第9話 断ち切る その1

文字数 5,154文字

 緑祁は移動中、豊雲を見張っている皇の四つ子に連絡を入れた。

「それは本当か、緑祁?」
「洋次が嘘を吐いてなければだけど……。でも、僕を騙すつもりで語っているようには聞こえなかった!」
「じゃあ先に、わちきたちが……」
「それは、待って!」

 自分が最初に行く。そう伝えると、

「わかった。場所を教える! 今から夜空に向けて極光を放つから、それを目印にここを目指すのじゃ!」
「ありがとう、緋寒!」

 電話が切れると、夜空に虹色の、空に向かって伸びる直線状のオーロラが出現。

「あそこだわ」
「まだ、朝まで時間はたっぷりある! 急がなくていいよ、[ライトニング]、[ダークネス]。ゆっくりでいいんだ」

 式神のことを気遣っている緑祁だが、一番疲れているのは彼の方だ。洋次とのバトルではあまり負傷しなかったが、それでも疲労は溜まる。特に緊張の激しい戦いだったために、精神面の消耗も大きい。それら二つは、慰療と薬束では回復できないからだ。
 しかし、自分が行うべき使命を考えれば、そんな疲労と消耗を気にしている暇がない。

(終わらせるんだ! この、渦巻く陰謀を! 僕が断ち切らないといけない!)

 決意が固い。思えば一連の事件は、緑祁を恨んでいる人……正夫が起こしたのだ。彼は緑祁の優しさを偽りと言い、それを破壊しようとした。結果的にはその計画は失敗したものの、どうやら根本的な解決はできていなかったらしいのだ。緑祁は正夫と親しい人物の存在を、洋次に言われて初めて知ったくらいなのだから。
 今、寛輔、結、秀一郎そして洋次の四人は緑祁とその仲間たちが何とか保護した。残っているのは豊雲だけ。彼の確保は、誰にも譲れない。だから緑祁本人が直に赴いて勝負する。業葬賊の覚醒を、止めるのだ。

「香恵は、どうする?」
「どうするって……。緑祁、そちらについて行くだけよ。緑祁の責任は、私の責任でもあるわ」

 書類上、緑祁の上司になっている香恵。彼の行動に、彼女が関係していないわけがない。

「それはありがたい! でも、豊雲が香恵に何をするかわからない。だから、緋寒たちと一緒に待っていてくれ!」
「わかったわ」

 緑祁は香恵の身を案じた。皇の四つ子たちと一緒にいれば、まず安心できる。
 十数分も飛べば、オーロラの根元に到着できる。

「よいしょっと!」
「えいっ!」

 森の中に降り立つ二人。緋寒がテントの外に待機していて、

「来たか、緑祁!」
「久しぶりだね、緋寒! 元気そうで何よりだよ」
「日中はそうでもなかったんじゃ……」

 緋寒は、この周辺で幽霊と交戦したことを教えた。さらに今鍾乳洞の入り口を見張っている範造たちも、苦戦していた。

「霊障が効かない? それは、本当?」

 驚きを隠せない緑祁。

「だから念のために、これを持っていけ」

 緋寒は除霊用の札を彼に持たせる。梅雨と咲が持っていた、最後の四枚だ。

「豊雲が言う、業葬賊? もまた、霊障に耐性があるかもしれぬ。その時はこの札で、意地でも除霊するのじゃ!」
「ありがとう、絶対に役立てる!」
「それと……」

 ここからは、注意事項だ。

「豊雲の霊障発展・震霊は、洞窟ぐらい息もせず潰すことが可能じゃ。つまり負けそうになったり都合が悪くなったりした場合、そなたは生き埋めにされかねない! 少しでも地面の動きに違和感があったら、礫岩を使える赤実と範造が、そなたを救出しに行く! これは外せん!」

 緋寒としては、本来なら緑祁一人を行かせるなんてことはしたくない。だが、緑祁なら豊雲を止められるかもしれないという望みもある。その場に自分が居合わせると邪魔なだけだろう。だから、最低限の保険はかけておく。

「……わかった。その時は、二人にお願いするよ」

 緑祁も異論はない。
 鍾乳洞の方に歩み寄る緑祁。

「来たか、緑祁」
「範造、怪我は大丈夫?」
「ああ。あんな幽霊に負ける俺たちじゃあないぜ」

 範造は、崖の方を指差して、

「あっちが、鍾乳洞の入り口だ。俺たちが見張っていたが、誰も出入りはしていない。もしかしたら、もうもぬけの殻かもしれないが……」
「内部の確認はしてないの?」
「ここで待機して監視しろと、【神代】からのお達しだ。明日の正午までには、【神代】の援軍が来てくれる」
「正午まで……」

 それでは、業葬賊の完成には間に合わない。やはり今、緑祁が行くしかない。

「本当に、一人で行くのか? 俺なら手伝ってやれるんだぞ?」
「豊雲は僕のことを目の敵にしているんだ。だから、僕だけでいいよ」

 その思いは揺るがない。
 グズグズしていられずに出発しようとする緑祁だったが、香恵が手を引っ張って止めた。

「待って、緑祁」
「何だい、香恵?」

 彼女は緑祁の目を真っ直ぐ見ている。

「絶対に、無事で戻って来て……」
「もちろん!」

 香恵を悲しませるなど、緑祁にはできない。ここに皇の四つ子や【神代】の処刑人たちと一緒に待機してもらうが、必ず生還するつもりだ。

「それじゃ、行くよ…!」
「緑祁!」

 大胆に、香恵は緑祁のことを抱きしめた。

「わっ!」

 彼女の温もりが伝わってくる。緊張して心拍数がかなり高くなっているらしく、ドクンドクンと脈打つ音も伝わる。

「絶対に、約束よ? 戻って来て!」
「心配しないで、香恵! 僕は必ず戻るから!」
「待ってるわ……」

 優しく、香恵の背中を撫でた。そして離れると、

「行ってくる!」

 そう言い、緑祁は鍾乳洞に向かった。


 鍾乳洞に踏み入ると、そこには枯れ果てた植物や野生動物の死体まみれだった。

(もしかして……業葬賊のために、使ったのか!)

 それがどんな幽霊かはわからない。しかしそこら中に転がっている亡骸は、外傷があるようには見えないのだ。生物が持つ何か……精神や魂を抜き取られている。ここで緑祁は、豊雲の異常性を理解した。明らかに、正夫よりも遥かに上だ。

(……ん?)

 さらに奥に進むと、光が見える。それも怪しい赤い光だ。炎のように瞬いている。

(この奥に、豊雲がいる!)

 直感でわかった緑祁は、慎重に足を進めた。
 すると、大きな鍾乳石の前に男性が立っているのが見えた。

(アレが豊雲か……!)

 六十二歳とは思えないほど、たくましい背中だ。
 もっと近づく緑祁。話し合いが通じるとは思わないが、背後を刺すのは卑劣だ。

「結局、あの子たちも役に立たなかったというわけか……」

 どうやら豊雲は、後ろを向いたまま緑祁の侵入と接近を感じたらしく、語り始めた。

「しかも、八体の業すらも撃破されたとはな。どうやら私は、甘く見過ぎていたらしい。お前やその仲間たち……そして【神代】を」

 黙って聞く緑祁。

「普通、人工的に幽霊を作る時、素材とするのは死した魂だ。式神を作るのと同じで、浮遊している霊や悪霊を使う。だが、八体の業の内半分は、この業葬賊と同じく生きた者のエネルギーを注ぎ込む。だから霊障が通じない。しかし、それももう敗れた。私の手元には、この未完成の業葬賊しか残らなかったというわけだな……」

 口調は残念そうだ。だがどこか、自信を隠しているようにも聞こえる。

「豊雲! そこまでだ!」

 緑祁が口を開くと、豊雲も振り向いた。

「やはり来たか、緑祁……!」
「こんなことは、見過ごせない。【神代】への攻撃なんて、今すぐやめるんだ! そうすれば、まだ重い罪にはならないはず!」
「罪、かね?」

 逆に聞き返す豊雲。

「お前は、自分が正義と信じて疑わないのか?」
「………。僕自身は、正義じゃないのかもしれない。でも、【神代】は僕たち霊能力者のための組織だ。従うべきなはずだ」
「つまりお前は、絶対的な正義に従っているから自分は正義、と言いたいのか」

 そうなのかもしれない。緑祁はそこまで自分のことを深く考えていなかったので、それ以上反論しようとしなかった。それに、

「【神代】が、正義なのか? 考えたことはないのか?」

 豊雲が問いかけてきた。

「かつて【神代】は、日本中の霊能力者を支配するという欲望を実現したいがために、多くの罪のない命を奪った。お前も知っているだろう、『橋島霊軍』や『ヤミカガミ』、『この世の踊り人』。そして最近まで生き残っていた『月見の会』……四年前に【神代】が、霊怪戦争を起こして滅ぼした。違うか?」

【神代】には、血塗られた暗黒の歴史がある。今は過激さこそ鳴りを潜めているが、無数の屍の上に設立された組織、それが【神代】なのだ。

「愚かだな緑祁、盲信するというのは。疑うことをできない、いや考えもしない。それこそ、罪ではないのか?」
「……何が言いたいんだ? 僕よりもそっちの方が正しいとでも?」
「そうだ」

 断言する豊雲。続けて、

「数え切れない亡骸を生み出した者たちが、はたして正義と言えるのか? 負けた者は悪者にされるのか? その流れを汲む者たちが、殺した相手を評価するのか?」

 考えされられる話だ。日本はかつて太平洋戦争で負け、戦勝国に裁かれた。あの裁判が理不尽なものであることは、日本国民なら誰でも知っている。授業で習ったからだ。それと同じことを、豊雲は言っている。

「お前はどう考える? 歴史の陰に隠れているだけで、【神代】は邪知暴虐の限りを尽くした。そんな組織が正義だと? そんな組織を守ることが正しいことだと、本気で言えるのか? 守るべきものなのか、【神代】は?」

 見方を変えれば確かに【神代】は、闇そのものだ。百五十年以上も昔のことだが、残虐な行為を行ったことには変わりがない。そもそも『月見の会』が滅んだ霊怪戦争は、わずか四年前の話である。過激さこそ今では表には出ていないだけで、本質的には、【神代】は変化していないのだ。

「じゃあ、何だい? 豊雲、そっちが正しいと? 自分こそが正義だと?」

 ここで緑祁は逆に聞き返した。ここまで【神代】の悪口を広げて、勝てば官軍負ければ賊軍は通じない。

「【神代】への攻撃が、被害者を出すことに繋がるかもしれない。その可能性は、ゼロじゃない! 事実僕や紫電、辻神、皇の四つ子たちは、豊雲が生み出した幽霊と戦った。命こそ失わなかったけど、もしも負けていたら大変な被害が出ていたはずだ。それが、そっちの信じる正義だと言いたいのか!」

 豊雲がやろうとしていることは、かつての【神代】と同じだと緑祁は指摘した。
 自分の野望のために、他の人の命を危険に曝す。それがどんなに愚かなことかは、【神代】を非難した豊雲も十分にわかっているはずだ。

「犠牲無くして人類に進化はない。私の野望のために死ねるなら、光栄に思うべきだが?」
「仕方のない犠牲だと! 本気で思っているのか!」

 こんなダブルスタンダードが認められるわけがなく、緑祁は大きな声を出した。

「緑祁……。お前には何もわからないし理解もできないだろうな。現状に満足し、変化を拒み、ひたすら盲目的に従うだけの人生を歩んできた、お前……いや、お前たちには」
「そもそも……一体何が目的なんだ? どうして【神代】を非難して攻撃をする!」

 ここで豊雲は、その欲を暴露した。

「リセットする。【神代】を一から、やり直すのだ。今の生温い状態では、権威の欠片も感じられない。霊能力者を統括する組織は、それこそ恐怖で支配するべきなのだ。だから私が中心となって、リスタートを行う」

【神代】のリセット。それが豊雲の野望だった。今の自分では、【神代】において高い地位には着けないだろう。だったらその組織を破棄し、新しい組織を作る……一からやり直すのだ。

「誰が望んでいるんだ、そんなことを!」

 すかさず反撃する緑祁。

「誰もそんなの、望んでない! 豊雲、今日一日でわかっただろう? そっちを支持する人……洋次たちに手を貸した者は、誰もいなかった!」
「らしいな。がっかりだよ。それも今の【神代】の、温和な空気のせいだ」

 だが豊雲は、信じている。自分こそが正しく、ついて来れない者が愚かである、と。

「………これ以上話をしていても、平行線だな。交わること…互いに理解し合うことなど、無理だ。緑祁、誰が望んでいるかどうかは関係ない。私がすると言ったら、決定事項なのだ」
「何だって……」

 言葉を失う緑祁。説得ができなかったのだ。

(もう、無理にでもあの業葬賊の鍾乳石を破壊するしか!)

 ならばとにかく、危険性が高い業葬賊の覚醒を止める。緑祁は構えた。
 しかしその時、地面が揺れた。

「わわっ!」

 豊雲である。彼としては業葬賊を攻撃されるわけにはいかない。震霊で地を揺らし緑祁の足元を崩してやった。

「邪魔をするなら、緑祁! お前の命を亡き者に変えてやる! いや、業葬賊に魂を捧げた方がいいか。人間の精神を加えれば、業葬賊もコントロール可能かもしれないからな」

 業葬賊の護衛と緑祁の命を生け贄に捧げる。豊雲の方にも、戦う理由ができた。
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