第9話 運命の選択 その1

文字数 2,447文字

 緑祁と[メガロペント]の勝負は、決着した。それは目で見ていたし、花織の手元にあった札がズタボロになったことからもわかる。

「やってくれたな? あんたをあの世に送ってやる!」

 久実子がまずそう叫び、瓦屋根からジャンプして地面に着地。

「強い……ですね。まさか[メガロペント]に勝てる人間がいるとは思っていませんでした。あれに勝てるのは現代兵器だけとしか……」

 花織は冷静に分析している模様。けれど、

「ですが、わたくしたちの勝利には変わりませんよ。そうですよね、久実子?」
「その通りだ、花織」

[メガロペント]はただ負けたわけではない。あることを最後に伝えてくれた。それは二つ。一つは、香恵の方には戦闘能力が全くないこと。そしてもう一つは、緑祁の前で香恵に手を下してはいけないことである。後者の方が重要で、彼はキレさせなければ爆発的な行動には移らないことの証左でもある。


「緑祁! 僕の名は、永露緑祁だよ」

 突然、緑祁は自己紹介をした。傍からすれば意味不明な行動だが、

「僕の世界、過去に生きた武士……戦うことを仕事にしていた人たちは、まず名乗ったんだ。だから僕もそっちらに名前を教えるよ」

 それが、戦う相手への礼儀。彼はそう思ったから名を口にしたのだ。

「私は藤松香恵よ」

 香恵もだ。そうなるとその礼儀を受け取った二人も、

「わたくしは、鹿子花織です」
「並星久実子だ、よく頭に叩き込んでおけ」

 名乗る。そしてそれは考えれば、こちらの世界に来てから初めての自己紹介。

「不思議な気分だな……」

 久実子がまず言った。

「あたしたちとあんたらは、ここで一戦交える。その結果、どちらかしか生き残れないはず。なのに名前を教える必要があるのだろうか? 普通なら疑問に思うのだが、それを感じない。寧ろ名乗れて良かったと思うし、あんたらが誰であるか聞けて良かったとも考える」

 実に不思議な感覚を彼女は抱いているのだ。本来なら、相手は自分と反する思想の持ち主で、世界の住民。わかり合うことなど到底できないわけで、そのために潰し合う仲。だが、何か心に生まれる感情もある。

「それが上手く表現できない。全く、もどかしいな」

 多分、二人は無意識のうちに仲間を探していたのだろう。こちらの世界には花織と久実子だけがやって来れた。元の世界にいた彼女らの仲間は、みんな処刑されてしまった。だから霊能力者にすがりたかったのだ。しかし最初に出会った人とは、話し合う暇がなかった。でも今は違う。落ち着いて、面と向き合って会話ができている。

「同感です。明日のこの時間にどちらが生きているかどうかは誰にもわかりません。でも、わたくしたちでもある気がすれば、貴方のような気もします」

 花織もだ。負ける気はしないのだが、生き残っている自信も揺らぐ。
 そしてその感情は緑祁の中にも流れ込んでくる。

「もう一度、聞くよ。元の世界に戻れるとしたら、どうする? 頷いてくれるかい?」

 でも、その問いかけにいい返事はできない。

「戻れません。わたくしたちに居場所はないのです。戻って辱められて死ぬぐらいなら、こちらで魂を残せないとしても生きていたいと思います」
「そうだ。あたしたちには戻る道はないんだ」

 それは譲れない。

「じゃあ、さ……」

 だから緑祁は一つ、提案をした。

「こちらの世界に残っていいよ。でも、世界の常識を打ち壊さないでくれ。外来種の方が強いかもしれないけど、元の生態系にだって元々の常識を選ぶ権利はあるはずなんだ」

 妥協案だ。海神寺には道雄と勇悦のように、隣接世界からやって来てかつ、こちらの世界の常識の範囲内で生活を送れている人がいる。その一部に加わってくれるのなら、これから血を流す必要はない。

「それも、できません」

 しかし花織の返事は暗い。

「わたくしたちは誰の支配下にも属しません。自由を常に追い求めます。そういう運命を選ぶ権利だって、あるはずです」

 彼女らからすれば当たり前だ。【神代】の支配下に入り、命令を聞き続ける人生は絶対に選びたくないだろう。
 それに何より花織が今言ったように、束縛された生活を強要されるのが我慢ならないのだ。自由は誰しもの権利である。それを放棄しろと? 首を縦に振れるはずがない。
 では野放しになったまま一生を過ごせるか? それはできそうにない。彼女たちはこちらの世界の人ではないので、生活の勝手が違う。以前までの人生は送れない。可能性があるとするならば、科学に染まり切った世界を変えることだけ。

 だから、二人はやはりこちらの世界を変えることを選ぶ。そしてそうなれば緑祁は、自分たちの世界を守るためにも彼女たちを止めなければいけないのだ。

「残念だよ、緑祁。でも何も心配する必要はない。戦って、生き残れなかった方のことなど、忘れてしまえばいいのだから」

 厳しい現実を突き付ける久実子。
 話し合いは決裂してしまった。


「緑祁、ちょっといい?」

 香恵が彼に耳打ちする。

「勝てそう? いいえ、勝ってもらわないと困るわ」
「どうだろう? 二人は綺麗だし、ちょっと戦いづらい……」
「それ、どういう意味よ?」
「…じゃなくて! 霊障の攻略方法が思いつかないんだ」

 話には聞いている、精霊光と堕天闇。だがまだ実物を見たことはないし、こちらの世界にそれらの霊障はないので対処法も誰も知らない。だからかなりアドリブな戦いになるだろう。

「花織と久実子のことは、本当に気の毒だわ。でも緑祁、彼女たちの主張も正しい。誰にだって運命を選ぶ権利があって、それは押し付けては駄目な道よ」
「わかってるよ」

 その権利が戦いにかかっているのだ。当然負けられるわけがない。
 そしてそれは、花織たちも同じだ。

「緑祁を倒して、前に進みましょう。彼はわたくしたちの行く手を遮る壁の内の一枚でしかありません」
「そうだな、花織。あたしはあんたとならばどこまでも行ける! そう確信している!」

 そう言い久実子は花織の手を握った。

「わたくしもですよ、久実子」

 花織もその手を握り返す。
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