第2話 生じた歪み その1

文字数 3,119文字

 儀式の当日、客人である緑祁と香恵は普通に起こされた。来客者であっても、この寺院のしきたりには従わねばならない。

「朝から修行があるの?」
「そうなんや」

 道雄は緑祁に雑巾とバケツを渡した。修行と言っても簡単で、掃除を行うだけだ。一方香恵の方は巫女が、朝ご飯を作るために台所に連れて行った。

「道雄君に聞いておきたいことがあるんだけど、いい?」
「何や? 何でも言うてくれ?」
「今日の儀式は、何をするの?」

 脱衣所の雑巾がけをしながら雑談する二人。

「ワイが教えてもええんやけどな、ちょっち、複雑でなぁ」
「複雑…?」

 コクンと頷いて答える道雄。

「それがワイもようわからんのや」

 こういうとおかしな表現なのだが、道雄は知っていることを話す。

「増幸はんは、不老不死の研究をしとるんや。でもな、儀式の内容はそれにはあまり関係せえへんのや」
「心霊研究家なんだし、本筋からズレることも調査するってこと?」
「そやな。まあ詳しくは日が暮れたら増幸はんから説明があるはずやから、心配せんといて」

 それ以上は何もわからない。だから緑祁も掃除に専念することにした。そしてそれが終わって朝食を食べる。

「なあ香恵ちゃん。この一件が終わったら、ワテと遊びに行こうや」

 性懲りもなく勇悦は香恵に絡む。隣の席は緑祁に取られてしまったので、向かい側から言葉を投げかけるのだ。

「遠慮するわ。予定が詰まってるの」

 面倒くさそうな顔をされても、

「まあそう言わんで! なんならずっとここにいてもええねん、行こうや!」

 お構いなし。だから香恵は、

「ノリの軽い男は好まないわ」

 食べ終えた食器を片付けるために立った際、言った。だが勇悦にはあまり効いておらず、

「あと一押しやな。絶対落としたる!」

 このポジティブさは見習うところがあるだろうか。いいや、と緑祁は首を横に振る。


「やっと到着したよ……」

 昼過ぎにその二人組は海神寺にやって来た。

「遅かったなぁ。道に迷うたん?」
「違うぜ。コイツが鋼の鳥が飛び立つ巣にある、神聖なる選別の門に何度も引っかかるからだ」

 猫屋敷(ねこやしき)(むくろ)はそう言った。

「あ、搭乗ゲートで何かあったんやな?」

 大鳳(たいほう)雛臥(すうが)が頷く。

「確かに僕も難儀したけど、一番の原因はあの酔っ払いじゃないか。朝っぱらから飲んで、本当に情けない…」

 空港でのトラブルを語る雛臥。

「何はともあれ到着できたんやから、ええやん。儀式は夕暮れ時からやさかい、それまでしっかり休みなはれ」

 道雄は二人に代わって荷物を持ち、緑祁たちの隣の客間に運んだ。この時、物音に反応した緑祁と香恵は部屋から出て隣を覗いた。

「おお、君が聖閃? 随分イメージと違うね。もっとこう、何て言うか、歴戦のギャンブラー? と思ったけど」
「僕は違うよ…」

 また同じ説明をする。

「そうか、あの聖閃が出番を譲ったのか。驚かざるを得ない。だが、己を上回る者がいるのなら、そうするべきは自然の理か」

 骸が納得すると、雛臥も頷く。

「しかし、緑祁と言えば……。青森で修練を追い詰めたらしいね。すごい手柄じゃないか!」
「知ってるの?」
「絵美から聞いた」

 二人は、廿楽絵美と神威刹那のことを知っている。名前だけではない。何度か一緒に依頼をこなしたことのある仲だ。

「相手するの、大変だっただろう? あのコンビはタカビーにポエマーだし」
「まあ、ね……」

 ここでその時の話をしてもいいのだが、

「ところでお二人は、今日の儀式のことを知っているかしら?」

 香恵が強引に話題を切り替えた。

「いいや、聞いてないよ。ただ単純に、実力のある霊能力者が欲しいから来てくれって言われただけ」

 ここで緑祁も疑問に思う。

「どうして内容を隠すんだろう? 大事な儀式なら、公表してもっと腕のいい人材を募集するべきなんじゃないかな…」

 それができないのは、公にできない理由があるためなのか。そう推測したが骸が、

「邪推するなよ? 招かれし俺たちはそれ相応の折り紙付きの霊能力者! この海神寺が必要とした逸材! それは動かぬ真実なのだから喜ぶべきだろう? それともお前らは、儀式を完遂させる自信がないのか?」
「違うよ!」

 これには反射的に反発する緑祁。

「とにかく、日が暮れるまで休ませてもらおう。俺たちは空の旅で疲れてしまったんだ」

 そう言われ、半ば部屋を追い出される。


 そして太陽が地平線の向こうに隠れた。
 コンコン、と客間の扉がノックされ、道雄が、

「時間やで。出てきなはれ」

 まず四人を増幸の自室に呼ぶ。その部屋には二人掛けのソファーがあり、緑祁たちを座らせる。

「では、改めて自己紹介を。私は姫後増幸。この海神寺の心霊研究家だ。そして諸君に聞いておきたいことがある」

 それは、

「生きることと死ぬことについて考えたことはあるかい?」

 簡単なようで難しい内容。当然だが四人の頭の上にはクエスチョンマークが出現している。だから増幸はちょっと踏み込んで、

「生きている者はいつの日か、死ぬ。これはこの世に生まれた時点で決まっていることだ。不思議に思わないか? 永遠に生きながらえる生物はいない。つまり死は回避できないこと。なのに自然界に生きる者、現世に生きる者は、それを克服しようとはしない。他の事象…例えば地球環境には適応するように進化できても、だ。死ぬことに対しては対応できていない」

 要するに、地球上の生き物は適応能力を長い歴史をかけて獲得しながら死を覆す術を持とうとしない、これは不自然なのではないかという発言。

「う~ん……」

 少し悩んだ末に緑祁は、

「魂のレベルで言えば、生物は死なないんじゃないでしょうか?」
「何を言い出す、お前!」

 骸が馬鹿にしたような笑い声をあげたが、

「黙って! 彼の考えを聞こうじゃないか。緑祁君、さあ話して」

 増幸は耳を傾ける姿勢。

「僕は、生きている者は死んでしまうことは百も承知です。でも、肉体が滅びても魂までは死なないのではないでしょうか?」

 今まで幽霊を見続けたからこその発想だ。死後も現世に魂となって残るその存在はある意味、不死と言っても過言ではない。

「一理あるわね。人の精神は次世代に受け継がれるって考え方は、間違ってはないと思うわ」
「でも、それはこの世に残った場合だけ? あの世に行ったらどういう扱いになるんだい?」

 雛臥が切り込んでくると、緑祁は言葉に詰まった。ここは逆に骸が、

「魂も死ぬことがあるってことじゃないか? 生者が死んで現世に魂を残し、その魂も亡くなる時にあの世へ行く。筋は通っている」
「となると、やはり永遠に生きる存在はないってことね」
「う~ん、そうだね……。魂の話に限れば、って思ったけど…」
「いや! ここで輪廻転生の概念を持ち出そうぜ? あの世に渡った魂ももう一度、この世に戻って来て生物として生まれ直す。肉体や精神として見ると別固体だが、神の視点からなら同じ魂じゃないかな?」

 議論が成長する。これが増幸の望んでいたことだ。最初から、自分の発問に対して的確な答えが飛んで来るとは思っていない。そこで、考えるキッカケを与えて、個の発想を育てる。時には間違った道も通るだろう。だがそれでいい。研究において間違わないことなど、ないのだから。

(今この瞬間も、君たちは生と死について考えている。それが新たなる地平を生み出す! それは学問という大地に吹き荒れる新風となるだろう)

 ヒートアップしそうな議論だったのだが、流石に脱線のし過ぎは好ましくないので増幸が、

「君たちならではの解答が生まれた。これはいいことだ」

 拍手をしながら言って切り上げさせた。

「そして、君たちが一番気になっているであろう今日の儀式ついて説明しよう」

 やっと本題に入る。
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