第3話 二度は開かない その2

文字数 3,096文字

「いいのだ。何故なら雪女は……」

 ここで富嶽、

「『月見の会』の生き残りだから、であろう?」

 と言った。

「な、何だと……! あの霊怪戦争で滅んだはずの『月見の会』に、生存者が?」
「あり得ませんよ富嶽様! 私は当時集落に赴いて、全員の死を確認しました!」

 雪女は【神代】に自分の出生を報告していない。だから打ち明けた紫電と溝寺の住職以外は知らないと思っていたが、どういうわけか富嶽は把握済みだったのである。

「何も隠すことはない。情報が錯綜しておったあの戦争だ、生存者の二、三人はいてもあり得ん話ではない。そしてみんなにそのことを黙っていたのは申し訳ない。言う必要がないと思っておった」

 しかし、雪女が『月見の会』出身だとなると話は違う。

「『月見の会』は【神代】に従わなかった。徹底抗戦を選んだ。結果、みんな死んだ……。私の兄も、友人も親も誰もが」

 言葉の重みは、先ほどの比ではない。

「【神代】が『月見の会』の二の舞いになるかもしれないってことか……。だから、因果応報…」

 賢治が言うと雪女は黙って頷く。

「私は、【神代】に『月見の会』と同じ末路を辿って欲しくない。滅びを迎えて欲しくない。だから……」

 だから、【UON】と戦うのは慎重になるべきだと言う。
 教室中が、シーンと黙った。

「全面的に抵抗するべきだ」

 富嶽が切り出す。

「雪女、貴様の言うことは十分にわかる。だが時として戦わないといけないこともあるのだ。それが今であることを理解して欲しいが……」
「わかってるよ」

 ここで雪女の方が折れる。

「【神代】が日本や『月見の会』と同じ道を辿るかどうかは、正直わからない。なら私は、【神代】の未来にかけたい。日本のように従うのではなく、そして『月見の会』のように滅ぶのではない未来があると言うのなら、それを見てみたい」

 そういう想いがあったからだ。

「そうだぜ、雪女の言う通りだ! 歴史から学べることは多いが、全ての事象が過去と同じになるわけじゃねえ! ここは【UON】と戦って、【神代】の未来を勝ち取るべきだ!」

 紫電が叫んだ。すると、

「おお、そうだ!」

 聖閃が頷く。他のみんなも賛成する。

(これだ、こういう空気を吾輩は望んでおった!)

 ここに若者だけが集められている理由。それはベテランだけでは柔軟な発想ができないと感じていたからだ。現に【神代】の幹部たちはみんな誰もが、

「【UON】には従えない!」

 と頭ごなしに否定しその先を考えないのである。
 だが、ここではどうか? 反対意見も出てきて、さらにそれに対する意見も飛び出した。さらにそこから新しい発想まで生まれた。

(若い世代には、期待が持てる!)

 この戦い、本当にどう転ぶのかが富嶽にもわからない。でも何かが生まれるのではないか、と予想していた。そしてその予感はすぐに的中し、みんなが、

「【神代】の未来のために立ち上がろう!」

 と一致団結し叫んだのである。
 みんなの意見がまとまったところで富嶽が、

「日本は一度、開国しておる。だが今回は! 二度は開かん! 諸君らの戦いで、それを証明してくれ!」

 それに対し、若きエリートたちは一斉に、

「お任せください!」

 と元気な返事をする。


「では、詳しい話は重之助に頼んである。吾輩は他のことの対処にも回らんといけない。後は任せたぞ、重之助!」
「お任せを」

 いつの間にか教室に重之助がおり、珊瑚がプロジェクターの電源を切って照明のスイッチを入れた。黒板には板書が完成しており、

「今、【UON】の侵略部隊は少なくとも二グループ確認しております」

 翡翠が説明。一つは【神代】の跡継ぎが遭遇した部隊。そしてもう一つは、紫電が調べた幽霊船で密航した部隊。いずれも構成員は少数である。

「二グループだけとは思えませんし、場所は青森と和歌山……全く関係ないのです。ですので全国的に散らばって、対処する必要があります」
「守備範囲とその担当を決めよう」

 こういう時、普通は各々の出身地を担当するのが自然だ。だが重之助は、【UON】が事前に日本の霊能力者を調べている場合、地域ごとの霊能力者の霊障や式神がバレている可能性があることを指摘。その結果、恨みっこなしのくじ引きで決定することに。

「土地勘のない場所が担当区になるかもしれないが、それは相手も同じだ。だから地理的なアドバンテージはお互いにないことになる」

 つまりこの防衛線、実力勝負となるだろう。
 紫電が引いたくじの場所は、広島だ。

「呉の海神寺か。ちょうどいいぜ、前に行ったことがある!」

 幸運なことに、全く知らない場所ではない。四月に訪れたことがある場所で、その時は隣接世界からやって来た式神が暴れまわっていて大変だったのだが、事態の終息後はすぐに復興できたらしい。

「広島でしょう? また飛行機に乗るんだね……」
「ファーストクラスで我慢しろよ。それとも新幹線のグランクラスで行くか?」
「早い方がいいから、我慢して飛行機…」

 乗り物に弱い自覚がある雪女は空の便を選んだ。
 くじ引きが終わり、それぞれどこを担当するのかを黒板に記載。紫電と雪女は広島担当だ。賢治と柚好はこのまま東京に残る。珊瑚と翡翠は青森を引き当てた。氷月兄弟は福島。聖閃と透子と琴乃は千葉。こんな感じで各都道府県に少なくとも二組は配置。

(応援が必要かもしれねえぜ……)

 直感した紫電は雪女と相談し、

「誰か心当たりはいねえか?」
「緑祁はどう? 実力は申し分ないわ」
「それは駄目だ」

 それを彼は却下した。

「どうして?」
「どうしても!」

 これは男の意地である。緑祁の強さは紫電が一番よく知っている。なので味方になってくれれば、確実に良い戦力となるだろう。

「俺は、アイツには頼りたくねえ。頼らずとも、この日本と【神代】を守ってみせる!」

 その心の強さ、雪女もわかる。だからこれ以上は言わない。

「なら他には? 確か、琥珀とか言う人たちもいなかったっけ?」
「彼らは駄目だ」

 話を聞いていた重之助がそう答えた。

「何でですか?」
「【神代】の仕事はこの防衛戦だけじゃない。何か他のことがあった場合は、それにも対処しないといけないからだ。戦力の温存も必要だ」

 と言う。

「なら同じ理由で緑祁も駄目だね」
「じゃあ、皇の四つ子! それと、【神代】公認の処刑人は? 確か、範造と雛菊とか言ったっけ」
「彼女らは既に他の任務に」
「ならよ、骸と雛臥! コイツらは大丈夫だろう? あとその仲間の絵美と刹那だ!」
「お前……絵美、刹那、雛臥、骸の現状を知らないのか?」

 その口ぶりから察するに、彼女らは何かをやらかした模様。

「あの四人の見張りを、皇の四つ子と処刑人が担当しているんだ」
「こんな肝心な時に何やってんだよアイツら……」

 結局、応援は要請できそうになかった。

「大丈夫だと思うよ私は。だって紫電は強い。霊鬼を十分に扱えるレベルの強さがあれば、きっと海の向こうの霊能力者には負けない」

 雪女が慰めた。

「みんな! さあ、この日本を【神代】を守るために頑張ってくれ! 成否に関わらず特別な報酬を用意してある! 負けても【神代】は何も咎めないし失敗してもみんなの経歴に傷つくことはない! そういうサポートもこちらでしっかりとしている。だから、お願いだ! 守ってくれ!」

 ここで重之助が教卓の前に出て、深々と頭を下げた。

「ああ、任せなよ! みんな、この戦いに勝って、ここに戻って来ようぜ!」

 誰かがそう言うと、みんな頷く。そして円陣を組んで一斉に手を前に出し、

「【神代】のために、尽力するぞ!」
「おう!」

 叫ぶと同時に挙げ、戦い抜き守り抜くことを誓った。
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