第1話 上げられなかった産声 その2
文字数 4,499文字
紫電は東病棟を、雪女が西病棟を捜索することに。
(静かに移動しないと……)
もう結構な夜だ、バタバタ走っては眠っている患者に失礼である。だから走り歩きで雪女は移動する。
「あ、地図」
壁に院内のマップがあった。そこで雪女は紫電の言葉を思い出し、
「子供が入院している場所は……。院内教室とかは、どこに?」
その場所に行ってみる。五階だ。
「ん……?」
耳を澄ませてみると、何か唸り声のようなものが聞こえる。だが、患者が苦しんでいるような言葉じゃない。その声を追ってみると、
(……いたっ)
見つけた。五つの顔を生やした芋虫のような外見だ。足は三対で六本あり、それでゆっくりと動いている。尻には尻尾の代わりに腕が二本生えている。さっき見た病霊よりも気持ち悪い。
(おぞましいね……。こんな幽霊が世の中にいるなんて)
すぐに紫電に、スマートフォンで連絡を取る。音を出すとバレると思ったから、メッセージアプリを起動。
「こっちにいた。五階の……」
冷静に現在地を撃ち込んだ。院内教室の前だ。この先には、子供が入院している。
(早く、除霊しないと……)
近づいた際、不意にも足音を出してしまった。一瞬頭の中が真っ白になったが、何と屍亡者はそれに関心を寄せない。
「子供じゃなければ、興味もないって?」
喋ってみても、反応なし。屍亡者は、
「ア…タ…ラ…シ…イ…カ…オ…」
苦しそうな声を出しながら前に進んでいる。雪女は後ろに駆け寄り、雪の氷柱を繰り出して撃ち出した。
「ナ…ン…ダ…」
屍亡者の体に刺さると、血のようなものが噴き出した。尻尾代わりの腕が突き刺さった氷柱を抜く。首が一つ、後ろを向いた。
「あ…」
その顔と目が合った。瞳孔が開いた、生気を感じない目だ。
「オ…マ…エ…ハ…イ…ラ…ナ…イ…」
「この先には行かせない。ここで止まってもらう」
さらに多くの氷柱を生み出し、投げる。だが屍亡者は雪女のことを、自分を邪魔する外敵と判断。残る四つの顔も後ろを向いてその口の歯で、氷柱をキャッチした。そして噛み砕かれる。
「くっ……」
凍らせることが間に合わなかった。もう一度同じ手を使っても、通じるとは思えない。
(紫電を待つ……? でも……)
彼の到着を待つと、屍亡者に先に進まれてしまう。そうなると子供を殺される。それはできない。
(頭が邪魔なら、切り落とせばいいわ)
そう判断し、雪女は駆けた。屍亡者の足元に行き、大きめの氷柱を生み出して握り、それで相手のことを切りつける。
「ウ…ウ…ア…ア…ガ…ア…ア…」
まず、足を切り裂いた。血しぶきが噴き出るが、それは雪の結晶でガード。
「よし……」
いい感じだ。足を負傷したことで屍亡者のバランスが崩れた。頭の生え際が下に下がる。
「それっ」
その、垂れた首目掛けて雪女は飛び、氷柱を動かす。スパッと首が切れ、廊下に落ちる。
「ギ…ャ…ア…ア…ア…! ア…タ…マ…ガ…」
非情に気持ち悪いことに、その切り落とされた首はトカゲの尻尾のように切り口から血を流しながらうねうね動くのだ。
「……………。手加減はしない。子供の命は軽くない」
その首を踏み潰す。そして残りの体の相手をする。方法はもうわかっている。
(首さえどうにかすれば、屍亡者は怖くない。そして動きも鈍いし……)
だが、振り向いた際に隙が生じた。屍亡者は首を一本伸ばし、雪女の腕に巻きつけたのだ。
「しまった……」
そのまま持ち上げられる。おまけにその首の顔が、
「コ…ロ…シ…テ…ヤ…ル…!」
彼女の体に噛みつく。
「ああ、うっ」
かなりの痛みだ。
(そ、そうか……。屍亡者が殺せるのは、子供だけってわけじゃないんだ……。子供を殺すのは、そのパーツを奪う……所謂習性のようなもの。普通に動いて殺しにかかることもできるんだ……)
巻き付いている首を氷柱で切った。
「グ…ア…ア…ア…ア…ア…ア…ア…ア…」
何度も何度も氷柱で刺したので、屍亡者も耐え切れず雪女のことを放した。同時にこの二本目の首も千切れる。雪女は床に転げ落ちた。
「う、うう……」
だが、かなりの痛みだ。押さえていてもジンジンする。よく見ると服を貫通した歯が、くっきりとわき腹に残っているのだ。
「い、行かせない……。子供たちを守らないと……いけない……のに…」
全部抜いた。そして足に力を入れて立ち上がる。
「ぐ…」
が、立っているので精一杯だ。
(毒でもあるの、屍亡者には? 体が、ピリピリする……。麻痺してるんだ、少し)
前に進もうとしたら、倒れてしまった。それでも雪女は、床を這ってまで屍亡者に近づいて、氷柱を投げつける。
「イ…ミ…ハ…ナ…イ…」
体に突き刺さったのだが、残る三本の首が器用に動いて引っこ抜く。
「サ…ア…ア…タ…ラ…シ…イ…カ…オ…ヲ…!」
動けない彼女を無視し、屍亡者は進む。
「そんな……」
絶望する雪女。子供が殺されるのを見ているしかないのか。
その時だ、廊下の奥が瞬いた。
「グ…ハ…!」
青白い電撃が、廊下を一瞬で突き進む。それが屍亡者の顔を貫いて破壊した。
「大丈夫か、雪女!」
紫電だ。廊下の反対側に彼が来ている。
「し、紫電……。私のことは後でいいから、先に屍亡者を……。頭を破壊すれば……」
「よっしゃ、任せろ!」
紫電の方からすると、屍亡者が邪魔で雪女が床に倒れているようにしか……重症には見えない。
「雪女を傷つけ、しかもこの病院の霊安室を暴き、おまけに子供の命まで狙う! もう、許しておけねえぜ! 覚悟しな!」
「シ…ン…デ…イ…ロ…。オ…マ…エ…モ…!」
ダウジングロッドは既に、屍亡者の二本の頭を捉えている。
(動きは読める! 外さねえさ、俺は!)
ジッとし、電力を貯める。一撃で破壊するには、集束電霊放しかない。拡散タイプでは仕留めきれない。
「シ…ネ…」
足で紫電を踏みつけようとしてきた。
「っうぐ!」
それを避けずに踏みつけられる紫電。彼は攻撃されても動かない。
「ジ…ャ…マ…ダ…、キ…エ…ロ…」
さらに追撃しようと、首を伸ばした。
(ここだ…)
それを、紫電は待っていた。的は自分に近づけば、動いていても格段に狙いやすくなる。まずは片方の顔を潰す。
「くらえ!」
電霊放が撃たれ、屍亡者の顔に直撃。弾け飛ばした。
「コ…ノ…ヤ…ロ…ウ…!」
「あと、一つだな? 顔を潰した後は体は、念仏で除霊するだけだぜ」
それは屍亡者もわかっている。最後の顔を失うわけにはいかない。だからなのか、ランダムに……滅茶苦茶に首を振る。
「そう来るか! この野郎、往生際が悪いぞ!」
ならば先に足を狙う。ダウジングロッドを少し下げて、電霊放を左右同時に撃つ。足を二本、奪った。
「ユ…ル…サ…ン…!」
片方の足を三本失ったために、屍亡者の体はバランスを保てず床に落ちた。
「もう動けねえんだ、諦めな」
だがとてもしぶとい。残る三本の足と尻尾を動かして暴れ始める。
「おい、やめろ! 危ねえだろうが!」
思わず後ろに下がる紫電。がむしゃらな動きが恐ろしい。しかも頭を狙いずらい。
(駄目だ、ズレる! 拡散させるか、ここは?)
ダメージを与えて少しずつ倒すか? しかし後ろを振り返る。もう、子供の部屋はすぐそこだ。時間の猶予はないのだ。
「やる! しかねえぞ!」
覚悟を決めた紫電は電霊放をチャージし始めた。この最後の一撃で倒し切る。後は当てることができればいい。
「ふん」
その時だ。雪女がそう叫んだ。
「雪女…?」
彼女は氷柱を持っている。それを屍亡者の体に刺した。
「ナ…ニ…ヲ…ス…ル…?」
もちろん屍亡者は尻尾を使って刺さった氷柱を引っこ抜こうとする。だが雪女が力強く押さえており、抜けない。
「コ…イ…ツ…!」
徐々に体が凍っていく。まず、尻尾が動かなくなった。そして足も順番に固まっていき、胴体も氷漬けになる。
「チ…ク…シ…ョ…ウ…」
ついに首も固まった。
「ナイスだぜ、雪女!」
動かない的ほど簡単に当てられる物はない。紫電の電霊放が瞬いた時、屍亡者の最後の頭を砕いていた。
頭を失ったが、まだ胴体が残っている。紫電は除霊用の札を取り出しその残された胴体に貼り付け、読経する。雪女も痛みを食いしばって、それに加わる。
屍亡者の歪な体が、空気に溶けて消えていく。効いているのだ。
数分も経を唱えれば、屍亡者の体は完全に消滅した。
「終わったぞ、雪女! 雪女……?」
「勝ったね、紫電……」
「おい、酷い怪我じゃねえかよ! 大丈夫か!」
「なんとか……。かなり痛いけど……。麻痺は引いてきた……」
患部周辺の服が、血で赤く染まっている。紫電は急いで雪女に肩を貸して担ぎ、ハンカチで患部を押さえながら、
「急患だ! すぐに医者に診てもらうぜ! 安心しろ、今日の夜勤は俺の父親だ。【神代】や幽霊には理解がある!」
父のところに急ぐ。
だがこの時、紫電は見落としていた。雪女も考えが回ってなかった。彼女に巻き付いた首、噛みついた顔の行方を。
「………ギギギ、ギギギリリ」
その顔は、屍亡者が祓われたせいで小さく……元の親指程度の大きさに戻っていた。赤ん坊の顔よりも小さい。それもそのはずで、この遺体は中絶された胎児のものだからだ。暗い廊下でこの小ささは、見落とすなと言う方が無理な話だ。
本来なら屍亡者の力が無くなったら、消えるはず。だがこの遺体はまだ動いていた。屍亡者に取り込まれていた時はその指令に従っていたが、解放された今、分け与えられていた霊力を用いて自らを幽霊にした。
「ギリギリリリ。ギギ」
それは、幽霊としてもとても小さい。霊能力者に触れられたら即座に消滅しそうなくらいの弱々しい幽霊だ。
だが、どす黒い感情の持ち主でもある。
中絶された胎児ということは、この幽霊はこの世に生まれて来れなかったということである。生物として作られたはずなのに、生まれることは叶わず、一つの命として独立する前に奪われた命。
「ギギリギギ! ギギギ、リリリ!」
上げられなかった産声は、幽霊として初めて上げられた。誰にも歓迎されず、喜ばれることもない小さな声だが、この幽霊……幼怪 は確かに今、誕生した。
ゆっくりと浮遊しながら、この病院を出る。そしてそのまま、人間社会に紛れ込んだ。まだ小さいので、自力では遠くには行けないだろう。しかし本能的に、それも人間の負の感情のせいで誕生できなかったからか、人間の心の闇を糧にできると知り、適当な人に取り憑き、そのマイナスのエネルギーを吸い上げる。
雪女の緊急手術は成功した。紫電の父の腕前は最高であり、すぐに終わった。
「大丈夫か、雪女? 痛まない?」
「うん。もう動けるよ」
「いやいや、安静にしてろよな……。見ているこっちがヒヤリとするぜ…」
でもベッドの上でジッとしているのは、性に合わない。
「じゃあ、明日! 新青森に行ってみようぜ。そこに緑祁と香恵がいる」
藤松香恵なら、怪我を治せる慰療が使える。病を治す薬束もだ。それで抜糸を済ませてもらい、後遺症のないように回復させてもらうのだ。
「それ、いいね。私も久しぶりに、香恵に会いたいな」
「決まりだ。今日はもう、家に帰るぞ……」
(静かに移動しないと……)
もう結構な夜だ、バタバタ走っては眠っている患者に失礼である。だから走り歩きで雪女は移動する。
「あ、地図」
壁に院内のマップがあった。そこで雪女は紫電の言葉を思い出し、
「子供が入院している場所は……。院内教室とかは、どこに?」
その場所に行ってみる。五階だ。
「ん……?」
耳を澄ませてみると、何か唸り声のようなものが聞こえる。だが、患者が苦しんでいるような言葉じゃない。その声を追ってみると、
(……いたっ)
見つけた。五つの顔を生やした芋虫のような外見だ。足は三対で六本あり、それでゆっくりと動いている。尻には尻尾の代わりに腕が二本生えている。さっき見た病霊よりも気持ち悪い。
(おぞましいね……。こんな幽霊が世の中にいるなんて)
すぐに紫電に、スマートフォンで連絡を取る。音を出すとバレると思ったから、メッセージアプリを起動。
「こっちにいた。五階の……」
冷静に現在地を撃ち込んだ。院内教室の前だ。この先には、子供が入院している。
(早く、除霊しないと……)
近づいた際、不意にも足音を出してしまった。一瞬頭の中が真っ白になったが、何と屍亡者はそれに関心を寄せない。
「子供じゃなければ、興味もないって?」
喋ってみても、反応なし。屍亡者は、
「ア…タ…ラ…シ…イ…カ…オ…」
苦しそうな声を出しながら前に進んでいる。雪女は後ろに駆け寄り、雪の氷柱を繰り出して撃ち出した。
「ナ…ン…ダ…」
屍亡者の体に刺さると、血のようなものが噴き出した。尻尾代わりの腕が突き刺さった氷柱を抜く。首が一つ、後ろを向いた。
「あ…」
その顔と目が合った。瞳孔が開いた、生気を感じない目だ。
「オ…マ…エ…ハ…イ…ラ…ナ…イ…」
「この先には行かせない。ここで止まってもらう」
さらに多くの氷柱を生み出し、投げる。だが屍亡者は雪女のことを、自分を邪魔する外敵と判断。残る四つの顔も後ろを向いてその口の歯で、氷柱をキャッチした。そして噛み砕かれる。
「くっ……」
凍らせることが間に合わなかった。もう一度同じ手を使っても、通じるとは思えない。
(紫電を待つ……? でも……)
彼の到着を待つと、屍亡者に先に進まれてしまう。そうなると子供を殺される。それはできない。
(頭が邪魔なら、切り落とせばいいわ)
そう判断し、雪女は駆けた。屍亡者の足元に行き、大きめの氷柱を生み出して握り、それで相手のことを切りつける。
「ウ…ウ…ア…ア…ガ…ア…ア…」
まず、足を切り裂いた。血しぶきが噴き出るが、それは雪の結晶でガード。
「よし……」
いい感じだ。足を負傷したことで屍亡者のバランスが崩れた。頭の生え際が下に下がる。
「それっ」
その、垂れた首目掛けて雪女は飛び、氷柱を動かす。スパッと首が切れ、廊下に落ちる。
「ギ…ャ…ア…ア…ア…! ア…タ…マ…ガ…」
非情に気持ち悪いことに、その切り落とされた首はトカゲの尻尾のように切り口から血を流しながらうねうね動くのだ。
「……………。手加減はしない。子供の命は軽くない」
その首を踏み潰す。そして残りの体の相手をする。方法はもうわかっている。
(首さえどうにかすれば、屍亡者は怖くない。そして動きも鈍いし……)
だが、振り向いた際に隙が生じた。屍亡者は首を一本伸ばし、雪女の腕に巻きつけたのだ。
「しまった……」
そのまま持ち上げられる。おまけにその首の顔が、
「コ…ロ…シ…テ…ヤ…ル…!」
彼女の体に噛みつく。
「ああ、うっ」
かなりの痛みだ。
(そ、そうか……。屍亡者が殺せるのは、子供だけってわけじゃないんだ……。子供を殺すのは、そのパーツを奪う……所謂習性のようなもの。普通に動いて殺しにかかることもできるんだ……)
巻き付いている首を氷柱で切った。
「グ…ア…ア…ア…ア…ア…ア…ア…ア…」
何度も何度も氷柱で刺したので、屍亡者も耐え切れず雪女のことを放した。同時にこの二本目の首も千切れる。雪女は床に転げ落ちた。
「う、うう……」
だが、かなりの痛みだ。押さえていてもジンジンする。よく見ると服を貫通した歯が、くっきりとわき腹に残っているのだ。
「い、行かせない……。子供たちを守らないと……いけない……のに…」
全部抜いた。そして足に力を入れて立ち上がる。
「ぐ…」
が、立っているので精一杯だ。
(毒でもあるの、屍亡者には? 体が、ピリピリする……。麻痺してるんだ、少し)
前に進もうとしたら、倒れてしまった。それでも雪女は、床を這ってまで屍亡者に近づいて、氷柱を投げつける。
「イ…ミ…ハ…ナ…イ…」
体に突き刺さったのだが、残る三本の首が器用に動いて引っこ抜く。
「サ…ア…ア…タ…ラ…シ…イ…カ…オ…ヲ…!」
動けない彼女を無視し、屍亡者は進む。
「そんな……」
絶望する雪女。子供が殺されるのを見ているしかないのか。
その時だ、廊下の奥が瞬いた。
「グ…ハ…!」
青白い電撃が、廊下を一瞬で突き進む。それが屍亡者の顔を貫いて破壊した。
「大丈夫か、雪女!」
紫電だ。廊下の反対側に彼が来ている。
「し、紫電……。私のことは後でいいから、先に屍亡者を……。頭を破壊すれば……」
「よっしゃ、任せろ!」
紫電の方からすると、屍亡者が邪魔で雪女が床に倒れているようにしか……重症には見えない。
「雪女を傷つけ、しかもこの病院の霊安室を暴き、おまけに子供の命まで狙う! もう、許しておけねえぜ! 覚悟しな!」
「シ…ン…デ…イ…ロ…。オ…マ…エ…モ…!」
ダウジングロッドは既に、屍亡者の二本の頭を捉えている。
(動きは読める! 外さねえさ、俺は!)
ジッとし、電力を貯める。一撃で破壊するには、集束電霊放しかない。拡散タイプでは仕留めきれない。
「シ…ネ…」
足で紫電を踏みつけようとしてきた。
「っうぐ!」
それを避けずに踏みつけられる紫電。彼は攻撃されても動かない。
「ジ…ャ…マ…ダ…、キ…エ…ロ…」
さらに追撃しようと、首を伸ばした。
(ここだ…)
それを、紫電は待っていた。的は自分に近づけば、動いていても格段に狙いやすくなる。まずは片方の顔を潰す。
「くらえ!」
電霊放が撃たれ、屍亡者の顔に直撃。弾け飛ばした。
「コ…ノ…ヤ…ロ…ウ…!」
「あと、一つだな? 顔を潰した後は体は、念仏で除霊するだけだぜ」
それは屍亡者もわかっている。最後の顔を失うわけにはいかない。だからなのか、ランダムに……滅茶苦茶に首を振る。
「そう来るか! この野郎、往生際が悪いぞ!」
ならば先に足を狙う。ダウジングロッドを少し下げて、電霊放を左右同時に撃つ。足を二本、奪った。
「ユ…ル…サ…ン…!」
片方の足を三本失ったために、屍亡者の体はバランスを保てず床に落ちた。
「もう動けねえんだ、諦めな」
だがとてもしぶとい。残る三本の足と尻尾を動かして暴れ始める。
「おい、やめろ! 危ねえだろうが!」
思わず後ろに下がる紫電。がむしゃらな動きが恐ろしい。しかも頭を狙いずらい。
(駄目だ、ズレる! 拡散させるか、ここは?)
ダメージを与えて少しずつ倒すか? しかし後ろを振り返る。もう、子供の部屋はすぐそこだ。時間の猶予はないのだ。
「やる! しかねえぞ!」
覚悟を決めた紫電は電霊放をチャージし始めた。この最後の一撃で倒し切る。後は当てることができればいい。
「ふん」
その時だ。雪女がそう叫んだ。
「雪女…?」
彼女は氷柱を持っている。それを屍亡者の体に刺した。
「ナ…ニ…ヲ…ス…ル…?」
もちろん屍亡者は尻尾を使って刺さった氷柱を引っこ抜こうとする。だが雪女が力強く押さえており、抜けない。
「コ…イ…ツ…!」
徐々に体が凍っていく。まず、尻尾が動かなくなった。そして足も順番に固まっていき、胴体も氷漬けになる。
「チ…ク…シ…ョ…ウ…」
ついに首も固まった。
「ナイスだぜ、雪女!」
動かない的ほど簡単に当てられる物はない。紫電の電霊放が瞬いた時、屍亡者の最後の頭を砕いていた。
頭を失ったが、まだ胴体が残っている。紫電は除霊用の札を取り出しその残された胴体に貼り付け、読経する。雪女も痛みを食いしばって、それに加わる。
屍亡者の歪な体が、空気に溶けて消えていく。効いているのだ。
数分も経を唱えれば、屍亡者の体は完全に消滅した。
「終わったぞ、雪女! 雪女……?」
「勝ったね、紫電……」
「おい、酷い怪我じゃねえかよ! 大丈夫か!」
「なんとか……。かなり痛いけど……。麻痺は引いてきた……」
患部周辺の服が、血で赤く染まっている。紫電は急いで雪女に肩を貸して担ぎ、ハンカチで患部を押さえながら、
「急患だ! すぐに医者に診てもらうぜ! 安心しろ、今日の夜勤は俺の父親だ。【神代】や幽霊には理解がある!」
父のところに急ぐ。
だがこの時、紫電は見落としていた。雪女も考えが回ってなかった。彼女に巻き付いた首、噛みついた顔の行方を。
「………ギギギ、ギギギリリ」
その顔は、屍亡者が祓われたせいで小さく……元の親指程度の大きさに戻っていた。赤ん坊の顔よりも小さい。それもそのはずで、この遺体は中絶された胎児のものだからだ。暗い廊下でこの小ささは、見落とすなと言う方が無理な話だ。
本来なら屍亡者の力が無くなったら、消えるはず。だがこの遺体はまだ動いていた。屍亡者に取り込まれていた時はその指令に従っていたが、解放された今、分け与えられていた霊力を用いて自らを幽霊にした。
「ギリギリリリ。ギギ」
それは、幽霊としてもとても小さい。霊能力者に触れられたら即座に消滅しそうなくらいの弱々しい幽霊だ。
だが、どす黒い感情の持ち主でもある。
中絶された胎児ということは、この幽霊はこの世に生まれて来れなかったということである。生物として作られたはずなのに、生まれることは叶わず、一つの命として独立する前に奪われた命。
「ギギリギギ! ギギギ、リリリ!」
上げられなかった産声は、幽霊として初めて上げられた。誰にも歓迎されず、喜ばれることもない小さな声だが、この幽霊……
ゆっくりと浮遊しながら、この病院を出る。そしてそのまま、人間社会に紛れ込んだ。まだ小さいので、自力では遠くには行けないだろう。しかし本能的に、それも人間の負の感情のせいで誕生できなかったからか、人間の心の闇を糧にできると知り、適当な人に取り憑き、そのマイナスのエネルギーを吸い上げる。
雪女の緊急手術は成功した。紫電の父の腕前は最高であり、すぐに終わった。
「大丈夫か、雪女? 痛まない?」
「うん。もう動けるよ」
「いやいや、安静にしてろよな……。見ているこっちがヒヤリとするぜ…」
でもベッドの上でジッとしているのは、性に合わない。
「じゃあ、明日! 新青森に行ってみようぜ。そこに緑祁と香恵がいる」
藤松香恵なら、怪我を治せる慰療が使える。病を治す薬束もだ。それで抜糸を済ませてもらい、後遺症のないように回復させてもらうのだ。
「それ、いいね。私も久しぶりに、香恵に会いたいな」
「決まりだ。今日はもう、家に帰るぞ……」