導入 その1

文字数 4,445文字

 この夏休み、神代閻治は自分の生まれ故郷である神蛾島には戻らない予定である。理由は簡単で、移動に丸一日かかるために不便だからだ。おまけにこの前テレビ番組で、

「意外な穴場スポットです!」

 と、神蛾島が紹介されていた。そのせいでサーファーや釣り人やその他の観光客が押し寄せているらしいのだ。島としては賑わって経済も回せて良い感じなのだろうが、

「もっと静かに過ごしたい。休みというのは本来そういう期間のはずだ。どうせ神蛾島は、金が山を掘れば出ておまけで虫が吐き出すだけの島。休みの度に帰るのは馬鹿馬鹿しい」

 ゆっくりできそうにない。だから帰らない。
 しかし今、彼は仲間である平等院慶刻と白鳳法積と一緒に、羽田空港のカフェにいる。

「ココアってさ、やっぱり冷えてる方が美味いよな?」
「何言ってんだ、法積? 温かい方がいいに決まってんだろ?」
「いやいやいやいや! よく考えてみ? ココアって、言ってしまえばチョコレートの一種だろう。だったら旬は、冷たい間! だからココアも冷えてる方が美味いんだ!」
「その理論だとよ、牛や豚は恒温動物だから平熱が四十度くらい? なので、生で食った方が茹でたり焼いたりするより健康的でいい、ってなるんだが?」
「………。でも魚は刺身が美味いじゃないか? 野菜だって、生で食えるだろう?」
「じゃあもう調理しないで素材のままの風味でも食ってろ!」

 三人は飛行機を使って旅行に行くつもりなのではないが、空港にいる。

「なあ閻治、まだ来ないのか?」

 慶刻に聞かれた閻治はスマートフォンを取り出し時間を確認し、

「そろそろのはずだが……」

 それから周囲をキョロキョロと見てみる。
 彼らは人を待っている。それは閻治の父、神代富嶽に頼まれたことなのだ。


「【UON】ってわかるよな、閻治?」
「あの海の向こうのおすまし雑魚霊能力者集団のことか? それがどうした?」
「吾輩の息子……【神代】の跡継ぎに是非とも会いたいという人物が、今度日本に来るらしい。その対応をしてくれ」
「嫌だけど?」
「頷いてくれ……。できれば【UON】とは、険悪な関係にはなりたくないのだ」

 きっと、【神代】の代表である父なりの、将来を見越した戦略的な考えがあるのだろう。閻治はそれを悟ったので頷いた。

「九月になったら来るらしい」
「用件は何だ? まだ、霊障合体のことを調査しておるのか?」
「それはわからん。ハイフーンのヤツも詳しくは教えてくれんかった。ただ…」

 ただ、派遣されてくる人物は閻治に会いたがっている。そうメールに記載されていた。

「会うだけなら……。観光案内させられるとか、そういうのがなければすぐに終わるか…」

 件の人物のコードネームは、リッターというらしい。顔写真も見せてもらった。

「年齢は四十歳らしい。髪は白髪になりかけている」
「ふ~ん、こういう風貌ね……」

 慶刻はその顔写真を見てみた。カメラに向かって笑顔で映っている。

「出身国は?」
「イタリアらしいぞ」

 法積もその写真を見た。それからカフェの前を通り過ぎる人を見る。その中には日本人だけではなく外国人もいる。

「正直、外人の顔の見分けなんて難しいよな……? ハリウッド俳優とかならわからないでもないけど、そうじゃなくてコイツは一般人だろ……」

 海外の人からすれば、有名ではない閻治たちだって他の大多数の日本人と区別できないだろう。その逆ができるわけがないと、法積は言う。

「まあ、待ち合わせ場所はここなんだ、待っておればいいだけのこと! 何なら、式神に捜索させようか?」
「向こうから来るんだから、俺たちが探す必要はないよ」

 ここで法積が、

「ところで慶刻、この前、京都の天秤神社に戻ったんだって?」
「ああ。先月の話、な」
「親に呼び出されたとか言うからさ、何かやらかしたのか?」
「違う違う。実験の手伝いだよ! 失敗したんだが……」
「何の?」
「色々とな。新しい霊障の開発や、霊障合体をもっと拡張させたり発展させたり……」

 魅力的で興味深い話ではあるのだが、慶刻の八月の実験には失敗という笑えないオチがある。

「理論上は上手くいくはずだったんだ。失敗から得られたアイディアもあるし。クソゥ! 中々進歩進展しない……」
「四苦八苦してるんだな……。俺たちはそんな苦悩の連発の心霊研究家の、美味しいところを使わせてもらっているのか……」

 ありがたみを法積は感じる。

「今はいい時代だよ。昔……閻治のおじいさんが生きていた時代は、かなり酷かった! 低予算で無理難題を押し付けられたんだぜ? そんなので成果出せって言われても、天地がひっくり返って陸と海が入れ替わっても不可能だよ」
「悪かったな、我輩の祖父が迷惑かけて!」

 あまり祖父と仲が良くなかった閻治でも、死人のことは悪く言われたくない。
 とにかく、件のリッターを待つ。

「もうとっくに飛行機は着陸しておるはずだが?」
「ここがわからないんじゃないのか? 訪日初めてなんだろう? 迷子になっているだけだぜ」
「はあ…。探し出すのは面倒だな」

 しかし、今、閻治はとある外国人と目が合った。

「いや! その必要はなさそうだ」
「え?」

 その視線に慶刻と法積が気づく。白髪の外人が、こちらに歩いて来るのだ。

「失礼。キミが、カミシロ・エンジ、か?」
「いかにも」

 名前を聞かれたので、名乗る。普通なら不審者には名乗る必要はないが、閻治のことを見つけて話しかけている時点で、関係者の様子。とても聞き取りやすく落ち着いた声の持ち主だ。

「ワタシは、リッター。ユニオン・オブ・ネクロマンサー……【UON】の霊能力者だ。ネアポリスからはるばるここまで、キミを尋ねてきた」
「そうか、長旅であっただろう。お疲れさん」
「では、早速で申し訳ないのだが……」

 リッターはいきなり飛行機のチケットを二枚取り出し、

「ワタシと一緒に、イギリスのロンドンまで来てもらおう。そこでマスター・ハイフーンがお待ちだ」
「ん?」

 話を聞いていた閻治の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

「どういう意味だ?」
「ワタシがここに来た理由を知らないのか?」
「知らん。聞いとらん」
「ワタシはマスター・ハイフーンの命を受け、カミシロ・エンジ! 【神代】の後継者をヨーロッパに連れ出すために来たのだよ」

 要するに、【UON】は閻治のことが欲しいのだ。実力のある霊能力者なのだから、彼は喉の奥から手が出るほどの人材。

「断ろう、それは」
「どうしてか、理由を聞こうか」
「我輩はパスポートを持っていない。つまり日本国内から出ることはできんのだ」
「申請すればいいだろう? 違法な民でないのなら、役所で発行してもらえるはずだ」
「………」

 しかし閻治は、【UON】には興味がない。日本よりも心霊研究が発展してようがしてまいが、行く気はないのだ。

「なるほど。ではワタシと、手合わせ願おうか。ワタシが勝ったら、キミにはヨーロッパに来てもらう。【UON】の一員になってもらうからな」
「我輩が勝ったら?」
「ヨーロッパ一周の旅をプレゼントする」
「おいそれ、貴様らに損がないではないか……。そこは潔く引き下がるとか、あるだろ!」
「任務なのでな。しかもマスター・ハイフーン直々の!」

 引き下がる気を一切感じさせないリッター。

(アイツ……。面倒なことを!)

 閻治は前に、ハイフーンに会った時のことを思い出していた。あの時は、そこまで強引な輩とは思えなかった。

(いや確かアイツ、ヘリコプターで不法入国してたな……)

 それは気のせいだったようだ。

「リッターさん、俺ならどう?」

 ここで自分を売り出す法積。閻治の代わりに【UON】に行くつもりがある半分、閻治のことを日本に残したいという意思もある。

「下がってろ、ヒヨコが! ニワトリになったら意見を発信すれば?」
「何……!」

 だがリッターからすれば、法積のデータはまるでない。全く実力も実績も知らない霊能力者には興味がないし、連れてきても意味がない。

「ここでやり合うのは、一般人に迷惑だぜ。場所を変えよう」

 カバンから車の鍵を取り出し慶刻が言う。四人は彼の車に乗って、空港近くの公園に移動。

(この、エンジとかいう若者! マスター・ハイフーンと同じ雰囲気を感じさせる人物だ……。将来性、実力、潜在能力その全てが黄金の金塊! ダイヤモンドの原石だ! だがな、いくら価値のある宝石であっても……磨かなければただの石ころ。適切な環境がなければ、ゴミに等しい! この才能をここで潰すわけにはいかない。このリッターの名に懸けて、必ず持ち帰ってみせる!)

 公園の近くの駐車場に停車し、降りる。そして公園に入る。好都合なことに、人気はあまりない。

「ルールを決めよう。日本で指名手配されたくないだろう、閻治もリッターも」
「うむ!」
「では……」

 慶刻が仕切る。一本勝負だ。この場で慰療や薬束を使えるのは閻治だけ。まずは戦いが終わった後、どんな結果であれ閻治が慰療を使って二人の怪我を治すことを決めた。

(そうしないと、平等じゃない)

 そして勝負の決め方はオーソドックス。法積から藁人形を二体借りて、各々の背中に貼り付ける。

「この藁人形が破壊されたら、敗北だ! 損傷の具合は、体の部位と連動している。つまり自分がダメージ受ければ受けるほど、藁人形がボロボロになっていく。しかし体よりも藁人形の方が壊れやすくできているぞ!」

 要はこの勝負、相手の背中に回り込んで直接藁人形を攻撃してもいいし、相手の体にダメージを与え蓄積させてもいい。二通りの戦い方があるのだ。
 またこの勝負、相手を殺害することは反則だ。致命傷を与えることも失格となる。藁人形の耐久力は致命傷を与えなくても十分壊せる程度なので、必要以上の攻撃はいらない。

「では、構えて……」

 二人とも位置に着く。慶刻が手を上に挙げ、それを勢いよく振り下ろした。

「始め!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。

「ぬおおおおおおおお!」

 先に動いたのは、閻治だ。さっさと終わらせたいから、一気に叩き潰すつもりである。

「我輩に挑んできたのは、褒めてやる! だがな、少しでも勝てると思ったのなら……愚の骨頂だ!」

 手を動かし旋風を繰り出した。

「くらうがいい!」

 小さな竜巻がリッターに向けて放たれる。

「風か……。鋭いな」

 リッターは落ち着いて自分の霊障を使った。何もない空間から金属製の剣が出現し、それを握る。

(機傀か!)

 霊気を金属に変換できる霊障だ。ただし、自分の体……主に手の仲からしか生み出せず、一分しか形状を保てない。リッターは剣の刃を粗くした。これなら閻治に当たっても体を切り裂くことなない。

「フンヌ!」

 彼の剣さばきは素晴らしい。閻治が生み出した旋風を切り裂いて無にしてしまった。

「なるほど。少しはできるようだな?」
「でなければ、マスター・ハイフーンからの命令は受けられないのでね」

 しかし、実はリッターには重要な任務を与えられたのには、実力以外にも理由がある。
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