第4話 ため込む霊気 その2

文字数 2,923文字

 次の日になると、もう長崎から移動する。次なる目的地は富山。三年前、霊怪戦争で今度こそ滅んだ『月見の会』の慰霊碑がある場所だ。蛭児は自分の企てに、かつて【神代】に滅ぼされた四つの霊能力者集団全ての無念と怒りを利用しようと思っているのである。そしてその時に、迷霊を使うのだ。
 例によって、夜に慰霊碑に近づく。

「さて、さっさと終わらせ……。ん、何だ?」

 山の中にあるので当然林道を進むのだが、足元に違和感がある。

(新しめの足跡? こんな冬に? それもついさっき、踏んづけたような感じだ………)

 誰かがいることに、蛭児は勘付いた。そしてその誰かにバレないよう蜃気楼を使って自分の姿を消し、慰霊碑に向かうと、

(やはり、いた!)

 二人の若い男が、ランタンを灯し談笑して座っている。この『月見の会』の慰霊碑は、観光スポットではない。一般人は【神代】や『月見の会』の存在すら知らないはずだから、これは何かしらの思惑があって霊能力者が配置されているのだろう。

(邪魔だな……。アイツらが消えないと、慰霊碑を壊せない)

 まず、一時間ほど待ってみた。でも動く気配がない。痺れを切らした蛭児は、

(どうせ成功しても、失われるんだ。ここは迷霊に任せよう)

 札を破いて迷霊を召喚し、慰霊碑に向かわせた。自分は蜃気楼を使って姿を消しつつ、安全な場所で顛末を見守る。
 迷霊は廃屋の陰に隠れながら、慰霊碑に近づいた。しかしすぐにバレて、霊能力者が動いた。嫌な音が、結構離れている蛭児の耳にも届く。

「応声虫か。中々の霊障の持ち主らしい」

 これは、西鳥空蝉の霊障である。彼がまず音で迷霊の動きを鈍らせ、一緒にいる東花琥珀の電霊放で撃ち抜く戦法だ。その稲妻を見るや否や、

「駄目だな、これは」

 さっさと結論を言うと蛭児は反転し、来た道を戻った。

(ここは、確かに『月見の会』がいたはずだ。でもそんなに長い時期ではなかったはず。『月見の会』は江戸時代に発足し明治に【神代】から攻撃を受けたわけだが、その時は房総半島に集落があった。こっちに移って来たのは、少なくとも大正時代の後……)

 だから、邪念や魂が不十分である、と。もしも空蝉と琥珀を迷霊が突破して慰霊碑を破壊できるならそれでいいし、できないのなら時間の無駄だ。現状では後者の可能性が高い。

「いや、無理だったな」

 迷霊は、二人のコンビネーションによってこの世から退けられた。それは気配で蛭児にも伝わる。

「確か房総半島の方の旧集落は、二度も【神代】から攻撃を受けていたはずだ。当然死者も多い。だとするとここは、重要ではないんだ」

 霊怪戦争は三年前の出来事。それではため込まれた邪念もたかが知れており、役に立たない。


 翌日、蛭児はまた移動をする。房総半島の方の慰霊碑を狙うのだ。だが気がかりなことが一つあって、

「そもそもどうして、あの場所に人が? 守備についていたんだ?」

 慰霊碑を守る任務に就いている人物がいることだ。【神代】のデータベースを覗いてみても、それらしい依頼はない。でも実際に人がいた。

(何か、私の知らない出来事が裏で起きている……のか? だとしたら房総半島の慰霊碑にも……)

 嫌な予感がする。
 そしてそれは今夜、的中した。

「またか!」

 今度は、女が二人。やはり富山の時と同じく、慰霊碑を守っている。
 房総半島は『月見の会』が発足し長い間暮らしていた場所だ。だからこっちは譲りたくない。そう思ってまた札を破き、迷霊を出撃させる。

「ううん?」

 突如、人員が増える。これは北月向日葵の蜃気楼だ。それに驚いたのは迷霊だけ。同じ霊障を使える蛭児は、すぐにその正体がわかった。
 突如、迷霊が何もない空間から攻撃を受けた。南風冥佳の礫岩である。その地面の揺れを察知した蛭児は、

「ここも駄目なのか……」

 早急に諦め、その場から去る。

(まさかここに来て、慰霊碑の破壊が私の計画を邪魔するとは! だがいい! もう必要な分の霊気は集めることはできた! 『月見の会』は滅んで間もないから、どうせ大した分量にはならない)

 そう思うことで、計算ミスをなかったことにする。


 慰霊碑を巡る旅路は終わった。もう使えそうな霊気のある場所はない。

「一つだけ、あるのだが……」

 心当たりがあるのが、呪いの谷と呼ばれる場所だ。そこには日本全土の恨めしい思念が行き着くという。まさに今蛭児がしようとしていることにはうってつけの場所である。
 ただし、その場所は誰も知らない。無論蛭児も。これから捜索し、見つけ出さなければいけないのだ。

「まあ、一人では無理だろう」

 今の蛭児には、依頼を出せない。慰霊碑を守る人物がいたことを考えるに、【神代】もこの一連の事件について本格的に調査を始めているということだ。それに騙した絵美たちがまだ、精神病棟に移されていないのも嫌な感触がする。
 疑いの目が自分に向かっているかもしれないので、自宅に戻ることも危険だ。待ち伏せされていたら、逃げられない。実際には蛭児は何もしていないのだが、あの四人と鉢合わせるようなことは避けた方がいい。再会したが最後、いつまでも粘着されそうだ。

「新しい本拠地を築く方が良さそうだな。そこでやるべきことをスムーズにやれた方がいい。うん、そうしよう」

 ため込んだ霊気を持って、蛭児は自宅とは違う場所に向かった。候補となるのは、山林の廃墟ホテルだ。これなら普通の人は近づかないし、住み着く幽霊も祓える。

「どこがいいかな?」

 インターネットで検索し、良さそうな場所を探す。

「お、いいじゃないか、ここ」

 見つけたのは、岐阜と富山の県境に位置していたホテルだ。そこが廃墟と化したのは、三十年ほど前。火事で大勢の犠牲者が出たという曰く付き。あまり有名でない分、肝試しに訪れる人もいないだろう。
 早速そのホテルを目指して彼は進む。夜には到着した。

「なるほど。ネットで騒がれるほどに、確かに強力な場所ではあるな……」

 付近を歩いているだけでわかる。ここはマズい場所だ。素人が訪れようものなら一発で呪われ、最悪帰り道で命を落としかねないレベル。だが蛭児には関係ない。霊障は蜃気楼しか使えないが、これで幽霊の目を欺くことは十分に可能だし、そもそも彼は実は除霊の類は得意分野である。

「祓ってしまうのはもったいないかもな。使役させてやろう」

 悪魔的な閃きをした蛭児は、『月見の会』の慰霊碑で使う予定だった提灯を取り出した。その場にいる、彼を拒む幽霊を一体残らず吸い上げるつもりで、廃墟ホテルを隅々まで探索する。

「中々だな。『月見の会』ほどではないにしても、十分だ。やはり無念の死、理不尽な死は、良質な怨霊悪霊を生み出しやすい」

 後は一室選んで綺麗にし、そこを住処と決める。今夜は寝袋しかないが、朝になったら必需品を買い揃えて彼だけの城をここに築くのだ。

「私のことを蔑ろにした罪は重いぞ? あの犯人を懲役で許そうとしたこの腐った社会、殺してくれなかった【神代】……。待っていろ! 怒りの矛が、お前たちを砕く!」

 ため込んだ霊気は、蛭児に悪影響を与えていた。怒りが怒りを生む負のスパイラルが心に渦巻き、彼自身の恨みすらも増幅させているのだ。
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