第5話 二倍差 その3

文字数 5,355文字

 山姫と彭侯は、二人だけでギルたちの相手をしなければいけない。二倍以上の差がある。

「やってみせるぜ! じゃないと【神代】の名が廃る!」

 不意にザビが、首からぶら下げているロザリオを突き出した。

「これに、パラライズフェイズを使うとどうなるんだ?」

 わからないので実験だ。すると霊障合体・薬殺刑(やくさつけい)の完成だ。毒が彭侯と山姫を襲う。

「っう!」

(これは……使われている! 毒厄だ! アイツ、多分呪縛と毒厄を混ぜやがった!)

 自分も毒厄使いなので、これがどういう状況なのかをすぐに把握すると彼は山姫に、

「穴を掘れ! アイツの近くに通じるヤツだ! オレが行く!」
「わかったヨ…」

 苦しみながらも山姫は礫岩を使い、トンネルを掘った。そこに彭侯が入り込む。

「逃げているつもりか? 無駄だぁ!」

 ここで攻撃を仕掛けるのは、ゼブ。流氷波をまた流し込むのだ。

「火炎噴石!」

 だがそれを、山姫の霊障合体が迎え撃つ。炎に包まれ燃える岩石が地面から飛び出した。

「馬鹿丸出しだねぇ? 水に炎? いやぁ滑稽だなぁ!」

 流氷波は火炎噴石の火を十分に消せた。が、岩石までは押し返せていない。

「いぃ!」

 ドスン、ドスンと音がした。

「どうした、ゼブ? 大丈夫でち?」

 ジオが駆け寄ったが、手遅れである。ゼブはこの一撃で脱落してしまったのだ。

「油断した、チクショウ……!」

 ゼブの敗北を受けて、残りの四人は怒る。

「やってくれたな猿ども! ワレを怒らせると……」

 その怒りを言葉として表現しようとしたのだが、何故か舌が回らない。足に違和感があるので下を見ると、手が地面から飛び出していてそれが彼の足を掴んでいる。

「アンタの相手はオレだぜ? よそ見をすんじゃねえよ」

 彭侯だ。毒厄を直接流し込んだのだ。

「こ、コイツ……!」

 ザビの方も毒厄が使えるのだが、驚きと体調不良のせいでそこまで頭が回っていない。それに彼よりも彭侯の方の毒厄の方が強いらしい。

「これだ!」

 地面から飛び出した彭侯はザビの首にかけられているロザリオを取り上げた。同時に二人を襲う毒厄も終わる。

「か、返せ!」
「ああ、返してやるよ。それと一つ、耳よりな情報を教えてやるぜ」
「何だ……」
「呪縛はな、アイテムさえあれば誰にでもできる」

 つまり彭侯も、薬殺刑が使えるということ。

「…………」

 毒厄を全開にしてロザリオに流し込むと、ザビが悲鳴を上げることなく地に落ちた。

「これで二人か。後三人!」

 この場の空気の流れが、山姫たちに向いている。

「さあ行くヨ彭侯! スー、スー……は! 一気にケリをつけよう!」

 だが、ギルとジオとガガは二人から距離を取る。このままでは流れを完全に掴まれ、悪い状態になるとわかっているからだ。

「どうするよ、これ……」
「落ち着きましょう。アタチたちのファントムフェノメノンを融合させればいいのです!」
「そ、それでち!」

 起死回生の一手を思いついた。

「勝負だ!」
「うおおおりょあああああ!」

 山姫と彭侯が走る。火炎噴石と汚染濁流を繰り出し、三人に迫る。
 同時に、ギルとジオとガガも唸り声を上げながら突進。

「オレッチの、プロテクトテラ!」
「ボクチンのゴッドブリーズ!」
「アタチのメタリックジェネラル!」

 礫岩と旋風と機傀が合わされば、強力な霊障合体になるはずだ。
 しかし三人にはわかっていない。霊障合体は、誰かと協力することができないということが。個人で完結していないといけないことを知らなかったのだ。それもそのはずで、【UON】では霊障は混ぜるものではなく連携させるもの。
 結果、その三つの霊障はぶつかり合ってしまう。礫岩で地面から生まれた岩石が、機傀で生み出された斧や剣によって削り取られたり根こそぎ切られたり、さらにそこに旋風が混ざれば、その飛んだ岩石や金属が自分たちに向かって暴れ回る。

「ぎょえええええ!」

 ギルたちは断末魔を放ちながら吹っ飛んだ。

「……? 何かの作戦か?」

 驚いて足を止める彭侯。山姫の服を引っ張って彼女も止める。

「どうなってるの?」
「知らん……」

 この時、三人の体が白い光に包まれ、その光が弾けたので、脱落したことがわかった。

「自滅したのか。まったく、勉強不足だな、アンタら」

 もしもいつも通りに戦っていれば、結果は違ったのかもしれない。
 あっけない最期ではあったが、霊障は他人のと混ぜてはいけないという教訓を持ち帰ることはできそうではある。


 山姫たちが戦っている側では、辻神とディスが火花を散らしていた。

「くっ! この男……! ゴッドブリーズを隠し持っていた!」

 旋風に足を取られそうになる。何とか踏ん張って、霊魂を撃ち込んだ。

「無駄だ。おまえの霊魂は私には届かない」

 それを電霊放で撃ち抜く辻神。そのまま電霊放はディスに直撃した。

「ぬおおおお!」

 かなりのダメージが入ったのだが、ディスは慰療を使って負傷をなかったことにする。

「なるほど。小さいダメージを蓄積させるのは、意味がないらしいな」
「疲労はどうしようもないが、怪我は治ったぞ」

 二人の戦いはまだまだ続きそうだ。

(アイツを倒すには、一撃で仕留めるしかない! やはり風神雷神が必要だ)

 片方のポケットに残っている電池では、足りない。逃げられる。では地面に落ちてしまった電池を旋風で持ち上げるのはどうか? それをしたら、風神雷神を使う前に電池が撃ち抜かれてしまう。

(形状を保ててないと、電霊放は成功しない。悟られずにするには……)

 何とか頭の中の計算用紙に戦いの方程式を書く。

「行くぞツジガミ!」

 両手に銃を構えて、ディスが叫んだ。

「無限の着弾だ、くらえ!」

 バンバンと霊魂を撃ち出す。軌道は思うままの弾丸だ。

「電霊放…!」

 握りしめるドライバーにチカラを込め、取っ手に内蔵された電池から放電する。

「さっきはやられたが、今度は避けさせてもらう」

 器用に曲がる稲妻すらも霊魂はかわす。もちろん辻神の体を目指して飛ぶ。

(着弾するのは何度でも! だが!)

 この時既に辻神は、対処法を考え出していた。狙うのは霊魂の方ではない。自分だ。自分の体を電霊放で包み込むのだ。

「おお、そう来るか!」

 これが功を奏し、体にぶつかる前に霊魂を壊せた。

(このまま! 私の体を電霊放が覆っている状態でアイツに突っ込む!)

 足を動かし前に出た。ただ、その目論見にディスが気づかないわけがない。ここは後ろに下がる。

(逃げられた! 気づかれたか……。だがここで電霊放を何としても叩き込む!)

 旋風を起こして相手の足元をすくうつもりだ。

「うお?」

 急に足が強風にさらされたので、ディスは驚いた。

「風でワタシを転ばせようと思ったか! それは浅はかだぞ、ツジガミ!」

 でも、もう大丈夫だ。踏ん張ったから吹き飛ばされない。

「本当にそうか?」
「何だと?」

 実は、それだけが目的ではないのだ。

「あ、あれは……!」

 宙に電池が浮いている。今の旋風で、さっき地面に落ちた電池が舞い上がったのだ。

「くらえ、そして終わらせてやる……! 霊障合体・風神雷神!」

 そして旋風が運ぶ電池と電池が、電気で結ばれ網目状の稲妻になる。これを相手にぶつけるのだ。

「凄まじい電力だ、これは……!」

 式神すらも退ける威力。霊魂を乱射し弾幕を構成しても、網の穴をすり抜けるだけだ。

「うおおおおおおあおおああああああああ!」

 これを直に受けたディス。

「終わったな。……ん?」

 しかし、まだ白い光がディスの体から出ていない。数秒待ったが、それでも何も起きない。

(まさか、耐えた……のか? 今の一撃を?)

 慰療を使ったのか? でもそれなら、腕を動かさなければいけないはずだ。
 では、何が起きているのか。その答えは先ほど撃ちまくった霊魂にあった。大量の霊魂がディスの体に命中する。

「自滅? いやコイツの霊魂は、他の霊障を中継できる。そしてコイツは、慰療を使える……。ま、まさか!」

 そう、そのまさか。今のはただの霊魂ではない。慰療との霊障合体・応急弾来(おうきゅうだんらい)だ。そして十分に回復されたディスは何事もなかったかのように立ち上がる。

「今のは、ワタシもマズいと感じた。終わった、って本気で思った。だが、ワタシの真の目的を見抜けなかったな、辻神!」

 風神雷神を避けることは早々に諦めていたのだ。だから、受けた後に回復するために、応急弾来を撃っておいた。

「まだ、終わらせない。ワタシたち【UON】の実力は、ここで終わる程度のものではない!」

 銃口を辻神に向け、霊魂を撃った。

「奇遇だな? 私もこんなところで負ける気はない」

 辻神もドライバーを握り直し、構える。
 二人が戦う以上、必ず勝者と敗者に分かれる。それが今から決まるのだ。

(コイツには、慰療と薬束がある。それに応急弾来も。あの銃を破壊した上でトドメを刺さなければ勝てない! だが、それができるかどうか……)
(ツジガミ…。シャドープラズマの強さは比類なきものだ。だがワタシには、メディカルソウルとメディシンスピリットがある。負けるわけがない)

 先に踏み込んだのは、辻神だ。ドライバーを掲げ、電霊放を撃つ。

「危ないところだ!」

 横に飛んで避けるディス。

「ここで曲げる!」

 何と、電霊放が直角に曲がった。

「くっ! 器用が過ぎる……。コイツ、外しようがない!」

 この電撃はディスに直撃した。だがそれだけでは倒し切れない。痺れた場所を彼は無病息災ですぐに治し、

「今度はワタシから行かせてもらおう!」

 銃から霊魂を放った。

(曲がるし、無限に着弾する霊魂! これを突破しないと、私に勝ち目がない!)

 電霊放で撃墜しても、次から次へと発射される。

(この霊魂をそっくりそのままコイツに返してしまう……。曲がることを利用して、できないか……。いや! コイツはこれの専門家だ、その弱点は克服済みの可能性が高い)

 やはり、自分の電霊放しかない。そうと決めた辻神は、一旦離れたところにジャンプして、そこで立ち止まった。

「何をしている、ツジガミ?」

 ディスから見ると、隙だらけだ。でもこれは油断させる作戦かもしれず、気を抜けない。だからディスも近づかずに離れた状態で霊魂を撃ち込む。

(防御は……しない?)

 信じられない光景だ。電霊放で体を包めば、霊魂から身を守ることができるはず。でもそれをしないで辻神は、霊魂を体で受ける。

「うぐ……!」

 さらに数発が彼を襲っても、一歩も動かない。二度目三度目の着弾でもだ。

(何かがおかしい!)

 本能がディスにそう告げている。何かを企んでいるのだ。

(仲間を呼ぶ! コイツの対処は一歩間違えれば命取りになり得る!)

 だから全員で始末する。ディスは振り向いた。

「何……?」

 しかし、仲間は全滅していた。ちょうど、ギルジオとガガが霊障を無理矢理合わせて失敗したところだ。

(負けただと? ワタシたち【UON】が、か?)

 この時の動揺は、離れている辻神からもわかった。

「今だ!」

 彼はこの、ディスが隙を見せる瞬間を待っていた。それともう一つ待っていたものがある。それは、電霊放のチャージが完了することだ。先ほどから彼は、体の全神経を集中させていたのだ。もちろん、最大限の電霊放を叩き込むために。

「くらえ!」

 両手のドライバーを突き出し、その金属部位が眩い金色の光を放つ。そして繰り出された電霊放が二重の螺旋を描いた。

「な……っ!」

 ディスが気づいた時にはその螺旋状の電霊放は、もうすぐそこまで迫っていたのである。

「がっばっああああ!」

 この金色の螺旋に体を貫かれた彼は、一撃で地面に崩れることになった。決闘の杯を飲んでいなかったら即死である。

「やっと終わったか……。ふ、ふう…。厄介なヤツだった……」


 三色神社に一度戻る一同。辻神たちは慰療を使えないので、手当てをしてもらうのだ。

「でもここの巫女さん、毒厄しか使えないんじゃ?」
「救急箱ぐらいはあるはずだヨ」

 当然、負けた【UON】のチームも引きずって中に入れる。

「おい? 聖閃たち! 手伝ってくれ……。もし慰療があるなら…」

 が、橋姫曰く、

「あの三人は、君たちが戦っているどさくさに紛れて出発してしまったよ……」

 これ幸いと言わんばかりの行動だ。きっと聖閃たちは辻神の思惑に気づき、彼らよりも先に出発しないと待ち伏せされて脱落させられることを察したのだろう。

「ちゃっかりしてやがるな、アイツら…!」

 怪我の治療と休息のために、ここで時間を費やす。

「まずはディスの意識が戻るのを待とう。コイツは慰療と薬束が使える」

 彼が目を覚ましたのは、この日の夕方だった。

「仕方ない。さっきのダブルトルネード、見事だったぞ。それに負けたのだから、言うことを聞こう」
「話が早くて助かる」

 慰療の力は絶大で、あらゆる怪我や負傷を撫でただけで治せてしまう。

(本当に恐ろしかったな、コイツ。コイツ以上のヤバさと厄介さと実力を併せ持つヤツは、【神代】の跡継ぎ以外にいないだろう……)

 今日はもう、移動できない。翌日になったら辻神たちは次のチェックポイントを目指す。一方負けたディスたち【UON】のチームは、もう日本に長居する必要がないので、橋姫に人気のない海辺を教えてもらって幽霊船を調達して帰国する準備を始める。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み