、確保だ! 真犯人はやはり、蛭児だったか!」
予め用意しておいた本物の手錠を取り出し範造が彼を拘束した。
「あとは、カミシロにモドるだけね。ジケンはカイケツ。さ、凱輝さんにレンラクレンラク」
雛菊がメールを送る。これで報告も完了だ。
ホテルの外に出た絵美たちを出迎えたのは、朝日である。気が付いたら、夜が明けていた。